鏡の国(6):昏い穴の底より

 記憶の手がかりを求め夜ごと歩く音葉にとって、消灯時間がないビジネスホテルは好条件の拠点だった。欠点があるとすれば、一切部屋に戻らなくても宿泊費がかかること。できればホテルに戻らずチェックアウトをしたいのだが、現金以外の決済手段を持たない現状では難しい。

 だが、人間はどんなに不満を感じても三日も経てば慣れてくる。今では押さえたビジネスホテルに戻らないことへのためらいがない。今夜も駅前のホテルに戻るのは遅くなるだろう。場合によっては帰らないかもしれない。結局、一泊分の費用が無為に飛んでいき、音葉が路頭に迷う日はまた一日、早くなっていく。

 もっとも、今回は女将の好意で、食事を提供してもらい、更には温泉に浸かっている。今頃は水鏡が群来家から借りてきた地図と格闘していることだろう。音葉の記憶が始まったあの街で、無為に夜を彷徨った日に比べれば有益な一日だ。

 綿貫旅館の温泉で足を延ばしながら、音葉は明日の自分のことを考えた。

 何度考えても結論は同じ。現状の課題は身分と収入がないことだ。結局、目の前の調査についてある程度結果を残すこと以外、破産を回避する方法がない。頭を振り、余計な心配を脇によけて、今後の調査のことに意識を移す。

 音葉が群来三治が持つ町の古い資料、特に過去に作成された地図を借りるきっかけは、群来栄一が水鏡の写真の女性を磯山妙子と呼んだことにある。

 群来栄一曰く、磯山妙子は20年以上前の観光協会のパンフレットを飾ったモデルである。年をとっても外見が変わりにくい人はいるし、他人の空似ということもある。しかし、パンフレットと水鏡の写真を見比べると、磯山妙子どころか、何人もの人間が20年前と同じ姿で水鏡の写真に写りこんでいた。

 偶然、外見の変わりにくい人や他人の空似が写真に収められた? それはあまりに奇跡的だ。20年前と変わらない人物が町にいると考えたほうが道理が通る。

 それはそれで突飛な考え方ではが、あいにく音葉たちが探しているのは常識から外れた何かだ。ありえないと切りすてるのは早い。

 それに、過去の人間が町にいるのだとすれば、トウワシンポウの記者もまた20年前に実在した人物だった可能性が出てくる。もちろん、過去の人間と断じる証拠も存在しないが。

 トウワシンポウの記者らは動く硝子細工の噂を調べる者を探していることだけだ。

 彼らが、こちらに硝子細工の噂を伝える動機は想像がつく。おそらく、群来栄一が綿貫旅館を紹介したのと同じように、こちらの興味関心の度合いをみているのだ。

 但し、群来と記者たちには決定的な違いがある。群来は街から出て行ってほしいと考えていて、記者は調査を続けてほしいと考えている。ヤマダが音葉に示した『裏路地』は、動く硝子細工につながる手がかり、音葉をおびき寄せる餌と考えていい。

 そして、群来三治から聞いた硝子細工の噂の続き。茶屋と工房の間で見世物小屋ごと消えたという結末は、ヤマダが垂らした餌が実在する可能性を示している。音葉の予想が正しいならば、動く硝子細工の手がかりは、過去の地図に隠れている。


*****

 のぼせぎみな頭を冷やしつつ部屋に戻ると、水鏡が机上に並べた大量の地図と格闘していた。水鏡は音葉をみて、小さく頬を膨らませた。

「遅いよ音葉。栄一さんはもう帰ったよ。地図探しているうちに三治さんのコレクションが一部崩れてきたから、これから二人で直すんだって」

 群来三治は役場が作る公文書から、そこらの店のキャンペーンチラシまで、片っ端から町の資料を集めていた。本人は、資料館に負けないくらい町のことを知りたいと宣っていたが、栄一曰く単なる収集癖らしい。

 「すごいよ、部屋が一つ、丸ごと書庫なの。何でもかんでも集めているみたいで、地図なんて、職人街の祭りのチラシに隠れていたんだよ」

 もっとも、圧倒的な量をため込んでいることに疑いはないらしい。水鏡が聞くところによるとミノルたち学生も三治の部屋を訪れて感嘆の声をあげたのだという。

 今回借りてきた地図も、50年以上前のものまで大小さまざま、段ボール一つが満杯になる量だ。観光地紹介や町内会の掲示板用、雑誌掲載用の地図など、様々な目的で作成された地図が混在している。作成目的が違えば地図の精度も、記載される情報も異なるため、比較するのは難しい。その中でも、区画整理用に役場が作った地図が役に立ちそうだった。

 町全体の状況を仔細に書き込んだ地図は、縮尺を整えれば相互に比較しやすい。音葉は、水鏡にこれらの地図の大きさを揃える様に頼み、その間、温泉に入っていた。

「最後にこの蛍光灯で重ねた地図を照らしてやれば……ほら、地図が重なった」

 硝子テーブルに重ねた地図は、下から蛍光灯に照らされ重なって見える。海岸線や駅、山の位置が重なっているので、地図の拡大縮小作業は成功したといえる。あとは

「水鏡は喫茶店で地図のことを気にしていただろ。あのとき、何かに気が付いたんじゃないか」

「喫茶店……? あ、そうだ。えっと、これと、これ。同じ縮尺なのに変じゃない」

 水鏡は机上の地図から35年前の地図と、最新の地図を取り出して重ねた。35年前には町の区画はほとんど出来上がっていたのだろう地図の大部分が合致しているようにみえる。だが、地図の一部分、職人街だけが明らかに重ならない。35年前の地図には、現在よりも10メートルほど海岸線側にもう一つ通りが書かれている。

「喫茶店のテーブルクロスに、昔の地図が載っていたでしょ。あのとき使っていた地図と見比べてて違和感があったんだ。今の地図と比べると、通りが一つ多いよね」

 不自然なのはそれだけではない、35年前の前後の地図を確認すると、最新の地図と同様、通りは一つだけしか存在しない。この地図だけが存在しない通りを書き込んでいる。

「それに、この地図、他にも変な道が書いてあるよね」

 水鏡は35年前の地図にいくつか付箋を貼った。いずれも、家や建物の区画を通るように道が書きこまれている。道はほかの区画に到達すると途切れてしまう。

「区画内の裏道……綿貫のこの区画は、平和島ビルヂング。ビル内に通りを作ることってある?」

 そのような作りの建物は存在する。だが、地図に道として掲載するかは別問題だ。水鏡が指摘した道は印刷されたものである以上、群来三治あるいは彼の手に渡る前のどこかで書き込まれた可能性は薄い。ビルに限らず民家と重なっているもの、海岸線沿いで途切れてしまうもの。無作為に追記された道は、地図の作成者が意図的に追記した道だろう。

「そういえば、この変な道が入っている職人街の区画、35年前は工房になっているけど、群来に会った喫茶店のあるビルだよね」

 水鏡が指した道は、確かに喫茶店があるビルの区画に食い込んでいた。そういえば綿貫地区の海岸線沿いに書き込まれた道は、漁協の建物に接続されている。改めて職人街に視線を戻してみれば、駅前通りと交差するロータリーの手前、茶屋とガラス工房が隣接する場所にも道が書き込まれていた。

