第2話『桜の恋敵は才色兼備!?』

次の日、教室に入ると、菊乃が心配そうな顔をしてわたしの席にやって来た。


「桜、おはよう、大丈夫なの?もう具合はいいの?」


「うん、一晩寝たらずいぶん良くなったよ」


「鶴松と猪野萩も心配してたよ、桜が気分悪いなんて珍しいから」


「おっ、幕ノ内!おはよう、元気そうじゃん!昨日は顔色悪かったから心配したぜ」


「鶴松、ありがとうね、もう大丈夫だよ」


「インフルとかじゃなくて良かったな、ところで、昨日の桐山に告ってた子のことがわかったんだけどさ‥」


鶴松が小声で言った。


「鶴松‥桐山のことなんてどうでもいいよ、そんな情報、わたしも桜も要らないよ!」


おい菊乃!何てこと言うんだよ、それって、ものすごく重要な情報じゃないか!


「そうだよな‥地味な桐山のことなんて、どうでもいいか‥」


鶴松は菊乃に苦笑いを浮かべて答えた。


「あの‥鶴松さ、興味はないけど、せっかくだから教えてよ‥」


わたしは平静を装って鶴松に質問した。


「えっ?ああ、1年5組の鶯原うぐいすはら梅香うめかていう奴なんだってさ」


「鶯原梅香‥どんな子なの?」


興味がないと鼻で笑っていた菊乃が鶴松に聞き返した。


「なんでも、5組じゃ成績優秀で可愛いって評判の優等生らしいぜ」


「ふ~ん、どうやって調べたの?」


わたしも鶴松に聞いた。


「ああ、その鶯原梅香と部活が一緒のやなぎっていう俺のダチから聞いたんだよ。そいつ合気道部なんだけど、鶯原梅香は有段者なんだってよ、前から桐山のことが好きだって公言してたらしいぜ」


「へ~っ、合気道部の有段者で、優等生で、可愛いって‥そんな才色兼備な子が桐山みたいな地味な奴に惚れるなんてさ、その鶯原って子、相当な物好きだね?」


菊乃が目を丸くして驚いた顔で声を上げた。


菊乃‥目の前にもう一人その物好きがいるんだけどな‥

だいたいその言い方、メチャクチャ酷くないか?

桐山は誰が見てもカッコいいだろ!


「そうなんだよ、でも俺は少し桐山を見直したよ、そんな子から告白されるなんてさ、桐山もこれで彼女持ちだろ?俺も頑張んないとな!」


そう言って鶴松は笑った。


「桜‥どうしたの?また顔色悪いよ、大丈夫?」


菊乃が心配そうに言った。


大丈夫な訳ないだろう‥

合気道部の有段者で、成績優秀の優等生で、しかも可愛いって‥

桐山が断る理由がどこにもないじゃん!


終わった‥完全に終わった。


「菊乃、また気分悪くなってきた‥」


「桜、大丈夫?保健室行く?」


「大丈夫‥少し様子見るから」


わたしは精一杯の作り笑顔で菊乃に答えた。


桐山の席を見ると、あいつはまだ来ていなかった。


しばらくして桐山は教室に入って来て席に着くと、すぐに授業の準備を始めた。


そんな桐山の姿を見てわたしは胸が痛くなった。


桐山‥何でだよ、何で告白なんかされるんだよ?

桐山を見てるのはわたしだけだと思っていたのに‥

授業中もボンヤリしてまったく先生の言葉が頭に入って来なかった。



昼休みになっても、珍しく食欲が無くてわたしは教室の机の上に伏せっていた。


「桜、大丈夫なの?ご飯も全然食べてないし‥もう帰った方がいいよ」


菊乃が心配そうに声を掛けてくれた。


「うん‥でも大丈夫、もう少し様子をみるから」


「新年早々に災難だね?原因はなんだろうね?お正月になんか悪いもの食べた?それとも初詣に行かなかったとか?もしかして神様のたたりかも‥」


神様のたたり?

調布駅の近くにある神社に初詣はちゃんと行ったよ、桐山のこともちゃんとお願いしたのに‥

神様、わたしが何をしたんだよ!


お願いだから桐山を‥

桐山をわたしに返してよ!

そうは言ってみたけど、神頼みなんてわたしらしくないか‥


よくよく考えたら桐山が鶯原梅香とまだ付き合うって決まった訳じゃない‥まだ一縷いちるの望みはあるはずだ。


気を取り直して外の空気をすいに行こうと椅子から立ち上がって教室を出て行こうとした。


教室の扉の前で見知らぬ女子に声を掛けられた。


「すいません、桐山君を呼んでもらえますか?」


「桐山‥?」


「はい、1年5組の鶯原です、お手数ですがお願いします」


彼女は丁寧な言葉使いでわたしに言った。


鶯原梅香!この女が桐山にラブレターを書いたんだ!?


昨日は遠目でわからなかったけど、まじまじと彼女を見ると、結んだ髪にキリッとした表情の美人で、合気道をしているからなのか、姿勢がとてもいい、しかもスタイルもメチャクチャいいじゃん‥


こいつ、相当レベル高いぞ!


「あの‥わたしの顔に何か付いてます?」


彼女が怪訝そうな顔をしてわたしに質問をするので、


「いや‥何も、桐山だよね?ちょっと待ってて」


そう答えて教室に戻ると桐山の席を見た。


桐山はちょうどお弁当を食べ終わってペットボトルのお茶を飲んでいるところだった。

わたしは桐山の席の前に行って声を掛けた。


「桐山‥」


「幕ノ内さん?」


「外に客が来てるよ」


「客?」


「鶯原って女の子」


「えっ!」


桐山は少し慌てた表情をした。


「昨日のラブレターの子だろ?」


「うん‥そう、ありがとう‥」


そう言うと桐山は席を立って教室を出ていった。


桐山‥わたしはますます気分が悪くなった。外の空気に触れるのはやめだ‥

歩くこともままらない。わたしは席に戻るとさっきと同じように机に伏せった。


もう帰ろうかと思ったけど、桐山がどんな顔をして戻ってくるか気になった。


昼休みが終わると桐山は席に戻ってきた。

表情はいつもと変わらない涼しげな表情をしていた。


その表情にわたしは胸が熱くなった。

あの女とどんな話をしてたんだよ?

