第11話 芽生えた疑問

「なぁ、カズマ。気がついてるか?」


 庭にある畑の草むしりをしている俺に、イネスが話しかけてきた。

 いつものようにニヒルに笑いながらも、目は本気だ。


「ああ。やっぱり勘違いじゃないか」

「分かってるならいい」


 俺の返事にひらひらと手を振って、イネスはチャド宅に入っていく。

 まぁ、確かに今のところは特に何もないし、原因も想像がつく。


「さて、と。こんなものかな」


 むしった草の山をカゴに移して、庭の隅へ持っていく。

 堆肥作り用に掘った穴の中に捨て、土を適度にかぶせてフタをした。

 これで今日のお手伝いは完了だ。

 後は自由時間なので、さっそくギルドに行くことにしよう。


 レティさんに聞きたいこともあるし、もしかしたらマーニャに会えるかもしれない。

 いないなら、伝言を残しておけばいいだろう。


「カズ! どこ行くの?」

「……恐ろしいタイミングだなぁ。ギルドに行った後、ちょっと買い物の予定」


 待ち構えていたかのように、顔を出すシア。

 いや、本当に待っていたんじゃないだろうな。

 暇なのか? それとも法術ストーカーと化したのか?


「……なんだか変なこと考えていない?」

「イイエ、トンデモゴザイマセン」

「もう! まぁいいわ。一緒に行ってもいいかしら?」

「ダメって言えば、こないのか?」

「ついていくに決まっているでしょ?」

「なら、聞く意味ないだろ!」


 シアの言動にもだいぶ慣れてきたなぁ。

 いや、慣れるしかなかった訳だけど。


 俺達の会話が聞こえていたのか、イネスが裏口から顔を覗かせた。


「おーおー。仲睦まじくって羨ましいね」

「いつでも変わるぞー。イネス」

「ジョーダン。馬に蹴られる趣味はねぇぜ」

「俺もハリエットの泣き顔は見たくないなぁ」

「チッ。言ってろ!」


 最近分かったことだけど、万事斜に構えたような態度のイネスも、ハリエットの名が出ると少しだけペースを乱す。

 口と機転では敵いそうにないイネスへの唯一の対抗策だ。

 コツは追い打ちはかけないこと。突きすぎると報復が恐ろしい。あくまでも追求やからかいを受け流すためだけに使うべし。


「ふーん。カズはいつでも変わっちゃっていいわけね。私の隣なんて」


 ……やばい。シアが変なところに食いついてきた。


「あー。シアさん? 言葉の綾ですよ」

「ふふふ。いいのよ、カズ。無理しなくても」

「そ、その霊力は洒落にならないと思うぞ?」

「カズマー。頑張れよー。骨は拾ってやるぞー」


 イネスが調子を取り戻して、からかってくる。

 俺は慌てて、シアの背中を押しながらその場を後にした。




 ギルドの扉を開けると、ちょうどマーニャとレティさんが事務所の奥から出てきたところだった。


「あら。あの人でしょう? マーニャさんだったかしら」


 シアが名を口にしたことで、こちらに気がついたようだ。

 ニコニコ笑顔で駆け寄ってくる。

 相変わらず小動物系だなぁ。やたらと瞬きの回数が多いところがまた可愛らしい。

 ……こんなところも変わっていないな。

 といっても、俺が本当に知っているマーニャは、別世界にいるわけだけど。


「こんにちは! カズマさん、シンシアさん」

「こんにちは。今日はどうした? 帰り道用の依頼でも探しに来た?」

「えへへ。そんなとこです。じゃあ、あたしは仲間が待ってますから」

「そうなの? 残念ね。また機会があったらゆっくりお話しましょう」

「はい! ではでは、失礼します!」


 無難な会話をして、そそくさとギルドをでていくマーニャ。

 シアは、首を傾げて俺を見上げた。


「いいの? 聞きたいことがあったのでしょう?」

「うーん。それはそうだけど、彼女には彼女の用があるだろうからなぁ。引き止めてまで聞くようなことじゃないし」


 そうなの? となおさら不思議そうな顔をしているシアを横目に、俺は近づいてきたギルドスタッフに頭を下げた。


「こんにちは、レティさん」

「いらっしゃい。しかし、振られちゃいましたね、カズマさん。追いかけなくてもいいんですか?」

「シアにも聞かれましたけど、引き止めてまで聞かなきゃいけないことでもないので」

「……そう。なら、いいのだけど。そういえばクレーフェ伯領の資料、揃いましたよ。見ていきます?」

「ありがとうございます。ぜひ」


 どこかホッとしたように微笑み、資料室に案内するレティさん。

 俺はその様子を密かに伺いながら、ある確信を得ていた。



 やっぱりマーニャは。おそらくラドルも、王国とギルドから保護されている。


 イネスも気がついていたようだけど、ここ数日、チャド宅のまわりで探るような気配を何度も感じた。

 正確には法術を使って俺を見張っているようだ。


 106回も死に戻った経験は伊達ではないぞ。危機察知には結構自信があるんだ。

 100回ぐらい死んだあたりから、自然と周囲のかすかな危険の兆候や違和感、人や魔族の害意、異常な霊力や精霊力、魔力の流れなどを肌で感じるようになった。今なら眠っていても分かる。

 おかげで101回目の召喚転生からは、死ぬ確率がめちゃくちゃ下がった。

 ……まぁ、逆にいうと100回も死なないと身につかなかった俺ってどんだけ鈍いのか、って話だけど。


 それはさておき。

 確証はないけれど、あの独特の霊力には覚えがある。

 前世界で魔族領に潜入するときに手を貸してくれた、王国直属の諜報員と同じ霊力探査法だ。


 先程のマーニャの仕草。俺と会話をしていたときだけ、しきりに瞬きしていた。

 あれは、隠し事がある時の彼女の癖。

 嘘がつけない娘だと、ラドルがよくからかっていたっけ。

 多分だけど、レティさんに言われたんだろう。

 「カズマには気をつけるように」と。


 このギルドで俺が「ラドル」と「マーニャ」に対する興味を示した翌日から、監視されるようになった。

 しかも王室とギルドの双方から。

 おそらくラドルとマーニャどちらか一方だけに注目したのなら、こうはならなかっただろう。

 同時に2人に接近しようとしているからこそ、俺を警戒し始めた。


 これって、答えが出たも同然だよな。


 やはりラドルもマーニャも、そして多分コリーヌも、魔王討伐のメンバーだ。

 魔族の報復から守るために非公開となった救国の英雄たち。

 だから、そのうちの2人に近づこうとする俺を調べているのだ。

 魔族と接点があるのではないか、と。


 とすると、疑問が湧いてくる。


 前世界でラドルたちと一緒に魔王を討ったのは俺。

 なら、この世界で「俺」に該当する人物はいったい誰だ?


 この世界に起きる「*****」に対処するべく召喚転生した俺と同じ、「魔王討伐の役割」を背負っていた名なしの英雄。


 これはまだ直感にすぎないが、その英雄に会う必要がありそうだな。

 王室とギルドの反応を見る限り、かなり骨が折れそうだけれど。


 俺はレティさんが集めてくれた「意図的としか言い様がないほど当たり障りのない一般的なクレーフェ伯領の資料」を前に、小さくため息をついた。


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