 そして、職人街の海岸線に書かれた道の一つは、鷲家口眠が硝子化死体を見つけた場所とほぼ一致する。

「水鏡、午前中に鷲家口先生が死体をみつけた場所に行ったとき、排水路があったよね」

「排水路? 半分海に入っちゃっている奴? それがどうかした?」

 半分海に入っている。海岸線の道路下に開いた排水用の穴。あの穴の先はどこにつながっているのか。地図上で途切れた道の先はもうひとつの職人街。温泉に浸かりながら考えていた仮説と一致する

「水鏡。僕たちが探しているものについて、少し仮説を話してもいいだろうか」


*****

 熱を帯びると粘性のある液体へ変化し、逆に温度が奪われると固体へと戻る。人が操れる範囲の温度で固体と液体を行き来する。硝子細工は硝子のこの特性を利用して作られる工芸品だ。

「この町に伝わる動く硝子細工は、関節部などの部品が分かれることなく、一つの彫刻のようだという。固体に戻った硝子は、柔軟性に欠けるのは見ての通りで、一つの彫刻として硝子細工が存在しているならば、本来それが動かせるはずはない」

 音葉は、硝子製の小さな天使の置物を机に置き、指でなぞった。置物は一つの硝子からできている。音葉がどう触ったところで形状が変わることはない。

「もし、こういった硝子細工が生物のように動き回るのだとしたら、それは自分の動きに合わせて液体と固体の間を行き来する術をもっていることになる」

「硝子が形を変えるのは数百度の高温でしょう。それに、液体に近づいた硝子がそれほど自在に変化しないのは、工房をみたら明らかじゃない。慎重に空気をいれて膨らませても、時には形が崩れるんだよ」

「非現実的だからこそ怪談として語られてきたのだと思う。けれども、君が僕に探してほしいノイズというのは、非現実的な存在だろう。この前の海月もそうだった」

 この町を訪れる前、音葉が初めて遭遇した海月型のノイズ。それを引き合いにだされてしまうと、返答に詰まる。紅がノイズと呼んでいるそれらは、現実に紛れ込む雑音であり、自然的な法則をも捻じ曲げる。

「水鏡が言いたいこともわかる。ノイズにはノイズの法則があるんだろ。僕のスペードの1も、水鏡のハートのクイーンも、あの海月だって全知全能ではないことは僕もわかっているつもりだよ。僕が話しているのはその法則の話だ。

 篠崎さんから調査の依頼を引き受けた時、僕は、硝子細工の彫刻自体が一つのノイズだと思っていた。文字通り、動く硝子細工なのだろうと。でも、今は少し違う。おそらく、このノイズは、硝子細工を殻のようにまとって、加熱と冷却、あるいはそれに近い力で硝子細工の形状を変えるんだ。

 篠崎さんは学生たちから動く硝子細工の技術について、黒硝子と呼ばれていると話していた。おそらく、その黒硝子なるものがノイズの本体だ」

「35年前の地図を見ていて、なんでそんな話になってくるの。それに、硝子細工が動くノイズと、硝子細工を動かすノイズの違いが私にはよくわからない」

「水鏡、職人街に伝わる硝子細工の噂で、見世物小屋はどうやって茶屋と工房の間で姿を消したのだと思う?」

「一番ありそうなのは茶屋か工房の人に紛れ込むことじゃない? 見世物小屋の主人は普通に人に紛れればいいわけだし。まるで人のような形で人のように動いたっていうのだから、布をかぶせてマネキンのように見せるとか。」

「僕もその方法が一番現実的だと思った。でも、それだと小屋自体と小屋を牽いていた動物たちは残ってしまう。いくら工房に隠れても、見世物小屋や動物の姿は目立ってしまうだろう。ところが、仮にこの地図の書き込みが僕の予想通りのもので、ノイズの正体が硝子細工の形状を変える力なら、話は全然違う」

 音葉の指は天使の置物から硝子テーブルに広げた35年前の地図に移っていく。彼の指が最初に示したのは鷲家口眠が死体を発見した海岸沿い。

「ここには海に半分浸かった状態の排水路があった。そして、この先には35年前の地図にだけ存在する職人街。見世物小屋の話で出てくる茶屋と硝子工房が並ぶ地点はおそらくこの区画。ここにも同じように道が書き込まれている。平和島ビルヂング、豆腐屋の角、マルセイ食品工場の区画、病院」

「道が書き込まれている区画はばらばらで共通項すらないじゃない」

「いいや。共通項はあるよ。これは人が出入りできる排水施設を書き込んだものだ」

「人が出入りできる排水施設?」

「そう。ビルや食品工場、汚水を流す量が多い豆腐屋。このあたりの施設は、敷地内に排水用の設備を持っていることがある。海岸線沿には排水路があった。35年前の地図にある外淵に書かれた通路の一つは、40年前の地図で見ると下水処理施設があった場所のものもある。おそらく、35年前の地図は、他の年度の地図とは異なる目的、人間が街の地下に降りるための目印と、地下の先にある空間を記している。

 見世物小屋は茶屋や工房に立ち寄ったわけじゃない。見世物小屋は個体から液体へと姿を替え、地下の排水路へ逃げ込んだ。だから、見世物小屋は突然消えた」

「待ってよ。それじゃあ、音葉は35年前のこの地図は、誰かがこの街の地下の状態を書き留めた地図だっていうの。もしそうなら……」

「この地図にだけ書かれた職人街は、街の地下に存在している」

 まるで現実味がない。ノイズ探しなどという非現実的な契約を持ち掛けたのは紅であるが、音葉の推測は、現実と非現実の線引きができていない。

 だが、だからこそ、彼にはノイズを見つけ出す能力がある。音葉が仮説を話してくれたのであれば、紅が次にすることは決まっている。彼を信じると決めたのは紅なのだから。

「それじゃあ、この地図のどこか、実際に地下道があるか確かめるところから始めればいいってことだよね。さっき地図を見ていて気になったところがあるの」


*****

 綿貫旅館から約10分。山側へ向かってタクシーを走らせ、音葉達は外淵の住宅街を訪れた。23時を回っているため、明かりの灯る家は少なく、通行人はいない。

 磯山医院。音葉の仮説を検証する候補地は開業23年の個人病院だった。35年前は空き地だが地図によると地下通路が開いていたはずである。三治の持っていた地図を見る限り、周囲が住宅街として開けてきたのは40年ほど前からなので、ひょっとすると当時の上下水路のメンテナンス抗などがあるのかもしれない。

 水鏡が磯山病院を選んだのは、磯山妙子の名前と一致するという理由に過ぎない。もし職人街に現れた磯山妙子が、この病院の関係者なら、地下道の検証と一緒に過去の人間が町に現れる謎も解ける。どちらもきっと動く硝子細工と繋がっているというのが彼女の意見だった。楽観的な意見だが、手がかりは少なく、音葉の妄想じみた予想だけで目的地を決めているのだ。試してみる価値は十分にあると思った。

