こいこい!(恋来い!)

神木 ひとき

第1話『桐山は私が先に目を付けてたんだからね!』

新しい年を迎えて、お正月は穏やかで比較的暖かい晴天の日が続いていた。

冬休みは短い‥

本当にあっという間に終わってしまった。


いよいよ今日から三学期が始まるんだ‥


高校に入学してから既に一年近くが過ぎようとしていて、月日の経つのは早いって感じずにはいられない。


さくら!おはよう!って言うか、あけましておめでとう、今年もよろしくね!」


仙川駅から学校まで歩いている途中、親友の高杯たかつき菊乃きくのから声を掛けられた。


「おはよう、菊乃、おめでとう‥」


「どうしたの?お餅でも食べ過ぎた?」


「そんなに食べる筈ないでしょ、お餅は太るんだよ!」


「そうなの?わたし、結構食べちゃったよ!」


菊乃は舌を出して無邪気に笑った。


「菊乃はいいお正月だったようだね?」


「桜はどうだったの?」


「まあ‥普通だよ‥」


「どうしたの桜?新年早々なんだか元気ないじゃん?」


「‥気づいたらもう三学期、あっと言う間に高校一年生が終わっちゃうんだよ、二年生になったら菊乃とも同じクラスじゃなくなるかも知れないんだよ!」


「フッ、桜らしくないね、そんなこと心配してるの?」


「だって‥」


わたしはそう言ったけど、本当はそれだけを気にしていた訳ではなかった。

実は以前から同じクラスのある男子を想っていて、いつか告白しようとその機会を伺っていた。

それが出来ないままあっという間に月日が過ぎ、あいつとも違うクラスになってしまうかもしれないので少し焦っていた。


教室に入ると鶴松つるまつ猪野萩いのはぎが、わたしと菊乃の傍にやって来て言った。


「おはよう!高杯たかつき、幕ノまくのうち!あけおめ!今年もよろしく!」


「おはよう、鶴松、猪野萩!明けましておめでとう、今年もよろしくね!」


菊乃が二人に挨拶を返した。


「あけおめ!二人とも今年もよろしく!」


わたしも二人に答えた。


この二人は元々菊乃の中学からの友達で、菊乃の舎弟みたいな男子だ。

わたしと菊乃が仲良くなったんで、この二人とも自然に仲良くなった。

もちろん特別な感情なんてこれっぽっちもないけど、いつも四人一緒につるんで行動してるから、勘違いしている奴が多いらしい。


わたしは自分の席に着くと、斜め前に座るあいつに目を向けた。


いつものように変わらない涼しげな表情で椅子に座っていた。

‥相変わらずカッコいい、そう思ってしばらくあいつを見ていた。


体育館での始業式が終わって教室に戻ると、短いホームルームだけで今日の予定が全て終わった。


「桜!終わったし、帰ろうよ」


菊乃の声でわたしは帰る支度をしてカバンを持って、


「そうだね、帰ろうよ!」


と答えて席を立った。


「鶴松と猪野萩も一緒にどう?」


菊乃が二人にも声を掛けた。


「おう、帰ろうぜ!」


二人も同調してカバンを持って菊乃の席にやって来た。

あいつの席に目をやると、すでに席に姿はなかった。


部活に行ったのかな?‥


教室を出たわたし達は、四人揃って校舎の三階の廊下を歩いていた。


「おい、ちょっとあれ見ろよ!」


鶴松が窓の外を見ながら大きな声を上げた。


そんな大きな声出して、廊下からは中庭が見えるけど、一体何が見えるんだよ?


鶴松の声に、わたし達は窓から中庭を見下ろした。


「あれ、桐山きりやまじゃねえ?」

 

鶴松が言った。


「本当だ、桐山じゃん!もしかしてあいつ告白してんの?」


猪野萩も驚いた様子で声を上げた。


「‥桐山!」

 

わたしは中庭の光景に目が点になった。

桐山がわたしの知らない女の子と二人っきりで中庭にいたからだ。


「桐山、やるじゃん、告白なんてさ!」


鶴松が再び声を上げた。


「告白?逆でしょ?告られてるんじゃない‥桐山」


菊乃が冷静な口調で言った。


確かに‥桐山は女の子からもらったと思われる手紙を手に持って恥ずかしそうな顔をして彼女と話をしていた。


「マジかよ?あんな地味な奴なのに、やるじゃん桐山!」


鶴松が菊乃に答えた。


「ひゅ~、新年早々から隅に置けないね、桐山!」


小馬鹿にしたように猪野萩も声を上げた。


「告ってる女の子、結構可愛いじゃん!」


菊乃が言った。


‥桐山


「確か桐山って桜と同じ中学だったよね?」


「‥」


「桜、どうしたの?顔色悪いよ?」


菊乃が心配そうに言った。


「別に‥何でもないよ」


嘘でしょ?

誰なの?‥あの女。


桐山はわたしが先に目を付けてたんだからね!

何を勝手に告ってるのよ‥

桐山のあの顔‥デレデレしやがって!


「桜、大丈夫?何か怖い顔してるけど‥」


「そ、そんなことないよ‥」


わたしはハッと我に返って菊乃に答えた。

桐山‥まさかあの子と付き合うなんてことないよね?


