第14話『桜はまだか!?』
鶯原梅香と二度目の直接対決はまったく成果がなかった。
桐山を鶯原梅香から守るどころか、逆に桐山を攻略されてしまったようなものだ‥
スマホの恋愛ゲームなら、狙っていた男子を他の子に取られてゲーム・オーバーってとこだな‥どこで手順を間違えたのか?
出来ることなら、リセットボタンを押して最初からやり直したかった。
完全に手詰まりで、わたしにはもう最後の一枚しか手札しか残っていないんだ‥
わたしが桐山に告白するという手札しか‥
すっかり意気消沈した気持ちのまま家の玄関を入った。
玄関で出迎えた母が言った。
「桜、お帰りなさい、帰って早々悪いけど、後で駅前のスーパーに買い物行って晩ご飯の材料買ってきて欲しいんだけど‥たった今お父さんからメールあってね、今日はうちで晩ご飯を食べるんだってさ」
父はいつも仕事が遅くて、平日に家で夕飯を食べることはほとんどない。
「へ~っ、父さんが、めずらしいね」
「そうなの、だからお父さんの大好きな鳥の唐揚げを作ろうと思ってね、悪いけど鶏肉買ってきて」
「うん、わかった‥」
わたしは返事をして自分の部屋に行くために二階へ上がった。
部屋に入ると机の前に座って鏡を見ると今にも泣きそうな自分の顔が映っていた。
もう少し時間が欲しかった‥
もう少しだけ時間が‥
桐山に相応しくなるための時間が‥
桐山のことを好きになってどのくらいになるのだろう?
わたしは桐山の彼女になるんじゃなかったのか?
もうそれは叶わない夢なんだ‥
頬を一筋の涙が伝わった‥
わたしが泣くなんて‥
涙を拭うと無理やりに笑顔を作った。
「桜~そろそろ買い物お願いね!」
下の階から母の声が響いた。
「は~い、お母さん!!」
わたしは制服を着替えてリビングに降りていった。
「よろしくね、桜」
「うん‥わかった」
「どうしたの?元気ないね」
「なんでもない、大丈夫‥」
玄関を出ると駅に向って歩き出した。
この時間の調布駅前周辺は賑やかだ。
通勤や通学から帰宅を急ぐ人に逆らって歩道を歩いた。
北口にある西友は24時間営業なので便利で、母から言われたとおり鶏肉を買って西友を出た。
唐揚げか、お父さんには悪いけど食欲ないな‥鶏肉の入ったレジ袋を持って家に向って歩き出した。
旧甲州街道を歩いていると不意に誰かに肩を叩かれた。
「幕ノ内さん」
振り返ると学校から帰る途中の桐山がいつもと変わらない涼しげな表情でわたしを見ていた。
「桐山‥」
「買い物?」
「うん、晩ご飯の材料、お父さんが急に晩ご飯を家で食べるって連絡あったから‥」
「そうなんだ?晩ご飯のメニューは何かな?」
「唐揚げだって、お父さんの大好物なの、鶏肉をお母さんから買って来てって頼まれんだ」
「へ~っ、唐揚げか、いいな~」
桐山とこうやって話をするのは久しぶりだ‥やっぱり桐山はカッコいいな‥
そう思ったらまた気持ちがまた落込んできた。
「どうしたの?幕ノ内さん、元気なさそうだね?」
それは‥お前のせい、いやそうじゃないな‥桐山のせいではない‥
「そんなことないよ、それよりなんかあったの?帰りがいつもより少し早いんじゃないの?」
「うん‥そうなんだよね‥」
桐山は少し歯切れが悪そうに答えた。
「どうしたの?」
「鶯原さんが待ってくれてるから、だから‥あんまり遅くまで残ってると悪いと思って‥」
「そっか‥」
桐山は相当無理してるんだな‥
「本当はもう少し残ってやりたいんだけどね‥」
「先に帰ってくれって言えないの?」
「断るの悪くって、いつも僕のこと気にしてくれてさ、わざわざ待っててくれてるのに先に帰れなんて言えないよね」
「桐山は優しいからな‥」
「そうじゃないよ、前も言ったけど勇気がないだけだよ‥」
「勇気?」
「そっ、勇気、相手のこと気にしすぎて、自分の気持ちを素直に伝えられないんだ‥自分の本当の気持ちをね」
「それってさ‥」
桐山‥
本当は好きな子がいるんじゃないのか?
