第6話『桜と桐山の晩餐会!』
わたしは
桐山は相変わらず昼休みになると少しだけ席を外して、戻ってくると自分の席でお弁当を食べるという行動を続けていた。
鶯原梅香と会っているのは間違いない‥
けど、一緒にお昼を食べないで程なくすると席に戻って来るのが、せめてもの救いだった。
桐山はいつまでこの状況を引っ張るつもりなんだろう?
鶯原梅香もいつまでもこんな状態はさすがに嫌がるだろう‥
桐山がわたしに相談したいことって‥
まさか鶯原梅香と付き合うなんていう相談だったら‥
水曜日が近づくにつれて言いようない不安に駆られていた。
そんなことを考えているうちに、あっという間に水曜日の当日になってしまった。
その日は、朝からそわそわしていた。
「桜、なんか落ち着きないよ、トイレ行きたいの?」
「トイレ?そんなんじゃないよ〜」
菊乃は相変わらず洞察力が鋭い、その割には桐山のことに気づく気配はまったくない。
もっともわたしは学校では桐山と接点を持たないように注意しているから、気づく筈はないんだけど‥
以前は思い切って桐山のことを菊乃に相談してみようと考えたこともあったけど、桐山には悪いけど菊乃には言えないって結論になった。
別に桐山はどこに出しても恥ずかしいような男じゃない、けど‥
「どうしたの?さっきは落ち着きないと思ったら、今度はボーっとして、何考えてるの?」
菊乃がわたしの挙動不審な様子を見て怪訝な顔をして言った。
わたしは菊乃に思い切って質問した。
「菊乃‥わたしがさ、もし彼氏とか出来たらどうする?」
「なになに!!!彼氏出来たらって‥それ、ただごとじゃないね?もしかして告白されたの?」
菊乃はいきなりそんなことを言われて目を丸くして声を上げた。
「違うよ!もしって言ったよね、仮の話だよ」
「な~んだ、仮の話ね?どんな彼氏かによるな‥桜の選ぶ人だから間違いないと思うけど、わたしは桜の一番の親友だからね、そいつ次第では意見するかもね‥」
「それって反対することもあるってこと?」
「桜が好きなんだったらしょうがないけど、わたしが認めた奴じゃなかったら‥やめた方がいいって言うかもね」
「どうして?」
「そりゃ、桜が見す見す不幸になるのを黙って見てる訳にいかないからね、桜に内緒でそいつに桜と別れろって言うかもね」
そりゃどうも‥菊乃
もし、わたしの彼氏に桐山がなったら、菊乃はわたしと親友でいてくれるのかな?
菊乃を悪く言うつもりはないけど、今と同じような付き合いは出来ないかも知れないって思った。
「まあ仮の話はいいからさ、実際に早く連れて来てよ、そんな相手がいるんならね!」
そう言って菊乃は笑ってわたしの背中を叩いた。
学校から家に帰ると、リビングに掛かっている時計を確認した。
あと2時間後には桐山と食事が出来る‥
わたしにとっては、たとえファミレスであっても立派な晩餐会だ。
どうしよう、制服で行くか?
私服で行くか?
万が一誰かに見られてもいいように制服で行くことにした。お互い学校帰りの方が言い訳が立つと思ったからだった。
「桜、今日は晩御飯いらないのよね?」
リビングで母が焼き芋を食べながら訊いてきた。
「うん、外で食べてくるよ」
「焼き芋食べないの?美味しいよ」
「食べないよ」
わたしは素っ気無く応えた。
そんなの食べて、もし桐山の前で恥ずかしい音でも出してしまったら‥
わたしの恋は一巻の終りだ。
「そうなの?あんなに好きだったのに?焼き芋‥」
母は焼き芋に興味を示さないわたしに不思議そうに言った。
わたしは誰かに会わないようにファミレスにギリギリに着くように家を出た。
南口のジョナサンに着くと、桐山は既に来ていてわたしを待っていた。
「桐山、ごめん待った?」
「少し早く着いたんだ、幕ノ内さんは時間どおりだから大丈夫だよ」
そう言うと桐山は二階にあるジョナサンに入るため階段を上がって、わたしもその後に付いていった。