 駐車場には青い軽自動車が停まっているが、磯山医院にも敷地奥の住宅にも明かりは見えない。住宅の一階は植え込みに隠れているので、ひょっとすると一階には明かりが灯っているかもしれない。

 意を決して敷地に踏み込んでみると、音葉たちの靴の底で何かとアスファルトがこすれて辺りに不快な音が響いた。

「音葉、足元に何か散らばってる……これ、ガラスだ」

 水鏡がしゃがみ込み、欠片を一つ摘み上げた。米粒ほどのガラス片。それが駐車場のいたるところに散らばっている。トラブルの予感に音葉は水鏡と顔を見合わせた。先ほどよりも周囲に注意を払いながら、医院の建物に近づいてみる。しかし、視界に入る限り、病院の窓や車の窓が割れた気配はない。ペンライトの光を二階に向けてみても、割れている窓があるようには見えなかった。

 入口に回るってみるも、ガラス戸は施錠されており、押しても引いても動く気配がない。表面を観察してみても、割れている気配はない。敷地に散らばっているガラス片は一体どこからきたものなのか皆目見当がつかなかった。

「私、奥の建物を見てくる」

 水鏡がそう言って、敷地の奥にある民家へと駆けていく。地図によれば、地下通路があるのは民家の裏、敷地境界線のあたりだ。音葉も彼女を追いかけようとも思ったが、どうにも眼前のガラス戸の様子が引っかかった。

 もう一度、ガラス戸を引いてみる。やはりガラス戸はびくともしない。今度は体重を乗せて押してみる。結果は変わらず、一ミリたりとも動かない。

 このガラス戸は金属の枠にガラスをはめ込んで作られたものだ。扉の枠が、外枠の金属にぶつかり、内外を隔てる構造になっている。ドアノブは回転式ではなく、鍵穴は見当たらないので施錠は内側からしかできないのだろう。

 さて、多くの扉には、扉の外枠のいずこかに開けた穴に対し、扉の一部をはめ込む構造の鍵が取り付けられている。鍵は開閉しなければならないのだから、外枠にはめ込む部分は当然可動式である。そうとなれば、どんなに頑強な扉であっても、鍵が稼働する分の遊びがあるのが通常だと思う。

 普通の扉なら施錠された状態でも押したり引いたりする際に多少は前後に動く。押しても引いてもぴくりとも動かないというのが不自然なのだ。

 音葉は、疑問の答えを知るために、ガラス戸と外枠の隙間に近づき、ペンライトの明かりを向けた。


******

 磯山医院の裏手の家は、木造の二階建てだった。家と病院の駐車場を隔てる樹木の壁を抜けると、足元がアスファルトから石畳に変わり、左手に小さな庭と縁側が現れる。

 表札には「磯山」とだけ書かれており、家族構成はうかがえない。庭の端に転がった三輪車をみると、小さな子供がいるのかもしれない。扉につけられたすりガラスの向こうも、庭に接したリビングにも明かりはない。

 念のため、呼び鈴を鳴らしてみるが、何度押してもその音が外に響いてこない。防音設備が整っているのか、呼び鈴の音が小さいのだろうか。

 誰もいないのであれば、家の裏手の地下通路を探すだけでよい。頭ではわかっていても、首筋にまとわりつく嫌な感触が、家の中を確認しろと告げている。

 紅は、玄関を離れ、足音を忍ばせ、庭に面する窓へと近づいた。窓は下半分がすりガラスに、上半分が透明なガラスになっている。縁側に隠れて様子を伺ってみるが、どうやらカーテンはない。上半分から覗き込めば、室内の様子がわかるはずだ。もっとも、それは室内に何者かがいる場合、覗き込んでいる紅の姿も丸見えということだ。

 覗き込んだ先に、磯山妙子がいる。職人街で撮影した写真のように、紅の顔をじっと見つめ、こちらの動向を伺っている。そんな想像がちらついて、息が苦しくなる。

 石畳の方を振り返っても、音葉がやってくる気配はない。別れる直前に病院の入口扉を見つめていたので、何かひっかかることがあったのだろう。

 数十秒から1分。その間は何があっても紅自身で対応しなければならないのだ。怯えや躊躇いはリスクになる。旅館を出る時に音葉から渡されたペンライトを構える。

 3。2。1。心の中で数を数え、硝子の向こうを覗き込む。思った通り、明かりがなければ室内の様子はわからないが、幸いなことに何かが動いた様子はない。紅は顔の横に構えたペンライトの明かりをつけた。

「え?」

 ペンライトが映し出したのは足の低いテーブルと、壁につるされたテレビモニター、食器戸棚やカレンダーといった、ありきたりなリビングだ。ただ、異彩を放つのは、窓に向かって正座している男の姿である。男は目隠しとさるぐつわをされ、両手を頭の上で組み微動だにしない。まるで誰かに銃でも突き付けられているかのようであるが、室内に彼を狙う銃口はない。

 何がどうなっているのか理解ができないが、放置もできない。室内の様子をもう少し確認しようと思い、紅はペンライトを左右に振った。異変に気が付いたのはそのときだ。ペンライトの光が男の前を通るときだけ歪む。ペンライトの光が部屋中に拡散するのである。まるで、そこに見えない何かがあるかのようだった。

―― このノイズは、硝子細工を殻のようにまとって

――硝子細工の形状を変えるんだ

 正座する男と紅の間に、黒い紐が現れ、空中で枝葉のように分かれていく。同時に部屋と紅を隔てている硝子が波打った。

 ペンライトを横に投げ飛ばし、足は縁側を蹴り上げ、庭の方へと飛びのく。紅が芝生に着地するのと、波打った窓ガラスが槍のように形状を変え、紅の数センチ前の芝生へと突き刺さるのはほぼ同時だった。縁側に目をやると、そこにあったはずの窓ガラスは消えており、代わりに透明人間が立っている。地面に転がったペンライトの明かりと、体内を駆け巡る黒い紐状の何かが、透明人間の存在を示しているが、輪郭は曖昧だ。

「動く硝子細工」

 特に明白な根拠があったわけではない。ただぼんやりと遭遇するなら音葉が先だと思っていた。

 どうしてこんなところに現れるのか。家の奥にいる男は何なのか。疑問が溢れてきて、身体が思考に縛られる。その間に、地面に刺さった硝子は本体に戻っていき、透明人間の中を駆ける黒い紐が右腕に集中していく。

 透明人間は右腕を振り上げ、そして再度紅に向かって腕を振り下ろした。その腕はさきほどと同様に鋭い槍のように形を変えて、庭先にしゃがみ込む紅にむかって伸びてくる。刺されたら怪我では済まない。危機感が思考をほんの一瞬だけ遮り、紅は身をひるがえした。それでも硝子の腕はかわし切れず、コートの左腕部分が破られる。

「何もしていないのに殺そうとするのは酷いんじゃない」

 思わず大きな声が出た。声をあげたあとに、音葉に届いていればいいと思った。少なくとも室内の男には届いたようであるが、身体を揺らしただけで、立ち上がる気配はない。もしかすると、透明人間の身体は形を変えてあの男も拘束しているのかもしれない。

