第4話 紫苑

アンドロイドは国から貸与されるものである。

そのため、子育て任務の期間終了後は国に回収されることになる。


「ええと、君は梢さんですね」


僕は受付で書類を確認する。被保護者の生年月日、性別、名前、簡単な経歴などなど。確認をしてからそう声をかけると向かいの女性が頷いた。


「はい」


梢さん。年齢は22歳だそうだ。大学卒業の少し前に認定審査を受け、アンドロイドによる保護が必要でないものと診断されたらしい。

大学卒業を機に、ということはきっと就職先もきまっているんだろう。一人で生活できていけると審査員とアンドロイドが認定したのだろうからきっと収入も一定にみこめるものなんだろうな。とまだかっちりとしたままのスーツを見ながら僕は考える。


数か月前に公務員として採用後、研修を受け配属されたのがここアンドロイド部門だった。アンドロイド部門はアンドロイドのメンテナンス、相談、問題処理、などの対応と然るべき機関への紹介を行っているところだ。アンドロイド法の施行後すぐは国の機関として設けられていたが、導入家庭が増えたため数年前都道府県に管轄が移されている。そのため職員も比較的若い世代が多い。


僕の周りにはアンドロイドはいなかったから正直はじめは緊張していたけど、アンドロイドは思った以上に人間に近い存在なんだな。と最近は思っている。


「そして、こちらが君のアンドロイドの紫苑さん」


そう僕が声をかけるとアンドロイドは頷いた。

今日はこの部門に来て初めてかかわる業務だから、正直緊張している。うっかりミスとかしたら最悪だ。


「今日は紫苑の返却に伺いました、どうぞよろしくお願いします」


紫苑という名前のアンドロイドはそういって頭を下げた。


「紫苑、お疲れ様」

「ううん。そんなことないよ。梢もこれで一人前かぁ…」

「たまには会いに来るからさ、元気出しなよ?」


部屋までの案内をする間、彼女たちは僕の後ろで会話をしている。

この仕事をしていて思うが、利用者と僕で会話があった後に家族間のこんな会話を聞くと、やっぱり家族って特別なんだなぁと思う。

その分少しきまりが悪い。

普段の母が電話に出ると余所行きの声になるような、それを聞いてしまった気まずい気持ちにも近いだろうか。


さっき受付でも話した通り、今日この紫苑というアンドロイドはデータを移し替えられる。

梢さんの年齢から考えれば彼女たちは20年近くいただろう。人間でも、何か道具でも、それがどんなものであれ長い期間一緒に過ごしたものなら何かしらの感情を抱くはずだ。僕の知らない彼女たちの会話は、ここでもって終了となる。

その空気を壊さないよう、目立たないように努めながらクリーンアップルームの扉のロックを解除し、静かに扉を開けた。


クリーンアップルームとはその名の通りアンドロイドのメンテナンスを行う一室であり、主にアンドロイドの記憶の除去、機体の一部の換装などを行うところだ。その中でも精密機械を扱っているため清潔に保たれている。


「―――では、ここから先は見送りになります」


少し気が重いがそう告げると、彼女たちはこちらを向いてから静かに頷いた。

それからゆっくりと紫苑というアンドロイドはこちらに近づいてきて、クリーンアップルームと廊下の間にある部屋に入った。それに合わせ僕も入り、体の埃をとり、性前期除去シートに触れる。