桐山には好きな子がいるんだ‥
初めてそんな気がした。
「桐山、自分の気持ちに正直になった方がいいと思うよ」
「そうなんだけどね‥僕もどうしていいかわからないんだよね、なんかもうどうでもいいっていうかさ」
桐山‥
それが鶯原梅香の作戦なんだよ、そうやって桐山が根負けするのを待ってるんだよ、桐山がそれに気づいてハッキリ言わないから、もう手遅れなぐらいなんだよ‥
「鶯原と付き合うの?」
「う~ん、かなり悩んでる、もう一回返事するって約束したんだよね‥って言うか返事をする期限を切られたんだ」
鶯原梅香‥もう桐山に考える時間を与えないつもりだ‥何て奴だ。
「そっか期限をね‥返事をするんだ?」
「うん‥まさか僕に彼女が出来るなんて、自分でも想像できなかったけどね‥」
桐山は小さな声で少しため息をつきながら言った。
「桐山は彼女、欲しくないの?」
「えっ?いや‥そりゃ欲しいけど‥」
「欲しいけど?」
「うん、欲しいけど‥どう答えていいのかな、なんか想像してたのと違うんだよね」
「想像と違うって?」
「なんて言えばいいのかな、彼女が出来たらね、もっと胸がときめくっていうか、心臓がドキドキするっていうか、そういう気持ちになるって思ってたんだけど‥そういうのとはちょっと違うんだよね‥」
桐山は少しだけ眉をひそめて言った。
「桐山‥わたしはこう思うんだ、桐山が彼女に相応しいって思った人と付き合うべきだって、一緒に帰りたいとか、一緒にいたいって思う人とね、そうすればそういう気持ちになると思うんだよね」
「僕なんかに選ぶ権利なんてないよ、きっと周りのみんなもそう思ってるよ‥」
「そんなことないよ、桐山はもっと自信を持った方がいいよ」
「そうかな?みんな僕みたいな奴が鶯原さんみたいな人から告白されたことを不思議に思ってるだろうね、断ったりしたら、それこそみんなバカだって思うよね」
「桐山‥そんなことない、それは違うと思うよ」
「もういいんだ、もう返事をしなきゃいけないし、幕ノ内さんには色々迷惑を掛けたよね」
「迷惑だなんて思ってないって、前にも言ったよね?わたしこそ桐山が相談してくれたのに何も出来なくて‥申し訳なかったよ」
「そんなことないよ‥幕ノ内さんには感謝してるよ」
「桐山‥」
「桐山は鶯原と付き合ったら幸せだって思うかい?」
「えっ?どうかな‥僕にはわからないな」
「わからない?」
「だって‥僕なんか好きになってくれるだけでありがたいから‥」
桐山‥
わたしが好きだって言ってもそう思ってくれるかい?
今のわたしじゃあ、到底鶯原梅香に敵わないか‥
わたしは桐山に告白という最後の手札を使う勇気がなかった。
「幕ノ内さん‥あのさ‥」
「何?」
「今度また、晩ご飯に誘ってもいいかな?」
「もちろん‥でもね」
「でも?」
「何でもない」
「えっ?気になるな教えてよ」
「ダメ!内緒」
桐山‥でもね、今度もし桐山と晩ご飯を食べる機会があるとしたら、多分わたしにとってそれは最後だ‥
だから‥
わたしは食べたくない‥
そう思った。
「じゃあここで、幕ノ内さん‥さよなら」
「ああ、じゃあね‥桐山」
わたしは桐山と別れてから、見えなくなるまで桐山の背中を見ていた。
その時、わたしはまた誰かに肩を叩かれた。
「ただいま、桜」
「お父さん‥お帰りなさい」
「今、桜と一緒だった彼は誰かな?」
「お父さん見てたの?」
「ああ、だいぶ前からから気づいてたんだけど、声かけるの悪いだろう?これでも気を使ったんだけどな」
「そんな気なんて使わなくても大丈夫だよ、彼は同じ高校の同級生の桐山君、中学も一緒だったんだよ」
「へ~っ、桜の彼氏かと思ったよ」
「えっ、わたしの彼氏?」
「ああ、お母さんが桜の様子が最近変だから、恋でもしてるんじゃないかって言ってたからさ、彼はカッコいいね、それに結構いい雰囲気だったよ桜と桐山君、だからてっきり‥」
‥母親にもバレていたとは、意外と鋭いなお母さんも‥
「彼氏なんかじゃないよ‥お父さん」
わたしは答えた。
「じゃあ、友達かい?」
「友達でもないよ」
「彼氏でも友達でもない?じゃあ何だい?」
「それは‥クラ‥」
「わかった!」
父がわたしの言葉を途中で遮って声を上げた。
「お父さん、大きな声出して恥ずかしいよ、わかったって、どうわかったの?」
「友達以上、恋人未満!だろ?」
「違うよ‥」
「えっ違うの?絶対にそう思ったんだけどな‥」
「お父さん、友達に以上はないんだよ」
「なんだいそれ?そうなのかい?」
「そうなの!」
「難しいんだな、今どきの女子高生の考えてることはわからないな~」
父は苦笑いをしながらそう答えた。
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