好意と殺意の狭間の住人
歌野裕
序章:相澤恭香
遺書
相澤恭香は自宅のアパート近くの焼却炉に身を投げて死んだ。初めてそれを見た時は、女子大生の自殺体だと言われても、ただの黒い塊としか認識できないほどに丸焦げになっていた。しかし、燃え残った遺品の一つ一つが彼女の死を明らかにし、彼女が独り暮らしをしているアパートから見つかった遺書によって、彼女の自殺を決定付けることとなった。
それでも警察は当初、焼却炉で焼身自殺という奇抜な行動から自殺に見せかけた他殺の線も疑っていた。現に遺書にもストーカー被害を仄めかす文面が遺されている。
しかし、それを裏付ける証拠は見つからなかった。彼女の足取りを追ってもストーカーの影ひとつ見つけることは叶わなかった。用意周到なストーカーだったのか、もしくは彼女の妄想だったのか。周囲の聞き込みでは、彼女自身が誰かから恨まれるような情報も聞き取ることはできなかった。通り魔の犯行といった線も考えられたが、わざわざ焼却炉に投げ込むという非効率な選択をするとも考えられず、警察も自殺と断定せざる負えなかった。
焼却炉での焼身自殺という奇っ怪な事件にマスコミも黙ってはいなかった。実際は彼女の写真が公開されてからのことではあったが、全国ネットで取り沙汰される大きな事件となった。
彼女は遺書の中で最期の言葉をこう綴っている。
『私が生きている限り、あいつはずっと傍にいる。
あいつが傍にいる限り、私に平穏は訪れない。
それが運命と言うならば、私はその運命に抗ってみせよう。
私の平穏は、私のものだ。
私は生きる希望も、未来への活力も必要ない。
私が望むのは自由のみ。
この死を持って、私――相澤恭香は自由を手に入れるのだ』
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