第4話『桜の決心!』
桐山と二人でファミレスで晩ご飯を食べた記念すべき日の翌日、わたしは昨日までとは打って変わって爽やかに目が覚めた。
ベッドから起き上がって窓から外の景色を眺めた。
今日も良く晴れている‥
制服に着替えるとわたしは階段を降りてリビングに向かった。
「お母さん、おはよう、朝ご飯よろしく!」
「大丈夫なの?桜、昨日は学校早退してきたのに、ずいぶん元気そうね?昨日は晩ご飯ちゃんと食べたの?」
「うん、食べたよ、だって何も食べてなかったから、すごく美味しかったよ!」
「ふ~ん、昨日来てくれた桐山君と一緒に食べたの?」
「そうだよ!」
「桜、桐山君と仲良かったっけ?中学の時は桜から桐山君の話なんて聞いたことなかったけどな」
中学の時は桐山のことを何とも思ってなかったからね‥
今から思えば中学の時に桐山を青田買いしていれば、こんな思いはしなくて済んだのに‥幕ノ内桜、痛恨のミスだな‥
「お母さん、もう時間ないからさ、ご飯をお願い!」
「あら、そうだったわね、まあ、なにはともわれ桜が元気になってよかったわ!」
そう言って母はキッチンで朝ごはんの支度を始めた。
学校に着いて教室に入ると、わたしは晴れやかに菊乃に声をかけた。
「おはよう!菊乃!」
「どうしたの桜!昨日の今日だから絶対に休むと思ったよ、それにどうしたの?その元気、顔色もすごくいいね、病院で注射でも打ってもらったの?」
「まあね!特別なやつをね!かなり効いたよ」
「そう‥なんか痛そうだけど良かったね!」
「おっ!幕ノ内、元気じゃないか、コロッケパン美味かったぜ!もう返せないからな」
猪野萩が笑いながら言った。
「コロッケパン?そんなの要らないよ」
昼を食べなかったおかげで、お腹が鳴って‥桐山が食事に誘ってくれたんだからね、コロッケパン如き、いくらでもくれてやるよ!
「ところでさ、桐山のことだけどさ、鶴松がダチの柳から聞いたらしいんだけどさ、告られた返事を保留してるらしいぜ」
「保留?なにそれ」
菊乃が猪野萩に聞いた。
「なんでも、桐山が煮え切らないんだってさ」
「煮え切らないって?」
「桐山が断りづらいみたいだよ、でもさ告った鶯原って子、かなり押しが強いみたいで、桐山に一方的にアプローチしまくってるらしいぜ!」
「へ~っ、その子やっぱ本当に物好きなんだね?普通さ脈無きゃ諦めるのに‥」
おい、菊乃‥
諦めの悪い物好きがここにもう一人いるんだけど?
相変わらず、何てこと言うんだよ‥
「桐山は優しいからだよ‥」
「桜‥?何て言ったの今?」
菊乃が驚いた様子で言った。
「聞こえなかったの?桐山は優しいって言ったんだよ」
「桜、大丈夫?やっぱり熱でもあるの?」
「熱なんかないよ‥」
「桐山のこと良く言うなんて‥」
「別に良く言ってる訳じゃないよ、中学の頃から知ってるからね、桐山が誰かの悪口言うのなんて聞いたことないよ、あいつはいつもそう、人の気持ちがわかる奴なんだよ。だから無碍に断ることができないんだよ」
「へ~っ、ずいぶん桐山の肩を持つじゃん?」
猪野萩も意外だという表情をして言った。
「肩を持つ?猪野萩も人の悪口ばかり言わないで、少しは自分を見直せよ」
猪野萩の言葉にムッとして、わたしは言い返した。
「何だって!」
「はい、そこまで!桜の言うとおりだよ、人のことをとやかく言うのはゲスだよね、わたしも気をつけるよ、この勝負は桜の勝ちだね!」
「ちぇ!わかったよ!」
猪野萩は仕方なさそうに言った。
桐山が教室に入って来た。
特に変わった様子はない‥
