第2話 いってらっしゃいって、何だそれ!

 真っ白い世界で、真っ白い貴婦人の嘆きが木霊する。


「107回ですよ。まったく途中で匙を投げたくなりました。他の候補者がいれば良かったですが、なぜか誰も私の力に反応してくれませんし」


 とってもステキな笑顔のまま、語りかけてくるヴァクーナ。

 

 そりゃ彼女の言い分も分からない訳じゃない。

 でもそれはあくまでも彼女の立場になったなら、だ!

 

「しょうがないだろ。全力で頑張ってこのざまなんだから。俺だって106回も死にたくなんかなかった」


 流石に覚えてる。

 1回目の召喚の時は、その世界に降り立ってすぐ。近くの村に行く途上で、小鬼に奇襲されて即死した。

 たしか6、7回位までは召喚即死亡の連続で、その後やっと雑魚モンスターと戦えるようになったんだ。

 でもちょっと油断すれば死あるのみ。

 もう10回を越えた辺りから、何回目にどこの世界でどう死んだのか、ごちゃまぜで区別がつかない。

 

「今更だけど、魔王を倒す為に俺を呼んだなら、始めからなにか特殊能力を与えるとか、チートスペックにするとか、してくれてもよかったじゃないか」

「何度も説明しましたけど、私は魂を司るのです。全能神でも何でもないんですから、特殊能力とか言われても無理無理。一応、経験を持ち越せるようにしたじゃないですか」


 そうなのだ。

 この女神様は魂を掌握し、数えきれない程の平行世界を行き来させるなんて無茶苦茶ができるくせに、戦いに役立つような力を与えてはくれなかった。

 もらったのはただ1つ。積んだ経験や技術を次の生にも持っていける力のみ。

 あとはひたすら戦って経験を積んで、技を魂に刻みつけて、殺されて、の連続だ。


「せめて同じ世界に召喚転生できれば、もうちょっとどうにかなったのに」


 同じ世界に転生できないから、技も魔法も系統立てて学べない。

 この世界で学んだ事を、あの世界で試してみて、次の世界で応用して、今度の世界では残念、使えませんでした! なんてざらだ。

 これで、どうやって強くなれというのか。

 

「それも何度も言ったでしょう。死んじゃった者が同じ世界に記憶と経験をもったまま転生なんて、世界の理に反しているんです。その世界の住人ならまだ可能性もありますが、貴方は完全無欠の異世界人。無理無理ッ!」


 なんでそんなに楽しそうに言うんだ。ホントは面白がってないか?

 

 今考えると、107回で済んで良かったとさえ思う。

 魂の力。霊力という共通点に気がつかなければ、いまだに死にまくっていたんじゃないだろうか。

 しかも107回目の世界が、霊力を力や現象に返還する法術が発達していたから、それまでの経験を効率的にまとめることができた。

 教えてくれたコリーヌには本当に感謝してる。

 

 そう、コリーヌ達はどうなっただろう。

 

「さっきの世界の俺の仲間達は、無事に帰れたかな」

「ええ、それは大丈夫。貴方が魔王を倒しましたから、あの世界の魔族達はほぼ力を失いました。ちょっと『見て』みましたけど、無事に近くの町についたようですよ」

「そっか。よかった」


 別の意味では、全然良くはないけどな。

 

 コリーヌの泣き顔が脳裏に焼きついて消えない。

 せめてもう1日ぐらい猶予があったって、問題なかったはずだ。

 召喚の目的だった魔王討伐を果たしたのだから。

 

「もし望むのなら、さっきの世界には召喚転生できますよ」

「え、なんで?」

「だって、貴方さっきの世界では死んでいませんもの。だから、貴方が最初に居た所と、さっきの世界、そして今まで行った事のない世界には召喚転生させられます」


 もともと、もとの世界に帰るのが貴方の望みだったでしょ? と、首を傾げて微笑む女神。

 

 そう言えばそうだ。

 もし一度行った世界には二度と戻れないのなら、日本にも帰れない。

 行けないのは、その世界で死んだ時のみ。それなら確かに107回目の世界には戻れる。

 

 でも、俺は日本に帰る為に頑張ってきたんだ。

 コリーヌ達の所へ戻りたい気持ちもあるけど、しかし。

 

「本命を達成するまでにどっちに帰るか決めて下さいね。まぁ、さっきの世界の魔王よりよっぽど手強い相手ですから、またまた時間がかかると思いますけれど」


 え?

 今、なんて言った、この雪女もどき。

 

「ちょっと待て。俺は、今さっき魔王を倒したよな。言われた通りに」

「ええ、確かに倒しましたね。ですから次が本番ですよ。長い間待ったんですから、失敗なんてしないで下さいね。もう本当にぎりぎりなんですから」

「ちょ! なんだよそれ。どこの世界でもいいから魔王クラスを倒す事が俺の召喚目的じゃなかったのかよ!」

「貴方があまりにも弱かったので課題を与えたのです。魔王クラスの存在を倒す。その位の力がなくては、貴方を召喚した目的が達成できませんから」

「え、なに。じゃ、今まで107回も召喚転生したのは、全部修行? 事前準備ってこと?」

「何を盛大にいまさら」

「いまさらじゃなーい! そんな話、聞いてないぞ!!」

「あれ? 言っていませんでした?」

「完全に言ってない。これっぽっちも聞いてない。魔王を倒せとしか言われてない」

「あれ……? ああ、そっかぁ。こんなにも時間がかかるとは思わなかったから、はしょっちゃったかも?」

「……俺、死ぬ度に確認してたと思うけど」

「いえ、だって本当に何度も失敗するんですもの。途中から貴方の言葉なんて聞き流していましたわ」

「おい」

「まぁ、今説明しましたから、問題ないですね。それでは、いってらっしゃーい!」

「ちょっと待て! いってらっしゃいって、何だそれ!」


 きれる俺を完全に無視して、ヴァクーナは指差した。

 足下に召喚陣が浮かぶ。青白い光が輝く。

 真っ白い世界が、強い光でさらに白く塗りつぶされる。

 

 こうなるとどうしようもないと知りつつも、叫ばずにはいられなかった。

 

「絶対土下座させてやるからな! この雪女もどきーーー!」


 結局、俺は召喚転生した。

 108回目の異世界へ。

 

 ……泣いてなんかいない。


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