あなたを呼ぶ声(3):金剛鬼字の会
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佐原正二、加藤末勝(カトウ‐スエマサ)、山田幸一(ヤマダ‐コウイチ)、工藤祐介(クドウ‐ユウスケ)。音葉の携帯に御坂心音からの着信があったのは、楠木智之の口から語られた四人の男性についての情報を渡して、二日後。
御坂は新人刑事の巣守元弥(スモリ‐モトヤ)を引き連れて、音葉たちの事務所の階下、喫茶店マボロシのボックス席を訪れると、ショートケーキを食べながらひとしきり管を巻いた。
「つまりだ。君たちが関わるような事件で一番大切なのは情報だ。筋読みなんてして捜査対象を絞ったって意味がない」
「先輩が組対のやり方が嫌いというのはわかりますが、情報を集めるのであれば、それなりの目的を示せという本部長の意見は正しいと思います」
御坂の隣に座った巣守が、淡々と意見を述べたので、音葉は紅と顔を見合わせた。いつもの御坂なら反論が飛び出てくるはずだが、今日はそういった態度に出ない。
コーヒーを口に含み、御坂は懐から出した手帳を開いた。巣守はと言えば、御坂の動きに合わせてカバンからメモ帳と資料を取り出している。彼女がこれから音葉たちに話そうとしている内容を理解しているのだろう。
どうにも距離感が掴めない。
「さて、君たちが話してくれた三人の男たちだが、確かに失踪している。。失踪者の状況と、これまでわかったことについて、話せる範囲で簡単に説明しよう」
*****
絹田兎一(キヌタ‐トイチ)。死亡した佐原正二の暮らしていたマンションの仲介業者の男は、死亡した佐原について、音葉たち便利屋を使って行方を探していた。
理由を聞けば、家賃の滞納という。しかし、佐原が行方をくらませたのは三日前。過去の支払い状況を調べても、特に支払い不能になるタイプではない佐原が、たったの三日姿を消しただけで行方を探すだろうか。
そもそも仲介業者は賃貸契約の成立までを請け負うのが仕事であり、家賃滞納については特段大きな問題にならないはずだ。
「ところがだ。君たちが教えてくれた残りの名前を出したら、様子がおかしくなってね」
なぜその二名の名前を知っているのか。警察は彼らの行方を知っているのかと血の気の引いた顔で質問を繰り返すようになったという。
絹田の口から新たに出てきたのは、行方不明になったマンションの管理人、楠木智之の名前だった。絹田曰く、失踪した四人と楠木智之は、楠木の家の近所にある居酒屋で定期的に飲み会を開く仲だったのだという。
「なんで、仲介業者の絹田がその飲み会のことを知っているの?」
「それについては捜査中です。絹田自身は、一度その飲み会に顔を出したことがあると話していましたが、何しろ関係者は誰も見つからないわけですからね」
「誰も? 僕たちは警部に情報提供をする前に、楠木さんと会ってきたのだけれど」
音葉の言葉に、マボロシに来て初めて巣守が音葉の顔を見た。
「それは、三日前の夕方、ということですか?」
そうだ。音葉と紅は、楠木智之から奇妙なオブジェとそれにまつわる話を聞いた。
「警部から話を聞き、私が連絡を取りましたが、家にも、携帯にも連絡がつきません。自宅も誰もいません」
隣に座る紅が、机の下で音葉の服を引いた。何が起きているか、おおよその想像がついたのだろう。だが、まだその話をするタイミングではない。
「まあ、それは一端置いて、話の続きをしよう。絹田は明言を避けているが、彼は佐原正二らの集会の一員なのだろう。そして、彼らが失踪した原因はその集会にあると思っている。ここが問題だ。はたして、人間が消える理由がある集会とはなんだ?」
なるほど、最終的には反社会的な組織に繋がるように思えてくる。音葉は、佐原正二の死体から、警察は猟奇殺人事件と扱うと思っていた。だが、おそらく捜査本部は組織犯罪と見ているのだろう。しかし、警察はいつから佐原達の集会を知っていたのか。
「捜査本部の方針が気になるようですね」
こちらの疑問を先回りするように、巣守が口を開いた。彼が目で御坂に承諾を求めると、御坂は彼から視線を逸らし、クリームの入ったカップを弄った。
「御坂警部の了解が得られないので、ここからは私の独断で話を続けます」
「え、続けるんだ」
「はい。まずはこちらの見解を一通り伝えるべきだと私は思いますので」
なるほど。こういうところが御坂に気にいられているのだろう。
「捜査本部は、この事件を麻薬取引の縺れと読んでいます。理由はこの写真。この写真は佐原正二にかかっていた横領の疑惑を調べるため、彼の勤め先の人間が撮影したものです。問題はこの女性。彼女はこのところ街で勢力を伸ばしている団体の勧誘員です」
「宗教? それとも組?」
「どうでしょう。個人的にはどちらとも違うように思っていますが、組織犯罪対策課は反社会的組織とのつながりを疑っているようです」
「それで、その団体が麻薬と繋がっている?」
「本部はそうみています。精力剤という名目で多種多様なドラックを取引しているとか」
精力剤。楠木智之は佐原達をみて、彼らが欲するのが精力剤だと疑った。結果、楠木の前に現れたのは得体のしれないオブジェだが、捜査本部もそのことは知らないのだろう。
「団体名は、金剛鬼字の会(コンゴウオニジノカイ)。本部は、現在この金剛鬼字の会から流出した麻薬、まあ精力増強剤ですね。佐原正二はそのユーザーかつ、売人と疑っています。
根拠は、彼の交友関係。異常なほどの女性関係が見つかっています。それはいずれも約3か月前、ちょうどこの写真が撮られた頃からの話だ。それまでの佐原はむしろおとなしくて、女性に手を出す人物ではなかったといいます。横領騒ぎもこの3か月でのことだ」
「要するに、警察は今回の被害者はその謎の精力増強剤で狂った末に、何らかのトラブルに巻き込まれて、ミンチにされたという風に考えている」
「いかにも。そこに御坂警部が考えるような特殊な事象は関係しない。ただ、久住さん。あなたからもたらされた情報と、絹田という重要参考人のことは本部も重要視している」
おそらく、絹田の話す集会は麻薬を販売するための下部組織だ。麻薬中毒者が自分たちのあがりをもとめて、日夜販売先を探していた。そんな風に見えるのだろう。
「私は納得がいかないんだよ。巣守はもっともらしく話しているが、この事件はそういう事件だとは到底思えない。これは、もっと個人的なところを根っこにもった事件だ。そんな風に思えてならない。そこでだ」
裏付けが欲しくて更に捜査協力費を積みに来た。いつもなら一人でやってきて適当に情報をむしり取る御坂が、巣守も連れてきた理由はおおかたそういうところだろう。
音葉たちとしても御坂の情報はある程度ほしい。楠木智之が失踪したなら、他の失踪者たちもおそらく見つからない。絹田からの報酬が期待できない以上、できれば、捜査協力費も貰えると、音葉たちとしては助かる。
「それで、御坂警部は僕たちに何をしてほしいんです?」
*****
扉を開けると鉄で出来た巨大な馬に迎えられた。近づいてよく見てみると、馬にしては妙な模様がついている。
「シマウマかな」
紅は、置物とスマートフォンの画像を見比べている。購入したばかりだからか、何かにつけて検索をしている。
「でも、シマウマにしてはなんかずんぐりむっくりな感じがする」
スマートフォンを覗き込むと、シマウマの画像がずらりと表示されている。シマウマと置物を見比べると、確かに置物の方が首周りと身体が太い。
「作った人のセンスじゃないか?」
置物に注目する紅と話していると。水色のジャケットを着た女性が顔をだした。
「あら、初めてのかた?」
女性が抱えるバインダーの端にもシマウマのシールが貼られている。
だが、シマウマというにも少し妙だ。全体が朱く、首だけが白い。
金剛鬼字の会。警察は、この団体と、佐原正二の関係を疑っている。御坂の情報は正確で、建物の周りの商店には、やけに目つきの鋭い人間が混ざりこんでいる。
「確かに御坂警部たちが踏み込むのは無理があったね」
待合室に通されると、音葉たちは暫く待機を言い渡された。紅は待合室のブラインド越しに表通りの様子を覗いている。
「こっちも、防犯カメラを見るのは難しい。互いに困難な部分を解消できる案だ」
マボロシを訪れた御坂の依頼は、捜査本部の方針の検証だ。
――君たち、特に水鏡君は不思議な事象に対する嗅覚が鋭い。君たちなら、金剛鬼字の会と今回の事件が繋がっているか予測は立つと思ってね。