あいつはそうなんだ、昨日のことがあってもわたしに話しかけることはしない‥
そんなことをしたら、わたしが菊乃や鶴松、猪野萩から何を言われるかわかっているからだ。
桐山‥
わたしはあなたを好きになってよかったよ。
その日の放課後、菊乃が珍しく鶴松と猪野萩を先に返した。
「どうしたの、菊乃?」
「桜、久しぶりに体育館行かない?」
「体育館?何しに?」
「うん、久し振りにバスケ部の練習見に行こうよ、懐かしいでしょ?」
菊乃がわたしに提案した。
「バスケ部の練習?どうしたの?」
「うん、すすきに会いに行こうよ!」
「すすきに?」
「すすきが、とうとう
「そうだね、すすきが雁野の彼女なんてね?すすきはバスケ部のマネージャーにまでなって、頑張ったよね!」
雁野と言うのは
わたしも入学当初は雁野目当てによくバスケ部の練習を見に体育館に行っていた。
そこで雁野と同じクラスだったすすき、
彼女もわたしと同じく雁野目当てにバスケ部の練習を見に来ていた大勢の一人だった。
中でもすすきは特に雁野にご執心で、絶対に雁野と付き合ってみせるって、まわりのライバルに宣言していた。
わたしも最初は負けないって、すすきに対抗心を持っていたけど、すぐに桐山が好きになって、それからは彼女を応援していた。
菊乃は別に雁野が目当てじゃなかったけど、わたしの雁野への気持ちに気づいて付き合ってくれていたんだ‥
だから、わたしが雁野に興味がなくなると菊乃もバスケ部の練習を見に行かなくなった。
桐山を見にそのまま体育館に通っても良かったけど、菊乃にバレるのが心配でわたしは体育館に行くことをやめたんだ‥
すすきはその後にバスケ部のマネージャーになって、去年の秋のすすきの誕生日に晴れて雁野の彼女になったことを最近になって知った。
「二人の様子を見に行って、ちょっと冷やかしてやろうよ!」
菊乃がいたずらっぽく笑った。
「そうだね、すすきにお祝いの言葉を言わなきゃね」
わたしは菊乃に頷いた。
バスケ部の練習か‥
大手を振って桐山のところへ行ける!
そのことの方がわたしは嬉しかった。
体育館へ入ると、バスケ部が練習をしていて、わたしは自然と桐山を探していた。
桐山は相変わらず真面目に練習に取り組んでいた。
「あれ?すすき、いないな‥どこ行ったのかな?」
菊乃がわたしに言った。
「そうだね?すすき、いないね?」
「雁野!すすきは?」
菊乃が練習中の雁野に大きな声を出して声をかけた。
雁野は菊乃の声に気づくと、わたし達に向かって走ってきた。
「めずらしいな!高杯と幕ノ内が練習見に来るなんて?」
「もう彼女持ちには用はないんだけどね!すすきは?」
菊乃が笑いながら雁野に聞いた。
「ああ、すすきはみんなに休憩の飲み物を買いに行ってる。すぐに戻ってくるよ!」
「そう、じゃあ少し待っていいかな?」
「もちろん、すすきも喜ぶよ」
「雁野、ずいぶんギャラリーが減ったね?やっぱ彼女ができると違うね!」
わたしも雁野に笑いながら話しかけた。
「幕ノ内は相変わらず厳しいな‥」
「ハハハ、お前にはもう興味ないからな!」
「更に厳しいこと言うな‥」
雁野は苦笑いを浮かべて言った。
「雁野、どうなの三年生が抜けたバスケ部は?」
わたしは雁野に質問をした。
「ああ、何とかなるよ、あいつがいるからな」
「あいつって?」
今度は菊乃が雁野に質問した。
「桐山だよ、あいつがいれば大丈夫!」
「桐山‥補欠の?あいつが何の役に立つの?」
「高杯、おまえ何もわかってないな‥まあいいや、おっ、すすき帰ってきたぜ、俺は練習に戻るから、じゃあな!」
そう言って雁野は練習に戻って言った。
