第9話 やった! この世の春が来た!
「……倒したの?」
トリーシャが唖然としたように呟いた。
うん。倒したと思うぞ。
現にトカゲモドキの魔族は生命核を失って、灰になって崩れてしまったし。
これで、2つはっきりした。
1つは、107回目の世界で手に入れた力を完全に使えるということ。
法術も、体術も、剣術も。
特に「聖光爆」が使えたということは、秘法術も発動できるわけだ。
これは俺的にものすごく大きい。
2つ目は、この108回目の世界は、おそらく107回目の世界と関連が深い「双界」だということ。
双界というのは、文化や法則、歴史などがとてもよく似ている世界同士のことだ。
今までも何度か双界に召喚転生したことがある。そんな時は前世界の技術を応用しやすかったので、とても有益だった。……まぁ、それでも死に戻っていたわけだけど。
この世界は、107回目の世界の法術や技術がそのままのイメージで使えるし、名剣アダマスも寸分違わず再現されている。
それに、魔族の特徴も同じだ。生命核があること。失うと身体を維持できないこと。
ありがたいと思う反面、どうも意図的なものを感じるな。
この世界がヴァクーナにとって本番の舞台だというなら、始めから俺の課題達成を計算して107回目の世界を選択したのかもしれない。
今までの言動からは、とてもそうは思えないけれど。
……それでもあれでも、やっぱりどうしたって、ヴァクーナは女神様だしなぁ。
可能性はあると思ってしまう俺は、我ながらかなりのお人好しか、愚か者なのかもしれない。
まぁ、それはさておき。
いろいろ不安材料や不審の種もあるけど、さ。
トリーシャたちの前では冷静を装っているけれど、ね。
平然と剣を拭って鞘に納めた俺が、内心どのように思っていたか、というと。
(やったぁあああぁぁぁっ! この世の春が来たぁあっぁあぁぁぁァァあぁッ!)
感謝感激雨霰!
豚もおだてりゃ木に登る!
登ってみせます、チョモランマ!
マジで歓喜で、朝まで踊り狂いたいぐらいだった!
いや、ひかないでほしい。
だってさ、考えてみてくれよ。
今まで106回も死に戻ったわけですよ。
スキルや法術を魂に刻んでも、世界をまたぐとせいぜい50%の再現率。
まったく使えないことだって、ざらにフツーにあったんだよ。
死に戻る度に、ヴァクーナにステキな笑顔で嫌味をいわれ。
召喚転生直後は、弱体化のせいでひたすらに逃げ惑い。
やっとその世界に慣れて、友人ができて、実力に自信を持ち始めた頃に殺されて。
またまた真っ白い世界で女神様のイヤミとグチですよ。
それを106回も繰り返したんだよ!
フラストレーション、たまりまくるに決まってるでしょ!
愚痴りたいのはこっちだよ!
っていうか、なんで俺なんだよ!
なんで106回も死ななきゃいけなかったんだよ!
精神死しなかった自分をマジで褒めたいわ!
……とにかく。
召喚転生直後から、今までの経験とスキルを100%活かせる状態なんて初めてだったんだよ。
狂喜するのが当然だと思いませんか?
ニヤけるのを抑えるのに全力で霊力を振り絞らなきゃいけないレベルですが、なにか?
正直、無双なんて期待してない。
チートなんて、今までもこれからもきっと無縁だ。
ヴァクーナの言葉によるなら、この世界の「目的」とやらは魔王ラシュギよりも手強いらしい。
なら、どうせすぐにでも血反吐をはくはめになる。
それは絶対に間違いない。経験上、身にしみて知っている。
だ・け・ど!
少なくとも、今ッ! この瞬間はッ!
この充実感と、俺TUEEEE感に酔いしれたってバチは当たらないと思うんだよ!
それのどこが悪い!
ヴァクーナにだって文句は言わせないぞ!
俺が心中、歓喜の涙でできた大海に溺れそうになっていると、シンシアがこれまた、ものすごくいい笑顔で駆けつけてきた。
「見たわ見たわよ私の目は誤魔化されないわ! あれは秘法術ね、絶対そうだわ! なにが剣士よ。確かに剣術の腕前も見事だとは思ったけれど、秘法術を使っといて剣士だなんて、ずるいわ、いけずだわ。語り合いましょ逃さないわよ! じっくりたっぷり気が済むまで法術談義に花咲かせましょう!」
俺の首に抱きついて、キラキラした瞳でみつめて、一気呵成に欲望をぶちまけるシンシア。
うわぁ。まごうことなき美女といっていいほどの女の子に抱きつかれているのに、なんでこんなに残念感ばかり湧き上がってくるんだろう。
なけなしの俺TUEEEE感が、あっという間に引いていったよ。
もったいない……。カムバック! 俺TUEEEE感!
目を白黒させているだろう俺の様子をみて、トリーシャがシンシアの首根っこを捕まえて引き離してくれた。
「シーアー。アンタは少しブラムを見習え! 落ち着きというものを覚えなさいよ!」
「なによトリーシャ! 私の情熱はあなたにだって邪魔できないわよ! カズ、絶対逃さないからね!」
うん。なんだか確かに逃げられる気がしない。
シンシアの視線と気配が、獅子型魔獣のそれを凌駕しているよ。
「……まぁ、なんだ。いろいろとすまん」
チャドの謝罪が、めちゃくちゃ重く感じた……。
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