わたしは生まれて初めて嫉妬をしていた。

あの鶯原梅香という女に‥


午後の授業が終わると桐山は部活へ行く準備をして教室を出ていった。


「桜、気分は少しは良くなった?」


菊乃がカバンを持ってわたしに声をかけ掛けてきた。


「うん、多少はね‥」


「桜、あの日なの?体調悪いってさ‥」


「違うよ、大丈夫だよ‥」


「ふ~ん、桜らしくないよね、昨日からさ‥」


「そうだね‥」


「体調悪そうだし、今日は早く帰ろうよ」


「うん、そうするよ」


「鶴松と猪野萩は?」


「あの二人は今日は他の友達と予定あるって先に帰ったよ」


「そっか、じゃあ今日は二人だね」


わたしと菊乃は校門を出ると駅に向かった。

少し寒かったけど太陽が西に傾いて綺麗な夕暮れだった。


「桜、来月はバレンタインだけど‥誰かにチョコとかあげるの?」


「チョコ?さあ~ね、あげる相手がいないよ」


「菊乃は?鶴松と猪野萩にはあげるの?」


「一応、義理でね‥」


「ふ~ん、義理チョコね、あの二人って菊乃のことどう思ってるのかな?」


「どうって?」


「単なる友達?ってこと」


「もちろん友達だよ、中学からのくされ縁だしね」


「くされ縁ね‥本当に二人もそう思ってるのかな?」


「そう思ってると思うよ‥」


「そうかな?」


わたしは鶴松と猪野萩の二人と菊乃の関係に、何かあったんじゃないかと前から疑っていた。


「昔さ‥中学の時だよ、あの二人にそれらしいこと言われかけたんだよね‥」


「やっぱりね、そんな感じしたよ」


「でもね、ハッキリ言わせなかった」


「言わせなかった?」


「その先言ったら友達じゃなくなるけどいいって?」


「それって‥」


「だって好きとかって言われて、断ったら友達じゃいられなくなるでしょ?」


「それ‥わかる」


「桜もそういうタイプだよね?」


「そういうタイプって?」


「男ってさ、分け隔てなく接してると勘違いする奴が多いんだよね、こっちはさ、そんな感情なんてないからそういうふうに接してられるのにさ、好きな人には友達みたいに接することなんて出来ないのにね」


「それ‥わかるな」


「でしょ~、桜もそういう勘違いで告白とかされたことあるでしょ?」


「あったね~、そいつとはその後、関係がギクシャクして疎遠になっちゃったんだよね」


「普通そうだよね‥」


 菊乃はしみじみとした表情で頷いた。


「菊乃って好きな人とかいるの?」


「愚問だな桜‥16才の乙女にむかって」


「は~っ?乙女‥どこにいるのよ?」


「桜‥怒るよ!」


「冗談だよ‥いるんだ好きな人」


「当たり前だよ、いるに決まってるよ」


「桜だっているんでしょ?」


「わたし?‥まあね‥」


「桜の好きな人ってどんな人なのか、まったく想像出来ないな‥」


想像なんかしなくていいからね‥

すぐ近くにいるし‥

絶対にバカにするに決まってる。

菊乃からしたら、わたしは物好きなんだから。


「入学した頃はわかってたんだけどな‥今はわからないな‥桜、最近はそいつのこと言わないしな‥」


「ああ、バスケ部の雁野かりののこと言ってるんでしょ?今は違うよ」


「やっぱりね‥」


「菊乃こそ誰なの?全然想像できないよ」


「それは内緒、桜が教えてくれたら話してもいいよ」


‥言える筈ないだろう、菊乃は絶対バカにするに決まってる。


「わたしも内緒だよ‥」


「そっか、お互い頑張ろうよね!」


「そうだね‥」


頑張ろうって‥

かなり難しい状況だよ。

あの鶯原梅香さえ、しゃしゃり出て来なければ‥


仙川駅に着くとわたしは菊乃と京王線に乗った。菊乃は府中だから調布でわたしは一人電車を降りた。


「桜、体調気をつけてね、バイバイ」


「菊乃ありがとう、じゃあね、また明日」


わたしは菊乃の乗った電車を見えなくなるまで見送ってから、ホームを上がって北口を出て旧甲州街道を歩いて家に帰った。


「ただいま‥」


玄関を上がると母がリビングから出てきて、


「おかえり、桜、焼き芋あるけど食べるよね?」


と、わたしに訊いた。


「いらない‥」


「えっ?焼き芋だよ?桜が食べないなんてどうしたの?」


「うん‥食欲ないんだ‥少し気分も悪いし、部屋で寝てるから」


「大丈夫なの?桜、体調悪いなんてめずらしいね、元気だけが取り柄なのに」


何てこと言うんだよ、元気だけが取り柄って‥わたしには他に取り柄が無いの?


鶯原梅香みたいにさ、才色兼備なんて言われてみたいよ‥


わたしは二階の自分の部屋に入ると、部屋着に着替えてベットに横になった。


何もする気がおこらない‥

わたしも人並みに恋愛で悩んでるってことなのかな?

言いようもない倦怠感で晩御飯も食べずに寝てしまった。




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