第2話 初雪おこし

日ごとに寒さが増していくそんな季節。それは私が生まれた季節。


吐く息が白い、朝。サンダルを履いて庭に出て後悔した。

寒い。靴下を履いてくるべきだった。でも朝の郵便受けの確認をするだけだとつぶやいてから速足で庭を横切る。

ついこの前まで紅葉を特集していたテレビは今は各地の積雪についての報道をしている。

年末に向けての世間の盛り上がりを端々で感じるこんな季節。

郵便受けに入っていた県からの通知封筒を見て、私は一時寒さを感じなくなった。


「き………」


またこの時がやってくるのか。


****


「定期換装のお知らせが来たの?」


茶の間の窓から再び家の中に戻ると、私から真っ先に郵便物を奪った杏子は開口一番にそう言った。


「うん………」

「ふぅん。えーと、ユキの誕生日の一か月前か。時期としてはそうだね」


アンドロイドの定期換装。

普段から数か月おきにアンドロイドはメンテナンスをする。

その期間は1年に一度、アンドロイド自体が長期使用になってくると半年~2か月おきになるらしい。尤も、そこまでに至ったアンドロイドが身の回りにいないからよくわからないけれど。

機械のメンテナンス、消耗部品の交換と性能テスト、外部機器を用いたデータのバックアップを行ってる。

アンドロイド自体は機体内にデータバックアップの機構はあるんだけれど、それでも限界はあるから別な場所にデータを保存しておく必要がある。

もし機体データが破損してしまったときの予防と、研究機関でデータを使用するという目的があると私は教えられた。ネットワークを使用してネット内にデータを保存したほうが良いのではという意見もあったみたいだけど、アンドロイドの機体をネットワークに直接接続するのは仕様上不可能にしているから、それは無理な話。


ああ、話が逸れちゃった。年1で行っているメンテナンスはそれなんだけど、5年に一度くらいの周期でアンドロイドは外装の換装も行うことになっている。

アンドロイドは親の代わりとして子どもを育てる目的で家庭に導入された。

だから、親と同じように年を取っていく必要がある。…例えば授業参観に来る親が、いつまでも20代の見た目をしていたらどうだろう?違和感でしかない。お前の母ちゃんきもくね?とか言われてみて。私もあの子も悲しいったらありゃしないわ。

また、地域社会に溶け込むという意味でも―たとえ近所の人にあの家の人はアンドロイドだと知られていたとしても―周囲と同じような速度で老いていく必要があるのだ。

うちの杏子ちゃんが社会的孤立になる可能性を弾くために…例えばいじめとか、近所の人にあいさつしても無視されちゃうとか、いざって時に仲間外れにされないようにね。

そのために近所の集まりとかもちゃんと行っているけど、ごみ拾いとか。あと朝に通学路に立つとか。そんな感じの。だから近所の人も、PTAの人たちも事情を知っていても変わらず私と杏子ちゃんを受け入れてくれる。この事については感謝してもし足りない。


「い、行きたくない」

「行かなくちゃ年末年始で研究所しまっちゃうよ」

「そうだけど!……」


私の様子を見て杏子ちゃんは肩をすくめてから食卓についた。私もとりあえず食卓につく。

杏子ちゃんと私が出会ったのは7年ほど前。あの頃の杏子ちゃんもかわいかった。まだ離乳したばかりのあの子を抱っこしてあやした時、激しく泣かれたのはいまだに忘れられない。


