第13話 これだから素直に崇敬できないんだよ
夢の中に、世界の狭間とでもいうべき空間が再現される。
真っ白な世界に、真っ白な貴婦人。
張り付けたような笑顔で俺を見つめて、いつものように愚痴をいう。
「まったく。もう少し感謝とか、ありがたがってくれてもいいんじゃないですか? これでも貴方からすれば、神と言ってもいい存在だと思うのですけれど」
「俺だって始めの頃はメチャクチャかしこまっていたんだ。それをこんな残念な対応に変えたのは、主にその女神様のせいだぞ?」
106回死に戻る度に、愚痴られ嫌味を言われてみろよ!
顔を合わせる度に無駄に説教する高慢ちきな教師と変わらないよ?
「ひどいですね! 神への敬意ってものが感じられませんね!」
「……いや、本当なら心の底から崇敬したいよ。俺、毎月神社のお参りを欠かしたことがなかったぐらいだったのに。マジで俺の中にあった神様のイメージと信仰心を返して欲しい」
「……なにげに今のが一番傷つきました……」
俺の本心暴露に、ヴァクーナが珍しく肩を落とす。
ほんの少しだけど逆襲に成功した記念すべき一瞬だった。
「それはさておき」
「立ち直るの早いな!」
「私、これでも神と呼ばれてもいい存在ですから」
「理由になってない!」
まぁ、俺もさっさと本題に入りたいから自制する。
夢での交信は、俺の意思ではつながらない。常にヴァクーナから来る連絡だから、これを逃すと次に話ができる機会がいつになるか分からないのだ。
だから、単刀直入に質問した。
「で『本番の目的』ってなんなんだ?」
「うーん。どうしますかね?」
「なぜ、そこで言いよどむ?」
ヴァクーナの思いがけない反応に、こっちが戸惑う。
107回行った『課題』の場合は「その世界の魔王を倒せ」としっかり具体的な目的を示してくれた。
今回が本番なら、なおさらはっきり『目的』を教えてくれると思ったのだけど。
「まずですね、貴方をこの世界『ティンベヘ』に召喚転生できた時点で、第一関門突破です。そのタイムリミットがギリギリでしたから、まず召喚転生を優先したのです」
「『ティンベヘ』? この世界って名前があるのか?」
「……ええ、まぁ『私たち』が識別するためのコードみたいなものですから、もちろん住人は知りませんけどね」
世界そのものに名前がついていることは珍しい。
今までも世界の中に存在する星の名前、大陸の名前、国の名前はあったけれど、名前がある世界に召喚転生したことはなかった。
つまり『ヴァクーナたち』にとって名付けるに値する世界ってことだろうか。
さすが本番というだけあって特別なのかもしれない。
「で、貴方が確認した通り、この世界の『魔王』はすでに倒されています。貴方に対処してほしいのは『*****』です」
「はい?」
「あ、やっぱり認識できないですか?」
「やっぱりってどういうことだよ」
「例えるのが難しいのですが、うーんと『フラグが立っていない』って言えば通じます?」
「……表現にいろいろ言いたいことはあるけれど、ニュアンスは分かる」
つまり、何らかのプロテクトがかかっていて、ある条件をクリアしないと解除されないってことか?
……あのさ。たとえ全知全能ではないと言っても、神の一柱のヴァクーナにもかかるプロテクトって、一体どんなレベルだよ。
それは無理ゲーってやつじゃないの?
