第6話 女運と頭痛の関係
ザルバ種の討伐が終わり、無事ロンディニムに戻って2日経った。
ギルドの報酬には王国からの褒美も加えられて、懐具合はなかなか良くなった。
……そのかわり、と言うべきだろうか。
帰ってすぐにトリーシャとの特訓があって、丸一日地獄を見ました。
いや、体力的には別世界で覚えた超回復法術があるので、あまり苦にならないんだけどさ。
気圧されたというか、精神死させられそうになった、というか。
そもそも無手の技ではかなわない上に、お怒りモードのトリーシャはえげつないんだよ。
ザルバ種が可愛く思えるほどあの手この手で追い詰めて、なぶり殺すように攻め潰す。
「ほらほら、カズマ。オカーサマが手折り足折り教えてあ・げ・る!」
「ちょ、表現がコワイ! 手は取ってください。折らないで!」
「ふふふ。私そんなに所帯じみている? ねぇ、カズマ! あんな大きな子どもがいるように見える?」
「すいません! 冗談でももう言わないから、勘弁してくれ!」
なまじ美人だから、その恐ろしさたるや、別世界のアマゾネス軍団以上です。
そういう責めがご褒美だと感じるような趣味は俺にはないので、トリーシャの卓越した格闘技量を身体で実感するとともに、本気で夢に見るほど精神をすり減らしました……。
口は災いの元。トリーシャにおかんネタはNG。
心と身体にそう刻み込んだ一日だった。物理的に。
翌日、今度こそ図書館に行くことにした。
調べたいこともはっきりしたし。
で、今回もなぜかシアがついてきた。
本来、法術研究で暇なんてないはずなのになぁ、シア。
まだ秘法術について聞き出そうとしているのかなぁ。
秘法術に関しては、前世界とはいえ師匠になった奴から「みだりに人に伝えるなかれ」って言われているんだよな。
これは「秘」法術だからってことではなく、教えるとかえって習得しにくくなるからだ。
秘法術はオンリーワンな法術なので、人によってまったく構成の仕方が異なる。
下手に教わると参考にならないどころか、変なイメージがついてしまって遠回りになりかねない。
それでも俺の師匠みたいに、教える事が上手ければ問題ないけれど、残念ながら俺はそんな器用なことはできません。
秘法術は自分で編み出すもの。
シアにそう告げた時、一応納得してくれたと思っていたのだけど。
隣を歩くシアに目を向けると、すぐに食いついてきた。
「ねぇ、カズ。なにを調べに行くの。法術? 法術よね!?」
「違う。貴族年鑑と、教皇領についてと、魔族戦争の資料が目的」
「ええーッ! せっかく私と一緒なんだからここは法術について熱く論じあうところでしょう?」
「却下。その論法はおかしい。シア仕様すぎる」
「……もう。カズって本当にいけずなんだから」
こんなセリフを言う美女を目の当たりにしたら、普通は胸がドキドキしてもおかしくないはずなのに、俺の心臓は何故こうも平常運転なのか。
答え。発言者がシアだから。
……トリーシャといい、シアといい、それぞれがものすごい美人のはずなのに、なんでこう濃いんだろう。
いや、まぁ。冒険者って結構個性豊かな人が多いからなぁ。
俺も人のこと言えないし……。
106回死んだ経験があります、とか。107もの世界を渡り歩いてきました、とか。
……濃いとかそういう問題じゃないよなぁ。
「カズって黙り込むと、なんだかいつも苦悩してるわね」
「……そうか?」
「あの、冗談抜きで何か悩みがあるなら聞くわよ? もう仲間なんだし。私じゃまずいなら、チャドやブラムだって聞いてくれると思うけど」
「そこでイネスは出ないのか?」
「そうね。イネスに話してもいいけれど、内容次第じゃ一生からかわれるわよ、きっと」
「ハリエットが聞いたら、ぷんぷん怒るぞ」
「そうかしら。困った顔して頷くと思うけど?」
シアがちょっと寂しそうな顔をした。
……話をそらしたのがバレたみたいだ。
さすがに異世界からきました、なんて言えるはずもない。
しかも、最も力ある宗教の主神から遣わされた、なんて言ったらとんでもないことになるだろう。
そう。
実は前世界でもこの世界でも、ヴァクーナは主神の一柱として信仰を集めている。
コリーヌが神官として仕えていたのも、ヴァクーナ神教だった。
魂の力である霊力が発達した世界において、魂を司るヴァクーナが信仰されるのは自然ではある。
……でもなぁ。
脳裏に、いつもの笑顔を張りつけて嫌味を言う白き女神の姿が浮かんでくる。
あれを見たら信仰心も吹っ飛ぶと思うけどなぁ。
と考えた瞬間、鳥肌が立った。
『……本気でフォローすると言ったでしょう? 見・て・ま・す・ヨ?』
幻聴。
うん、幻聴に違いない。
夢以外で通信できた試しはないんだから。
「カズ、どうかした?」
「いや、なんでもない。って着いたな」
今回の召喚転生における女運についてという、非常に難解な命題に頭痛を感じつつ、俺は図書館の門をくぐった。
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