シスコン脱出ゲーム

@tsukimura

シスコン脱出ゲーム

 骨の奥に刺すような痛みが流れて俺の全身は縮み上がる。


「いたっ・・・・・・」


 どうやら両手両足にはめられた黒い金属製のバンドから電流を流されているようだ。ビリビリと痺れて力が入らない。もたつく手足で懸命に立とうとする俺を京香きょうかは慈しむように見下ろしていた。


「かわいいよ、お兄ちゃんっ♪」


 前髪を垂らした京香の顔は真下からでもよく見えなかった。ショートカットで毛量はそれほどでもないが前髪だけが異様に長い。中学のパソコン部で出会った当初から彼女の素顔を見たことはない。俺は妹が初めてウチに来たときのことを思い出していた。


 そう、京香は義理の妹だ。親父の再婚でウチに来たとき、京香は震えていた。伏せがちな顔をもっと伏せて華奢な肩をこれ以上ないくらい落としていた。不安で胸が一杯だったのだろう。俺はそのとき彼女を勇気づけなきゃって思った。


「こんなことになって正直驚いたけどさ、きっと楽しくなるよ。ウチにはいいマシンがいっぱいあるし」

「マシンってパソコンのこと?」

「そうだよ、親父はSEだからね」


 なんのことだか分かっていない京香の手を取って、俺は自慢の部屋を案内した。10台以上あるモニタの前でSEがシステムエンジニアであることや、最近やりこんでいる洋ゲーの話なんかをした。


 口下手な俺でも、この手の話ならいくらでもできるし、京香もきっと興味があると思ったから。そしてそれは大正解だった。二人でゲームをしてる様子を見て、京香のお袋さんも胸をなで下ろしていた。


 そのうち京香は親父の仕事に関心を示すようになった。親父は舞い上がってプログラミングの基礎を教えた。才能があったのだろう。高校に上がると、彼女はスマフォアプリの開発で小金を稼ぐまでになっていた。


 俺も負けじとゲームクリエイター目指して勉強した。俺たち兄妹はコンピューターという電気のおもちゃでつながっていた。あんまり一般的じゃなかったかもしれないけど、それなりにうまくやれてたと当時は思っていた。


 けれど京香は俺にだんだんと依存していった。高校のクラスでうまくいっていないのか、休み時間になると必ず俺の教室に避難していた。それだけなら良かった。おかしいと思ったのは俺が欲しいと言った数十万円する最新のグラフィックボードをいきなりプレゼントしてきたことだ(翌日に返品してお金を返した)。さらに決定的だったのは、LINEに登録していた女子全員にウイルスを送りつけたこと(幸いそのときはアカウントを乗っ取られたと言って事なきを得た)。


「俺たちちょっと距離を取ったほうがよくないか?」


 このままでは京香は決定的な問題を起こして退学してしまうような気がした。もしくはもっと良くないことが起きるかもしれない。俺の部屋でノートパソコンを広げる京香はため息をついた。


「またバグを起こしちゃったの? 手の掛かるお兄ちゃんほどかわいいっていうけど、そういう間違いは感心できないかも」


 ふらりと立ち上がる京香は短パンにニーソックスを履いている。ためらいもなく顔を近づけると、柑橘系の甘い匂いが漂ってきた。後ずさりながら俺は尋ねた。


「バグってどういうことだよ」

「そのままの意味だよ? あたしとお兄ちゃんは距離があるほうが問題なんだから」


 反論しようとしたとき、京香は俺の唇を自分の唇で塞いだ。舌と舌が絡まって離れない。ほっぺたの内側をすっとなぞられると、背筋がぞくぞくと小刻みに震えた。


「な、なんてことするんだっ・・・・・・」


 荒くなった息を整えながら俺は京香を突き飛ばした。しかし京香は怒るどころか微笑むように呟いた。


「私、もう我慢できないから」


 そこで俺の意識はブラックアウトする。かろうじて視界に映ったのは京香が舌の上で白い錠剤を転がしている様子だった。



                 ◇◇◇



 蛍光灯の光で目を覚ました。ふかふかのベッドに寝かされている。起きあがって全身を確認すると手足に黒い金属製のバンドがはめこまれていた。そのバンドは頑丈で素手で外すことは難しそうだ。


 特に監視は居なかった。部屋は八畳くらいのスペースがあり、四方には観葉植物が置かれている。天蓋付きベッド以外には窓もないガランとした部屋だったが、ドアの前に赤い線がスプレーで引かれていた。無視してドアノブを握ろうと赤い線を踏み越えた瞬間、全身に痛みが走った。俺は滑稽なバッタみたいに飛び上がって床に叩きつけられた。意図した運動ではなく反射的なものだ。身体全体が硬直すると口の端から涎が垂れていった。涎をぬぐい取ることさえできずに、無力感にさいなまれる。


「ぴくぴくしてかわいい♪」


 ドアの向こうから京香が入ってきた。開けてくれてありがとう、と言う京香は相変わらず前髪が垂れていて表情が見えない。


「どうして・・・・・・?」


 無数の疑問が俺のなかで渦を巻いた。京香はあらかじめ決められていたことを説明するみたいに機械的に話した。


「今からお兄ちゃんには脱出ゲームをしてもらいます。でもね、これは普通の脱出ゲームじゃないの。この部屋から出たければ外の世界でも私だけを愛するって納得させてください。そうしたら出してあげる」

「愛するって・・・・・・俺たち兄妹じゃないかっ・・・・・・」


 京香はしゃがみこむと優しく俺の頭をなでた。それは聞き分けのない子どもをあやす母親のようななで方だった。


「大丈夫だよ。お兄ちゃんのバグ絶対直してあげるから」


 どれだけの時間をかければ俺を直せるのか、と京香は考えているようだったが、俺もまた京香にどうすれば世間一般の兄妹になってくれるのか考えていた。いずれにしろこのままでは埒が開かない。とりあえず外に出ることを最優先に行動しよう。そう決めた俺は痛みによる疲労が溜まっていたのだろうか、強い眠気を感じてその場で意識を失った。


「おやすみ、お兄ちゃん♪」


 慈愛に満ちた妹の声が耳の奥で何度もこだました。

 


                 ◇◇◇



「京香ー、メシできたぞーってまたゲームか?」


 開け放したドアを二度ノックしてお兄ちゃんが部屋に入ってきた。ヘッドマウントディスプレイを外し私は答える。


「うーん、なかなかバグの元が見つからなくて」


 現役女子高生ながらプログラマーとしての腕を見込まれ、私はとあるゲーム会社の開発プロジェクトに参加していた。


「今度はどんなゲーム?」

「お兄ちゃんを監禁して愛を知らしめるゲーム」

「それホラゲじゃね・・・・・・」

「やだなぁ、純粋な恋愛シミュレーションだよ」


 怪訝な顔をするお兄ちゃんを見て私は思わずケラケラと笑ってしまう。そりゃ人を閉じこめるんだから端から見れば恐ろしい内容なのかもしれないけど。でも好きな人を自分のものだけにしたいって気持ちは少しだけ分かるから、ゲームのなかでくらい完璧な感情を再現したいなって思う。


「お兄ちゃんも監禁されたい?」

「ばか言ってんじゃねーよ。誰がメシ作ると思ってんだ」


 居間には丁寧に盛りつけられたオムライスがあって、よくできたお兄ちゃんだと改めて感心する。女子力という点で完全にリードされてるのは悔しいけど、やっぱり生き生きしてるお兄ちゃんが好きだ。私はゲームのなかでこれからする予定の拷問に思いを馳せながら、スプーンで一口オムライスを頬張った。


to be continued...?

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