第4話 少女と青年

少女が知るターゲットは皆怯え、命乞いをした。


普段威張り散らしている者も、皆一様に無様な姿をさらした。


少女にとって殺すことは生きる事だった。


物心付いたときには大陸の組織で殺すための技を叩き込まれた。


自分と同じ年齢の子供が集められ、毎日が地獄のような日々だった。


泣くことも、逃げることも許されない。


耐えきれず狂ってしまう子供もいた。


同じ境遇の子供達は仲良くなった。


しかし、生きるために少女は友すら殺さなければならなかった。


何十人といた子供はたった数人に減り、殺し屋として組織に使われる。


辛い日々にいつしか涙は枯れ、感情の一切を失った。


気づけば黒かった髪も色が抜け、雪のような白さになっていた。


子供であろうと失敗は許されない。


組織を裏切ろうものなら、命がない。


少女は生きるために武器を手にした。


小柄な少女は長距離でも仕留められるように、ナイフにピアノ線を付けた。


ピアノ線を操る様が、まるで踊っているようだと裏では “舞姫” なんて恥ずかしい二つ名まで付けられるほど有名になった。


そんな少女に無邪気に話しかけてくる相手はいなくなっていた、はずなのに。


”何を考えている”


ふと、目の前の青年に目をやる。


端正な顔立ちの青年は、黒髪に黒目。


身長は180㎝ほどある。


大陸の者には無い特徴だ。


この世界は、東西南北の4つの大陸と、1つの小さな島国に分かれていた。


地続きの大陸は似たような文化を有し、肌色は白く髪も金か茶色、目の色も同じ色だ。


一方小さな島国は、独立していたこともあり、特有の文化を発展させた。


なぜか、島国の人間は総じて黒髪黒目の特徴を有している。


大陸の者からすれば、人数も少なく珍しい見た目は連れ去られ、大陸で売買されることもあった。


「そんなに見つめられると穴が開くよ」


考えにふけって、じっと見ていたらしい。


青年が顔を赤らめ、もじもじしている。


正直キモイ。


少女は我に返る。


バカ正直に付き合う義理はない。


さっさと済ませて帰ろうと、仕込んでいたナイフに手をかける。


「俺と賭をしないか?」


唐突に青年が話題を振ってくる。


一瞬気づかれたかと警戒したが、青年は構わず続ける。


「実は俺、あと1ヶ月の命なんだ」


突然の余命宣告。


何を考え冗談なのか、からかっているのか、その笑顔からは読みとれない。


返事をまたず、勝手に喋り続ける。


現代の医療で治療不可能な難病であること。


医者にあと1ヶ月が限界と言われたこと。


まるで人事のようだ。


少女は事前にターゲットについて詳しく調べていた。


横山祥よこやましょう、20歳、島国出身の天才プログラマー。


警察への協力を惜しまない一方で、裏の方にも顔がきき、裏組織の依頼もこなす。


敵が多く、常に命を狙われている。


屋敷の防犯プログラムも自ら作製。


鉄壁すぎて、誰も侵入できた者はいなかった。


滅多に外出もせず、強力なボディガードに、当人も腕っ節が強く返り討ちにあった殺し屋多数。


プロフィールには一切病気のことはなかった。


自ら下見に行き、周囲に話しも聞いたが、そんな話は聞かなかった。


"馬鹿と天才は紙一重と言うけれど…"


へらへらしながら話す青年は、とても天才には見えない。


「どちらが先に、俺の命を取るか、かけないか?」


人の命を奪っている自分が思うのもおかしいが、こんな簡単に命を粗末にする相手が大嫌いだ。


「その無言は肯定と受け取っても良いかな?」


勝手に結論づけられ、否定しようとしたがなぜか頭はコクリと一つ頷いていた。


「よかった。それじゃ今日から一緒に住むだろう?」


「は?」


思わぬ展開に、間の抜けた声をあげていた。


開いた口が塞がらずにいると、青年は少女のためにすでに部屋を用意していたこと。


夜が明けたら、屋敷の使用人達にも紹介する事など話している。


「ま、待って。何しゃべっているの」


ここまで理解不能な人物は初めてで、いつも以上に喋っていた。


「私はあなたを殺そうとしているのよ。一緒に住むとか、紹介とか何を考えてるの?」


「他の連中にも命狙われているからさ、一緒に住んでれば他に出し抜かれる心配ないし。いつでも君は狙い放題だし、使用人達も慣れているから平気だよ」


安心してとばかりに、青年が笑顔を向ける。


「俺の名前、祥ね。名前呼んでくれると嬉しいんだけど。あと、君に一目惚れしたから、よろしく」


予想外の告白に思考が停止した。


固まった少女の手を取り、祥は英国紳士のように手の甲にキスを落としたのだった。

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