第12話 女神様のお告げパート2

 本来、白いはずの世界が濁っていた。

 正確には、俺と世界との間に煙がたなびいているというか、幾重にも蜘蛛の巣が張り巡らされているというか。

 とにかく何らかの力が、俺と白い世界を隔てている。

 ヴァクーナ夢通信にこんなことが起こるなんて、今までは一度もなかった。


「聞こ*ま**ー?」


 フィルター越しに、何時になく真剣な表情で、こちらに呼びかけてくるヴァクーナ。

 俺の声も通っているか分からないから、大声を張り上げる。


「ヴァクーナ! よく聞こえない!」


 途端に、にっこり笑って両腕でバッテン印をつくりウインクしてきた。

 ……うん、平常運転だ。さすがは女神様。この程度の妨害ではぶれないな。


 とはいうものの、これではせっかくのヴァクーナ夢通信も意味がない。

 筆談でもできればいいのだけど、この白い世界には紙もペンもないからなぁ。


 そうだ! 法術で光をつくって空間に文字を書いてみれば。

 俺はさっそく霊力を練って、イメージワードを構成しようとしたのだけれど、その瞬間に何かの力が働いて霊力が霧散した。


 ……丁寧な仕事をするやつだなぁ。

 やっぱりこの存在が、ヴァクーナが言う「本番の相手」だろうか。


 だとすると、確かに魔王よりはるかに手強い相手だ。

 なにしろ夢の中の擬似空間とはいえ、魂を司る女神ヴァクーナの力に横槍を入れているのだから。


 以前聞いた通り、神の力は物質世界には影響がありすぎて、微かにだって発動できるものではない。しかし、それは神が自重しているから行わないだけのこと。

 だからこそ、たとえ夢への干渉に過ぎないといっても、本気でフォローしようとするヴァクーナを僅かにだって遮るなんて、普通の存在にできるわけがないんだ。

 この存在は神ではないものの、精霊や神霊なみのパワーを持っていることになる。


 ……うわぁ。頼むから目的は討伐ではありませんように。


 確かに魔王だって魔族という特殊な生命の頂点に君臨しているし、そんな魔王と互角に戦える力を持った俺も、もう普通とはいい難い。

 しかし、それでも生物の範疇だ。現にこの世界の魔王は、俺とは違う「名なしの英雄」によって討伐されている。

 人族の力が絶対に届かない存在ではないんだ。


 でも精霊や神霊は違う。

 精霊っていっても、日常の道具を動かす精霊力のことじゃない。

 いってみれば、これから神へいたる準備段階に入った魂。

 物質世界の生命輪廻から解脱し、亜神になるべくランクアップした魂。

 それが精霊や神霊だ。

 本来、直接戦うような相手ではない。程度はまったく違うけれど、ヴァクーナに喧嘩を売るのと同じで勝負にならないから。


「まぁ、それでも私にとっては大した障害ではありませんけどねー」

「うわ! びっくりした! って突破したのか?」


 いつのまにか霧が晴れ、真っ白な世界が広がっていた。

 ヴァクーナがいつもの笑顔を貼り付けて頷く。


「はい。物質世界では相手のほうが強いでしょうが、夢は半ば霊的空間と重なった魂の世界ですからね。私の力も完全ではありませんが、ある程度自由になります」

「……でも、そんなに長くは持たないんだよな?」

「さすが、これほどつき合いが長いと理解が早いですね。そうです。夢の中に介入するにも限度がありますから」

「なら、早めに本題に入ろう。第二のフラグってなんだ?」


 俺は、単刀直入に問いかけた。

 何にしてもフラグの内容が分からなければ、動きようがない。


 しかし、ヴァクーナの答えは予想の斜め上だった。


「今のままでいいんです」

「え?」

「今のまま、貴方の思うままに行動してください。言ったでしょう? 『自ずと分かる』って」

「いや、それってどうだよ。この世界が本番なんだろ? もし間違えたら洒落ではすまないんだろう?」


 無茶苦茶な助言に思わず言い返す。

 だってそうだろ? 本気でフォローすると言っていたのに、なんでここでだんまり決め込む?

 意味がないだろ!

 

 憤慨を通り過ぎて呆れた俺に向けて、ヴァクーナはさらに深い笑みをうかべて、しっかりはっきり断言した。


「いいえ。貴方は間違えませんよ」

「なんでそういい切れる。第一どっちにしてもフラグにたどり着くなら、教えてくれてもいいじゃないか」

「余計な情報を知ったせいで、ズレてしまうときもあるのです。今回は貴方が貴方として考えて動けばフラグが立ちます。いえ、そうでなくてはならないのです」


 笑みが薄れ、厳粛な雰囲気が辺りを満たす。

 知っている。

 こうなるとヴァクーナは、絶対に話してくれない。

 これが彼女にとって正しい選択だから、話す必要性を感じていないんだ。


 世界を内包する、認識すら追いつかない巨大な存在が、断固として言い切る。

 そんな重すぎる言葉をはねのける力は俺にはない。

 っていうか、この世に存在する生命には無理です、無駄です、無謀です。


 俺は1回だけ、深い深い溜め息をつくことで、自分の心に折り合いをつけた。


「……わかった。俺は俺として今まで通り、思いっきり悩んで、全力で走ればいい。そういうことなんだな?」


 俺の返事を聞いたヴァクーナは、珍しいことに。

 いや、本当に珍しい。

 今まで108世界を巡ってきたなかでも、片手の指で足りるほどしか見たことがない。


 彼女は、心から嬉しそうに感情を表に出して、可憐に微笑み頷いた。


「はい。そうです。それでこそ私が召喚した貴方です。忘れないで下さい。貴方らしく、ですよ」


 今までの嫌味で愚痴だらけのヴァクーナなら絶対にあり得ない、全肯定といってもいいセリフに、毒気を抜かれた俺は本気で脱力して肩を落とした。

 

「……なんでだろう。何故これ以上ないくらい女神らしいセリフを聞けたのに、こんなにも疲れるんだろう」

「ちょっと! ひどくありませんか? 私の方こそ今の言葉にがっかりですよ!」


 あっという間にいつもの雰囲気に戻ったヴァクーナは、少しずつ姿を消しながら、最後にやっとお告げらしい言葉を残していった


「それにですね。本気でフォローするといった言葉は嘘ではありません」

「え?」

「貴方ではなく、周りに働きかけている、ということですよ」




「女神様の本気のフォローっていうのは、よく分からないなぁ……」

「なにか言ったか?」

「いや、独り言」


 朝日が登る前に夢から覚めて、日課の早朝訓練にでた俺は、同じく鍛錬するチャドの横でぼやくしかなかった。


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