第4話 突撃よ! いっけーッ!

 20mは下らない大蛇のような「なにか」を前に、俺は息を潜めた。

 相手はどうやら寝ているようで、鱗に覆われた巨木のような身体は、穏やかな呼吸に合わせて波打っている。

 

 まずいなー、と思う。

 それもちょっとやそっとではなく、かなりまずい。


 まず、どう見てもボスキャラレベルの存在が寝床にしているということは、明らかにこの周辺は人族の勢力圏ではないわけで。

 少なくとも人の手が届いていない自然領域ってことになるよな。

 建物の傷み具合から、数十年以上前に滅んだ町か、村か。どちらにしても簡単には人族と会えないだろう。

 いきなり最悪パターンの可能性がでてきた。


 次に、この世界で自分がどこまで動けるのかがまだ分からない。

 世界によって魂データの補正がまったく違うんだよ。


 たとえば前回までに覚えた法術や技が使えるのか。

 使えるとしたら、どの程度の威力になるのか。

 どのくらいの力が出せる? どのくらいまでなら体力が持つ?

 走る速度は? 最高速へ達する時間は? 跳躍力は?

 どの程度の攻撃なら、くらっても命を保てる?


 敵を知り己を知れば百戦危うからず。

 敵の情報はともかく、自分のスペックやスキルが分からなければ、戦術の組み立てようがない。

 ゲームならここでステータス画面を見て把握できるけれど、現実ではあんな詳細な数値データなんて確認しようがないんだ。


 実は似たことができる法術が存在する世界もあった。

 会得してはいるけれど、あれは他人の力量をなんとなく感じたり、色で視覚化するようなもので、正確には分からない。「気を感じる」っていうのが近いかな。

 しかも自分のデータは見えないんだよなぁ。


 さらに装備の問題もある。


 ヴァクーナの召喚転生は、魂データをもとにして「世界」が「俺」という存在を構築して組み込む御業だ。

 だから「世界」は、なるべく矛盾が生じないように「俺」を受け入れるために、いろいろと肉づけする。

 言語や通貨、尺度といった「どんなに無知な人物でも確実に知っている」最低限の文化情報。

 また、「旅している者なら持っていて当然の」装備など。

 1人の人間がその世界で生きてきた、平均的な背景や歴史を含めて「俺」という存在を構築する。


 つまり「10代後半の男が、裸で路上を歩いているわけがない」「着の身着のままで一人旅などするはずがない」。そんな、その世界の常識に基づいて「俺」という存在を作るのだ。

 ……まぁ、裸族の世界がなかったわけではないけれど。それは例外として。


 だから今まで召喚転生しても、基本的に裸一貫で放り出されたことはなく、その点ではとってもヒジョーーーにありがたいシステムといえる。

 でも、逆に言えば、この世界において一人旅の男が持つだろう必要最低限の装備しか持っていないわけで。

 いきなりボスクラスに戦いを挑めるか、というと「無理無理!」に決まってる。


 ……今、なんだかヴァクーナの声が脳裏に響いた気がするな。縁起でもない。


 というわけで、はっきり言って召喚転生直後は、戦闘なんて満足にできるわけがないんだ。

 なるべく早く安全を確保して、自分の情報をしっかり確認するのが生き残る最善の方法なんだけど。


 ……この状況で、悠長に確認している暇なんてないよな。


 今までの経験上、この手のモンスターっていうのは、非常に鋭敏な感覚器官を持っている。

 地球の蛇は、音には鈍いが地面の振動を肌で把握する感覚は鋭いし、においや赤外線を捉える優れた独自の器官をもつことで有名だ。

 この大蛇っぽいモンスターも、蛇に似た超感覚を備えている可能性はメチャクチャ高い。


 だからさっきから一歩も動けない訳だけれど。

 このまま突っ立っていても、何の打開策にもならないよなぁ。

 

 可能性は低いが、気づかれないように静かに移動して逃げる。

 もし途中で戦闘になった場合は、どの程度の威力が出るかわからないけれど、最大火力を叩きつけて、あとは臨機応変か。

 自他の力量がわからない時は、できる限り最大の威力を持つ技をかけるべきだ。

 様子見してやられたら元も子もないし、そもそもそんな余裕はないし。


 前回の世界で魔王を倒したっていっても、無双できるほどチートな力を持っているわけじゃないんだよ。特に召喚転生の直後は。

 まずは生き残らないとお話にならない。


 俺は覚悟を決めて、大蛇から視線を外すことなく、腰に下げている剣の柄に手を添えた。

 ……って、あれ。この柄の感覚は、まるで。


 とても馴染んだ手触りに驚いた瞬間、大蛇を挟んだ向かい側で大きな爆発音が響いた。

 強制的に叩き起こされた蛇が身悶えし、かろうじて可聴域にひっかかる高音の叫びをあげる。

 その絶叫を遮るように連続して放たれる、おそらくは爆裂系の法術。同時に投擲されるのは、やはり法術で編んでいるのだろう、光輝くワイヤー。


 奇襲か?


「突撃よ! いっけーーーッ!」


 光のロープで拘束された大蛇に飛びかかる、複数の人影。

 そのなかでも特に素早く、先頭を駆け抜けた影は、なんとそのまま蛇の鼻っ面をぶん殴った!

 20mの巨体が揺らぐほどの威力で!


 殴った反動を利用して距離を取り、また一気に間を詰める。

 一歩目から最高速。なんて足腰とバネだよ。

 威力も速度も、見惚れるほど見事なヒット・アンド・アウェイ戦法。


 ……恐れ入った。いや、マジで。


 あまりのスピードに霞んで見える、その真剣で必死な横顔。

 頭の後ろで束ねられた、たなびく長い黒髪

 

 107の世界を渡って、それこそ数え切れないほど多くの戦士、格闘家、勇者を見てきたけれど、これほどの技量を持つやつは、なかなかいなかった。


 しかも、俺と同じぐらいの年齢の女性なんて。

 

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