第14話 友人との約束

 いつも通り、目覚まし時計に起こされた。土曜日ということで、今日は明恵との約束がある日だ。翔さんからのお誘いもあったのだが、わたしは先に明恵と約束していたので、そのことを伝えると「楽しんできてください」と言ってくれた。

 朝食はトーストに、粉末タイプのスープにお湯をさして飲んだ。それからワンピースに着替えて、バッグの中身を点検していたら、もう九時半だった。急いで日焼け止めを塗って、腕時計をつけてから部屋を出る。七分丈のカーディガンはバッグの中に入れたので忘れ物はないはずだ。

 駅に向かって歩いていると、犬を連れた散歩中の人たちとすれ違う。どの犬もかわいいと思う。

 改札口の前で明恵が来るのを待つ。

 約束の時間ぴったりに彼女はやってきた。

 二人は地下鉄に乗り込んで、池袋を目指す。地下鉄の中は二人が並んで座れる程度には空いていた。

「久しぶりだね、元気だった?」

わたしが尋ねてみると、

「うん、会社でウィルス性の胃腸炎が流行っていたときは、常に気をはっていたけど、今はだいぶ落ち着いてきたよ」

「えっ? ウィルス性の胃腸炎は怖いよね」

「うん、絶対にかかりたくないって思って、必死に手洗いとうがいをしてたよ」

「わたしのところは、冬が危ないかもね。一人がインフルエンザになったら、すし詰め状態の社内は集団感染になりそう」

「病気にはなりたくないよね」

 池袋についての感想は、やはり人が多いだった。

 東口を目指すのだが、この前に翔さんと来たときとは違う道を通っていく。エスカレーターを上ると、池袋の路上に繋がっていたのだ。こんな道があったとは知らなかった。

 目指す映画館は、サンシャイン通りにあるらしい。そもそも、わたしはサンシャイン通りという場所自体になじみがないから、迷子になったら終わりだと思った。

 明恵の目当ては、歴史ものの映画だったようだ。かなり人気なようで、わたしもテレビで紹介されているのを見たことがあった。

「十時五十分からの回なら、大丈夫だよね?」

 明恵が確認してくれた。

「うん、いいと思うよ」

「じゃあ、大人二枚ください」

 わたしたちは、それぞれ料金を支払った。

 開演まであまり時間がないので、映画館内で過ごすことにする。明恵はアイスティー、わたしはウーロン茶を売店で買って、席を探しはじめた。

 映画館なんて久しぶりだよと、わたしたちは話し合っているうちに、開演の時間になった。

 予告を見ていると、面白そうな映画はあっても、映画館で映画を鑑賞するという習慣がないわたしは、きっとテレビで見るのだろうなと思う。

 長い予告が終わり、ようやく、映画がはじまった。どうやら三国志のエピソードを映画化したようだ。途中、血が流れるシーンがあったが、瞬きをしつつ、最後まで見てしまった。面白かったので、明恵と見て良かったねと言い合った。

 映画館の外は暑い。中は冷房が効き過ぎで、わたしはカーディガンを羽織っていた。ところが、外は暑い。今度はカーディガンを折りたたんで、バッグにしまった。

「これから、どうしようか?」

と聞かれた。

「お腹が空いたから、どこかで食事にしたいけど、お昼時だから混んでそうだよね」

「お昼はピザにしようよ! あそこのお店なら、入れると思う」

 明恵は心当たりがあるらしく、先に立って歩いてくれた。

 控えめなサイズの看板には「PIZZA」と書かれていた。ここらしい。確かに、繁華街にあっても、あまり人目にはつかないお店だった。

 そのお店は、パスタもあるが、ランチタイムの一番人気はピザらしい。それぞれ違う種類のピザを頼んで、あとで半分ずつシェアすることになった。

 店内は若い人に人気であることが一目で分かる作りになっている。ドリンクバーもあって、ランチタイムのときは、無料で使えるらしい。わたしは、飲んだことがないジュースがいいと思って、アセロラジュースをグラスに半分だけ注いできた。明恵はオレンジジュースにしたらしい。

