Android Children

ササラヤ

第1話 燕子花


 いつでも僕らの前には未来に続く道が広がっている。

 道を進める権利が僕らにはあって、その力を僕たちは持っている?

 

「どう思う?」


 帰り道でT君に話すと思い切り変な顔をされた。


「え?なにそれ。道徳の授業じゃあるまいし、何言ってんのさ」

「さっきのその授業で言っていたじゃないか。“君たちには進める力があるんだ!でも一人じゃ進めないから、周りの人と協力していくんだそ!”みたいな感じの」


T君はその話を聞いてからあー、とあいまいな返事をして、手に持っていた運動着袋を蹴り上げた。やわらかい音と一緒に布袋が目線の高さまで浮き上がる。それが落ちて、反対側に振り切れるのを二人で黙って見つめた。


「和也はそう考えたわけな。僕はちょっと違かったけど」

「どんな?」

「結局人は一人じゃ生きていけない。誰かに頼らないといけないんだって僕は考えた。ああ、確かになって考えたよ。お前の考え方は結構楽観的じゃないか?」

「らっかんてき…」

「前向きってことだよ。辞書読めよ」


T君は辞書を引くのが得意だ。だからしきりに僕にそう勧めてくるけれど、辞書は文字ばかりで読みにくいし、絵も少ない。文字が入っているならマンガのほうが絶対に面白いと僕は思う。今日だって放課後に図書室に寄った時T君は文字の多い本棚のほうへ行ったけど、僕は子ども向けの本を読んだ。そして僕の手提げには図鑑、Tくんのランドセルには小説の上下巻が入っている。


「T君みたく文字読むのが早くないからいやだよ。辞書の何がおもしろいっていうんだ」

「いろいろ書いてあるんだよ!お前にこの話をしたってダメだな。本の趣味が一緒じゃないからな。えっと、それでなんだっけ。進める力と…」

「進める権利と力を僕らは持っているのかなってことだよ。それを聞いて僕は確かにって思ったんだ。僕はその話を聞いてなるほどと思った。僕らが生まれたときからそんな力をもっているって考えるとなんかかっこいいし、その通りなら、僕は今頑張って生きていることになる。それってすごくない?」


T君のほうを向き直り興奮しながらしゃべると、すこしびっくりした顔であいづちをうってくれた。聞き終わってからは自分の眉毛をいじりながら口を尖らせた。この癖はT君が思考するときのものだ。


「すごいとは思う。その権利と力を僕たちは持っているだろうとは僕も思う。今の和也の話を聞いたからな。…でも」

「でも?」


T君は難しい顔で続けて話す。


「その権利と力はいつからあるものなんだろう?」

「生まれてきてからじゃない?」

「本当にそうなのか?」


今度は僕が手提げを足で軽くける。持ち手のところがくるくると回って、それから反対にまたくるくると回って元の形に戻った。


「生まれてきた時だとしたら、それは誰が僕らにくれたんだろう?」

「うーん」


言い出しっぺは僕だったけど、正直言って意味がわからなくなった。

 

“いつでも僕らの前には未来に続く道が広がっている。”

そうだ。明日だって明後日だって続いているじゃないか。

“道を進める権利が僕らにはあって、その力を僕たちは持っている?”


「神様じゃない?」

「神様だって?」

「そう。僕たちがお腹の中にいた頃から神様がくれていたんだ。きっと」

「そうか。……そうなのかな」


いつも納得しないT君が今度だけは納得したような顔をしている。たぶんこれは納得したんじゃなくて、T君もわからないからなんだろう。

家に帰ったらツバタに聞いてみよう。きっとツバタは僕らが考えられなかった意見をくれるかもしれない。


「僕家に帰ったらツバタに聞いてみる」

「うん。僕も夜親に聞いてみる。明日の朝覚えてたら話そう」


 この話はここで終わりにして、分かれ道までは今日の授業のことやクラスメイトの話なんかして帰った。そして別れ際にはまた明日と言って別れた。


「って帰り道にT君と話したんだけど、僕も何言ってるかわからなくなったんだ」


そう言うとツバタは笑った。家に帰ってくると、夕ご飯の準備がほぼ終わっていて、ツバタは夕方のニュース番組を見ていた。

ただいまのあいさつもそこそこに、僕はツバタにさっきT君と話したこと、僕が考えたことなどを話した。

彼女はうなづきながら話を聞くと、先ほどのT君のようにしばらく考え込んだ。

その間僕は喉が渇いたので台所へ行ってコップを手に取った。冷蔵庫を開けると、オレンジジュースしかなかったのでそれを注いでいく。

ツバタの方針により基本的にジュースは100%しかおいてくれない。炭酸も頼めばおいてくれるけれど、基本的には買ってこない。健康のためだそうだ。炭酸は砂糖が多く含まれているからと言っていた。同じ理由でお菓子もポテトチップスやチョコレートよりはチーズやクラッカーが多く置いてある。けれどもう夕ご飯の準備がされているので食べないほうがいいだろう。

