第12話 役に立てて光栄

 ささやかな情報が、戦況を覆すことは結構ある。

 ちっぽけな噂話。信じられないような流言。根も葉もない戯言。

 そんな「情報」といえないようなものですら、運用次第では大逆転を生む。

 107回も異世界を巡り、それこそ何度も死ぬ目にあって得た教訓の1つが「情報の大切さ」だ。


 そして、俺は108回目の世界でも、その教えを噛み締めている。


「シア、眠っちゃったみたいね」

「カズマさん、お見事です!」


 宿に付属している酒場で、テーブルを囲むトリーシャたち。

 俺の隣の席には、豪快に突っ伏して眠り込むシンシアの姿があった。


「……肝心なのは、ワードとイメージよね。深層心理に刻み込んだイメージを引き出すワード構成は、術士によって違うけれど、一定の法則が認められるわ。すなわち……」


 ……寝言まで法術論かよ! どんだけ法術大好きなんだ!

 俺は流石に呆れつつ、貴重な助言をくれた隠れた知恵者に礼を言った。


「心の底からブラムさんに感謝します」

「役に立てて光栄」


 寡黙な槍使いは言葉少なに答えながら、柔らかな笑みを浮かべてジョッキを口にした。


 討伐の成功を祝して皆で飲もうという話になった時、ブラムは密かに俺に耳打ちしたのだ。『シンシアは酒に弱い』と。

 俺がその情報に飛びついたのは言うまでもない。


 案の定、俺の隣を確保したシンシアが、法術について夢見るように語り続けるあいだ、彼女のカップにひたすら果実酒を注いだ。


 シンシアは甘い酒が好きだ、というのはトリーシャからの情報。

 特にティーチと呼ばれる果実酒が大好きで、弱いくせに出されると必ず飲み干すらしい。

 始めにシンシアが自発的に頼んだのもティーチで、それを見て俺は心の中でガッツポーズした。


 明日の朝が怖いけれど、とりあえず法術談義で徹夜する羽目にならずに済んだよ。

 ブラムさん、マジ感謝。


「報酬をもらえたら、お礼を払いますよ」

「そこまで!?」

「不要。私も静かに酒が飲めるから、それで十分」

「ブラムさん、さりげなくひどいですよぅ!」


 ニコニコ笑いながら合いの手を入れるのはハリエットだ。どうやら彼女は酔うとおしゃべりになるタイプらしい。

 イネスは下戸なのだそうだ。サルティという柑橘系とベリィ系を絶妙にブレンドしたようなジュースを飲んで、吟遊詩人の語りを聞いている。


「こういう席で飲めないのは辛いですね」


 と話しかけたら、その細い目をさらに細めてニヒルに笑い、こう言った。


「そうでもないぜ。酔ってるヤツラの醜態は見ているだけで面白い」


 うん。敵に回してはいけない系の人だね。覚えておこう。


 トリーシャがシンシアを部屋に運ぶために席を外すと、チャドが絡んできた。

 そのまんま戦士系なチャドは、酒に関しても期待を裏切らない。飲んで食って、豪快に笑う。


「ほら、飲めよ。そこそこいける口だと見たぜ」

「チャドさんほどは飲めませんよ!」

「カズマ。さんづけはやめろよ」

「いや、今日出会ったばかりの人たちにそういう訳にも」

「命がけの戦いのなかで手を組んだ。それだけで十分だ。戦友に他人行儀はよせ」


 男くさい野太い笑顔を浮かべながら、チャドはさらにジョッキを空けた。

 まったくすごい戦士っぷりだな。騎士の家系だと聞いたけれど、確かにこっちのほうがあっている。


「そうよ、カズマ。まだ友人とは言えないかもしれないけれど、肩を並べて戦った者同士なんだから」


 シンシアを寝かせてきたトリーシャが、皿とジョッキをもって来て俺の隣に陣取った。


 軽装鎧と手甲を外し、ラフな格好になったトリーシャはとても女性らしい。

 動きやすい短めのチュニックワンピースがよく似合っている。


 でも、それより所作の1つ1つが洗練されていて目を引いた。

 洗練といっても礼儀作法が素晴らしいのではなく、しっかりと制御された躍動感が伝わってくるんだ。格闘家として積んできた修練が見て取れる。

 鍛えられた身体と、隠しきれない生命力にあふれた美しさ、とでもいえばいいのかな。

 まぁ、あれだけ身体強化できる霊力を持っているのだから、魂が輝いていて当然かもしれない。


 ……どうも106回も死んだせいか、女性の見方が間違ってきている気がする。

 感性が摩耗したかなぁ。それはイヤだなぁ……。


「わかった。じゃ、遠慮はなしで。よろしく、皆」

「よしよし。ってことでさっそくだけど、仲間にならない?」

「直球だな! ってか、なにが『ってこと』なんだよ? 話がつながってない!」

「おおー。カズマさん、順応早いですね!」

「たぶん心の中でツッコみまくっていたんだろ? 特にシンシアに対して」

「なるほどです!」


 チャドとハリエットが、妙な納得の仕方をしていた。

 ブラムは静かに杯を重ね、イネスがニヤニヤと笑いながら俺たちを観察する。

 俺のツッコミをものともせずに、トリーシャがめちゃくちゃいい笑顔で勧誘を続けた。

 シンシアは夢の中でもまだ法術談義をしているのだろうか。


 召喚転生初日から、こんな風に戦友を持つことができたのは思いっきり運がいい。

 ……いや、運が良すぎる。今までのことを考えたら、ありえない幸運。



 だからだろう。



「素直じゃありませんね。ラッキー! って言って受け入れればいいじゃないですか」

「そんな単純さは、10回も死を経験したらキレイサッパリ消え失せるわ!」


 その夜、予想通り夢の中に出てきた真っ白な女神様を見て、完全に確信した。


 さて、しっかり話してもらおうか。

 これでも「情報の大切さ」は分かっているつもりだからな。


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