「だってそういう決まりなんでしょ?見た目が老ける決まりっていうのは」

「うん………ねぇ、杏子ちゃんに言ってもいい?」

「なによ」

「怖いから行きたくない」

「歯医者に行きたくない子どもみたいなこと言わないでよ!!」

「だって考えてみてよ!体が入れ替わるなんて大変なことじゃない!?」


前に一度換装は経験している。けれど、その時と比べると私は恐怖を感じていた。なんでだかわからないけど。


「うん。そうだね」


もぐもぐと口を動かしながら杏子ちゃんは何か考え事をしているようだった。

今日は日曜日だけど、早めに起きて朝食をとっているのは友達のNちゃんとどこかにお出かけするからだそうだ。あ、お土産よろしくって言わなくちゃ。


「お茶でいい?」

「ココアがいい」


飲み物を確認してから台所でココアを作る。最近寒いから熱めに作っておきたいけど、あの子は猫舌だからぬるめに作る。

カップ一つ持って戻ると、食器を片づけた杏子ちゃんがココアを待っていた。手渡すと、温度を確認して一度テーブルの上に置く。熱かったようだ。


「ねぇユキ。この前子ども向け科学雑誌でやってたけど、人間の体って場所によるけど入れ替わっていくんだって。例えば皮膚、筋肉、骨、……脳みそだって」

「へぇ。そうなの。じゃあ私の場合はそれが一気に来るって考えればいいのかしら」


あ、なんかそう考えるといけそう。怖いけど。


「そうよ。でもユキはあれね。脳みそについてはちょっと違うけど」


脳についてはアンドロイドの頭部にそれに相応する知能やデータチップが入っている。換装の場合はそのまま移し替えていくようになる。

ちなみに換装した後の機体…今の若いほうの体はメンテナンスとクリーニングを行ってから脳…に相応するアンドロイドの部分を入れてまた別の機体としてあつかうらしい。

私たちはその脳に相応する部分でそれぞれの記憶や経験、個性を表している。私がテスト機体に入ればその機体が私だし、別の機体に入ればそれが私になる。簡単な話。


「でもそうだとすると、杏子…私はいつからが私なの?私ってなぁにってなった」

「なったの?」

「うん、今考えた」


ココアが適温になったらしい、両手でカップをもって一口飲む。


「でも私は私って、杏子が思ってて、ユキが私を杏子ってわかってくれれば私なのよ」

「う、うん……?そっか」

「つまり、換装してもユキはユキってことよ。わかった?」

「あ…!」


そう指摘されてなぜ怖いのか分かった。

変わってしまうことの恐怖なのか。ああ、そうか。

自分がもしかしたら自分でなくなってしまうことの恐怖。例え脳に相応する部分だけが私と分かっていても抱いた恐怖。


「なる、ほど。でもなんで今回は怖く感じるんだろう?」


素直な感想を漏らすと、杏子ちゃんは口を尖らせた。


「前よりも成長かなんかしたんじゃない?学習機能があるって言ってたじゃない」

「そっか。んん。でも嫌な思いをしたわけじゃないんだけどなぁ」


時計を確認すると、杏子ちゃんが出かける時間が近づいてきていた。

指先でそれを示すと急いでココアを飲み干し洗面台へ彼女は走っていった。

残された食器を片づけながら私は一人で考える。学習機能による恐怖なのだろうか。


「私を私と思うのは大事よね。でも、誰かからも私ってわかってもらわないと」


分からなくなる。自分が。

杏子ちゃんは難しいことを言っていたけど、人に対するそれについて名前は知っている。承認欲求というものだ。

自分であることを他人に認めてもらう、自分で認める。この基本的なことが満たされないと人は不安になるらしい。


でもそれが私にも適応するのだろうか。だって私は人間じゃないもの。

私は杏子ちゃんを守り、育てる存在。

学習知能によって得た情報から人で言う個性を生み出していく、その中で感情に似たものを得ているのかもしれない。


「うーん……?」


食器を棚に戻しながら首をひねる。

思考がこんがらがっている。研究所に行ってクリーンアップソフトでも貰ってこようか。

その際に……嫌だけど換装の予約も入れてこよう。きっと明日になるともっと行きたくなくなりそうだ。


「ユキー?じゃあ私もう出るね」

「あら、もう支度できたの?気を付けてね」

玄関から聞こえてくる杏子ちゃんの声が聞こえて、私は玄関先へ急いだ。



おわり


初雪―初雪おこし、クリスマスローズ、

花言葉は「私の不安をやわらげて」「慰め」

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