店内は比較的混雑していたけれど、すぐに席に案内された。
わたしは桐山の顔を見たけれど、涼し気な表情は変わらない。
これからどんな話をしようとしているのか、表情からは読み取れなかった。
「今日は、わざわざごめんね、幕ノ内さんに相談できる義理じゃないのはわかっているんだけど‥こんなこと誰にも相談できなくて‥」
義理じゃないって‥
そんなこと言うなよ桐山、わたしは嬉しいんだから。
「誰にも相談できないって、やっぱり例のことなのかな?」
「‥そうなんだ」
桐山は歯切れが悪い言い方で答えた。
「桐山、前にも言ったけど、わたしは桐山とはただのクラスメイトじゃないよ、桐山の相談はなんだって乗るからね」
「ありがとう、幕ノ内さん、本当にありがとう‥」
桐山はわたしに頭を下げた。
「で、相談って?」
「まあそれは、注文してからにしようよ、幕の内さんは何を食べる?」
「そうだな、今日はパスタにするよ」
「パスタなんだ‥なんか幕の内さんらしくないな‥」
「わたしらしくないって、どういう意味だよ?」
「いえ‥その、ごめんなさい」
「どうせ、普段は女の子っぽくないのに、パスタなんてって思ったんだろ?」
「そんなことないよ‥」
「わたしだって、少しは女の子らしくしようと気にしてるんだからね」
「幕ノ内さんは十分女の子らしいよ‥」
「本当に?」
「本当だよ」
「じゃあ、どんな所が?どうせ元気が取り得とか言うんだろ?」
「それは‥」
考えるなよ桐山‥
やっぱりわたしには元気しか取り得がないのか?‥
「それはね、幕ノ内さんは外面はそうなんだけど、内面はきっと違うと思うんだよね、僕みたいな奴でもちゃんと相手をしてくれるでしょ?僕と会ったって、なんの得にもならないのにね?それって思いやりがあるっていうか‥優しいなって思うよ」
桐山‥なんの得にもならないって‥
わたしには得しかないよ!
わたしが桐山と会いたいからなんだからね、誰でもいいって訳じゃないんだから!
でも、桐山にそう言ってもらえてわたしは嬉しかった。
桐山は注文をする為にボタンを押した。
食事を注文をすると、桐山が少し真剣な顔をして言った。
「それでね、本題なんだけど‥」
「うん、なに?」
「ラブレターくれた鶯原さんって子のことなんだけどね‥」
「うん」
「正直、悩んでいるんだ‥」
「そっか‥よかったらどう悩んでるのか教えてよ?」
「鶯原さんの気持ちは有り難いとは思うんだ、僕みたいな男を好きだなんてね、おまけに、返事もちゃんとしていないのに、いつも僕に声を掛けてくれるんだよね‥」
「昼休みにいつも会ってるんだろ?」
「うん、ちょっとだけね‥鶯原さん、何で僕なんか?って思うんだよね、僕なんか目立たないし、パッとしないでしょ?僕のなにが良くて好きだなんて言ってくれるのか‥」
桐山‥そうじゃない、桐山は勘違いしている、桐山の良さはわたしが一番知ってる。
もしかしたら、鶯原梅香もそれに気づいているのかも知れない‥
「そんなに自分を卑下することないよ、桐山はなんでも前向きに取り組んでいるじゃない?バスケだってそうだよね?」
「そうだね‥レギュラーになれないから試合にも出れないのにね‥」
「そんなこと関係ないよ、わたしはさ、バスケのことはよくわかんないけど、バスケって一人でやるものじゃないよね?シュートを入れて点を取る奴は目立つけど、周りのサポートがないと点なんて取れないと思うんだ、試合で黒子に徹する奴も必要だと思うし、控えのメンバーだってそうだと思うよ、いつか日の目を見る時が必ず来る、わたしはそう思うよ」
「幕ノ内さん‥」
「どうするんだよ、返事をどうするかってことで悩んでるんだろ?」
「うん、でも頭の中が少しすっきりした」
「わたしはまだ何も相談なんて受けてないよ」
「そんなことないよ、やっぱり幕ノ内さんに相談して良かったよ」
おいおい桐山、まさか‥
今の話で付き合うって決めたりしないよな?