 相手は硝子。いまこの瞬間、紅に立ち向かうための武器はない。わかっていたことだが、紅一人ではノイズを捕らえることはできない。久住音葉と契約したのはそのためなのだ。ノイズを目の前に、まずは音葉が来るまで逃げ延びることしか選択肢がない。

「ずっと探していたでしょう。私たちのことをつけ狙っていた。私、知っているの」

 透明人間の腕が元に戻るのに合わせて、黒いひもは腕から頭部へと移っていく。そして、頭部に集まった紐が絡まりあって毛玉のようになると、透明人間は声を発した。くぐもってはいるが、声の主は女性だ。

「私、見ていたの。あなたが私たちを撮影しているのを。まさか、ここまで追いかけてくるとは思わなかった」

 声が鮮明になるのに合わせて、透明人間の輪郭がはっきりとしてくる。肌の色が現れ、目や鼻が明確になっていく。まるで誰かが落書きをしているように、頭部が描かれ、完成すると同時に髪の毛が現れる。続いて首、肩と、透明人間はその姿をあらわにしていく。

 紅も見たことのある顔だ。磯山妙子。職人街の写真に写りこんだ、今は存在しないはずの女性。

「やっぱり、あなた人間じゃなかったのね」

「お互いさまでしょう。あなたからも私たちと似た匂いがする。そこの男とは違う」

「硝子細工に匂いがわかるっていうのは初耳だね。味も匂いもわからないと思ってた」

 磯山妙子の身体は既に胸元まで鮮明になっている。服装も体つきも写真に写った時のまま、20年前のパンフレットに掲載されていた磯山妙子と同じ姿をしているが、彼女は硝子細工に過ぎない。彼女の輪郭がはっきりとするにつれて、紅の心はかえって落ち着きを取り戻してきた。

「そうやって、人間に成り代わって、街の中に潜んでいるってことなのかな」

「いいえ。私たちは成り代わっているわけではない。それに私は」

 磯山の眉間にひびが入り、彼女の言葉は途中で途切れた。鮮明に聞こえていたはずの声はくぐもったものに戻り、輪郭を得たはずの肉体が色を失い硝子細工に戻っていく。しかし、今度はひびが全体に広がっているため、透明には戻れない。

「ノイズの声に耳を傾けるな。そう言ったのは君じゃないか、水鏡」

 紅の後ろの樹木をかき分けるようにして、音葉が庭に顔をだした。紅と目が合うと、彼は、右手に持ったスペードの1のカードを見せた。それは彼自身の力を示すカードだ。町に来る前に渡して、そのままにしていたのを思い出した。

「私そんなこと言ったっけ……」

「ああ。確かに聞いた。君の言葉も聞かなくていいのか尋ねたら、それは約束と違うからダメだと怒った」

 それなら覚えている。なんとなく音葉の顔を視られなくて、紅は磯山妙子を模した硝子細工の様子を伺った。すでに磯山の身体に似せた部分は失われており、硝子細工の全身にひびが走っていた。全身のひびを押さえようとしているのか、両腕で身体を抱きかかえるが、酷くぎこちなく、硝子が軋む不快な音が響く。

 まもなく、両腕が折れて、床に落ちる。同時に全身のひびが大きくなり、硝子細工は床と庭に散らばった。

 音葉が土足で部屋に上がりこみ、硝子細工の中からペンライトを取り上げた。どうやら硝子細工の眉間を撃ちぬいたのはペンライトだったようだ。何度かスイッチを入れているが点灯する様子がない。

「だめだ。これじゃあ地下通路を見つけても使い物にならない。君に渡したほうのペンライトは生きているか?」

 幸い。紅のペンライトは芝生の上に転がしただけで、今も明かりが点灯している。音葉もライトの明かりを見つけたらしく、ほっと一息をついていた。

「君と別れた直後に病院の入口で硝子細工と遭遇した。もしかしてと思って来てみれば案の定だ。どうやら一つ二つ硝子細工を壊したところで意味はないらしい。海月のときと同じで、どこかに核がいるんだろう。それと、こいつらは頭が弱点らしい。首が折れたり、頭にひびが入ると、途端に全身の制御が取れなくなって砕け散る」

 壊れたペンライトをジャケットにしまい込みながら、まるで世間話でもするかのように、音葉は動く硝子細工について語った。そして、部屋の奥に座る男に目をやり、紅に振り返った。

「水鏡。彼は誰だ」

「知らないよ。さっき部屋を覗き込んだ時にはすでにそこにいたのだもの」 

 音葉の表情が曇る。彼が背後を見せている男も、実は硝子細工で私たちを釣るための餌という可能性もある。そうだとすれば、紅達は数秒もせずにあの鋭い硝子の槍に体を貫かれるだろう。

 けれども、幸いなことに私たちの隙をついて男が命を奪いにくることはなかった。音葉が目隠しとさるぐつわをはずすと、男は白い歯を見せて無理やり笑顔を見せた。

「ええっと、お二人は、ひょっとすると、久住音葉さんと、水鏡紅さんですか?」

 見知らぬ男が自分たちの名前を呼び歯を見せて笑う。警戒するには十分すぎる理由だった。音葉は男の背後に回り、再度ペンライトを握り、男の後頭部へと振り上げたし、紅は咄嗟に縁側まで下がった。

 だが、男の後頭部にペンライトが刺さる前に、彼が大声でそれを制した。

「鷲家口! 私は先生の知人です! 等々力正行、先生から名前を聞いていませんか?」


*****

 背筋のこわばりと、背中に伝わる冷たい感触が鷲家口眠の意識を引き戻した。瞼の裏に硝子人形の大きな口が現れて、咄嗟に身体を起こしたが、眠を迎えたのは硝子人形ではなくどことも知れぬ暗闇だった。

 最後に覚えているのは、ソファの下を覗き込む硝子で出来た看護師の顔だ。だが、どういうわけか眠はアスファルトの上にいる。両手で周囲を探ってみると、左手に凸凹とした看板がある。どうやら喫茶店の看板らしい。だが、磯山医院の周囲には喫茶店はない。ここは一体どこなのだろうか。

 磯山医院での出来事は全て夢であり、眠は居酒屋を数件はしごして路上で気絶していたのかもしれない。ホテルに戻って、等々力に調査報告のメールを送る。それでこの街での調査は終了。そういうことでいいじゃないか。

 だが、いくら言い聞かせても、眠の目や手は従ってくれず周囲の情報を集めている。まるで、心と身体が切り離されたようだ。そして、身体が集めた情報が眠の意識を徐々に冷静さを戻していく。まるで、機械の再起動のように。

 どうやら見知った場所にいるらしい。喫茶店の横には硝子工房、道路の向かい側には土産物屋。この街を訪れた日に、一通り巡って歩いている。ここは、硝子工房が集まる観光名所、職人街の一角だ。

 もっとも、眠が知る職人街と様相が異なっている。喫茶店も、硝子工房も、ショーウインドーや窓は木の板で目張りされている。通りに人の気配はないし、車の音が一切しないのも気にかかった。喫茶店の向こう側には幹線道路が走っていたはずだ。いくら夜だからと言って車の音が一切しないのは奇妙だった。

