第8話 飲み会と決心

 図書館で調べた結果。

 ラドル・エル・クレーフェは確かにこの世界にいる。


 貴族年鑑にしっかり名が記されていて、その経歴も俺が知っている通りだった。

 魔族戦争の資料にも、引退の身ながら戦術顧問として参加していたことが記されている。戦後は息子である現クレーフェ伯を手伝いつつも、領地で隠遁生活に入っているらしい。


 これで、とりあえずの目的はできた。


 彼らに会うことが、フラグになるのかは分からない。

 しかし、現在のところなんの手がかりもなく、ヴァクーナからのお告げもない以上、できることをやるしかないんだ。


 ヴァクーナは、俺の召喚転生が第一のフラグだと言った。

 『*****』に対応できる最低限の資格を持っている証だ、と。


 俺の存在が何かの鍵になるというなら、俺と関連性が深いものに当たってみるのも1つの手だと思う。


 この世界で俺と関係する何かがあるとしたら、それは前世界で俺と関わった人たちと異界同体である存在。

 107回目の世界と双界の関係にあるこの世界で、同じ運命を背負っているだろう人たちだ。


 共に魔王を倒したコリーヌ、ラドル、マーニャ。

 俺の剣を鍛えてくれた剣匠アダマス。

 そして、秘法術を指導してくれた大法術師デズモンド。

 とりあえず、この5人が挙がってくる。


 とは言っても、アダマスは少し存在が変わっているみたいだから、手がかりがない。


 デズモンドも探すのが難しい。

 というのも、前世界のデズモンドはもともと有名ではなかった。この世界でもまったく名前を聞かない。

 実力はそれこそシアやコリーヌすら手玉にとれるほどの法術使いだけれど、名が広がるのを極端に嫌っていたんだ。

 いくつもの偽名を持っていて、世界中を旅していた。俺が出会えたのはただの偶然。

 もし同じ性格だとすると、はっきり言ってどこにいるのか見当がつかない。


 結局、ラドルやコリーヌを探すほうが確実だ。



「ラドル殿について、か」


 チャドの家にブラムを招いて、酒でも酌み交わしながら話を聞いてみることにした。

 チャドはもちろん、イネスもいる。どうせなら皆で話したほうがいろいろ情報が集まりそうだし、たまには男同士で酒盛りもいいだろう。


「ふーん。カズマは貴族に興味があるんだ」


 ……なのに、なぜトリーシャがいるんだろうか。

 っていうか、女性陣も全員いる。完全にトリーシャパーティーの飲み会になっていた。


「いいじゃない。ザルバ種討伐の打ち上げもしていなかったし」


 ダメなの? と首を傾げつつ、鳥肉のフライを手に取るトリーシャ。


 まぁ、確かに問題があるわけじゃないんだけどさ。

 チャド宅の居間は広くて、7、8人ぐらいなら余裕でくつろげるし、ハリエットの料理はとてもうまいから、歓迎といえば大歓迎なんだけれど。

 男同士で気楽に飲むのもいいと思っただけだよ、うん。


 ちなみに、シアも料理が上手だ。

 意外だと言ったら、即座に法術ワイヤーでぐるぐる巻きにされました。ごめんなさい。


「貴族というより、知将っていわれたクレーフェ伯に興味があるんだよ」

「確かにあの方は素晴らしい知略の持ち主だが、知将という感じではなかったな」


 ブラムはいつものように、ジョッキを傾けつつ静かに話す。


「直接会ったことがあるのか?」

「ああ。一度だけ傭兵として、彼のもとで戦ったことがある」


 気さくな方だ。

 私たちが『クレーフェ様』などと呼ぼうものなら、豪快に笑って「戦場を離れたらラドルと呼べ。お主らは戦友じゃ」とおっしゃってくださった。

 戦場や訓練では鬼のように厳しかったが、一度その場を離れると、まるでただの先輩冒険者のようだったよ。貴族とはとても思えなかった。


 ブラムの思い出話に、トリーシャが感心したように頷く。


「へぇ。貴族にもそんな人がいるんだね」

「チャドさんみたいな方ですね」

「おいおい、ハリエット。男爵家から放り出された俺と、もとクレーフェ伯を比べるというのは、流石に無理があるぞ」


 チャドが苦笑いしている。

 でもなぁ。前世界のことではあるけれど、実際に一緒にいた俺から見ても、結構チャドはラドルに似てると思う。

 もちろん能力的にはタイプが違う戦士だけれど、豪快な割に気配り上手だったり、貴族出身なのに庶民的だったり。


「戦争途中で戦線から姿を消されたと聞いた。重傷を負われて後方に下がっただとか、戦死されたとか、密命を帯びて独自に動かれているのだ、とか。いろいろと噂話が広がったものだ」

「結局生きていて、今度こそ引退されたんだろ?」

「ああ。ラドル殿の領地は一時魔族に蹂躙されて、ひどい有様だったようだ。あの方のことだ。おそらく今も、朝から晩まで働かれているだろうな」


 ブラムの話からすると、この世界のラドルも、俺が知っている性格そのままに思える。

 しかも、戦争中にいなくなった、というのも気になるな。

 やはり魔王討伐に参加したのだろうか。


「……それでも貴族は貴族だろうが。オレは気に食わねぇな」

「イネスの貴族嫌いも半端ないわね」

「シアさんの法術好きとどっちが上だろう、って感じですもんね」

「ちょっと、ハリエット! そこ比べるとこじゃないから!」


 イネスを酒の肴にして、女性陣が盛り上がってるな。

 でも、そうか。なんとなく感じていたが、イネスは貴族が嫌いなのか。

 チャドのことは認めているようだけれど、他の人に比べるとちょっと距離を取っているイメージがあったもんな。


「……で、カズマ。お前はどうしたいんだ?」

「ん? いや、特になにもないよ。興味があっただけ」

「ふむ。そうか」


 ブラムは、ほんの少しだけ探るように俺を見た後、黙って酒を飲み続けた。

 本当に察しが良すぎて、恐ろしいよ。


「カズったらー。ちゃんと飲んでるー?」

「飲んでるよ。っていうか、シアは飲み過ぎじゃないか?」

「いーじゃない。ザルバ種討伐の打ち上げだしー。今度、カズと法術談義する前祝いだしー。ティーチが美味しいしー」

「なんだよ、その微妙な前祝いは! それより酒に弱いくせに飲み過ぎだって。帰れなくなるぞ!」

「ふふふー。カズとほうじゅつについてかたりあうの、すっごくたのしみー」

「ダメだ。これは完全に潰れる……」

「カズマ、もう諦めろ。トリーシャ、悪いが後で送ってやってくれ」

「はいはい。いつものことだから大丈夫よ」

「なんだよ、カズマ。泊めてヤればいいじゃねぇか」

「家主を前に変なこと言うな、イネス! しかもなんか妙な発音だったぞ!」

「か、かかカズマさん! まさかシアさんにそんなこと!」

「ん? なんなら一晩、家を空けようか?」

「あら。なに、カズマ。結局シアに捕まっちゃったの?」

「ハリエットも、チャドも、トリーシャも! 変なところでノリが良すぎる!」


 無茶苦茶を言いつつ、笑うトリーシャたち。

 俺は、飲み食いする皆と話を楽しみつつ、クレーフェ伯領へ行くことを決めていた。


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