第3話『桜の失恋記念日!?』

翌日、教室に入るなり、菊乃がかなり心配そうな顔をして声を掛けてきた。


「桜、顔色悪いよ、体調大丈夫なの?一度病院とか行った方がいいんじゃないの?」


「大丈夫だよ、そういうんじゃないから‥」


「それならいいけど‥桜のこと本当に心配してるんだよ」


「ありがとう‥菊乃」


ちょうどその時、桐山が教室に入ってきて、自分の席に座った。


「そう言えば、桐山ってあの子とどうなったのかな?」


ふと思いついたように、菊乃がどうでも良さそうな口調で言った。


「あの子って?」


わたしはわざと関心がなさそうに菊乃に答えた。


「一昨日、中庭で告られてたじゃん、5組の‥何て子だっけ?ほら‥合気道の有段者だっていう‥」


「ああ、鶯原梅香だっけ‥確か‥」


わたしは絶対に忘れない名前を、さも今思い出したように答えた。


「そうそう、鶯原梅香!桐山は付き合うことになったのかな?」


「菊乃、昨日は興味無さそうにしてたのに、気になるんだ?」


「そうだね、他人の色恋沙汰は面白いからね、桐山って彼女とどんな話をするんだろうね?」


どんな話か‥

そんなこと想像なんかしたくない‥

桐山があの女と楽しそうに会話してるとこなんか‥


「桜‥どうしたの?黙っちゃってさ、やっぱり気分悪いの?」


「そんなことないよ、そうだね、どんなこと話してるのかね‥」


「まあ、どうでもいいことなんだけどね〜」


菊乃はまた興味がなさそうに答えた。

結局はそれか!

わしは菊乃の態度にため息をついた。


昼休みになって、わたしと菊乃、鶴松、猪野萩の4人で購買で惣菜パンを買って教室に戻ろうと廊下を歩いていた。


「おい、見ろよ!まただよ、桐山が例の子と中庭にいるぜ!」


鶴松が声を上げた。


三階の廊下から中庭を見ると、中庭のベンチに座って桐山と鶯原梅香が二人で話をしていた。


「お〜っ、やるね桐山、昼から見せつけてくれるね〜」


猪野萩がさっき購買で買ったパンをかじりながら声を上げた。


「猪野萩、行儀悪いよ!それから、言葉使いもね!」


菊乃が猪野萩を叱るように言った。


「あっ、気を付けるよ‥悪りぃ‥」


猪野萩がバツが悪そうに菊乃に謝った。


猪野萩は菊乃をどう思ってるんだ‥昔は知らないけど、今もまだ好きなんだったら、猪野萩は相当なドMだな‥


そんなことより、桐山!あんな子がよかったのか!?