 誰かと連絡を取ろうと思い携帯を取り出してみるも、電源が切れている。通りに公衆電話はなかったが、東側、駅前通と交差するロータリーには携帯ショップがあった。明かりも人も見当たらないが、まずはそこまで行ってみよう。眠は、暗闇への一歩を踏み出した。

 

 町に明かりが乏しいからか、見えるのは数十センチ先の光景だけだ。それでも手探りで進んでいくと、遠くにオレンジの光が見えた。うまくいけば誰かに会えるかもしれない。眠の足は軽くなり、気がつけば暗闇を駆けだしていた。

 しかし、灯りの下で眠を迎えたのは予想とは大きく異なる光景だった。

「一体、これは何だっていうんだ」

 金魚すくい、お面売り、チョコバナナ、フランクフルト、わたあめ、タコ焼き……通りに並ぶ祭りの屋台。どの屋台にも明かりは灯り、食べ物の匂いが満ちているが、人間はいない。代わりにひしめくのは等身大の硝子人形だ。屋台の呼び込みをするもの、同伴者にわたあめをねだる子供、腕を組んで歩く二人組、大小さまざま、おそらく性別も様々なのであろう硝子人形たちが職人街に広がる屋台を謳歌している。

 近くに置かれた子供の人形に触れてみるも、磯山医院で遭遇した看護師のように動きだす気配はない。だが、手をつないだ同伴者を見上げた顔は、灯りが少なく陰影が際立つせいか、まるで生きているかのように見えて気味が悪い。周りに置かれた人形たちもみな、祭りを楽しんでいるようだ。

 歩けども歩けども、往来しているのは透明な顔の人形だけ。悪夢のような光景に正気を失わないよう眠は、思い出せる限りで職人街の構造を頭に描いた。

 眠が目覚めた喫茶店と工房は、通りの西に位置している。屋台が始まったところにある土産物屋は記憶になかったが、向かい側、硝子工房と羊羹専門店の間を抜ける路地裏は見覚えがあった。路地を抜けると幹線道路沿いに出る。職人街の各工房一押しの土産をそろえた観光客向けのアンテナショップと、やけに味の濃いお好み焼きの屋台が入った建物に出るはずだ。そして、アンテナショップは初めにみた喫茶店よりも東側、職人街の丁度中央付近に位置する。

 つまり、眠は職人街の東へ向かって進んでいる。職人街は東端でロータリーとぶつかり、そこから幹線道路、駅前通り、そして綿貫地区へと分岐する。当面の目標である携帯電話ショップはロータリーと職人街の境界にある。道を塞ぐ屋台と人形は異様な風景ではあるが、その両端に立ち並ぶ建物は眠が覚えている風景とほとんど変わらない。

 そのはずなのだが、様子がおかしいのは屋台と硝子人形だけではない。眠は歩いてきた道を振り返った。一番遠い屋台の光は随分と下に見える。周囲の硝子人形たちも、初めに見たものに比べ幾分か前傾姿勢になっているものが多い。この道は緩やかな上り坂になっている。

 駅前地区は、駅から海岸線、すなわち職人街の位置する方向に向かって緩やかな下り斜面になっている。しかし職人街は海岸線に沿った平地に作られており、職人街の西端と東端の間に高低差はない。つまり、眠が歩いてきたこの道は、職人街によく似た別の場所ということになる。

 不意に、久住たちが話していた裏路地の話を思い出した。硝子人形たちに埋め尽くされたこの場所こそが、職人街にあるはずだが見つからない通りなのではないか。だが、職人街とほぼ同じ大きさを持ち、西端と東端で傾斜がある土地。そして、街を探索しても容易に見つからない場所など、いったいどこにあるというのだろうか。眠はいつの間にか、異世界に迷い込んでしまったのかもしれない。

 上り坂を進み、ロータリーがあるはずの場所へたどり着くと、ここが異世界であるという妄想はますます現実味を増してきた。ロータリーがあるはずだった場所は、駅前通りにも海岸線にもつながっていない広場となっていた。広場を囲むようにして建つ建物、そして駅前通り方面に生えている硝子でできた無数の樹木。坂道以外にロータリーに繋がっているのは、広場の向かい側に見える階段だけだ。階段にはいくつも鳥居が掲げられているところを見ると、その先は神社だろうか。

 広場の中心には、両足を砕かれた硝子人形たちが転がっている。どの人形も両手で頭を抱えている。

 広場を囲っている建物は、金物屋や旅館、八百屋にコンビニ。本来のロータリーにはない施設ばかりだった。コンビニを覗いてみると、店内を物色しているような態勢の硝子人形がいくつもいるが、動く気配はない。棚に並んでいる品物は、いずれも本物の食品や雑貨のように見えるのがかえって薄気味悪い。

 屋台に並んでいた食べ物といい、コンビニの商品といい、いったいどこから、誰が、何の目的で調達しているのか。コンビニの隣、八百屋の店先にも野菜が並んでいるし、旅館に至ってはフロントに心地よい温度の冷房が入っている。

 食べ物も、電気も、冷暖房も、硝子人形たちには不要なものだろう。これらは、裏路地に迷い込んだ動物、おそらく人間のために用意されたものに違いない。

「あんた、こっちに迷い込んだ人か。硝子人形じゃあないよな」

 職人街と違って人がいる可能性がある。頭の片隅でそのことを考えてはいたが、背後からかけられた声に背筋がざわついた。

 振り返ると、フロントの奥から、サングラスをかけた男と、紫のワンピースを着た女が顔を出していた。肌色の皮膚をしていて、服を着ている。他の硝子人形とは明らかに違う。

「硝子人形じゃないよね」

 女が震えた声で眠に声をかけた。人形ではないと答えたいが、答えたところで信用してもらえる保証はない。眠も、カウンターの向こう側に立つ男女が人であると確証を持てないのだから。

「違う。気がついたらここにいたんだが、君たちはこの場所が何なのか、硝子細工が何なのか知っているか」

 旅館の自動ドアを背にしてフロントから距離をとる。背後に手を回し、自動ドアの開閉ボタンの位置を確認する。仮に、目の前の男女が硝子人形だとしても、広場側に逃げることができるはずだ。広場に転がっている硝子人形たちは足が壊れているから、動き出したとしても逃げ切れるだろう。だが、その後はどこに逃げればいいのか。

 鳥居の向こう。硝子人形がいないとすれば、あの階段の先だ。

「私たちもわからないの。外には気味の悪い硝子細工だらけだし、出口らしきものもなくて……私はカノウ、こっちはサワイ。私たちのほかにも、ここには7人、同じ境遇の人がいる。みんな、気づいたらここにいて、行くあても見つからないから旅館の中にいる。ここなら食べ物もあるし、電気もある。それに硝子人形はほとんど入ってこないから」