 スモールサイズのピザを、店員が運んできた。わたしたちは、取り皿に二切れ乗せた。三切れは載りそうにないので、二切れずつ交換することになった。

 一口食べてみて、想像以上の熱さに驚き、アセロラジュースで飲みこむ。とろけているチーズをのばしながら、少しずつ食べる。チーズピザも、明恵が頼んだバジルソースとトマトのピザも、両方美味しかった。

 わたしたちは、そのまま店内に残り近況を詳しく報告しあうことになった。

 明恵のほうは、今の勤め先からの転職活動をひそかにはじめたことを、メインに話してくれた。

「転職したいんだね、全然気づかなかった」

というわたしの言葉に対して、

「当然だよ。だって、バレないように転職活動をしているんだから」

となんとも明恵らしい言い方だった。

「転職したいなって思わないの?」

「わたしは思わないかな。これから先になったら、分からないけどね。でも、契約社員だからいつかは正社員になりたいよね。なかなか、なれるものじゃあないけれど」

「そうだよね、今は正社員なんてなれないもんね。転職頑張ろう!」

 わたしは、ドリンクバーまでりんごジュースを取りに行った。明恵にも同じジュースを入れたグラスを手渡す。

「りんは最近何かないの?」

「わたしは、何だろう?そう言えば、新しくお付き合いをはじめた人ができたよ」

「えっ、できたの? おめでとう」

「ありがとう」

「それで、どんなひとなの?」

「二歳年上で、落ち着いた感じの人かな? 疲労骨折で、左足の骨にヒビが入ってるって、一応伝えたら週末にお見舞いに来てくれたよ」

「ちょっと待って? ヒビって何? わたしはまだ聞いてないよ」

 そこまで話して、ヒビのことを言い忘れていたことにはじめて気づいた。

「ごめん、言い忘れてた!」

「ヒビって、ギブスもしてないよね? それなのに、治るの?」

「うん、そういう治療法もあるみたい。ヒビが入っているって分かったのは、足の裏が左側だけ痛んだからなんだ。今は週に三回仕事が終わってから、整形外科にレーザー治療を受けに行ってるよ。行き始めたころよりかは、調子がいいみたい」

「そうなんだ、お大事にしてね」

「うん、ありがとう」

「もし、これから先、何か困ったことがあったら、声をかけてよ。やっぱり、大事な友だちの力になりたいからさ」

「うん、そうするね。明恵も何かあったら、声をかけてよね」

 二人のおしゃべりも一段落して、そろそろお店を出る時間になった。これ以上、長居しては申し訳ない気がする。

「ピザって、想像以上に胃にたまるね。わたしはもう夕ご飯いらないかも」

「うん、明恵と同じで、今日はもう飲み物だけでいい気がする」

「やっぱり、そうなるよね」

 わたしは、明恵のあとをついていき、迷路のような池袋駅の中を歩く。そして、地下鉄に乗り込み、二人の最寄り駅についた。

「今日は誘ってくれてありがとう!」

「うん、りんも来てくれてありがとう。また、お会うね!」

 明恵に別れを告げてから、わたしは、友人が少ないながらもいるという事実に感謝をした。

 そして、部屋についてからは、翔さんに友だちと無事に会えたこと、少し前に帰宅したことを、メールで伝える。

 翔さんからは、

「昔から知っている人と会うと、いい気分転換になりますよね。

 楽しんで来られたみたいで、良かったです」

 というお返事をいただいた。

「そうですね、確かに、気分転換にはなりました。

 高校からの友人なので、大切にしたいです」

「りんさんなら、できると思いますよ。

 それじゃあ、今日はゆっくりして疲れをとってくださいね」

 わたしは、今日は久しぶりに、湯船につかろうと思い入浴剤を探すことにした。

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