見損なったよ桐山‥

鶯原梅香と付き合うことにしたんだな‥


わたしは中庭の様子を出来るだけ見ないようにして教室に入った。

いや‥

正確に言うと、これ以上見る勇気がなかった‥

見たくないよ桐山が他の子と仲良くしてるのなんて‥


教室に入るとわたしはすっかり食欲がなくなって、購買で買った惣菜パンの入った袋を猪野萩に差し出した。


「猪野萩、これあげるよ」


「えっ?幕ノ内‥お前の大好きなコロッケパンだぜ、いいのかよ?」


「ああ、いいよ」


「桜、どうしたの?また食欲ないの?」


「うん、ちょっとね‥気分悪いから帰るよ」


「えっ?やっぱり具合悪いんだ?」


「うん、今日はちょっと耐えられそうにない‥」


「そう、じゃあ先生にはわたしが言っといてあげるからさ‥気をつけて帰るんだよ、病院行きなよね」


菊乃がかなり心配そうな声を出して言った。


「菊乃‥ありがとう」


ごめんね菊乃‥

病院行って治るなら苦労しないよ、薬があるなら処方してもらいたいよ‥

失恋に効く特効薬、桐山を忘れられる特効薬‥


「それじゃあね、菊乃」


そう言って、わたしはカバンに教科書を入れると一人教室を出て行った。

階段を下りて昇降口で靴に履き替えていると、


「あれ、幕ノ内さん、帰るの?」


桐山の声だ。

中庭デートからの帰りか‥

わたしは桐山の顔をちゃんと見ることが出来なかった。


「うん、ちょっと気分が悪いんだ‥」


おまえのせいなんだからな‥


「大丈夫?」


「大丈夫じゃないよ‥全然」


「えっ?」


「いや、何でもない‥」


「そっか‥」


「桐山‥」


「何?」


「良かったな‥」


「えっ?」


「じゃあね‥桐山」


そう言って昇降口を出て校門へ向った。

わたしからの精一杯の桐山へ祝福の言葉だった。


一人で仙川駅までの道を歩いていると、今にも涙がこぼれそうになってくる。

ガラじゃない‥

わたしは必死に涙をこらえて、仙川駅から京王線に乗って調布の自宅へ帰った。


家に着いて、気分が悪くて早退してきたことを母親に話すと、母は病院に行った方がいいと心配してくれたが、わたしは寝てれば治ると答えて二階にある自分の部屋に向った。


部屋に入ると鍵を掛けて、ベットに伏せて泣いた。人生初の失恋は想像以上に辛いものだった。


よく失恋なんて時間が解決してくれると言うけれど、どのくらいの時間が過ぎれば忘れられるのか教えて欲しいと思った。

そう言った奴は無責任すぎる‥


わたしは泣き疲れてそのまま寝てしまっていた。気がつくと部屋のドアを叩く音で目が覚めた‥


「桜、いるのよね?桜‥桜」


母が心配そうな声で言った。


「うん‥いるよ大丈夫だよ」


わたしはぶっきら棒に応えた。


「桜さ‥お友達が来てるんだけど、どうする?」


「お友達?」


「そう、同じ学校の桐山君、ほら中学も同じだったでしょ?」


「桐山!お母さんそれ本当?」


「本当だけど‥具合悪いのよね?悪いけど帰ってもらうわね」


ちょっと待て!

何てこと言うんだ。桐山がわざわざ来てくれたんだぞ!


「行く、すぐに行くから、ちょっと待っててもらって!」


「そうなの‥わかった」


そう言うと母が階段を下りていく音がした。

わたしは慌てて机の上の鏡を見て泣きはらした顔を確認した。


顔はともかく、髪がグシャグシャだ‥

ブラシで入念に髪を梳かして部屋を出た。


玄関を出ると、外はすでに真っ暗で、桐山が家の玄関の前に立っていた。


「幕ノ内さん具合どう?」


桐山が心配そうな顔をしている。


「うん、寝たら大分よくなったよ」


「それはよかった‥って、制服着たまま寝てたの?」


「いや、それはさ‥細かいこと気にするなよ、なに、もしかしてお見舞いに来てくれたの?」


「‥午後の授業のノート、僕の手書きで申し訳ないけどコピーしてきたんだ。それに宿題も結構出てたから‥」


桐山‥桐山の手書きノートのコピーだって!わたしそれ一生の宝物にするよ!


「わざわざ、持ってきてくれたんだ‥明日でも良かったのに」


「うん‥でも、幕ノ内さんがちょっと心配だったんだ‥」


「心配?」


「いつも元気で明るい幕ノ内さんが、ちょっと様子が変だったから‥」


様子が変って‥桐山、お前が原因なんだよ‥


「‥ちょっと色々あってさ」


「そうなんだ‥あのさ‥」


「なに?」


「今日‥昇降口で、『良かったね』って言ったよね、あれってどういう意味なのかな?」


「今日も中庭で見たよ‥例のラブレターの子と付き合うことにしたんだろ?だから良かったねって言ったんだよ」


「えっ?また見られてたの?」


「別に見たくて見てる訳じゃないからね‥昨日の昼休みも呼ばれてたよね?」


「そっか‥」


その時、お昼を食べてなかったわたしのお腹が『グ~ッ』と大きな音で鳴った。


こんな時に‥

なんて恥ずかしい音を出してるんだよ!

わたしのお腹!


「幕ノ内さん、お腹空いてるの?」


「ごめん、お昼食べてなかったから‥」


「そっか、僕も部活でお腹ペコペコなんだよね、幕ノ内さんが具合が悪くなかったら、なんか一緒に食べに行かない?って誘うんだけどな、それじゃあ、お大事にね」


そう言って桐山は一礼して帰ろうとした。


「ちょっと待った!」


「えっ?」


「その話、乗った!」


「幕ノ内さん、何言ってるの?具合悪いのに無理しちゃダメだよ!」


桐山から食事に誘われるなんて一生に一度、もう金輪際そんな機会ないかも知れない。具合が悪いくらいで断れるか!って言うか具合なんてちっとも悪くない!