「ここで梢さんに会うのは最後になります。何か言い残したことはありませんか?」


指示に従いほこりを取っているのを尻目に尋ねると、梢さんは何か言いたそうに口を開いたが、閉じて首を横に振った。


「ありません………あの、紫苑の最期まで一緒にいることはできないんですよね?」

「それはちょっと難しいですね。そういう決まりですし、皆そうやっているので。……大丈夫。記憶データはちゃんと取っておきますから、また会えますよ」


教えられた通りのことを彼女に伝えると、そうですかといって口をつぐんだ。

それを見ていたアンドロイドは、何も言わずに彼女に笑いかける。

人間の表情で言うならば、心配しないでと言っているような顔だ。


廊下側の扉が閉まる。のぞき窓の向こうに梢さんが見える。

僕はアンドロイドを連れて奥のほうへと案内した。


クリーンアップルームへつながる扉も閉まる。

そこから先は機械しかない清潔な部屋だ。


「では、よろしくお願いします」

「はい。じゃああともう一人スタッフがやってくるので…」


と言ったところで別な扉から先輩が来た。

手に持っているのは接続端子と記憶を移し替えるディスクだ。

先輩に軽く会釈してから僕はアンドロイドを専用の椅子に座るように指示をする。

椅子はプラスチックの椅子だ。深めに座れるようにつくられている。

肘置きと足の部分に固定バンドがついている。これは万が一なにかがあってもいいように、とのことらしい。一応断ってから固定させてもらう。


「えーと、では、個体識別番号と個体名をお願いします」

「個体識別番号20**0909、個体名紫苑です」


先輩からもらった資料を参考にしながら機体に間違いがないか確認し、それから記憶媒体用の機械にコードを接続する。

機体の急所は人間と同じで頭部にある。記憶データの接続部は後頭部にあるため、協力を得ながらでなければ接続は難しい。


「どうもありがとうごさいます」

「いえいえ。……職員さん、新人なんですか?」

「そうなんですよぉ。でも先輩がいるので安心してくださいね」


接続してから固定ねじをつける。この様子では固定を付ける意味などないと思うが、念には念を。ということなのだろうか。機械なんだから電源を落とせばいいだろうと思うのだが、違うのだろうか。


「先輩、接続できました」

「よし。……では紫苑さん、これから記憶のデータ移行と消去を行います。痛みはありませんから、目を閉じてリラックスをしてください」


なるほど、こう説明するわけか。と僕は頭の中にメモをした。先輩の話し方は勉強になるなぁ。

機械音声がスピーカーから流れだし、記憶のデータ移行が開始された。

先輩の機械操作をその後ろで見学する。


「お前も次からは一人でできるようにしろ」

「やれるように頑張ってみます」


といってもボタン操作だけだもんな。パソコンみたいなものだろ。ということは言わないほうがいい。だから素直に僕は返事をした。


データの移行が完了したことを機械の画面と音声が告げる。

それから静かにデータの消去が開始された。

移行よりも消去のほうが時間がかからないのだろうかと思いながら眺めていると、突如椅子のほうから物音がした。


「……見てろ」


先輩は顔も上げずに顎で椅子のほうを示した。

その示した先を見て僕は言葉を失った。

先ほどまで落ち着いていたはずのアンドロイドが椅子から転げ落ちるかのような勢いで暴れていたのだ。


「どうしたんですか?」


と言って慌てて駆け寄るがこちらの言うことが聞こえていないのか、体をよじるようにしてアンドロイドは暴れている。


表情は必死という言葉では足りない、死にもの狂いとでも表現すればいいのだろうか。

腕と足に着けた固定バンドがきしむ音を立てる、接続端子のコードが鞭のようにしなる。


―――なにが万が一だ。ばりばりつかってるじゃないか。


「あ、あのっ……」

「い、嫌。私やっぱり消えたくない、」


勢いに任せて椅子が倒れる。跳ねていたコードも音を立てて絡まっていく。

その先の何かを焦点の合わない瞳で、アンドロイドは追っていた。


「おい、離れろ。そのままいると噛みつかれるぞ」

「ええっ…!?」


嘘でしょう?と思って先輩のほうを向くと至って真面目な顔で見ている。

これがいつもあるような、仕事であるかのような顔だ。

あ、これ仕事か。言われたとおりに離れると、今までいたところにアンドロイドの膝がかすめていった。

人の本気って痛いらしいけれど、アンドロイド、機械の本気の力もやはり痛いのだろうかと頭の片隅で思う。


「ひぇ…」


すぐに僕は離れると先輩の近くまで下がった。

その間もデータ消去は進み、アンドロイドは跳ねるように暴れまわっている。


「嫌、嫌、助けて。」




「たすけてだ――――」





断末魔の様な叫びは、突如消えた。


***


データのリセットは終了です。お疲れ様でした


そうアナウンスが告げる頃にはアンドロイドも動かなくなっていた。

倒れた機体を持ち上げ、椅子ごと元のように戻す。

さっきの形容しがたい形相から一転して、アンドロイド瞳を閉じていた。元の整った顔つきだ。データの削除と共に電源も落とされたため、入れなおさない限りは目覚めることは無いだろう。