「それは大丈夫です。まずティンベヘに召喚転生できることが、フラグの1つですから。貴方の魂が目的達成のための最低条件をクリアした証です」
「そうなのか?」
「そうですよー。ホント、あれだけ時間をかけたのに転生できなかったらどうしようかと、内心とっても不安でした」
ニコニコ笑いながら肩をすくめるヴァクーナに、恐る恐る気がついた疑問をぶつけてみる。
「……ちなみに召喚転生に失敗していたらどうなってた?」
「よくて魂データの破損。最悪消失……ですかね?」
「怖ッ! よ、よくもそんなこと説明もせずに!」
「説明してゴネられても無理矢理送りますよー。もう本当にギリギリだったのですから。そのために貴方を召喚したのですし」
「……こ、これだから素直に崇敬できないんだよ」
ヴァクーナの笑顔がコワイ。
こんな時、目の前の存在が人間ではないって実感する。
いつも笑顔でいるし、ゆるい受け答えをするから忘れてしまいそうになるけれど、女神様は伊達ではない。
何度も死に戻っている内に魂が成長したのか、認識力が拡大したのか、この果てしない白い空間すべてひっくるめて『ヴァクーナ』という存在だと、感じるようになった。
狭間とはいえ、一つの世界まるごとを内包する存在。それが『神』。
俺の魂なんて吹けば消える。あまりにも存在の規模が違いすぎるんだ。月とスッポンなんて表現じゃ追いつかない。
彼女は俺がそれを感じ取っていることを知っている。
でも、表情も対応も変えない。
だから俺も今までと同じように会話する。
細い細い糸の上を綱渡りしている。そんな感じだ。
俺は呆れた風を装って軽口を叩く。
「いっつも思うけど、ヴァクーナ自身でどうにかすればいいんじゃないのか? それができないとしても、直接力を貸してくれる、とか」
「あのですねー。基本的に物理世界には、私たちのような存在は介入しづらいのですよ」
「神々って呼ばれている存在なのに?」
「神々と呼ばれる存在だからこそ、です。前に使った魂データを例えにするなら、私たちのデータ量は膨大すぎて物質世界では転生はもちろん、ほとんど顕在化できません」
「は?」
「実際、貴方のいた世界でも、今まで巡ってきた世界でも、神が直接介入することってまず無いでしょう? 介入しないのではなくて、したくてもできないのです。無理矢理力を振るったとしたら、貴方がたで例えると『小指をかすかに動かしただけで星が消えます』よ?」
やっぱりなぁ。
感じている存在規模が証明されちゃったよ。
たぶんあまりに違いすぎて感覚が麻痺して、目の前にいる虚像だけを認識しているんだよなぁ。
俺の内心を見透かすように、ヴァクーナはさらにゆるく、冗談めかして話しかけてくる。
……もしかしたら、これも俺の無意識の願望が投影した結果なのかもしれない。
恐怖を感じずに会話ができるように。
「大体、宇宙を創造したりするような存在が、ちっぽけな星1つに降り立つなんてできるわけないじゃないですか。星が存在を許容できません」
「だから、人間を、『俺』を使うわけか」
「貴方には申し訳ないですが、そういうことです。貴方の世界でも、神のお告げを聞いたり、神の祝福をうけて活躍した英雄っていますよね? そのような交信と加護がせいぜいなのですよ。物質世界の問題は物質世界に存在できる者にしか解決できません」
ヴァクーナは急に真剣な顔をして、厳かに告げた。
「でも極稀にですが、そんな物質世界の小さな星の上で生じた出来事がきっかけになって、世界に影響を与えるときがあります。今回がその例なのです」
「……バタフライ効果みたいだな」
「かなり意味は違いますが、そのイメージで考えていただいても間違いではありませんね。で『*****』を認識するためには……」
その瞬間、耳を穿つような雑音とともに、白い世界が揺らいだ。
「! なんだこれ!」
「いけない! 感づかれたようです」
「感づかれた?」
「時間がありません。いいですか? 今回、貴方が会った人たちと当分一緒に行動してください。そうすれば第2のフラグがたちますから!」
「なにをすればいいんだよ!」
「貴方なら自ずと分かります! 今回は私も本気でフォローしますから、また!」
ヴァクーナの白い世界を塗りつぶす漆黒の空間。
天には真円を描き煌煌と輝く琥珀色の月が2つ。
なぜか俺にはその月が、こちらを見透かすように見つめる瞳に見えた。
で、目を覚ました俺は。
「ふふふ。今日は逃さないわよ。昨晩の分まで話し合いましょうね?」
「……シア。ここ一応、男部屋なんだけど。どうやって入ったのかな?」
「許せ、カズマ。俺には止められなかった」
俺の腹の上にまたがって不気味に微笑みながら覗き込む美女と、法術で編まれたロープでぐるぐる巻きにされた戦士という、なんとも言えない光景を目の当たりにした。
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