「ちょっと待ってて、コートと財布取ってくるから!帰るなよ桐山!」


「幕ノ内さん‥具合悪くないの?って言うか、とっても元気そうだね‥」


わたしは部屋に戻ると、コートと財布を持って階段を駆け下りた。


「お母さん!出掛けてくる!晩ご飯要らない!」


「桜‥出掛けるの?具合は?」


「治った!」


「えっ?」


「特効薬が効いたの!」


「特効薬?」


わたしは玄関で靴を履くと、ドア開けて外へ飛び出した。


「お待たせ!どこ行く?」


「どこでも‥幕ノ内さん本当に大丈夫なの?」


「もう治った!完全に治った!」


「幕ノ内さん‥」


「駅前のジョナサンに行こうよ!桐山」


「うん、そうだね‥」


「何だよ?どうしたんだよ?」


「いや、いつもの幕ノ内さんだなって思って‥」


「いつものわたしって? 桐山とそんなに接点ないだろう?」


「そうだよね‥幕ノ内さんは人気あるし、いつも一緒の仲がいい友達がいっぱいいるもんね」


「仲いいって、菊乃と鶴松と猪野萩のこと?」


「そうだよ、いつも一緒にいてうらやましいよね‥」


「うらやましい?」


「そうだよ、幕ノ内さんから元気もらえるでしょ?」


何言ってるんだよ桐山、元気もらったのはこっちだよ!桐山が来てくれなかったら、わたしは餓死してたかもしれないよ!


わたしと桐山は調布駅の南口前にあるジョナサンに入った。

桐山と二人でご飯が食べられるなんて夢のようだ‥


神様は幕ノ内桜を見放してはいないぞ、桐山はあんな鶯原梅香になんかに絶対に渡さないからね!


料理を注文をして、ドリンクバーから戻ってくると桐山が思いだしたように言った。


「さっきのことなんだけど‥」


「さっきの?」


「うん、昼休みのこと」


わたしは急に暗い気持ちになった‥

桐山、せめてその話は食事が終わってからにしてくれ、そうしないとまたご飯が喉を通らなくなる‥


「僕は彼女と付き合ってないよ‥」


「えっ?」


桐山、今なんて言った‥


「彼女、鶯原さんって言うんだけど、付き合ってないんだよ」


桐山、偉い!お前はやっぱりわたしが好きになっただけのことはある。

わたしは急に目の前が明るくなった気がした。


「そうなんだ‥」


「でも‥」


「でも?」


「ラブレターなんてもらったことないから‥どうしていいかわからなくて」


「わからない?」


「うん、彼女だって勇気を出して気持ちを伝えてくれたんだろうから、なんか無碍に出来なくて‥」


「優しいんだね桐山は‥」


「優しい?そうかな、勇気が無いだけだよ、僕にもそんな勇気があればな‥」


「でもさ、思わせぶりな態度は良くないと思うよ、余計に彼女を傷つけることになるんじゃないかな」


「えっ?」


「好きでもないのに昼休みに会ったり、一緒に帰ったりしたらさ‥」


「そうだよね‥」


そう、そう、桐山、鶯原梅香とは明日にでも縁を切るんだよ、いいね?


「幕ノ内さんは鶴松君とか猪野萩君とかってどうなの?」


「は~あっ?」


「だって、いつも昼休み一緒だし、一緒にも帰ってるよね?」


「それは違うよ‥あいつら友達だからさ‥」


「友達ね‥」


「桐山‥」


「友達ってなんだろうね?男と女の友情って‥じゃあ、僕と幕ノ内さんは何かな?」


「それは‥」


「僕は友達じゃないよね?中学と高校が同じ同級生‥ただのクラスメイト‥かな?」


「桐山‥」


友達って言いたいのはやまやまだったけど、恋愛感情を持っていたら友達は無理だ、わたしは桐山が好きだから、絶対に友達にはならないし、なれない‥

でも、それをどう説明したらいいんだろう‥


「ごめん、変なこと言って‥」


桐山が小さな声で謝った。


その時、注文した料理が運ばれてきた。


「桐山、食べよう!」


「そうだね、食べよう」


わたしと桐山は食事を終えるとファミレスを出て一緒に家に向かって歩き出した。


「桐山、今日はありがとうね、ノートもらって、ご飯まで奢ってもらっちゃって、本当にありがとう」


「具合が悪いのに無理させちゃって‥こっちこそ‥ありがとう」


桐山が申し訳なさそうに言った。


「桐山さ、考えたんだけどね、桐山はただのクラスメイトって言ったけど、ただのクラスメイトじゃないよ‥」


「幕ノ内さん‥」


「わたしの定義だと友達じゃないんだけど、桐山は一番仲がよくて信頼できるクラスメイトだからね」


わたしは今言うことが出来る精一杯の気持ちを桐山に伝えた。


「幕ノ内さん‥ありがとう」


「ううん、これからもよろしく!」


「あの‥たまにはこうやって誘ってもいいかな?」


桐山‥今、何て言ったの?

聞き間違いじゃないよね?


「幕ノ内さんといると元気をもらえるから‥」


「もちろん!わたしも今日は桐山にいっぱい元気をもらったよ」


わたしは桐山に家まで送ってもらって、人生で最も悲しい失恋記念日になる筈が、最も嬉しい桐山との初デートの日、それは言い過ぎだけどそのくらいの気持ちだった。


桐山‥絶対わたしに振り向かせてみせるんだならね!

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