第13話『桜と梅香の真心!?』

午後の授業が終わったので帰る準備をしていた。


あれ以来、蝶野からなんの音沙汰もなかった。


菊乃達とモスバーガーでも行って気を紛らわすか‥

食欲はないけど、とにかく一人でいたくなかった‥


ふと、わたしの席の前に人の気配を感じた。


「菊乃!そろそろ帰ろうよ、皆んなでモスバーガーでも‥」


菊乃だと思って顔を上げると、立っていたのは蝶野牡丹だった。


難しい表情でわたしを見ている。


「蝶野‥?」


やっぱり鶯原と直接対決はダメだったのか‥それを伝えに来たということか‥


「梅香が幕ノ内さんを呼んで来て欲しいって‥」


「鶯原が?‥」


「うん、会ってくれるって、だからこれからわたしと一緒に来てくれる?」


蝶野が少し表情を緩めて言った。


蝶野‥ありがとう、恩に着るよ。


「わかった‥ちょっと廊下で待ってて」


わたしはそう答えると、菊乃に声を掛けた。


「菊乃、悪いけど先に帰ってよ、これから行くとこあるんで」


「行くとこ?」


「そう、ちょっと他のクラスの友達に呼ばれたんでね‥」


「友達?相変わらず交友関係が広いね!‥わかったよ」


「悪いね、じゃあね!」


菊乃に手を振って教室を出ていった。


「お待たせ‥」


そう言うと蝶野の後に付いていった。


蝶野はわたしをどこに連れて行こうとしてるんだ?


蝶野は階段を下りると一階の一番奥の教室、家庭科室の前で足を止めた。


「ここに鶯原が?」


「うん‥中にいるよ、一人でね」


そう言うと蝶野は家庭科室の扉を開けて中に入っていったので、わたしも躊躇せず彼女に続いて中に入ることにした。



家庭科室の椅子に鶯原梅香は一人、悠然と座っていた。


「梅香、幕ノ内さんを連れてきたよ」


「牡丹、ありがとうね」


「それじゃ、わたしは‥」


そう言うと蝶野は部屋から出て行こうとした。


「蝶野‥いても構わないよ、いや、むしろいてくれないかな?」


わたしは蝶野に言った。


「幕ノ内さん‥」


「わたし、鶯原と二人っきりになったら、何をするかわからないから‥」


蝶野が鶯原梅香の顔色を伺っている。


鶯原梅香が頷くと、蝶野は部屋を出て行くのをやめて椅子に座った。


わたしも椅子に座ると、


「で、用件は何?」


鶯原梅香が質問した。


「鶯原、時間をもらってありがとう」


「いいえ幕ノ内さん、あなたと直接話すことはもうないと思ったけど、せっかくのお誘いだし、わたしも最後に会いたくなったので気にしないで」


鶯原梅香が小馬鹿にした口調で笑みを浮かべて言った。


「‥」


「ずいぶん大人しいのね?まるで借りてきた猫みたい」


「そうかな?」


「まさかこんなに早く、しかも簡単に決着が付くと思わなかったわ、て言うか、まるでわたしの不戦勝みたいなものね」


鶯原梅香はそう言って組んでいた脚を解いて椅子から立ち上がった。


「決着?不戦勝?」


「昨日ね、桐山君と一緒に帰った時に、彼もう一度返事をくれるって約束をしてくれたのよ」


「そう‥」


わたしはそれを聞いて力のない返事をした。


「わたし、幕ノ内さんのこと買い被っていたようね」


「買い被る?」


「あなたはもっと正々堂々と勝負してくると思ってたわ、でも意外と臆病者だったのね、わたしの桐山君への猛烈なアタックに成す術無しってことでしょう?」


「‥」


「てっきり、あなたも同じように必死になって桐山君にアタックしてくると思ってたんだけどな?」


「わたしはそんなことはしないよ‥」


「どうして?さっき言ったように、それじゃあまるっきりわたしの不戦勝じゃない、あなたから宣戦布告しておいてそれはないんじゃない?」


「そう思いたかったら、そう思えばいいよ‥」


「桐山君からわたしへの返事、絶対にオッケーだよ、勝負は決まったようなものね、どう思う幕ノ内さん?」


「そりゃ良かったな‥」


「あれ、悔しくないの?もっと悔しそうな顔が見られると思ったのに‥それとも敗軍の将兵を語らずってことかしら?」


「鶯原、自信満々なんだな、もし桐山の返事がノーだったらどうするんだよ?」


「そんなことはありえない、考えたこともないわ、わたしには桐山君ほど相応しい人なんていないもの、最後にわたしの真心が通じたのよ!」


「わたしには相応しい、真心ね、本当に大した自信だな‥」


わたしは鶯原梅香の言葉を繰り返した。


「そうよ、わたしの桐山くんを想う真心が勝ったのよ!わたしが負けるなんて最初からありえなかったのよね!」


「鶯原は真心を勘違いしているよ」


「何ですって?」


「高らかに勝利宣言したければすればいい、でもそんなことをしても、わたしは何とも思わないよ」


「それって負け犬の遠吠えよね?」


「何と言われても構わない‥」


「ひとつだけわからないことがあるの?幕ノ内さん、あなたどうして桐山君に自分の想いを伝えないの?桐山くんを好きなことをそんなにあなたのお友達に知られるのが怖いの?それって桐山君をバカにしてるってことじゃない?」


「その質問に答える前に言っておく‥わたしは鶯原に直接勝負を挑んだことを後悔してる」


「ハハハ‥それはそうでしょ?わたしは言ったはずよね後悔させるって」


「そういう意味で後悔してるんじゃない‥」


「じゃあ、どういう意味なの?」


「桐山に迷惑をかけてしまったから‥だから後悔してるんだよ!」


「迷惑?」


「鶯原は本当に桐山のことを想っているのか?」


「そんなの当たり前でしょ!」


「だったら、何でわたしが約束してくれって頼んだ桐山の嫌がることをしたんだよ?みんながいる教室にやって来て無理やり昼を一緒に食べたり、部活帰りに強引に誘って帰ったり、それが周りからどういうふうに見られたり思われるのかって考えないのか?あいつは優しい、優しいからこそ、あいつの気持ちをもっと考えてあげるべきじゃないのか?」


「今さら泣き言なの?カッコ悪いわね?」


「これは泣き言なんかじゃない、どうして鶯原は桐山と付き合おうとしてるんだよ?」


「そんなの、彼のことが好きだからに決まってるでしょ!バカな質問しないでよ?」


「鶯原、お前こそ大バカだ、だったらどうして桐山のことを思いやって好かれようとしないんだよ、お前のやってることは自分勝手な桐山への想いを押し売りしているだけだろ!」


「何言ってるの、桐山君だってわたしのことが好きに決まってるでしょ!」


「本当にそうかな?そうは思えない」


「あなたがどう思おうが桐山君もわたしのことが好きに決まってる!さあ、さっさとわたしの質問に答えなさいよ!彼に告白しない理由はなんなのよ?」


「何でわたしが桐山に告白しないのか、友達連中にバレたくない?そういう表面的なこともあるけど、それだけだったらこんなに悩んでないよ、理由はもっと単純明解なんだ、告白出来るほどわたしがまだ桐山に相応しいって思ってもらえる女じゃないからだよ、わたしに相応しいっていうのもあるけど、桐山にも相応しいって思ってもらえるようになりたい、だから‥そうわたしが納得するまで告白なんてしないよ。確かに桐山を彼氏にしたい、でもね、桐山から彼女にしたいって思ってもらわなかったらなんの意味も無いんだ、わたしは桐山のことが大好きだよ、でもそれ以上に桐山に大好きっだって言ってもらえる女になりたいんだよ」


「そんなの屁理屈だよ、わたしが桐山君のことを考えてないとでも言いたいの?」


「考えてるって言えるのか?考えている奴が桐山が嫌がることをする筈がないだろ!」


「言ってくれるじゃない、桐山君からの返事でそれが間違いだって証明してみせるわ!」


「鶯原、お前はすでに一度桐山から断られているじゃないか?桐山の気持ちを尊重するってことは考えないのか?」


「そんなことあなたに言われたくないわよ、現にわたしは彼の気持ちを変えさせたんだからね!」


「本当にそうなのかな?人はそんなにも簡単に心変わりするものなのかな?」


「するわよ、するに決まってるでしょ!」


鶯原は吐き捨てるように言った。


「じゃあ聞くけど、鶯原は藤村の気持ちを知っていて、心変わりをしたことがあったか?」


「あんなバカと一緒になんかしないでよ!」


「そうかな?藤村はバカじゃない、鶯原のことをずっと思い続けて、鶯原のために‥鶯原の幸せのためにって、お前のことを諦めたんだぞ!」


「そんなこと、わたしは頼んでないわよ!」


「鶯原、お前はなにもわかってない、そうだよな蝶野?」


「‥」


「何よ、何なのよ、牡丹?何があったのよ?」


「‥わたしが、わたしが藤村を諦めさせた‥梅香の幸せを邪魔するなって‥」


「フフフ、それのなにがいけないの?親友だったらそう言うのは当然でしょ!」


「親友としてはそうかもしれない、でもね、鶯原は言われた方の気持ちを考えたことがあるのか?」


「そんなの知らなわよ!藤村のことなんてどうでもいいじゃない!」


「好きな人の幸せのためにその想いを諦めるのって、ものすごく勇気があることだと思わない?」


「綺麗ごとだよそんなの!」


「わたしが桐山に自分の想いを伝えるのは一回だけって決めているから、だから桐山に相応しいって自信を持てるまでは告白しないんだ、断られても‥納得できるようにね」


「フッ‥残念だけど、もうその機会はなさそうね!」


鶯原は勝ち誇ったように言った。


「何を話しても無駄のようだね、鶯原の真心とわたしの真心は違う、わたしは桐山が幸せになるのなら‥喜んで身を引くよ」


そう言うと、わたしは家庭科室を出た。


鶯原梅香‥

お前に桐山はもったいない‥

でも‥この勝負にわたしは負けたんだ。


「幕ノ内さん!」


背後から呼び止められた。


「蝶野‥何か言い忘れたのか?それより無理を聞いてもらって悪かったね、ありがとう」


「幕ノ内さん‥わたしは‥」


「蝶野、親友だったら鶯原を守ってやれよな」


「幕ノ内さん、あなた‥」


「じゃあね‥ありがとう」


わたしは一人学校を出ると仙川駅までの道を寒さで凍えて歩きながら考えていた。


桐山は本当に鶯原梅香を選ぶのだろか?

あの鶯原梅香を‥


桐山が決めたことにわたしは文句を言うつもりはない‥

それにもう、わたしの手札はあと一枚しか残ってないんだから‥


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