108界目の正直:異世界召喚はもうイヤだ!

阿都

第1章「やった! 魔王を倒したぞ!」

第1話 やった! 魔王を倒したぞ!

 貫いた。


 渾身の力を込めて突き入れた俺の剣は、間違いなく魔王ラシュギの胸を。

 魔族の生命核を貫いた。


 たいまつの火しかない謁見の間は薄暗かったが、はっきりと奴の瞳が見える。

 驚愕。そして自嘲。


 俺はそのまま剣に霊力を送り込む。

 魔力に対抗する人族の力をありったけ注ぎ込んで、発動の言葉を叫んだ。


「聖光爆!」


 蒼白い光が爆発し魔王の生命核を焼き尽くす。霊力が魔力を駆逐する。

 魔王は口から光の残滓を吐き出しながら、綺麗と言ってもいいほど透き通った視線で俺を見て。

 直後、力なく崩れ落ちた。


 俺は、魔王ラシュギを討ち取った。


 やっと。

 ホントーーーーーーーーーに、やっと!


 腰が砕ける。安堵と、戦いの疲れで。

 魔王の側にしゃがみ込んだ。もう動きたくないな。


「やったやったー! すごいです、カズマさん!」

「うむ、カズマ殿。お見事」

「お疲れ様です、カズマ様。これで平和が訪れますね」


 背後から仲間達が近づいてくる。この旅の間、ずっと支えていてくれた大切な人達だ。

 俺はなんとか手を上げて彼女達に応えた。喉がからからで声が出ない。


「大丈夫ですか? すぐにでも治癒術をおかけしたいのですが、まだ霊力が戻っていなくて」

「ふむ、治療薬も使い切ってしまったしな」

「うーんと。飴玉ならありますよ!」


 側まで来た仲間達を見上げると、皆も満身創痍だった。

 当然だよな。魔王の親衛隊を全部引き受けてくれてたんだから。

 うう、気が抜けたと言ってもちょっと情けないな、俺。


「……だ、大丈夫。少し休めば回復する」


 声を絞り出し、無理に笑顔を作ってみせる。

 飴玉を取り出そうとしていた狩人は、残念そうに腰の携帯バックを閉じた。


「俺に遠慮せずに食べろよ、マーニャ。狩りの後の一粒が格別! なんだろ」

「うう、そうですよ。そうですけど、魔王に勝ったらカズマさんと一緒に食べようと思って取っておいたんです。あたしだけじゃ格別感が下がります!」

「そういうもんか?」

「そういうもんです!」

「儂等の分はないのか、嬢ちゃん」

「もちろんありますよー! みんな一緒に食べれば、格別感2倍さらに倍です!」

「おお、それは良かった。ひょっとして忘れられているのではないかと思ったぞ。嬢ちゃんはカズマ殿しか目に入ってないからの」

「え、えええ、なにおっしゃってるんですか、ラドルさん!」

「照れるな照れるな。いまさらじゃ」


 歴戦の戦士が軽口たたくなんて珍しい。

 あの厳格爺さんでもやっぱり浮かれているのだろうか。


 仲間二人の、と言うか。見た目は祖父と孫のじゃれ合いを苦笑まじりで見守っていると、神官がおずおずと近寄ってきた。


 この世界に来てすぐにパーティー組んでからずっと一緒だったのに、いまだに男性恐怖症の気が抜けないらしい。

 流石にちょっと寂しいぞ。


「あの、カズマ様。本当に大丈夫ですか」

「ああ、大丈夫。かなり回復してきた」

「ほ、本当ですか」

「コリーヌは心配性だなぁ。俺のことはもう知り尽くしてると思ってたけど」

「カズマ様の回復力は承知しておりますけれど、あの魔王と戦ったのですから」


 俺はゆっくり立ち上がって見せた。本当にもうかなり体力が戻ってきている。

 この超回復法を覚えたのは、どこの世界の時だったかな。もう思い出せない。

 とりあえず、コリーヌが微笑んだからよしとしよう。


 振り返って、魔王を見下ろした。


 この世界の魔族は、生命核を破壊すると身体が維持できなくなる。

 そこにあるのはもう灰の山と装備品だけだ。

 1日もすれば、風にさらされて静かに散っていく。


 俺は魔王に恨みはないし、この世界に義理もない。

 こうしなければ帰れない。それだけだった。

 でも、今日で終わりだ。


 そう。終わったんだ。


 『あいつ』に連れてこられて、振り回されてきたが、ついに終わった。

 契約を果たしたんだ。これでやっと帰れる。

 帰れるんだ。


 地球に。日本に。家族のところに!


