第5話『桜と桐山の秘密!』

その日の朝も穏やかな晴天だった。

とても寒い朝だったけど、わたしの気持ちは天気と同じで晴々としていた。


教室に入ると、真っ先に菊乃に声を掛けた。


「菊乃、おはよう、今日も寒いね?」


「おはよう!桜、確かに寒くて布団から出るのが辛いよね、それより桜の体調が戻って良かったよ」


「菊乃には心配掛けたね‥ありがとうね!」


そう答えて自分の席に着くとカバンから教科書とノートを出して机の中に入れようとした。


あれ‥

何か入ってる‥何だろう?

取り出して見ると、ノートを一枚だけ破って四つ折りにしたものだった。


何だこれ?

わたしは何気なくその紙を開いてみた。


これは‥!!!

わたしは慌ててその紙を閉じて制服の上着のポケットに入れると席を立った。


教室を出てトイレに駆け込むと、ポケットからさっきの紙を取り出して再び開いた。


紙は紙でもただの紙じゃない!

桐山からの手紙だ!



幕ノ内さんへ


相談があるんだけど、ちょっとだけ時間もらえませんか?

都合がいい時で構わないので、また夕飯どうですか?

学校では幕ノ内さんに話し掛けると迷惑になるので、こんな手段しか思いつかなくてごめんなさい。

よかったらメアド書いておくのでメールもらえたら嬉しいです。


一番仲の良いクラスメイトより


やったあ!!


わたしはガッツポーズをして、思わずトイレの中だということを忘れて叫びそうになった。


桐山からのお誘いだ!

しかも桐山のメアドまでゲットだ!


桐山、ちょっとなんて言わず、わたしの時間を全部あげるよ!

そう言ってしまいたいほど嬉しくて仕方がなかった。


この手紙は前にもらったノートのコピーより大切なわたしの宝物だ!

桐山の直筆だぞ!

しかも‥わたし宛の正真正銘の手紙だ!


鶯原梅香に見せびらかして自慢してやりたいくらいだ!

わたしは桐山のメアドをスマホに打ち込むと、手紙を元のように丁寧に四つ折りにして、大切にスクールシャツの胸ポケットにしまった。


入力したばかりのメアドを呼び出してメールを打った。


『手紙、ちゃんと受け取ったよ!一番仲の良いクラスメイトが都合がいい時で構わないよ、いつでも誘ってね!』


わたしは万が一、お互いが誰かに読まれてもいいように桐山の名前もわたしの名前も敢えて書かずにメールを打って送信をした。


すぐに桐山から返信メールがあった。


『ありがとう、来週はどうかな?でも迷惑じゃないのかな?』


『迷惑だったらメールなんてしないよ!連絡待ってるよ!』


そう返信した。


わたしは今、桐山とメールしてる!

桐山とつながっていると思ったら嬉しくて、本当だったら文末にハートマークの一つや二つ、いやまとめて、いくつでも付けて送りたい気持ちだった。


教室に戻ると桐山はすでに席に座っていた。

決してわたしの方を見ることはしない、桐山は相変わらず涼しげな表情をしている。


わたしは昨日の体育館でバスケの練習している姿を思い浮かべた。

桐山はバスケをしている時が一番だけど、普段もやっぱりカッコいい!

改めてそう思った。


「桜、どうしたのよボーッとして?」


「あっ、おはよう菊乃、別に‥」


「おはよう?桜!大丈夫?さっき挨拶したよね?最近の桜ちょっと心配、なんかおかしいんだよね‥」


菊乃が訝しそうな顔をして言った。


そうだった‥うっかりしてた。

ヤバイ、ヤバイ、気をつけないと菊乃は洞察力が鋭いからな‥


思いがけず桐山から手紙をもらってメールのやりとりなんかしたから、嬉しさのあまりパニクってるな‥


「あっ、そうだったよね‥おかしくなんてないよ、大丈夫だよ!体調もすこぶるいいし、それにいいことあったしね!ハハハ‥」


わたしは菊乃に最後は笑ってごまかした。


「いいこと?」


「そうだよ、今日のわたしは頑張るよ!」


わたしはそう言って力こぶを作った。


「なんか張り切ってるね?うん、元気な桜が一番だよ、桜らしくてね!」


そう言って菊乃は笑った。


昼休み、菊乃と鶴松、猪野萩の四人で机をくっ付けてお昼を食べていた。


「ねえ鶴松さ、昨日の放課後、体育館に桜と久しぶりにバスケ部の練習見に行ったんだよね」


「へ~っ、それで昨日は俺らに先に帰れって行ったんだ?」


「そうなんだよね、すすきが雁野と付き合ってるでしょ?だから久しぶりにすすきのとこに行ったんだよね、桐山もバスケ部じゃん、そしたら桐山のとこにさ、例の鶯原梅香が来たんだよね」


「へ~っ、でもさ、高杯は桐山と鶯原には興味ないって言ってたよね?」


「そうだけどさ‥あの二人、本当に付き合ってないの?桐山と鶯原梅香、なんかすごくいい感じで幸せそうだったよ」


「ふ~ん、ダチの柳の話だと、とにかく鶯原が桐山を気に入って、一方的に惚れてるって話だったけどな‥まあ、幕ノ内の話じゃないけど、桐山は大人しいからな、鶯原にこのまま押し倒されちゃうんじゃないかって言ってたぜ‥何たって鶯原ってかわいいし」


おいおい、鶴松、押し倒されるって‥

ふざけるな、言葉を選べよ!