「硝子人形が入ってくる?」

「あなたも見たでしょ。あの硝子人形は、動くのよ。理屈なんて聞かないでね、私たちだって何が何だかわからない」

 人形が動くと話すカノウは唇を震わせ、顔を伏せた。


*****

 旅館の二階、百人以上が収容できるだろう宴会場で、彼らは小さくまとまっていた。男が3人、女が5人。誰もが口数は少なく、新たに旅館に現れた眠を怪訝な表情で観察している。サワイとカノウが、簡単に眠の素性を話すと、彼らはお互いに顔を見合わせ、何か相談をし始めた。

「みんな不安なの。賢い奴がいて、人間に化けるから」

 人間みたいな振る舞いをするといえども、硝子人形だ。見分けがつかないわけがない。眠もカノウたちを視た時に無意識に警戒したが、彼らが必要以上に警戒をする理由はわからなかった。よくよく話をきくと、硝子細工には人間と同じ見た目のものがいるらしい。

「私は、ここに来る前、それに出会ったんだと思う。ランドウさんと、ナナミさんもきっと同じ。みんな、モデルみたいな人に声をかけられんだけど、顔に表情がなくて逃げたところまでしか覚えていなくて」

 眠のことを怪しみ相談を続ける人々を前に、カノウは彼らの紹介を始めた。女性はカノウを含めて5人。それぞれカノウ、ナナミ、ハタ、マキ、ヤイダという。年齢は20代から30代後半。カノウは市役所に勤めていたというが、他の四人の素性は詳しく知らないという。カノウは広場に迷い込んで日が浅く、5人のなかで、彼女より遅くやってきた女性はヤイダだけ。ヤイダは職人街の硝子工房で土産を選んでいて、気がついたら広場の金物屋にいたという。

 一方、男性は4人。60代後半と思われるイソヤマを筆頭に、サワイ、ランドウ、タイの順で40代から30歳まで。サワイは自動車のディーラー、ランドウは雑誌記者、タイは飲食店で働いていたのだという。イソヤマは自分のことは話さないが、広場にいる男女の中では、もっとも古くからここに閉じ込められているのだという。

 旅館のことだけでなく、硝子人形の見分け方や、硝子人形に出会った時の対処方法などもイソヤマから教わっており、彼のおかげで無事を確保できているのだと、カノウは話した。

「その硝子人形の見分け方というのはどういうものなんだ?」

 カノウは話し合いを終えたイソヤマたちの方を向いた。どこから持ち出してきたのか、彼らの前には水のはいったペットボトルが置かれていた。

「単純だよ。その水を飲んでもらうんだ。そうしたら、すぐにわかる」

 気つけばサワイが後ろを陣取っている。膝に当たる固い感触に、眠は身構えた。

「硝子人形てわかったら、広場に転がっている奴みたいに足でも折る気なのかい」

「俺はあんたが人間だって信じているさ。硝子人形だったら、俺たちはすでに殺されている」

 病院で遭遇した硝子人形は、辺りの硝子を槍や刃などに形を変え、眠達の命を狙ってきた。サワイも同じ光景をみたのだろう。だが、そうした対応をしないからといって、眠が人間であると確信を持つことはできない。

 気持ちはよくわかるし、彼ら以外に情報を持つ者はいない。眠は、ランドウの前に置かれたペットボトルを手に取り、ふたを開けた。毒物が混ぜられていても知る術はないが、飲まない以外にこの状況を切り抜けることはできそうにない。

 意を決して、眠はペットボトルの液体を口にした。


*****

 硝子人形が動く前には、黒い液体が見える。

 透明な硝子人形は動きが遅いが、腕や指が伸びる。

 硝子人形の中には人間に近い見た目のものがいる。

 硝子人形は、平面に対する衝撃に強いがひびが入ると粉々に砕ける。

 なるべく固く鋭い材質のもので身体に穴をあけるのがよい。

 旅館のフロントに場所を移し、イソヤマと名乗る老人は、硝子人形についての説明を始めた。彼は約2カ月を広場で過ごしている。迷い込んだ他の人たちを硝子人形から守るために旅館に集め、人形に対する警戒を続けているのだという。 

「人形たちが人間に化けたら、外見では見分けがつかない。壊す方法があるとはいえども、一対一では到底かなわない。だから、三人一組で部屋に泊まっている」

 二対一ならなんとか壊せるということだろう。広場に転がっている硝子人形たちもそうやって対処されたものの残骸だ。

「それにしてもよくわからない。ここに来るまでに見かけた硝子人形は確かによくできている。表情や動きがまるで人間のようで薄気味悪かった。それでもあれはどう見たって硝子人形だ。人間と見分けがつけられないとは到底思えない」

 眠の疑問にこたえるべく、イソヤマは席を立ち、受付カウンターに置かれたパンフレットを手に取った。パンフレットは、聞き覚えのない博物館の所蔵品を紹介するものらしい。イソヤマに手渡され、ページをめくると動物をかたどった硝子細工の紹介が続く。

 だが、透き通ったガラスで作られているものであり、本物の動物と見間違うわけがない。イソヤマの意図を測り兼ねつつページをめくり続けていたが、やがてとあるページで手が止まった。

「これが硝子人形?」

 そのページには犬と人間の二つの硝子細工しか紹介されていない。犬と題されたそれは真っ白な毛並みに包まれた犬で、隣に立つ人もまた、復員服に身を包んだ20代半ばの青年に見える。他の硝子細工と異なり、皮膚や毛、服までが再現されているため、遠目で見れば生きている犬と人間に見間違えるかもしれない。

「その二つは、この街で過去に発見されたという硝子人形だ。原住民たちは、それを黒硝子と呼んで忌避すべき芸術品としていた。誰がどうやって作っていたのか、製法はわからない。ただ、黒硝子自体は実際に存在しているのだ。そして、一番の問題は、黒硝子は生きもののように動くことだ」

 眠は、件の硝子化死体のことを思い出していた。あの死体は、硝子化した四肢以外は内臓も含め死体に異常は見られなかった。眠は確かに人間を解剖したはずだ。

「触れればわかるはず。皆がそう思う。だが、黒硝子はどんなものにでも擬態する。硬さや温度をかえることなんて造作もない。血や内臓にですら擬態し、動物のふりをする。だからこそ原住民は黒硝子を警戒した」

「イソヤマさんは、この広場で硝子細工をみて、その性質を知ったというのですか」

 イソヤマは頷く。そして、広場に来た人々に恐ろしさを伝え、互いに身を護りながら脱出の機会をうかがっていると話す。

 だが、彼の話を真に受けるなら、イソヤマ自身、硝子人形ではないという確証がない。そう指摘すると、彼は、自分を信じてほしいと訴える。

 確かに目の前の状況を呑みこむにはイソヤマを信じるのが手っ取り早い。だが、イソヤマは、たった2カ月の間に、古来より見分けがつかず忌避の対象になっていた硝子人形たちを識別し、性質をつかんだと主張している。

