第13話 回避不能な招待状

 さて。

 俺は今、とっても場違いなところにいる。

 人族の代表国家「ブリュート王国」の中心に位置する王都「ロンディニム」の、さらに中央に鎮座している王城の、そのまた中核となる王宮にある接客室だ。

 賓客を招くための部屋で、調度品は高級だが落ち着いたもので統一されている。

 もちろん普通は一介の冒険者が足を踏み入れていい場所ではない。


 前世界ではラドルの手を借りて王室との繋がりを作り、その後ろ盾を得てから魔族領に潜入した。

 だから王宮へ何度も入ったし、この上品な部屋も見覚えがある。


 しかし、それはあくまでも107回目の世界のことであって、ここではまだ何の接点もないはずだ。

 むしろラドルやマーニャに接近しようとしたために、警戒されているはずなんだけれど。


 それなのに、正式な文書を持った使いがチャド宅に来て、丁重に客として招かれてしまった。




「なに? 一体どういうことなの? カズマって実は王家と縁でもあるの?」


 王家の使いが帰った後、トリーシャが珍しくパニクっていた。

 貴族嫌いのイネスがいなくてよかったなぁ。

 洞察力があるイネスのことだから、変な勘違いはしないだろうけれど、それでもラドルに興味があるって言っただけで胡散臭そうな目で俺を見ていたぐらいだ。

 嫌味の1つや2つ。いやいや、10個や100個ぐらいは言われてもおかしくない。


 チャドがもう一度、招待状を読み直して肩をすくめる。


「これは確かに王家の公式文書だ。断ってもいいとは書かれているが……」

「無理だよなぁ」

「ああ、無理だな」


 男爵家出身であるチャドが、嫌な太鼓判を押してくれた。


 王家が公式に招待状を出したということは、この文書は宮中の担当文官がしっかり記録を取ってるということだ。

 それは一定の安全を保証してくれる。

 もし仮に俺がその場で捕縛されたとしても、公的に訪ねた証拠がある以上、そのまま秘密裏に消されることはないだろう。

 ……まぁ、八百長裁判で有罪判決! って可能性はあるけれど、その場で殺される危険性は低い。


 だけど、断った場合も、その旨が公式記録に残される。

 そうなると今後、貴族や上流階級からの覚えがめちゃくちゃ悪くなるだろう。

 冒険者としてもマイナスだし、下手をすれば社会的な抹殺に繋がりかねない。


「行って来い、カズマ。どんな理由か分からないが、断る意味もないだろう」

「もし話せる内容だったら、帰ってきてから教えなさいよ。力になるから」


 うん。なんというオトンオカンっぷり。

 この2人、息が合いすぎ。もうつき合ってしまえばいいのに。

 そんなことを言おうものなら、またまたトリーシャ考案、性格更正用特訓フルコースを頂戴する羽目になるから、黙って頷いておいた。


 気になったのはシアの態度。

 何かと俺に絡んでくるあのシアが、なぜかとても大人しかった。

 一言も話さずに帰っていく後ろ姿が、妙に印象に残っている。


 その後は、ギルドに礼服を借りにいき、レティさんに最低限の礼法を叩き込まれた。

 前世界での経験で礼儀作法も一応知ってはいるけれど、多少ズレている可能性もあるから、確認しておくに越したことはない。


 そのレティさんの態度も微妙だった。

 今までは明らかにラドルやマーニャへの好奇心をそらそうとしていたのに、手のひらを返したように協力的だ。

 もちろん、数日前からチャド宅の監視も解かれている。


 どうやら王室もギルドも、俺への対応を変えたらしい。

 なぜ? 理由が思いつかない。

 尋問するつもりかもしれないが、回りくどいな。監視していた手練に、俺を拘束させれば済みそうなものなのに。

 

 たった1つ考えられる原因は、ヴァクーナだ。

 夢通信のなかで「周りに働きかけている」と言っていた。

 それが、この変化だろうか。


 でも、それも難しいように思う。

 ヴァクーナが今できる物質世界への働きかけは夢通信だけだ。しかし、お告げはごく限られた者にしか使えない。

 俺のようにヴァクーナと縁が深いか、もしくは魂の格が高く、神の交信を受け入れることができる器がある者でなくては、ただの夢としてしか認識できないはず。

 仮に王家の者やギルドの幹部に対してヴァクーナ夢通信を行っても「なんだか不思議な夢を見た」程度で終わってしまう。

 そんな曖昧なもので、国家や組織が方針を変えるだろうか。


 結局悩みつつも、行ってみることにした。

 虎穴に入らずんば虎児を得ず。

 最悪、実力行使で逃げ出すことも考え、準備をしておく。




 こんな感じで、王宮の接客室に通されてから、10分ほど経っていた

 テーブルの上には、芳しい香りも豊かなお茶が注がれたティーカップと、お茶請けが用意されている。

 先程、メイドさんが目の前で入れてくれたものだ。ご丁寧にわざわざ毒味までしてくれた。

 今まで監視していたから、俺が警戒していると考えてのことだろう。

 かなりこちらの心境を配慮してくれているようだ。


 ますます、状況が分からなくなる。

 いったいあちらさんに何が起こったんだ?


 より神経を張り詰めて、密かに霊力を練り、周囲に気を配る。

 正確に3分後、扉向こうに人の気配を複数感じた。


 ……って、え? この気配は。どういうことだ?


 ノックに対してかろうじて応えたけれど、正直頭が回らない。

 それでもなんとか椅子から立ち上がり、最上級の礼法に則って頭を下げた。


「お招きくださり、ありがとうございます。ロンディニム冒険者ギルド所属、階梯3級のカズマと申します」

「お顔をお上げください、カズマ様。本日はお忙しいところを、無理にお招きして申し訳ございませんでした。お応えくださったことに感謝申し上げます」


 その懐かしい声に動揺する自分を押さえつけ、丁寧に向き合う。

 目の前には、涼やかな蒼い瞳と優しく儚げな微笑み。

 長い金の髪が美しく輝いている。


 前世界で俺の仲間だった神官、コリーヌがそこにいた。


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