第10話 公開処刑は遠慮したい

「はい。証言者、発言を許可します」


 あの。いったいなんなんだ、この状況。

 トリーシャ、なんでそんなに面白そうな顔してるんだよ。


「ええ、本当に驚きました。朴念仁だと思われていた被告は、息でもするように自然に。そう、とても自然に女の子に声をかけていたんです。流石に自分の目を疑いました」


 なんでこんなにノリがいいんだ、王都のギルドスタッフは。

 レティさん、あなた、絶対笑いを噛み殺しているでしょう。


「なるほど、貴重な証言をありがとうございました。次、原告」

「私もびっくりしましたわ。私と二人っきりになってもまるで女の子扱いしてくれないカズが、まさかナンパしているなんて。私のココロはもうズタボロ……」


 なにがズタボロだよ、シア。そんなめちゃくちゃいい顔で言ったって説得力なんてないわ!

 第一、シアだって、俺のこと、男扱いしてないだろうに!


「弁護人、何か反論はありますか?」

「えーと、その。……ありません。ごめんなさい、カズマさん」


 ハリエット、マジで申し訳なさそうに謝るのはやめてくれ。

 本当に罪を犯したような気がしてくる。


 っていうか、ギルドの通常フロアでこの振る舞いは、完全無欠の公開処刑だろう!

 冗談にも洒落にもなってない!


「……あー。まぁ、なんだ。カズマ」

「……」

「うちのパーティーは女が強い。あきらめろ」


 情け容赦ないチャドの一言で、俺は本気で突っ伏した。



 偶然なのか、ヴァクーナの思惑通りなのか。

 前世界で魔王討伐の仲間だったマーニャ(の異界同体)に会えた俺は、とりあえず自己紹介して、世間話をした。

 もともとマーニャは人懐っこく、コミュニケーション力が高い。

 普通に世間話が盛り上がっているところに、我らがトリーシャパーティーの女性陣とチャドが入ってきたというわけだ。


 その時のシアの驚愕とジト目はかなり危険だった。

 一瞬だったけど、霊力が跳ね上がったからね。

 絶対に、いつもの法術ワイヤーを発動しようとしたに違いない。


 そこからのトリーシャとシアの連携は見事の一言。

 あっという間に両腕取られて確保された後、マーニャには当たり障りなく挨拶と自己紹介を済ませ、俺は自然を装ってフロア隅のソファへ強制連行された。

 そしてこの疑似裁判、っていうか尋問が始まったわけである。


 うん。訳が分からない。


 マーニャはすでにギルドから去っている。

 できれば、もう少し話を聞いて色々確認したかったのに。


 未練がましくギルドの入り口を見た瞬間、右隣で霊力が高まるのを感じた。

 慌てて姿勢を正して、正面のトリーシャ裁判官に向き合う。


「……本気で一目惚れでもしたの? カズマ。そんな切ない目で扉を見て」

「変に脚色するな! 俺はただちょっと興味があって話を……」

「興味! そう、興味があったのね! うわぁ、カズマさん。今まで朴念仁の振りをして単に好みの女性がこの中にいなかったってだけなのね。なるほどなるほど」

「レティさん。曲解が過ぎる! っていうか仕事中じゃないんですか?」

「もちろんこれも重要な仕事よ。王都でも有名な1級パーティーの内部分裂は、ギルドとしても見過ごせませんから」

「詭弁だ!」


 トリーシャとレティさんは完全に面白がってる。

 からかいが半端ない。視線と言葉でガリガリ精神が削られます。


 かと思うと、隣ではシアが妙にすました顔で、俺を見ていた。

 なんだろう。さっきより、ひんやりとした空気が……。


「ふーん。カズはあんな感じの女の子が好みなのねー」

「……シアさん。なんでそんなに不機嫌なんでしょうか。あなたは俺がそんなつもりではないことを十分に分かっていると思うのですが」

「そーね。別にー」

「棒読みすぎる……」

「まぁ、確かに真面目なカズマが女性に声をかけるなんて珍しいな」

「そうですよね」

「チャドとハリエットは、火に油を注ぐなよ!」


 俺、この世界に来てから、どうもツッコミ役になっている気がする。

 なんでこんなに楽しそうに俺に絡んでくるんだ、このパーティーメンバーは。

 

 俺は仕切り直すことに決めた。

 この生暖かさと肌寒さが混ざった変な空気は、確実に胃に良くない。


「あー。分かった。分かりました。いい機会だから話すよ」

「……そう。なに?」


 急に真面目になった俺の態度に合わせるように、シアが真剣になった。

 そうだった。前に図書館に行っていたときから、心配かけていたっけ。

 もしかして、マーニャに声をかけたことではなくて、あまりに何も言い出さずにフラフラしているから不機嫌だったのかな?

 まさか、ね。


「俺は、直に会ってみたい人達がいる。このところ図書館に行ったり、ギルドに頻繁に顔を出していたのは、その情報集めもあってのことなんだ」

「この前のクレーフェ伯の話も?」

「そう。クレーフェのご隠居様に会って確認したいことがある」

「もしかしてさっきの子も?」

「ああ。会いたい人に似ていたから、関係者かもしれないと思った。もうちょっと話を聞きたかったんだけど」

「なら、悪いことしちゃったわね。ごめんね、カズマ」


 素直に頭を下げてくるトリーシャに、俺は慌てて首を振った。


「いや、そんなに大したことではないし。そもそも俺も何も話していなかったから勘違いされて当然だ。それにまだ当分王都にいるって言っていたから。同じ冒険者だし、また会う機会はあるだろ」


 少しバツが悪くなったように顔を見合わせる周りに対して、軽めに笑っておく。

 本当に、そこまで急いでないし、取り返しがつかないわけでもない。

 ……被害は俺の精神力だけだ。


 そんな中、シアは何故か不安そうに尋ねてきた。


「……ということは、カズとしてはクレーフェ伯領に向かいたいわけ?」

「ああ。でも急いでいるわけじゃないんだ。ぼちぼち考えていたって感じかな」

「なら、公表できる範囲で良ければギルドが集めたクレーフェ伯領の情報をお見せしましょうか? あそこは戦争中かなり被害があったので、ギルドは今でも調査を続行していますから」

「いいんですか? 助かります」


 レティさんは、さっそく資料を取りに行ってくれた。

 こういう時はスピーディで有能なスタッフなんだよな。

 悪ふざけが過ぎるけれど。


 すっかり空気が変わった。チャドが冒険者の表情で提案してくる。


「俺たちも意識して情報を集めようか?」

「いや。そこまでしてくれなくてもいいよ。俺の勝手な話だから」

「おい。まだまだ水臭いな、カズマ。俺たちは……」


 仲間だろう、と続けようとした戦士の機先を制して、言葉をかぶせる。


「手がほしい時はちゃんと頼むよ。仲間だから、な」


 鳩が豆鉄砲を食ったように目を見開いたチャドは、野太い笑顔を浮かべて頷いた。


「ホントよ? 本当に助けが欲しい時は言ってよね、カズ」


 シアが再三確認してくる。

 俺ってそんなに皆を頼っていないように思われているのかなぁ。


 でもなんだろう。

 シアの言葉には、すがるような響きが少し感じられて。


「わかってる。約束するよ、シア」


 俺は、かなり真面目に心を込めて、そう返事をしたのだった。


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