「自分に気持ちに正直になってみるよ」
「それって‥」
話が佳境に入ったところで料理が運ばれてきた。
「続きは食べてからにしようよ、幕ノ内さん、冷めないうちに食べようよ」
「そうだね‥食べよっか」
わたしはご飯よりも、桐山がどう決断したのか、気になって仕方がなかった。
ご飯を食べ終わって珈琲を飲みながら、桐山が話の続きを始めた。
「幕ノ内さん、さっきのバスケの話‥すごく嬉しかった。いつか芽が出るって続けてきたけど、才能ないし‥いくら頑張っても報われないのかなって思ったりもしてたんだよね‥だから本当に嬉しかった」
「努力に勝る才能なんてないよ、それに試合に出るだけが全てじゃないって思うんだよね」
「そうだね‥いつか試合には出てみたいけどね‥」
「そりゃそうだけどさ、試合はみんなが出られる訳じゃないでしょ?試合って練習の付録みたいなものだと思うよ」
「付録?」
「そうだよ、試合してる時間より圧倒的に練習している時間のほうが長いでしょ?だから練習が本番で、試合は付録、そんなふうに考えることも出来るよね?」
「そうだね‥幕ノ内さんってすごくいいこと言うんだね、だからなんだな‥」
「だからって?」
「幕ノ内さんと一緒にいると元気がもらえるってこと」
「元気‥?」
「そう、何で幕ノ内さんがみんなに人気があるのかわかるよね、周りの人を元気にする力があるからなんだって」
「そうかな?それは桐山も同じだと思うよ。桐山から元気をもらってる人だって必ずいるからね」
「そんな人いるかな‥たとえば?」
「わたし、かな‥」
「幕ノ内さんが?嘘でしょ?」
「嘘じゃないよ、桐山を見てると元気になるよ」
「僕なんかを見て、フッ‥冗談だよね?」
桐山は笑って言った。
「冗談なんかじゃないよ、桐山‥」
わたしは真剣に答えた。
「幕ノ内さん‥」
わたしと桐山は黙ったまましばらく見つめ合った。
桐山‥もし、わたしが今ここで好きだって告白したら何て言う?
わたしを受け入れてくれる?
それとも今みたいに『冗談だよね?』って笑うのかな?
「幕ノ内さんありがとう、僕は少し強くなれそうだよ」
「そう‥」
「さっき自分の気持ちに正直にって言ったよね、僕は鶯原さんに相応しい人かな?」
それってどういう意味なんだよ桐山!
どっちなのよ?
「相応しいと思うけど‥相応しくない」
わたしはそう答えた。
「えっ?幕ノ内さん‥」
「付き合うんだ?鶯原と‥」
「‥そんなこと考えてないけど?」
「だって‥相応しいって思ったんだろ?」
「いや、全然、鶯原さんには僕なんかよりもっと相応しい人がいると思って‥鶯原さんみたいな人には僕には不釣合いだよ、それに‥」
「それに?」
「そっから先は内緒‥」
「なんだよ桐山!一番仲のいいクラスメイトにも言えないのかよ?」
「うん、さすがにこれだけは言えないな‥」
そっか‥
まあ何でもいいよ、わたしは桐山が鶯原と付き合わないってわかっただけで、それで十分だよ‥ホッとした。
明日からまた平穏無事な生活を取り戻せる。
「それじぁ、遅くなるから帰ろうっか?」
「そうだね」
「ありがとう、幕ノ内さん、また誘ってもいいかな?」
「もちろん、いつでもメールしてよね!」
わたしは幸せな気分で桐山とファミレスを後にした。
翌日の昼休み、菊乃と鶴松、猪野萩とお弁当を食べていると、スマホが震えた。
メール!‥誰?
わたしはメールの送信者を確認した。
桐山だ!!!
『昼休みにごめん、ちょっとだけ時間が欲しいんだ‥校舎の屋上に上がる階段室に来れないかな?』
桐山‥緊急事態だな、鶯原と何かあったに違いない‥わたしは菊乃に小声で言った。
「ごめん菊乃、ちょっとお手洗い行ってくる!」
「えっ、さっき一緒に行ったじゃん!」
「行ってくるね!」
そう言って、わたしは慌てて教室を出て行った。
校舎の屋上に上がる階段室は普段は屋上は鍵が掛かって入れないので、人がめったに来ることはない‥けど、誰かに見られるリスクもある。
そんなこと言ってられない、桐山が学校でわたしを呼ぶなんてよっぽどのことだろう‥
わたしは屋上の階段室に向った。
屋上に出入りする扉の前に桐山が立っていた。
「どうしたの?桐山‥」
「ごめんね学校なのに‥」
「謝らなくていいよ、それより何があったの?」
「‥実はさっき、鶯原さんにはもっと相応しい人がいると思うから僕は付き合えないって伝えたんだけど‥」
「彼女なんて?」
「わたしには僕より相応しい人なんていないから納得しないって‥どうしたらいいんだろ?」
しぶといな鶯原梅香、桐山のオブラートに包んだ優しい断りの言葉に付け込んでくるとは、言語道断‥なんて諦めの悪い女だ!
「だから‥これからもよろしくって‥」
桐山は大きくため息をついた。
鶯原梅香‥
ちょっと対策を考えないといけないな‥
「わかった‥桐山、先に教室に戻っていいから」
「ありがとう、ごめんね幕ノ内さん‥」
そう言うと桐山は階段を下りていった。
鶯原梅香は確信犯だ、ちょっとやそっとっじゃ諦めないぞ‥
わたしはしばらくしてから教室に戻ろうと階段を下りると、不意に廊下の陰から誰かに声を掛けられた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます