4:選択と決断

「……それからしばらくして、自殺の準備を整え、あの場所に立ち、神倉さんと出会いました」

「そっかあ。それは災難だったね。彼女も君も」

 神倉は黙って、邪魔をすること無く最後まで三田の話に耳を傾けていた。

「こんな長話に付き合ってくれてありがとうございます」

 深々と頭を垂れる。人生において残りわずかとなった感謝の礼。彼にこそ、それを向けるべきだと思った。

「今もまだ自殺したいって思うかい?」

「それは自殺できなかったくせに、という批判も含まれていますか?」

「そんなことないよ。今回の失敗で諦めたりせず、まだ自殺をする意志があるかどうかを聞いているだけさ」

「意志はあります。やはり恭香のいない世界に未練はないし、生きる意味が無くなってしまいましたので」

「君にとって彼女はそんなに存在の大きなものなのか」

「正直、わからないんです」

 三田は正直に答えた。

「出会ってから彼女が死ぬまでのおよそ一年。これが長いとは思えないですが、僕には充分すぎるほどの濃厚な時間だった。僕は彼女に対してなにもすることができなかったのは、結局はその程度の想いだったと言われてしまえばそれまでですし。彼女のすべてを知っているかと言われれば、答えるのに躊躇するでしょう。誕生日とか家族構成くらいといった上辺な話は答えられますが、そんなの誰でも答えられますもんね。そう考えると僕が自殺するに足る想い出があるかと言われると言い淀むのが現実。全部ひっくるめて正直わからないんです。ここだけの話、付き合ってはいたんですが、お互い好きとは言ったことなかったんですよ。だからこそ自殺したいんです。彼女に向こうで再会したらちゃんと向こうで伝えたい」

「三田さんは、死後の世界を信じているんですか」

「信じるとか信じないとか関係ないんですよ。死後の世界があっても無くても、僕が死ぬ時、そう思えて死んだのなら、もうそれは現実になると思います」

「ストーカーの男に復讐しようとは思わないのか」

「そりゃあ憎いし、殺せるなら殺してやりたいですよ。でもそれも死んでしまえば関係なくなるので」

「わかった」

 神倉はメモ帳に何やら書き込み、破って三田の前に差し出した。確認すると、住所とメールアドレスが記載されている。少し離れた郊外のホテルの住所らしい。アドレスは誰でも作成できるフリーアドレスだった。

「これは……」

「三田さんが死ぬ場所だよ。日付と代金は追ってそのアドレスから連絡する。自殺の方法は当日まで秘密。想像して逃げ出した前例もあるから。三田さんは指定された日にこの場所へ来てくれればいいよ」

「お金はどうしたらいいでしょう」

「ああ、お金は心配しないで大丈夫。銀行や保険会社とのパイプも持ってるからそこから支払われるらしい。まあ下っ端の俺にはよくわからないシステムさ。他に何か聞きたいことはある?」

「携帯で連絡を取っても大丈夫なんでしょうか? 通信記録とか遺ってるとそこから神倉さんに辿り着く恐れもあると思うんですが」

「それも問題なし。僕らとの通信記録は一切とられない仕組みが構築されています。携帯会社にも繋がりを持ってるので。その代わり、現場では一切の記録を残さないことが義務付けられているので、注意が必要。警察の捜査上に俺たちの影ひとつ残してはいけない」

 ペン先を三田の前に突き付け、脅す。しかし表情には笑みが溢れており、どういう心境なのか判断がつかない。

「わ、わかりました」

 コーヒーで潤しているのに、喉がからからに渇く。氷が溶けてグラスに水がたまる。それを舐めるように喉に流し込んだ。

「じゃあ、俺はこれで」

 神倉は立ちあがり、テーブルに置かれたレシートを手に持った。「いや、僕が」と三田が財布を取り出すが、それもまったく耳に入らない、といった風にレジへと向かってしまった。取り残された三田はふうっ嘆息し、切り破られたメモ帳に視線を落とした。

 神倉蒼汰――。彼は一体何者なのだろうか。あまり身だしなみに頓着がないせいか、齢ははっきりとしない。それでも自分と近い年齢層であることは確かだと思っている。そんな二十代の若さで、この業界に携わる。どんな人生を送れば、その進路に携わることになるのだろうか。三田はグラスの氷を一つ口に含みながら、彼の背中を見送った。

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