 居間に戻るとまたツバタはテレビを見ていた。隣に腰かけ一緒に見る。ニュースでは最近議論されていた法案が可決されたという内容が放送されていた。


「勉強?」

「はい。これも勉強です。…それで、和くん。さっきの話だけどね」

「うん」


 ツバタは僕を和くんと呼ぶ。こんな風に僕を呼ぶのは彼女だけだ。少し微笑みながらこっちを見ている。

 うまく表現できないかもしれないけど、と言ってから話してくれた。


「力があっても、周りの助けがなけれは力は十分に発揮できません。赤ちゃんだって元気に泣いたり、ご飯を食べる力があっても泣き止ませてくれる人、ご飯をくれる人がいなければ死んでしまいます。そんな人たちの力によって、和くんたちは生きる力を身に着けてこうして大きくなってきているんですよ」


生まれてからずっと僕には生きる力があった。けど、生きる力は大きくなるにつれて身に付けて行ったのではないかと彼女は言った。

僕は大きくなるにつれて、歩くことやしゃべる事を学んだ。そして今はこうして自分の考えを相手に伝えたり、お互いに議論する事も出来る。これら全部が僕が今まで身に着けた生きる力だとツバタは言っていることだともう少し話すことで僕も理解できた。きっと僕が赤ちゃんの頃に面倒を見てくれた人、歩く練習を手伝ってくれた人、話しかけてくれた人、考える力をくれた人がいるのだ。それはきっといろんな人たちなんだろう。


「そっかぁ。じゃあ僕も赤ちゃんの時はそうしてツバタに育ててもらってたの?」

「いいえ。私が和くんに会った時は1歳くらいだったから…本当に赤ちゃんの時はお母さんが和くんを育ててくれていたんですよ」


ツバタと彼女を呼んでいるが、本当の名前はもう2文字長い。でもうまくカ行の発生が出来なくて名前で呼べなかったから僕はツバタと呼んでる。僕の両親は小さいころに死んでしまった。頼れる親戚も近くにはいなかったから、それ以来僕はツバタに育てられている。


「僕の親は…名前をくれて、育ててくれたんだ。改めて考えると不思議。だって全然覚えていないんだもん」


 物心ついた時にはもう両親はいなくて、ツバタに育てられていた記憶しかない。だから僕には両親がいるという家庭があることを知ってはいても、自分もそうだったということを理解することはできなかった。その頃はツバタも如何に僕が他の子と変わらない子であることをうまく伝えられなかったと言っていた。


「赤ちゃんの頃の記憶はないかもしれませんね。私もそのころの和くんがどんな風な赤ちゃんだったのかは知りません。けどね、一つだけいえることがありますよ」

「なあに?」

「それは和くんのお父さんとお母さんは、いい人で、和くんのことが大好きで、大切に育ててくれてたということです」

「……三つくらい言ってない?」

「いい人~育ててくれてたまでで一セットです」

「なんだ。でもツバタは僕のお父さんとお母さんに会ったことはないんでしょ?」


僕の両親が死んでしまってから来たんだから、実際の姿を見たこともないと思うし、きっと書類とかでしか知らないのに、どうしてそんなことが言えるんだろう?


「会ってませんけど、和くんがこうしていい子に育つためにはお父さんとお母さんの力があったからですよ」


赤ちゃんの頃に育ててもらったことが大切だったの?と首をまげると、また彼女はうまく言えないけど、と前置きをした。これは昔からの彼女の癖だ。僕が知りたいことに対して、まずよく調べてから、自分で考えるけどいつも自信がないように言ってくる。けど、僕に対してもバカにしないで自分の考えを教えてくれるから、嫌いじゃないと思ってる。


「そうかもしれません。あと私は、和くんの最初の道を作ってくれたのは、お父さんとお母さんですから道を作ってくれたのは神様じゃなくて、お父さんとお母さんだと思います」

「お父さんとお母さん………。神様よりはずっとわかりやすいや。神様と違って確実にいてくれた人たちだもんね」

「ええ。………さぁ。晩御飯にしましょう。温めてきますから」

「うん。じゃあ僕も着替えてくる」


そう言って僕とツバタは立ち上がった。


幾年先の未来。

或る東国の近代国家にて未知のウイルスが流行した。

ウイルスに罹患すると風邪に似た症状が出現し治療を行わなければ1週間の内に死亡するという。風邪との鑑別が困難であることや、罹患者は20歳前後から上の成熟した肉体を持つ大人、主に成人期の人間が中心であったことや、政府の発表が遅れたこと、また確固たる治療法がなかったため瞬く間に感染は広がっていった。感染拡大を防ぐために交通網を、制限したが、近年類を見ない死亡者数をだした。その規模よりもはや災害に近いと述べた人もいたほどである。特効薬、ワクチンが開発されたためそのウイルスの流行には終止符が打たれたものの、様々な問題が残された。

その中で最も深刻であったのは今回の流行により両親を亡くした未成年の急増である。

大人のいる家庭にはたいてい子どもがいる。また、政府も既存の児童福祉施設へと保護していたが、施設の管理や子どもの世話をするもの大人たちである。人員と施設が不足していくことは明らかであった。

そこで政府は18歳以上の比較的自力で生活可能な家庭には助成金を与え、該当しない家庭には特別政策として、実験が終了したばかりのある装置が贈られた。それは人工知能を搭載されたアンドロイドである。


その特別政策により彼らに育てられた子供たちは後にAndroid Childrenと呼ばれるようになる。



おわり

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