その事実に恐怖しながらも僕は安堵していた。

結局記憶の消去が行われるまでの間、アンドロイドは椅子に固定されたまま叫び、転げまわっていたのだから。

もう一度目覚めたらまた…と考えると背筋が寒くなる。


「おう。お疲れ」

「あの、先輩」

「なんだ」


使用機械をもとの場所にかたづけるために作業をしている先輩へ僕は声をかける。

先ほども落ち着いていたようだから、先輩はこの場面を何度も見ていたのだろうか。

こんな場面に耐えられるのか。


「アンドロイドって、データを消される前はこんな風になるんですか?」

「見てて気分が悪くなるだろう」

「ええと、その、はい」

「データが消される直前か、消されていく最中に暴れることはよくあるんだ。それに合わせてあんな鬼みたいな顔もな」


先輩はアンドロイドに歩み寄ると、そっと頬にふれた。

それから固定バンドを素早く外していく。


「お前もこの部署で仕事をしていくなら、慣れることだな。……だがその前にメンタルをやられて別部署に行くやつもいる」

「…………」


その言葉の意味をとらえて、すぐに返せるほど僕は機智に富んではいない。

だから、何も言わずに黙って機体を外へ運び出した。



***

休憩室で僕はコーヒーを淹れた。

窓から外を眺めながら熱いそれをすするようにして飲む。



アンドロイドは、機体。機械だ。

そこに魂なんてものは宿っていない。純粋な学習知能、プログラムだ。だから僕は人間と同等に扱う気はない。

人間を補助する存在。アンドロイドが家庭導入され、法律が整ってきた頃に国が定めたアンドロイドと人間の関係性だ。僕はその教えを守って働いている。


けれど、けれど先ほどの場面はまるで


「生きている人間のようだった…よな」


接続端子もあった。データの移行もされていたからあれは紛れもなくアンドロイド、機械だ。

データが消える寸前にあれは嫌だと言っていた。人間でいう恐怖を持っていたのだろうか。


「まぁ確かに死の間際で叫ぶ人っているけどさ」


データの消去は、アンドロイドにおいて死なのか?いや、起動すればアンドロイドは動く。

死ではない。

データの消去とは、そのアンドロイドが培っていたデータの消去。そのアンドロイドの個別性の死になるのだろうか。それならあれが嫌だと叫んだ理由になるだろうか。


「でも、さっきまでおとなしかったぞ」

「………何を一人でブツブツと。そんなにショックだったか」


気付かないうちに先輩もまた、コーヒーを淹れたカップをもち向かいに座っていた。

いつの間にいたのだろう。


「そりゃあ初めてみたらショックじゃないですか?」

「ああ、まぁそうなるわな」


「俺にしちゃ、あれは生きている人間と大差ないと思うな。……もっともお前はそう考えちゃいないだろうが」

「生きている人間と大差がない。………」


機械が?プログラムが?人間と大差ない?

疑問符が浮かんだが、口には出さずコーヒーで胃の奥へと押し込んだ。


「これは俺の意見だ。参考にはするが俺の受け売りみたいなことはするなよ」

「そうですね」


この仕事に大分不安を抱えながら、僕は残りのコーヒーを飲み切った。


「……あんなおっかない表情をできるあれが、果たして機械なのか。俺にはわからん」


先輩はそう言って、残ったコーヒーの湯気を吸いこんでいた。


おわり


紫苑ーシオン

花言葉は「追憶」「君を忘れない」「遠方にある人を思う」

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