第8話 ……え、なにが起こったの?
正中線を崩さずに踏み込む。
インパクトの瞬間、霊力を込めて両手を絞り込む。
打突ではなく、そのまま剣を振り抜く。
そして、すかさず相手の死角へ死角へと移動。
腰を落とし、重心を安定させ、膝は常に柔軟に。
視野は広く、集中力は高く。
周りの気配と霊力を捉えて、呼吸を合わせる。
107世界を渡って身につけた、剣士としての基本戦術。
どの世界でも剣士だったら一番初めに教わるような戦法。
必殺でもなく、華麗でもなく、豪快でもない。
地味で泥臭い、愚直な基本技。
トリーシャたちの攻撃の合間を埋めるように、愛剣を振るう。
敵は銀の双角を持った、二足歩行のトカゲのような魔族。
尾の長さも含めて3mほどだろうか。
大きな頭部は、十分な知性と魔力を。
細く縦に切れた瞳孔と、裂けてつり上がった口は、獰猛な意思を感じさせる。
一瞬で魔力が凝縮するのを感じた。
「ッ! 散開!」
トリーシャの叫びに従って距離を取る。
魔族が漆黒の牙を放ったと同時に、回避が間に合いそうもなかったチャドに霊力のシールドが展開された。
ハリエットの補助法術か。彼女は拘束術のような障害法術よりも、補助・治癒系のほうが本業のようだ。
余裕を持って魔弾を受け止める霊力の盾。
不満の雄叫びを上げてトカゲ魔族が跳躍する。
魔力だけでなく、身体能力も高いな。
「いきますわ!」
シンシアの掛け声が響き、無数の霊力弾が、不規則に飛び跳ねるトカゲを追尾する。
着弾するかとおもったとき、魔族は魔力で編んだ防御壁を展開して、すべて受け止めた。
その背後から気配もなくイネスが射る矢が3連。
しかし、トカゲ魔族は後ろにも目があるのかと思えるほど的確に尾を振るい、叩き落とす。
足を止めたトカゲに向けて、間髪入れず、俺とトリーシャが切り込んだ。
俺の剣をかわしたトカゲは、足でトリーシャの拳を受けとめる。
あの大蛇を揺るがしたトリーシャのパンチを受け止めるなんて、どれだけ魔力で身体強化しているのか。
その大きなパワーとパワーがぶつかってできた不動の均衡点を、恐ろしいほどの正確さで貫いたのはブラムの槍だった。
トカゲの絶叫が辺りを満たす。
反射行動か。目に見えないほどの鋭さでブラムに向かって振るわれた鞭のような尾の一撃は、チャドが盾で受けとめた。素晴らしい攻撃予測とポジショニングだ。
同時に跳ね上げた片手斧が尾を両断する。
怯んで一歩引こうとしたトカゲの顔面を、トリーシャがコンパクトなフルスイングの一撃で弾き飛ばした。
……トリーシャもどれだけ身体強化してるんだろう。
しかし、さすがは魔族。
あの容赦ない一撃を受けたにもかかわらず、膨大な魔力を爆発させた。
否応なしに吹き飛ばされる前衛陣。
法術で盾を展開した俺を除いて。
イメージワードは2つ。盾。不動。
法術はイメージワードが少ないほど、パワーも強度も上がる。
まして、前世界で魔王を倒したスペックを持ち込んだ今の俺なら、この程度の魔力爆発は大したことない。
さぁ。終わらせようか。
今の感触なら、このまま戦い続けても十分勝算はある。
でも、いい機会だから試しておきたい。
霊力を急速に練り上げ、身体強化に回す。
愛剣アダマスにもパワーを通す。
狙うは、魔族の生命核。
俺の予想が正しいなら、通用するはず。
トカゲが放った魔力爆発の余韻がまだ残る一瞬。
俺は霊力を小さく爆発させた。
トリーシャたちも、トカゲ魔族も、その動きすべてがスローモーションに見える。
踏み込みは一歩。
そのまま床をねじり抜くように踏みしめて、生じたパワーに霊力をのせる。
膝から腰へ。肩から肘、そして手首へ。剣の先端まで殺すことなく力を連動させる。
時間が止まったように感じるなか、アダマスの剣先はなんの抵抗も覚えずにトカゲの胸部を貫いた。
一気に霊力を注ぎ込み、発動のキーワードをつぶやく。
「聖光爆」
魔力を消し飛ばす、霊力の爆発。
「……え、なにが起こったの?」
トリーシャの戸惑った声が聞こえた。
崩れ落ちる魔族の姿を前にして。
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