雁野は桐山のことちゃんと認めているんだな‥わたしはそれが嬉しかった。
「菊乃!桜!どうしたの?めずらしいじゃん!」
ペットボトルを抱えたすすきがわたし達のところへ走ってきた。
「すすきの顔見にきたよ、雁野と上手くやったね!」
菊乃はそう言ってすすきにハイタッチを求めた。
「やったよ!前から言ってたでしょ?雁野をわたしの彼氏にするって!」
「そうだね、有言実行だよね!すごいよすすきは!」
わたしもすすきに声を掛けた。
「ありがとう!桜」
そう言ってすすきはわたしにハイタッチをしてきたので、
「すすき!おめでとう!」
そう言って、ハイタッチに応えた。
「菊乃、桜、ちょっと待ってて!休憩で飲み物配るから‥」
そう言うと、すすきは練習中のコートに向かって声をかけた。
「休憩!飲み物あるから取りに来て!」
「すっかりマネージャーが板についてるね!」
わたしはすすきに言った。
「ありがとう、まだまだ、まわりのみんなのおかげだよ」
みんなは練習を中断すると、ペットボトルを取ってコートに座って美味しそうに飲んでいた。
桐山は何も飲まず、黙々とシュート練習を続けていた。
桐山‥相変わらず真面目だな。
練習をしている桐山を見るのは久しぶりだ。
やっぱりバスケをしている桐山が一番だな‥そう思った。
「桐山く~ん、少し休憩した方がいいよ!」
シュート練習をしている桐山に向けて発せられた声が聞こえた。
声の方向を見ると、鶯原梅香が合気道の道着姿で桐山に手を振っていた。
鶯原梅香‥
こんなとこまで顔を出してやがるのか‥
く~っ、引っ込んでろよ。
「おっ、桐山に告白した例の合気道部の鶯原梅香じゃん!桐山モテモテじゃん!」
菊乃がまた少し茶化しだように言った。
「菊乃あの子知ってるの?」
すすきが菊乃に質問した。
「よくは知らない、桐山に告白した子だってさ‥」
「へ~っ、桐山君、告白されたの?ビックリ!」
菊乃の言葉にすすきは驚いた顔をしていた。
鶯原梅香はコートに入ると桐山の側に行って一言二言会話をしてまた手を振って体育館を出て行った。
桐山は少し恥ずかしそうにしていた。
「なんか幸せそうだね、桐山君」
すすきが言った。
桐山‥
でもわたしは大丈夫、昨日のファミレスでの桐山の言葉を信じてるから‥
あの二人は付き合ってはいないし、桐山は鶯原梅香を好きな訳じゃない。
桐山はわたしの彼氏にするんだ!
すすきじゃないけど、絶対に彼氏にするんだ‥
「すすき、邪魔になるから帰るね、頑張ってね!雁野はモテるからしっかり見張ってないと大変だよ」
菊乃がすすきに笑いながら言った。
「うん、大丈夫!まかしておいて!」
そう言ってすすきは笑顔で応えた。
「雁野はすすきなら大丈夫だよ!」
わたしもすすきにそう言って声を掛けた。
「ありがとう、桜!また来てよね?」
「うん、また来るよ」
わたしと菊乃はすすきに手を振って体育館を出て行こうとすると、目の前にバスケットボールが転がってきた。
そのボールを拾うと、桐山が声を掛けてきた。
「幕ノ内さん、ごめん‥ボール‥」
桐山‥
わたしは桐山の傍に走って行って、拾ったボールを桐山にチェストパスをした。
わたしの想いをぶつけるように‥
桐山、受け取って!
「桐山、頑張ってね!」
「幕ノ内さん、ありがとう!」
桐山は笑顔でわたしのパスしたボールを受け取ってくれた。
わたしは決めた、桐山は絶対に鶯原梅香には渡さない。
何があっても‥そう決心した。
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