第15話『桜と桐山最後の晩餐』

朝、目が覚めてベッドから起き上がると机の上に置いたスマホにメールの着信があるのがわかった。


久しぶりの桐山からメールだった。


幕ノ内桜様


おはよう、今日も寒い朝だね。

幕ノ内さんに話したいことがあります‥

時間を下さい、無理言って悪いんだけど、今日、晩ご飯食べながらどうかな?

よろしくお願いします。


桐山鳳太


来るべき時がついに来たか‥

桐山は決めたんだな。


初めてあいつがわたしと自分の名前を入れた送ってきたメールだった。


わたしも覚悟を決めて桐山に返信した。

多分‥これが桐山に送る最後のメールだ‥


桐山鳳太様


おはよう、もちろんオッケーだよ!

いつものところで同じ時間に待ってるよ。


幕ノ内桜


わたしも初めて桐山とわたしの名前を入れてメールを返した。


『ありがとう、幕ノ内さん。』


そう短い返信があった。


学校での桐山はいつもと変わらない‥相変わらずカッコいいな‥


こういう気持ちであいつを見ることも、あと少しで出来なくなるんなんだな‥


授業が終わるとわたしは一人で学校から家に帰った。


菊乃には悪いと思ったけど、今日は一人でいたかった。


わたしは私服に着替えると、ちょっとだけおしゃれをして早目に家を出た。

とても寒かったけど星が綺麗な夜空だった。



わたしは調布駅前を抜けて南口にあるジョナサンの前に立っていた。


こうやって桐山を待つのが夢だった。

最初で最後のデート‥そう思うことにした。


きっと周りからは彼氏を待っているって思われているのだろうか?