「あの、カズマ様。そろそろ帰りましょう。魔王がいなくなった今、魔族は力を失ったでしょうから、この城を抜けるのも簡単です。これ以上休む事もないでしょう」

「ああ、そうだな。ラドル、マーニャ、出よう。もうここには用はない」

「一応、倒した証拠に魔王の剣だけでも持ち帰るかのぅ」

「必要ないんじゃないですか? コリーヌさんが神官として保証してくれるし」


 皆の表情も明るい。

 そうだよな。家に、故郷に生きて帰れるんだ。こんなに嬉しい事はないよな。


 マーニャは魔族によって家族を失ったけど、村の仲間が待っているし。

 ラドルも可愛い孫がいる。息子夫婦があの屋敷で心配しているだろう。

 コリーヌは天涯孤独だと言うけれど、母親代わりの大神官はあれでかなりの親バカだ。


 本当によかった。

 自分の事のように嬉しい。

 いや、今度こそ自分も家に帰れるから、そう思うんだろうな。


 ……今までの世界の仲間達はちゃんと故郷に帰れただろうか。


「! カ、カズマ様ッ! 足下に!」

「え?」


 コリーヌの叫びに下を向くと、見慣れすぎた召喚陣が青白い光で描かれていた。


 え、ちょっと。こんなに急にか?

 おい、まだ皆に別れの挨拶すらしてないぞ!


 慌てて仲間達を見る。

 ラドルが目を剥いていた。

 マーニャが何か叫んでいる。

 そして、コリーヌが手を差し伸ばしながら、泣いていた。

 出会ったばかりの頃のように。きれいな顔をくしゃくしゃにして泣いていた。


 嘘だろ。いくら早く帰りたいって言っても、流石にこれはないだろ!

 おい。待て、ちょっと待て!


 叫んでも、もがいても、陣の輝きはどんどん強くなっていく。

 目がつぶれそうな光に、周囲全てが覆われていく。


 もう手遅れだ。経験上知っている。

 こうなっては召喚されるしかない。


 俺はせめて別れを伝えようと、コリーヌ達を見た。


 もう音は聞こえない。

 手を振る。懸命に手を振った。

 どうか伝わって欲しい。感謝の気持ち。


 光の中におぼろげに見えた。

 こちらに飛び込もうとしているコリーヌを、ラドルが羽交い締めにして止めている。

 マーニャがだだっ子のように泣き崩れてる。

 ラドルがしかめっ面で俺を見て頷いた。


 ごめん。ごめん、みんな。


 一際大きな輝きが、視界を埋め尽くす。


 俺の目に焼き付いたのは、必死に何かを伝えようとするコリーヌの泣き顔だった。





「はい。お疲れ様でした。やっと課題達成ですね。正直、始めはこんなにかかるとは思いもしませんでした。ええ、まったく」


 目を開けると、見慣れた場所だった。

 正確に言うと見慣れる事すらできないのだけど。


 見渡す限り、真っ白な世界。

 その中心にこの世界に相応しい、真っ白な女がいる。

 白い髪、白い肌。白い服に。

 白い翼。


 俺は、懸命に自制しながら言った。


「……いくらなんでも、あれはないだろ。ヴァクーナ」

「それは申し訳ありませんでした。でもね、私の都合もあるのですよ。そもそも貴方は時間をかけ過ぎです」


 女はこちらに漂ってきた。宙に浮いて、まるでクラゲのように。


「だってね、一体誰が107回も召喚転生させる事になると思いますか? 107回ですよ? 107回!」


 にっこり笑いながら詰め寄って来る、真白な貴婦人。


 こいつが全ての元凶だ。


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