第8話 変化
六花が屋敷に住み始めて一週間が経とうとしていた。
最近では暗殺業もほとんどすることなく、1日の大半を屋敷で過ごすことが多かった。
いつ仕事をしているのか疑いたくなるほど頻繁に祥は六花を構いたがった。
屋敷の使用人とも仲良くなった。
皆元殺し屋という。
元ハッカーに、元スナイパー。
屋敷のセキュリティが鉄壁なのも使用人たちのお陰でもあるようだ。
元殺し屋とターゲットとは思えないほど、皆仲が良い。
食事は余程の事がない限り、祥も共に食卓につく。
テーブルを囲む様は、一般の家族のようだ。
初めはとても異様な光景に見えた。
六花の正体を知っても皆同じ様に接してくれた。
毒が入っているかと、食事に手をつけようとしない六花を笑って見守ってくれた。
元殺し屋とは思えないほど、彼らは普通だった。
不思議で、聞いたことがあった。
経緯はそれぞれだか、"祥には守る価値があるから"と、皆口を揃えて言った。
そのうちわかるよなんて、言われた。
今日も台所で手伝いなどして話を聞いていた。
元々口下手な六花は、喋るよりも聞き手に回る事が多い。
お喋り好きな料理人
近所の店の事や庭の花など、彼女は物知りだった。
そんな彼女は元スナイパー。
右目を負傷し、追い詰められた所を助けられたのがきっかけらしい。
「悪いんだけど、これ若の所まで持っていってくれる?」
トレーの上にはお茶と甘いお菓子が用意されていた。
祥は夕食までの間食によく甘いお菓子を食べる。
甘味以外も食べるが、仕事で部屋に籠っているときは、決まって甘いお菓子だ。
今日のお菓子は、花の形をした生菓子が3個並べられている。
以前も同じ物を食べていた。
一口もらったのだが、今まで食べた中で一番甘い。
むしろ甘過ぎるそれを、祥は平然と平らげていた。
頭を動かすのに丁度良いらしい。
部屋に行くと、祥はぐったりしていた。
大きな椅子の背もたれに寄りかかり、伸びている。
「置いておくよ」
一言声をかけ、サイドテーブルにトレーごと置く。
そのまま去ろうとして、引き留められた。
振り替えると、手招きしている。
少し迷って、近づく。
祥はテーブルの引き出しから何かを取り出した。
「手を出して」
戸惑っていると、手を引かれる。
一瞬身構えた右手を、思いの外大きな両手で包みこまれる。
丁寧に何かを塗っていた。
「ハンドクリーム、手荒れ酷いから」
六花の手は年に似合わず、生傷が絶えずささくれだっていた。
「折角の可愛い手が台無し」
使うようにと、残りを渡され、驚いて立ち尽くした。
いつの間に平らげたのか、空のトレーを持って祥は出て行った。
「…何なのよ」
熱くなった頬に触れる。
ふわりと、優しい花の香りが鼻をくすぐった。
"良い匂い"
いつも血の匂いしか知らなかった。
自分の手なのに、違うように感じる。
"でも、私はこの手で"
そう考えると胸が苦しいのだった。
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