「話はわかりました。でも、私はまだ状況がよくわかっていない」

 イソヤマは静かに頷く。迷い子を諭すような醒めた視線は、こちらの心境を悟ったからか。それとも、この老人は真に自分の言葉を信じているのか。

「実をいうと、私はここに来る前から、あなたが言う黒硝子なる硝子人形に遭遇したことがある、と思っています。思い当るフシがある」

「他の者も多かれ少なかれそうした体験を持っている。振り返ってみればここに来る前の記憶には不審な人影があったと口をそろえて言う」

「そうですか。でも、私のそれは彼らと違う。私は、この街に来て、いくつかの死体を見た。どの死体も非情に特徴的でしてね。身体の一部が硝子状に変化していた」

 眠の言葉にイソヤマが身体をこわばらせた。

「私はあれらを人間が硝子状に変化する症例だと思っていた。でも、あなたの話を信じるなら、あれは硝子が人間の死体に擬態した結果なのかもしれないとも思う。

 死体に合わせて作られたのではなく、死体がそれに変化したのであれば、硝子細工が人体と完全に癒着していたのも説明がつく。硝子状の部分は、黒硝子の力が足りずに、偽装が解けた状態だった、とかね」

「それは、さぞおそろしい。そのような話は聞いたことがない」

「ええ。そして、もう一つ。ここに来る前に奇妙な体験をしている。とある場所で、動く硝子人形に襲われたのです。広場に転がる硝子人形たちと同様の透き通った硝子人形が、まるで生き物のように動き、私を追い詰めた。

 イソヤマさん。あなた、本当にここにくるまでに硝子人形に出会ったことがないのですか?」

 イソヤマの眼が大きく見開かれ、呼吸が浅くなる。

「私は、定期的に見つかるという硝子化死体の調査のためにこの街にきました。そして、硝子化死体の検視記録を調べるうちに、磯山上路という名前の医師に行き当たった。硝子人形に遭遇したのは、その医師が経営しているという病院です。イソヤマさん。あの病院はあなたが経営していたのではないですか?」

「知らない。イソヤマカミジなどという医師のことなど、私は知らない」

「その割には、ずいぶんと動揺しているように見えますよ。あなたは、私やこの旅館にとどまる他の人たちに、何かを隠している」

 イソヤマは立ち上がり、目を充血させて何かを訴えていた。だが、眠は背後からの突然の衝撃でイソヤマの声を聞くことができなかった。視界がぼやけ、耳元では警報音のようなものが鳴り響いている。

「ダメじゃない。お父さん。これじゃあ祭が開けないわ」

 再び意識が薄れゆく中、背後から聞こえたのは、聞き覚えのあるくぐもった声だ。


*****

 前を進む久住音葉が手斧を求めたので、等々力正行は磯山家の庭から拝借した手斧を手渡した。壁に向かって音葉が手斧を振り下ろすと、鈍い音がして眼前の壁が崩れ落ちた。2時間以上あてどなく暗闇を彷徨ってきた。ようやく訪れた変化に、等々力は思わず声を上げた。

「どこにつながったんですか」

「よくわからない。今までの通路よりは広いところですが……」

 等々力の想いに反して音葉の反応は良くない。崩れた壁の先に明かりがないところをみると外ではないのだろう。だが、今まで歩いてきたレンガ造りの通路や、何かに無理やりくりぬかれたような洞穴に比べると明らかに空気の流れが異なる。

「水鏡。予備のマッチまだあるか?」

「あるよ。でも、何に使うの?」

「まだ使わない。たぶん、使わずに済むはずだけれど、失敗したら明かりを失うっていうなら試せないだろう。ペンライトは最後に取っておきたいし」

 音葉は手元に持っていた明かりを両手で包んだ。唯一の光源が隠され、辺りが暗闇に包まれる。そして間もなく、彼の手からさっきよりも大きな明かりが漏れ始める。

「成功だ。やっぱり、元の性質を幾分か引き継ぐらしい」

「それじゃあ、大量に増やせば明るくなるんじゃないの?」

「限界がよくわからないのが怖いけれど、試す価値はあるな」

 何をどうやったのかはわからないが、音葉の手元の灯りは分かれ、彼の手元から壁の向こう側へとふわりふわりと浮かんでいく。十、二十と灯りが増えるにつれて視界は広がり、明瞭になっていく。

「なんですか、これは」

 広がった視界を頼りに壁から出てみると、その先の空間は想像以上に広い。音葉を中心に灯りは広がっていくが、天井あるいは壁にたどり着いたものはない。さきほどまでの通路とは異なり足元は固いタイルが敷き詰められており、灯りのいくつかは部屋を支える柱を照らしている。明らかに人の手が入っている。

 そして、等々力たちの目を奪ったのは部屋に並ぶいくつものガラス張りの展示ケースだ。ケースに入っているのは、硝子で出来た人形だ。

「鳴治10年神無月 草谷大治。鳴治10年霜月、其田元嗣。これ、人形のモデルになった人たちの名なのかな」

 水鏡紅が展示ケースつけられた金属製のネームプレートを読みあげる。等々力も近づいて観察してみると、名前のほかに、いくつもの数字が刻まれているのがわかった。年月日のようにも思えるが、それにしては数字の並びが多い。

 ケースの作りも興味深い。そのいずれの展示ケースの端にも排水溝と思われる穴が開いている。等々力には硝子細工を安置するにあたりケースから流れ出るものの想像がつかない。あるいは、ケースから流れ出るのではなく

「二人とも、少し静かに。僕らの他にも何かいる」

 考えに没頭しそうになっていた等々力を引き戻したのは久住音葉の声と、周囲に響くこつん、こつんという音だ。音はこちらに近づいている。

「音葉、海月を絞ったほうがいいんじゃない」

 水鏡紅の指摘に久住が頷く。同時に周囲に散らばっていた灯りが急に小さくなった。そのうちの一つだけが久住の手元に戻ってくる。その過程で、等々力の前を通り過ぎたものに、等々力は思わず声をあげそうになった。

「静かに。説明なら後でいくらでもする。とりあえずは目の前の現実を受け入れて」

 水鏡が口を塞ぎ、耳元で囁いた。彼女は久住が使っているそれの正体を承知しているということだろう。等々力は久住音葉の右手の上でゆらゆらと揺れる海月の姿を目で追った。

 海月。それ以外に久住音葉が操る光の正体を表す言葉が思い浮かばなかった。それは、傘から伸ばしたいくつかの触手で留まるべき位置を把握し、まるでここが水中であるかのように空中に浮かんでいる。暗闇を照らしていた灯りは、クラゲの傘の中で燃えている炎だったのだ。海月の傘は久住の意思により厚みが変化するらしく、傘が厚くなると炎が隠れて光が小さくなる。

 さきほど姿を消した灯りたちは、周辺で傘を厚くし、侵入者の同行を探っているのだろう。まるで怪異だ。動く硝子人形と、空を飛ぶ海月、どちらも常識から外れた何かであることに疑いはない。そして、久住音葉と水鏡紅と名乗る二人もまた常識から外れた何かの側に立っている。

 彼らと硝子人形が対立する関係にあったことだけが、今の等々力にとっては幸いだったといえる。

「おい、誰かいるのか。ここは関係者以外立ち入り禁止だ。」

 足音の主は等々力たちの近くで止まり、声を上げた。男性、40代くらいだろうか。懐中電灯らしき光が辺りの展示ケースを照らす。

「おかしいな。さっき光があったような気がしたが。あいつらは明かりがなくても問題がないだろうし、気のせいか?」

 展示ケース沿いにライトの持ち主の背後へ回り込む。ライトの持ち主は展示ケース自体に光を当てるのが嫌なのだろう。ライトがケースを横切りそうになると天井に向ける癖がある。おかげで、ガラス張りの展示ケースが人間三人を隠す壁になる。