紅は当初絶対に引き受けないと言っていたが、御坂と二人で話した結果、紅も調査に同行することとなった。彼女がどのように買収されたのか、調査後にぜひ聞きたい。
「でも、この建物の中にはノイズの気配はないし、これはなんていうか」
紅の言いたいことはわかる。金剛鬼字の会は、パンフレットや待合室を見る限り、佐原正二や楠木智之の持つ『栄光の手』とは結び付きそうにない。警察の追っているという麻薬の気配もない。
なにしろ、金剛鬼字の会は不妊に悩む男女の相談所なのだから。
「久住さん、準備ができました。どうぞ」
待合室に顔を見せたのは先ほどの女性とは異なる、厚手のセーターの女性だ。厚ぼったい唇につけた紫の口紅が目について、顔の印象が残らない。
「さてと、久住音葉さんと、水鏡紅さんね。オトハ、なんて男にしては珍しい名前ね」
面談室と呼ばれる部屋に通され、音葉たちは女性と向き合うように座らされた。厚化粧の女性――ミナミという名札を付けている――は音葉たちの名前を確認し、二人の顔を何度も見比べた。
「うちは、プライバシーにとても気を使っているの。うちの顧客のほとんどは、この界隈で仕事を持つ女たちでね。まあ、半分、彼女たちの愚痴を聞く、逃げ場なのね。だから、面談室は事務所の人間にも話が聞かれないように配慮している。肩の力を抜いていいわ。
さてと、あなた達、うちの会の何を知りたくて来たの?」
ミナミは、胸元のペンで受付表に大きく射線を引き、目の前の机に置いた。
「なにを、って。ここのパンフレットを見て」
「事務所に入ってきてからのあなたたちは、どうにも不妊に悩む恋人には見えない。入口の像を気にしたり、待合室で外の様子を気にしたり、水鏡さんが落ち着かない様子を見せても、あなたは全く気に留めない。寧ろ、あなたは彼女が観ていない、例えば事務所内の構造や、掲示物の内容に気を留めていたでしょ。もしかして警察?」
警察。ミナミの口からでた単語に、紅が首を横に振った。その反応の速さも、ミナミに不信感を与えるように思うが仕方がない。
「そう。警察ではないの。でも、あなたたちは警察という単語に驚きを見せない。通りで見張っている警察官たちのことも気が付いたのでは?」
彼女はこちらの反応を見ている。どのように反応すればよいか考える素振りさえ、ミナミの警戒心を引き上げるように感じられた。
「僕たちは街の便利屋です」
咄嗟に口から出た言葉に、紅が目を丸くして、音葉の袖を引っ張った。その様子に、ミナミは初めて表情を緩めた。
「なるほど、便利屋。クズミオトハ、そういえば聞いたことがあるわね、駅前通りで犬探しから人探しまでやっている、だっけ」
相当古い宣伝だ。そのフレーズが残るのは、マボロシのボックス席くらいだろう。
「ミナミさん、マボロシに来たことがあるの?」
「マボロシ? あのさえない喫茶店。たまに利用しているわ。君たちはあのビルの二階に事務所を構えているのね」
どうやら、ミナミの方も音葉たちの話を聞いた場所を明確に思い出したらしい。
「知りたいのは権田剛(ゴンダ‐タケシ)のことでしょ」
「権田? ええっと、誰?」
紅の声に、ミナミが目を丸くした。どうやら互いに随分と思い違いをしているようだ。
*****
楠木智之の家を訪ねると、彼の妻、楠木友恵(クスノキ‐トモエ)が顔を見せた。友恵は青ざめた顔で夫の行方が知れないと話す。
彼女は、この二日ほど、高校の同級生と旅行に出かけていたという。帰ってきたら、智之の姿がなく、一晩たっても戻ってこない。部屋に財布はあって、車も車庫に止めたまま。智之自身が準備した食事も手を付けられておらず、ただ物置の鍵だけが壊れていた。
「通報すべきかどうか、どうしたらいいかわからなくて困っていたところなんです」
じっと彼女の話に耳を傾けていた巣守の前で、友恵はそういって涙を流した。
巣守に対応を任せ、御坂は、玄関横のプレハブに踏み込んだ。
50代前半、不動産の管理で生計を立てており、趣味は近所の居酒屋で酒を飲むこと。近所の人たちに話を聞いても目立つ噂は聞こえてこない。自失として使っているプレハブも、マンションの記録や、会計帳簿など、仕事に必要な資料があるだけで、目立つものが何もない。
