第7話 思い出と調べ物

 人族の代表国家ブリュート王国の王立図書館も、戦争時に甚大な被害を被った。

 しかし、なんとも素晴らしいというか、凄まじいというか。

 当時の図書館長は、魔族との戦争が始まった途端、ほとんどの蔵書を地下倉庫に移し、厳重に封印したんだそうだ。

 そのおかげで図書館の被害は建築物と設備だけで済み、貴重な知的財産はほぼ無傷で守られた。

 ……残念なことに図書館長自身は、優れた法術士でもあったため自ら戦争に志願し、命を失っている。

 王家はその業績をたたえ、再建された図書館に彼の名を残した。


「王立アベール図書館か」

「生前何度かお会いしたことがあるけれど、知的で穏やかな人だったわよ。私との法術論議を楽しんでくれた数少ない方だったわ」

「……それは本当の人格者だな。会ってみたかった」

「……なんで変な含みを感じるのかしら」


 うん。今のシアならいざしらず、以前のマシンガントーカーと会話を楽しめるなんて、聖人君子以外の何者でもないと思うんだ。


 でも、なぁ。

 ……そんな良い人の命も問答無用に奪っていくのが戦争なんだよな。


 107つの世界をめぐるなか、何度もそんな場面を見た。

 どの世界でも規模や性質の違いこそあるものの、必ず魔族が存在し、束ねる魔王がいて、人族との間に戦争を起こし悲劇を生んでいたんだ。

 魔族の存在は、いくつかある108世界の共通点の1つだといえる。


 こんなことを言ってはいけないかもしれないけれど、この世界では戦争中に召喚転生しなくてよかった、とホッとしている。


 冒険者として魔獣や魔族と戦うのと、戦争はまるで違うんだ。

 戦闘の悲惨さも、流される血の量も、奪い奪われる命の数も。

 あの苦痛はたとえ1000回召喚転生しても慣れることはないと思う。


 そうだ。そのときに俺がいたところで戦局が変わるものでもない。

 運命はそう簡単に変えられないから運命っていうんだ。

 前世界の魔王討伐だって、俺だけじゃ不可能だった。


 俺には、自惚れるほどチートな力はない。それは骨身にしみて知っている。


 その場にいても、俺にできることなんて大してありはしなかっただろう。

 だから、戦争中に転生しなくてよかった。

 よかったんだ。


「……カズは、なんだかんだ言ってもお人好しね」


 シアがかすかに笑みを浮かべて俺を見た。

 なにがどうして、そんな感想に繋がったんだ?


「なにを言ってるんだか。俺は本を探しに行くけど、シアはどうする?」

「うーん。法術関係の書物はほとんど読破したから。カズのお手伝いでもしようかしら」

「なにそれ。どんな読み方すれば、そんな読書量が達成できるんだよ」

「昔から速読術も得意なのよ」

「地味にすごいな!」


 小声で話しながら、整然と並んだ書棚へ足を向ける。

 シアは司書に魔族戦争関係の最新資料がないか、尋ねに行ってくれた。

 その背を見送った後、棚を見て歩き、基本的で分かりやすそうな本を選んでいく。


 図書館に来た目的は2つ。


 1つはこの世界についての知識を深めること。

 召喚転生の特質として、最低限の常識は頭に組み込まれているけれど、細かい知識はない。だから大まかでも、世界情勢や地理情報を知っておきたい。

 前世界とこの世界は、双界よりもさらに関連性が深いみたいだけれど、微妙に違う点もあるんだよね。


 たとえば、俺の持っている剣の銘を教えたときのトリーシャの反応。


 アダマスは前世界では知る人ぞ知る剣匠だった。

 戦士騎士だったら、彼が鍛えた剣を持つことは誉れであり、一流の証にすらなる。

 俺の持っている剣はアダマス作ではあるものの無銘の数打でしかない。それでも、周りの冒険者は感心して一目置いてくれたぐらいだった。

 一般人ならいざしらず、1級の冒険者であるトリーシャが名前を聞いたことがないなんて、前世界だったらありえない。


 このようなズレはできる限り修正しておかないと、変なところで足をすくわれそうだ。


 もう1つは、コリーヌやラドル、マーニャと会うために必要な情報を得ること。

 これはどちらかといえば、ギルドや情報屋といった別のアプローチのほうがより役立つ情報が手に入ると思う。

 でも、基本的なことを知っておかないと、交渉も情報の取捨選択もできないからなぁ。


 今、確実にいると思われるのは、ラドルだけ。

 しかもブラムから名を聞いたに過ぎないから、別人の可能性だってある。

 図書館で公式の情報を確認してから、もう一度ブラムに話を聞いてみようと思う。

 もし存在しているなら、引退していたとはいえ伯爵位に就いてたラドルのこと。何らか記録があるはずだ。


 コリーヌは教皇領の大神殿に神官として勤めているはずだし、マーニャはブリュート王国の西方にある村の出身だったから、その近くの都市で冒険者をしている可能性が高い。

 公式資料では彼女たちの所在は分からないだろうけれど、居るかもしれない地域の情報を事前に揃えておきたかった。

 会いに行くとなれば、それなりの旅の支度が必要になるし。


 貴族年鑑や歴史、地理関係の本をいくつか見繕って、閲覧用の机に積み上げる。

 読書は嫌いじゃないけれど、読むのが遅い俺にとっては、なかなかの試練だなぁ。

 さっそく一冊読み始めたところで、シアが戻ってきて、本の山をさらに高くしてくれた。


「カズ。魔族戦争関係で、いま公開されているものはこれだけみたいね」

「ありがとう。それにしても、これだけって量じゃないな」

「なんなら、戦争関係だけでも私がざっと目を通してまとめてあげましょうか?」

「うわ、それ助かる!」

「今度、法術論議につき合ってくれるわよね」

「う。……はい、リョーカイです」

「なら頑張るわ! ふふふ、楽しみ!」

「よろしくお願いします……」


 シアが笑顔を輝かせながら、資料を読み進めていく。

 ありがたいし頼もしいけれど、後が大変そうだ。


 ……でも、まぁ、仕方がないか。

 アベールさんには及ばないだろうけれど、シアと一緒に法術談義を楽しんでみようかな。


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