「あんだぁ。これは。あいつらこんなところに穴なんて開けおって」

 男は久住が壁に開けた穴を見つけた。怒りの声をあげ、いつも正しい出入口を使うように指導してきたのに、目を離せばこうだ。などと文句を言っている。まるで日頃出入りする者がいるような口ぶりに、等々力は音葉らと顔を見合わせた。

 話を聞いてみましょう。音葉が小さな声で提案をし男に向かって走り出す。

 

******

 男は草谷徹と名乗った。草谷大治と関係があるのかと尋ねると、親族だと答えた。大治は当時の網元で、綿貫地区の漁師たちを囲っていた資産家なのだという。酒を飲むと手が付けられないように暴れるが、普段は至って温厚で大雑把な男だったのだと徹は話す。鳴治の人間のことをまるで会ってきたように話す草谷に疑問をぶつけると、彼は何にもわかっちゃいないと笑い声をあげた。そして、精霊祭が来れば全てわかる。祭りの日は近いとばかりわめきたてる。

 あまりにうるさいのでつい蹴飛ばしてしまうと、草谷はころんと気絶した。

「久住さん、思っていたより積極的な対応しますね。鷲家口先生の話からはもう少しおとなしいイメージを持っていたのですが」

「これ以上は話をしてくれないような気がしますし、とりあえずおとなしくしていてほしかったというか……」

 実をいうと音葉はそれほど強く蹴ったつもりはない。力の加減がわからず、思いのほか草谷に衝撃を与えてしまったというのが真実だ。水鏡が音葉の力だと示したスペードの1の札。この力は音葉の膂力を操作するようなのだが、音葉が願うよりも強い力になりがちである。さきほども壁にひびを入れようと思った結果、壁は崩れてしまった。

 草谷氏が気絶で済んだのは幸いなことなのかもしれない。コントロールができるまでは対人向けに使うことは控えよう。そう心の中で決意した。

「話はしてくれないでしょうね。私たちが硝子人形じゃないとわかった瞬間、態度が急変しましたから……しかし、どういうことなのでしょうか。私には磯山医院で伺った久住さんのお話とは様相が変わってきたように見えるのですが」

 音葉の悩みなど露知らず、しゃがみ込み草谷の様子を見ていた等々力は疑問を口にする。おかげで、答えの見えない悩みからは気がそれる。

 等々力の言う通り、事態は当初の予想とはずれた方向へと進んでいた。そもそも音葉の予想では、崩した壁の向こうには硝子人形の展示室ではなく、35年前の地図にだけ記載された職人街が広がっているはずだった。どうやら地下を歩いているうちに距離感覚を見誤ってしまったらしい。

「僕も予想外のことが多くてちょっと戸惑っています。ただ、今の状況のほうが説明がつきやすいこともあるように思えます」

 例えば、鷲家口眠が見たという人間が硝子化した死体。おそらく、これは硝子人形のなりそこないだろう。何らかの理由で人形が破壊され黒硝子の力が薄れたために、偽装していた肉体の一部分が硝子に戻ったのだ。それなら鷲家口が疑問を持っていた肉体との癒着についても説明がつく。事後的に癒着したのではなく、もともとそのような構造だったのだから。

 だが、仮に硝子化死体が動く硝子細工だったのだとすると町の人間たちの反応が理解できなかった。鷲家口や等々力の話では、この街の人間は硝子化死体の件を公にせず、秘密裏に処理しようとする傾向がある。

「それはよくあることだとは思いますよ。所属部署の性質上、少々風変りな遺体を視ることが多いのですが、大抵の場合は、大ごとにせず、小さな事件として処理したがる傾向にあります」

「でも、不思議じゃありませんか? 硝子人形たちは僕たちの命を狙った。町の住人も同様に襲われる危険があるなら、硝子人形は脅威だ。この人が僕たちを硝子人形と間違えたように、外見で硝子人形と人間を識別するのは難しい。気づかないうちに硝子人形に襲われる。そんな危険な状況を隠しておく理由はないように思います。

 それに、もう一つ。鷲家口先生からいくつかの硝子化死体の発見状況について聞きましたが、どれもまるで誰かが破壊したみたいでした。でも、僕が磯山妙子を模した硝子人形を壊したように、常に外部の人間が人形を破壊しているのでしょうか。それなら、住人たちがいくら隠したって、もっと硝子の化け物の話が外に漏れ出てくるはずだ」

「つまり、久住さんは、一連の硝子化死体は住人に破壊された可能性が高いと?」

「ええ。そう思っていました。ただ、それだと一方で人形を破壊し、一方で事実を隠ぺいする。町という単位で意思統一するのは難しいのだとしても、あまりにちぐはぐだ。けれど、この部屋と、草谷さんの話を聞いて、住民たちの行動を別の観方でとらえることもできるような気がしてきたんです」

 住民の行動がちぐはぐであるという印象を受けたのは、硝子人形らが町にとって脅威でしかなかったからだ。もし、彼らにとって利益となる部分が存在するのであれば話は違う。

 鳴治期の年と人名が付されたプレートを掲げられた展示ケース内の硝子人形たち。それが本当にプレートに記載された時期の人間なのだとすれば。

「流石にそれは突飛な考え方のように思います。確かに、私を捕らえた硝子人形は人間のように話した。それでも、彼らは硝子人形であって人ではない」

「でも、見た目や振る舞いは人間と区別がつかない」

 自分でも常識から外れた考えだとは思う。だが、この仮説ならもう一つの疑問、資料館の館長が水鏡と鷲家口に伝えた言葉についても説明がついてしまう。

――忌むべき信仰が過去形で語られることに責められるべき理由はない

「いずれにしても、今の段階では情報が足りないですね。まずは、水鏡さんが戻ってくるのを……」

 等々力が壁伝いに部屋の端まで歩いているであろう水鏡の姿をおって暗闇に目を向けたのと、部屋中にジジジという不快な音が響いたのはほぼ同時だった。音の行方を探して、音葉と等々力があたりを見回していると、暗闇にいくつものオレンジ色の明かりが灯り始めた。

 1分もかからないうちに闇は晴れ、大量の電灯が音葉たちのいる空間を照らし出した。視界に入るのは硝子人形を詰め込んだ大漁の展示ケース。青白い床と壁に囲まれて、見渡す限りの展示ケースが並べられ、思い思いの姿をとった硝子人形が安置されていた。

「これは……私も認識を改めなければなりませんね。久住さんの予想は外れていなさそうだ」

 立ち上がり、周囲の展示ケースを巡って歩く等々力が驚きの声を上げ、そして音葉の方に振り返った。

「ここは、久住さんの読み通り、人が作った硝子人形たちの保管所なんじゃありませんか」

 そして、これが硝子細工で栄えた町のもう一つの顔だ。


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