「佐原正二の部屋と似ているな」
佐原正二のマンションも、楠木の部屋と同様に、不要なもの、個人の趣味や個性を感じるようなものが何一つ置かれていなかった。あるのは、建築設計事務所に勤める彼の仕事道具と、服、あとはテレビくらいだ。
御坂は警察に勤めて10年以上は経っているが、室内が仕事道具だけになったことはない。彼女の部屋は古今東西の古典や、趣味の海外ドラマのDVDにあふれている。
御坂の部屋は特異なのだとしても、この部屋からは極端に住人の生活が感じられない。
「それに、久住は栄光がどうとか言っていたよな」
詳しく話を聞きだすことはできなかったが、久住がその単語を口にした途端、水鏡が久住の脚を強く踏みつけた。おそらく、二人は楠木智之から重要な何かを見せられたのだ。だが、室内にも思い当たるようなものは見当たらない。
「それに、あの妻の様子。彼女はいったい何に怯えている?」
プレハブから顔を出し、玄関に立つ楠木友恵を伺った。巣守と話すうちに、落ち着きを取り戻してきたように見えるが、まだ肩が震えている。
「妙だな」
世の妻は、夫が一日外泊した程度で警察を呼ぶかどうかを悩むものだろうか。それに、あそこまで怯えているにも関わらず、どうして警察を呼ぶのを躊躇ったのか。
佐原正二の事件のことを知っているから? そうだとして、夫の身に危険が迫るような何かがあることを彼女は知っている? それもどうにもしっくりこない。
「いや、しっくりこないのはそういう理由じゃないな」
だが、胸のうちのひっかかりは言葉にならない。
友恵からの聴取を終え、捜査本部へと事情を伝達、捜査員を派遣してもらうと、御坂は巣守を連れて、佐原正二の暮らしていたマンションへ向かった。
管理人室のビデオカメラでは、久住音葉の指定した期間の防犯カメラの映像が高速再生中だ。映している場所は、佐原正二の部屋のある三階部分の共用廊下と、玄関ロビー。その二つを行き来している人間は、今のところ、各部屋の住人と、宅配業者だけだ。
「ところで、巣守君。君は楠木友恵をどのように見た」
「どのように、というと?」
「言葉の通りさ。話をしてみて、どう感じたか」
「記憶や感情が混乱している、ちぐはぐな印象を受けました。彼女はほとんど楠木智之のことを答えられないのです。本当に彼の妻なのか疑問に思うほどです。
例えば、彼が普段どのような仕事をしているのか、知人はいるのか、彼の日常的に行きそうな場所、楠木智之の生活についての情報を、おそらくほとんど持っていません。彼女の話を前提にしても、楠木が何処にいるのか見当もつかないと思いますよ」
なるほど。本当に楠木智之の妻なのか。という言葉は、御坂の中の友恵に対する印象と合致した。言葉にできなかった違和感を、こうして言葉の形に引き上げる巣守はやはりよくできた部下だ。
彼を褒めようと思ったが、映像に人影が映ったため、御坂は慌てて再生を止めた。佐原正二の死体が見つかる12時間前。佐原の部屋の前に灰色の作業着を着こんだ人物が現れた。帽子を深くかぶり、下を向いている。帽子の後ろからは肩にかかるほどの髪が見えており、作業着から見える身体の線からすると
「これは、女か?」
作業着の人物は、玄関ロビーを通り、エレベーターで三階に上り、監視カメラの端に映る佐原の部屋の前に立った。鍵がかかっていたはずの彼の部屋はその人物がドアノブを作業着の裾で包み、数秒も経たないうちに簡単に開いた。
「何をしたのでしょう。ピッキングでしょうか」
「作業着の裾で隠して3秒で、鍵を開けられるピッキングなんてあるのかい」
それに、佐原の家のドアノブには傷らしき傷はなかったように記憶している。
彼女は、ドアノブを開けて、部屋の中を覗きこみ、そして、一瞬監視カメラの方をむいた。その顔を、御坂はどこかで見たことがある。
人影が部屋に入ってから30分。部屋から誰かが出てくる気配はない。やがて日が変わり、絹田と久住音葉と水鏡紅の姿が映った。20分ほど後に、楠木智之と、その妻友恵がマンションに顔を見せる。彼らは、管理人室に入り、マスターキーを取り出すと三階へと上っていく。