そんなこと、このわたしが絶対にさせないんだからね!


「そう言えば桐山いないじゃん、その鶯原って子にまた呼び出されたんじゃないのか?」


猪野萩が桐山の席を見て言った。

確かに桐山は今日も昼を食べないで教室を出ていって席にはいなかった。


「おっ、噂をすればなんとかだぜ、桐山が席に戻ってきた」


鶴松が小声で言った。

桐山は自分の席に戻って椅子に座ると、一人でお弁当を食べ始めた。


桐山‥


「でもさ、どうして桐山は鶯原と昼を一緒に食べないのかな?」


菊乃が不思議そうな顔をして言った。


そうだ!そうだ!

菊乃はいいこと言うね、付き合ってるんなら昼を一緒に食べるに決まってる!

つまり桐山はちゃんと鶯原と一線を引いてるってことなんだよ!


「もうさ、昼休みの貴重な時間を桐山の話で盛り上がるなんてやめない?ご飯がまずくなるよ!」


「そうだな、やめようぜ、桐山なんてどうでもいいな」


鶴松も菊乃に同調して答えた。


そうそう、桐山のことはわたしに任せておけばいいんだよ、ほっといてくれって言うんだよ。


でも、菊乃‥ご飯がまずくなるって?

わたしはこの前、桐山と一緒にファミレスで食べたご飯が人生で食べた物の中で一番美味しかったんだぞ!

まあ、菊乃に悪気はないから仕方ないけど‥


その日、家に帰って夕飯を食べ終わると部屋に戻ってベッドに寝っ転がって、学校からの帰りに本屋で買ったばかりのファッション雑誌を読んでいた。


わたしも少しお洒落をしなくちゃな、鶯原梅香には負けられない。

わたしも女子力を少しはつけないと‥


その時、机に置いていたスマホにメールの着信を知らせるメロディが鳴った。


誰?菊乃かな‥

わたしはベットから起き上がるとスマホを手に取った。


桐山!桐山からのメールだ!

わたしはメールを開いた。


『もう晩ご飯は終わったのかな?僕はこれからです。来週の件、水曜日はどうかな?』


「やった~!来たぞ!桐山からのお誘いメールだ!」


わたしは学校では出せなかった大きな声を上げて喜びを爆発させた。


わたしの大声に驚いたのか、母が階段を上がって部屋に入ってきた。


「桜‥どうしたの?何、そんな大きな声を出して!」


「ああ、ごめんね、何でもない、ちょっと嬉しいことがあって‥」


「嬉しいこと?」


「うん、ちょっとね‥」


「桜、少しは女の子らしくしてよね‥大きな声なんか出したら近所迷惑だよ、せっかく桜って女の子らしい名前をつけてあげたのに、お母さんを心配させないでよ、年頃なんだからそろそろ彼氏の一人くらい紹介してみせてよ‥」


母が溜息をつきながら嘆いた。


あ~あ、紹介してやるとも、とびっきりの彼氏を紹介してあげるから、もう少し待っててよね!


わたしは心の中でそう言って、部屋を出ていくように母に促した。


「お母さん、そのうちね‥」


「そのうちって、あなたみたいな子と付き合ってくれる子なんているのかしら?まあ楽しみしてるから‥そうだ、この前、家に来てくれたあの子、桐山君なんていいじゃない、真面目そうで、しかもなかなかかわいい顔してるじゃない?」


さすが、わたしの母親だね、桐山に目をつけるなんて、いいセンスしてるよ!


「でもね、あんないい子があなたみたいな子なんて相手する筈ないわよね!」


母はそう言って笑いながらわたしの部屋を出て行った。


見てなよね‥絶対に桐山を彼氏だって紹介して驚かせてやるんだからね!

わたしは桐山に返事のメールを打った。


『水曜日、もちろんオッケーだよ!どこで何時に待ち合わせ?』


わたしは送信ボタンを押した。

すぐに桐山からメールの返信があった。


『この前と同じ南口のジョナサンで、19時でいいかな?』


もちろんだとも‥

わたしはどこでもいいんだよ桐山さえいてくれれば!


『わかったよ、なんでも相談してよね!』


そう返信した。


『ありがとう、おやすみなさい』


桐山からの返信メールを見て、わたしはスマホを胸にあてた。


おやすみ、桐山‥桐山とまた一緒にご飯が食べられる‥

そう思ったら嬉しくて、今夜はしばらく眠れないだろうなって思った。


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