このまま時間が止まればいいのに‥

桐山がわたしのためにやって来る時間が永遠に続くのに‥

そう思った瞬間にその時間は終わってしまった。


「幕ノ内さん、待った?ごめんね突然に」


桐山がすまなそうな顔をしてわたしに頭を下げた。


「大丈夫、今来たとこだから」


夢にまでみた台詞をわたしは桐山に返した。


「幕ノ内さん、嘘ついてるでしょ?」


「えっ?」


「だって、とっても寒そうな顔をしてるよ‥無理しちゃって」


桐山‥何でそんなこと言うんだよ、無理するに決まってるだろ‥

わたしにとって桐山と最初で最後のデートなんだから‥


「寒いからお店に入ろうよ」


桐山はそう言うと、二階にあるジョナサンの階段を上がった。


席に案内されると、わたしは桐山をじっと見つめた。


「話したいこと‥あるんだろ?」


「うん‥注文したら話すから、何食べたい?」


「今日は桐山と同じものでいいよ」


「えっ?」


桐山‥

今日が最後だから‥こうして会うのは‥

だから桐山と同じメニューを食べるんだ‥


「決めたんだろ?鶯原梅香と付き合うってさ」


「幕ノ内さん‥何でそれ‥」


「メールを見たらわかるよ‥」


「そっか‥」


今日だけは、桐山の顔から目を逸らさずに話をしようと思った。


「鶯原にいつ返事するんだ?」


「明日、学校から一緒に帰る時に‥それが鶯原さんと約束した期限だから‥」


「そう‥」


「理由とか聞かないの?」


「どうして?好きだからだろ?」


「‥嫌いじゃないけど‥好きっていうんじゃない」


「どうして好きでもない奴と付き合うんだよ?」


「だって‥あんなに僕のことを想ってくれてるから‥そういう人と付き合った方が幸せかなって‥」


「そっか‥桐山は幸せか‥それならばいいんじゃない‥」


桐山はボタンを押して注文を済ますと話を続けた。


「幕ノ内さんに話したいことってね」


「鶯原と付き合うって決めたことだけじゃないんだ?」


「それもあるんだけど、もう一つはね、何で僕は幕ノ内さんの友達になれないのかな?」


「その質問に答える前に教えてよ、桐山は好きな人がいるの?」


「いるよ‥」


「じゃあなぜ、鶯原と付き合うんだよ?」


「それは‥その人は僕には手の届かない人だから‥」


「告白して振られたとか?」


「告白する勇気がない‥」


「そんなのやって見なければわからないだろう?」


「わかるよ‥」


「どうしてわかるんだよ?」


「‥どうしてもだよ、僕は‥僕は友達にも‥」


「友達にも?」


「もういいんだよ!それに僕が誰と付き合ったって、幕ノ内さんには関係ないでしょ!」


桐山がめずらしく声を荒げて言った。


「関係ないか‥そうだね‥」


「ごめん‥本当にごめん、今のは‥忘れて‥」


「気にしてないよ、桐山が決めたことだから、それには何も言えないよ」


「そうだよね‥ありがとう‥」


「質問に答えるよ、なぜ桐山と友達になれないのか?それは、友達は友達だから‥それ以上にはなれないから友達なんだ‥」


「幕ノ内さん‥」


「それが答えだよ‥」


「わかった‥」


 料理が運ばれて来て、わたしと桐山は黙ってご飯を食べた。桐山と同じメニュー、これが最後の晩餐なんだな‥


食事が終わって珈琲を飲んでいると桐山が口を開いた。


「幕ノ内さん、色々ありがとう‥なんだか湿った空気にしちゃって悪かったね」


「そんなことないよ、桐山の晴れの舞台への第一歩だろ?」


「ありがとう‥」


「さて、そろそろ帰るか?」


「そうだね」


わたしと桐山がジョナサンを出ると、冷たい北風が吹いていた。


わたしは桐山の正面に立って言った。


「もう、わたしにメールはしないこと、いいね?」


「えっ?」


「鶯原に悪いだろ、最初から心配させるな、それと、もちろんこうやって会うのも最後だからね」


「うん‥わかった、何か今日の幕ノ内さん、いつもと少し感じが違うね?女の子ぽいって言うか‥」


「わかった?少しお化粧してるんだ‥」


「幕ノ内さん‥」


「じゃあね、今日はここでサヨナラしよう」


「幕ノ内さん!最後に一つだけ教えて?」


「桐山‥何?」


「幕ノ内さんは好きな人いるの?」


「愚問だな、16才の乙女にさ、いるに決まってるだろ」


「そっか‥どんな人?」


「かっこ良くて、優しくて、人一倍努力家で、すごく素敵な人だよ」


「へ~っ、そんな人どこにいるのかな?」


「すぐ傍にいるよ‥じゃあね桐山、末長くお幸せに!」


「幕ノ内さん!!」


わたしは桐山から視線を外して家に向かって歩き出した。


頑張れよ桐山‥


わたしは家に向かって旧甲州街道を歩いていた。


スマホにメールの着信があった。


誰?

メールは桐山からだった。

桐山、もうメールするなって言っただろう‥


幕ノ内桜様


やっぱり今日会えて良かった!

幕ノ内さんに勇気と元気をもらえた。

僕は幕ノ内さんとクラスメイトで良かった。

本当に良かった‥

ありがとう、幕ノ内さん。


桐山鳳太


こっちこそ、ありがとう‥

桐山、わたしは心の中でそう言ってメールを返すことはしなかった。


次の日、わたしは仙川駅から学校への道で菊乃に会った。


「おはよう!菊乃、今日も一日頑張ろうね!」


「おはよう!桜、なんか吹っ切れた顔してるけど、どうかしたの?」


「幕ノ内桜、16才、まだまだこれから、いい男捕まえて頑張るぞ!」


「どうしたの、まるで失恋した後みたい?」


「そうかも、なんてね!」


「ハハハ、桜、面白いね!」


そんなバカ話をしながら菊乃と教室に入ると教室が騒がしかった。


何があったの?


鶴松が手招きをしている。


「どうしたの鶴松?」


鶴松が黒板を指差した。


黒板を見ると、


『梅香は毎日桐山君と一緒に帰れて幸せ! 桐山君は? 僕も鶯原さんと帰れてとっても幸せ!』


と書かれていた。


「何これ?」


「俺と猪野萩じゃないぜ、さすがにこんな幼稚なことはしないからな」


桐山が教室に入って来ると、更に教室が騒ついてその場にいた全員が桐山に注目していた。


桐山は黒板を見て一瞬凍り付いた表情をした。


それを見たクラスの男子の一人が桐山を冷やかすように声を上げた。


「桐山君はいいな、あんな綺麗な彼女と毎日一緒に帰れて!でもさ、バスケ部補欠なんだから彼女もいいけど、もう少し真面目にバスケの練習やった方がいいんじゃないのかな?補欠じゃ、すぐに彼女に愛想つかされちゃうよ〜」


クラス中から嘲笑する笑い声が起きて、桐山は黙って俯いていた。


「そんな男じゃない‥桐山はそんな男じゃない!」


わたしはクラスの男子の言葉に完全にブチ切れてしまった。


「お前が桐山の何を知ってるんだよ!桐山は誰よりも真剣にバスケに取り組んでるんだ!練習だって人一倍してるんだよ!それと、鶯原梅香は桐山のことが好きなんだから、一緒に帰りたいのは当たり前だろ!誰だって好きな奴がいたら一緒に帰りたいって思うに決まってるだろ!こんなくだらないこと、今すぐ消せ!消さないと、お前ぶっ飛ばすからな!」


わたしは叫んだ後、思わず黒板をこぶしの鉄槌で叩いていた。


「幕ノ内さん‥」


桐山の声が微かに聞こえた。


「聞こえなかったのかよ!早く消せって言ってんだろ!」


わたしの余りの怒りように、黒板に書いたと思われる別の男子が慌てて黒板消しで書かれていた文字を消した。


「幕ノ内‥冗談だからさ‥お、怒んなよ‥」


桐山を揶揄った男子がわたしの余りの剣幕に驚いて弁解した。


「冗談だ?お前、やって良いことと悪いことの区別も出来ないのかよ!」


「桜‥」


菊乃が驚いた顔をしてわたしを見ていた。


「バッカみたい、こんなくだらいこと‥」


わたしはそのまま自分の席に座った。


あまりの剣幕に怒りが収まらないと思ったのか、誰もわたしに話しかけてこなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る