その間、久住達は部屋の前でドアを叩いたり、ドアノブを回したりしているが、扉は開かない。そして、楠木夫妻が部屋の前にたどり着き、マスターキーを使い、部屋の扉を開き、中へと入った。
「巣守。彼らは、部屋に誰もいなかったと言っていたよな」
「言っていましたね。ですが、あの作業着の女性は何処に行ったのでしょう」
久住達が部屋を出て、楠木夫妻が扉を閉める。その直前、楠木智之が一度だけ部屋を覗き込み、固まった。エレベーターへ向かおうとしていた友恵が振り返り、夫の様子を見つけて慌てたように駆け寄っていく。
そして、彼女は夫の背中をひっぱり、彼を佐原正二の部屋から引きはがした。
「何をやっているんだ?」
部屋から引きはがされた楠木智之は足取りがおぼつかない。友恵は勢いよく扉を閉めると、慌ててマスターキーで部屋を施錠した。ふらついている智之をエレベーターへと押し込めて、逃げるようにして3階を後にする。
「楠木夫妻は、この部屋で何を見た?」
久住音葉らもこの状況は知らないだろう。消えた作業着の人物に、楠木夫妻の奇妙な行動。佐原正二の部屋には、御坂ら警察や、久住が気づかない何かがあったということか。
「部屋の捜索令状、もう一度取ることってできないかな。それと、捜査本部がもたついている間に、他の失踪者たちのマンションのカメラも見るぞ。あの女、おそらく他の失踪者の部屋にも顔を出しているだろう」
それに絹田も話していたではないか、見覚えのない清掃業者が部屋を訪れていると。おそらくその清掃業者はあの人影だ。
*****
権田剛。ミナミ曰く、金剛鬼字の会が警察にマークされるようになったのは、権田が会員になった1年前ほどからだという。
「そもそもね、男も女もうちに来るくらいなら、産婦人科に足を運ぶほうが早いし、うちに来るような人間のほとんどは、本気でそういったことに悩んでいるわけじゃあない。
はっきり言ってしまえば、男はただで抱ける女目当てに来るわけで、私たちは、男を選別して、彼女たちの足抜けの道具に育て上げる。それが、金剛鬼字の会」
性産業の痕跡を消し、女性の足抜けをサポートする組織なのだという。
「警察は私たちを暴力団紛いの集団と思っているようだが、むしろ、私たちは彼らの敵だ。足抜けの際には、彼らが押し付けた借金も全てウチが呑みこんでしまうからね」
男性会員は女性たちのパトロン、会員の盾になるというわけだ。
「表向きは不妊治療の相談だとか、結婚相談所だとか、出会い系だとか様々な噂を流しているんだ。権田は、その噂を聞いてやってきた大勢の一般会員の一人だよ」
権田は、入会当時から女性の扱いがとてもうまかった。彼に引き合わせた女性は、会が手配するよりも早く次々に姿を消した。
「権田が足抜けさせた女性は3か月で20人。誰一人、行方が掴めない」
初めはとても優秀な人間だと噂されたが、次第に、疑問に思う会員が増えてきた。
権田に縋るように会の扉をたたく女たちが増えてきたのも会員内で不審感が高まった原因の一つだ。
「彼女たちは、現状から離れたいという気持ちを権田にぶつけるため、ウチの会を訪問した。だがね、それ以上に権田を求める妙な空気を纏っていた。
そして、その気配が強い女から順に、権田の元に赴き、どこかへと消えてしまう」
気味が悪い。まるで人さらいだ。
「それでね、半年前。うちの人間が権田と彼の次のターゲットを尾行した。だが、結果は空振り。それどころか、追跡した人間と権田までが姿を消してしまった。ホテルの部屋に入ったところまでは追えたが、そこでぷっつり姿を消してしまってね。
そのホテルの部屋から出てきたのは、権田でも女でもない、全くの他人だった」
それから、金剛鬼字の会では、権田剛はタブーとして扱われている。
「ああ、それと君の言うオブジェだが、私は見たことがあるよ。女の手のオブジェだろう。薄気味悪い。権田は女性と会いに行く前にそれを撫でていた。気味が悪いから、それは何かと聞いたことがあるんだ。
あいつはね、自分を忘れないためのお守りだと言ったんだ」
だけど、あれはそういうものじゃあない。もっと薄気味の悪い何かだよ。
ミナミはそう言って、自分の肩を抱いた。
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