「ふ~ん、じゃあもう帰ろうよ、鶴松、猪野萩、どっか寄って何か食べてく?」


中庭の桐山のことなど、まるで何も見なかったように菊乃が二人に問いかけた。


「おっ、いいね!モスバーガーでも行こうぜ!」


鶴松は喜んで菊乃の提案に頷いて返事をしている。


「桜も行くよね?」


菊乃がわたしに聞くので、


「行かないよ‥」


と答えて首を横に振った。


「えっ、行かないの?桜の大好きなモスバーガーだよ?」


「ちょっと気分悪いから、行かない‥」


「えっ、やっぱ具合悪いの?風邪、インフルかもよ、流行ってるから気を付けた方がいいよ」


菊乃‥これは病気は病気でも違うやまいだ!

わたしは動揺と精神的ショックで気持ちがかなり落ち込んでいたので、大好きなモスバーガーだけど、さすがに今日は喉を通る気がしない。


校門を出た所で三人と別れると、わたしは一人仙川駅に向かって、下りホームで電車が来るのを待っていた。


桐山‥桐山きりやま鳳太ほうたそれがあいつの名前、同じ中学出身でバスケ部に所属している。


補欠なんだけど‥顔は悪くない‥成績も優秀だ。

けど、大人しくて、真面目で、口数も少なくて、鶴松が言うように一見地味な奴だ。


クラスでは目立つこともなく、あいつに彼女なんて出来る筈がないと高を括っていた。

だいたい、桐山のことなんて元々は眼中に無かったのに‥


わたしは目立ちたがり屋の性格で、好みのタイプも目立った明るい男子が好きだった。

でも、あることがキッカケで桐山を想うようになった。


こんな性格だから男友達も多いので、言い寄ってくる奴もいたけど、あいつがいるから彼氏も作らずに告白する機会を伺っていたのに‥


新年早々‥気分が悪い!

あいつに彼女なんて‥

他の女の子と付き合うなんて考えただけでも腹が立ってムカムカする。


そもそも、わたし以外にあいつに合う子なんている筈がない!

ホームに入ってきた各駅停車に乗ると空いている座席に座った。


扉が閉まりかけた時、あいつが電車に駆け込んで来た。

桐山だ!わたしは少し表情を強張らせた。


あいつは息を切らせながら扉の前に立って窓から外の景色を見ていたので、わたしに気付く気配はまったく無かった。


わたしはあいつの後ろ姿を黙って見ていた。

しばらくして、意を決して座席から立ち上がってあいつの背中を叩いた。

ビクッとして、こっちを振り向くと、


「幕ノ内さん!?」


桐山は驚いた様子で声を上げた。


「何だよ、人をバケモノ見たみたいに!そんなに驚かなくてもいいだろ?」


「ハハハ‥急に背中を叩かれたから、ビックリして‥」


「席空いてるんだから、座れば?」


「ああ‥そうだね」


そう言うと桐山は座席に座った。

わたしは隣にわざと座った。


「‥」


「珍しいじゃん、桐山が早く帰るなんてさ?」


「そうだね‥さすがに始業式の日は部活が休みだからね」


「ふ~ん、レギュラーでもないのによく頑張るよね、バスケ」


「ハハハ‥幕ノ内さんは相変わらず厳しいな‥」


いや、桐山違うんだ!

わたしは馬鹿にしてるんじゃない、いつも頑張ってることを褒めてるんだよ。


「相変わらずって‥」


普段からそんなにわたしを厳しいって思ってるの?

口が悪いだけで、本心は違うんだから、わたしは桐山の言葉に落ち込んだ‥


「でも、実際そうだよね、小学校から始めたバスケだけど、中学でも高校でもレギュラーになれないんだからね‥」


桐山が寂しそうな顔をして言った。


「桐山‥」


「あの‥」


桐山が何かを言いづらそうにしている。


「なに?」


「幕ノ内さん‥変なこと聞いてもいいかな?」


「変なこと?そんなふうに言われてハイっていう奴いるか?」


「そ、そうだよね‥ごめん」


あちゃ‥またやっちゃったよ‥

せっかく桐山が話を振ってくれたのに、どうしてわたしはこうも素直じゃないんだ‥


「ちなみに変なことって何?」


「えっ?‥何でもないよ」


「桐山の変なことって、何かなって?」


「いや‥本当に変なことだから」


「だから、変なことって何だよ!?」


わたしは桐山の態度にイライラして、つい語気を荒げてしまった。


これがいけないってわかってるのに‥


「はい!えっと‥幕ノ内さんはラブレターとかもらったことあるのかな?」


桐山が恥ずかしそうに小さな声で言った。


「はあ?」


「いや、ごめん‥変なこと聞いて」


「桐山、全然変なことじゃないよ、そういう話はわたしにドンドン聞きなよ!」


「へっ?幕ノ内さん‥」


「何よ?」


「いや、幕ノ内さんって意外と優しいんだなって‥」


「何言ってるの?意外とは余計だよ‥」


「そ、そうだね‥幕ノ内さん、ごめん」


「ラブレターもらったの?」


「あの‥それは僕の質問なんだけど?」


「あっ、そうだったよね‥わたしはあるよ」


「そうだと思った‥中学の時から幕ノ内さんつて、誰にでも分け隔てなく接するし、女子にも男子にも人気あったからな‥」


「それほどでもないよ‥それで?」


「いや、ラブレターもらって嬉しかった?」


「う~ん、そうでもなかったな‥だって仲がいい奴で友達だと思ってたから」


「そうなんだ‥」


「結局、そいつとは友達でいられなくなったからね」


「そっか‥そうなんだ‥」


「桐山は?」


「えっ?」


「ラブレター、もらったんだろ?」


「‥」


「さっき廊下から見たよ、中庭でもらってたの‥」


「えっ、それって‥そっか見られてたんだ」


「どうすんの?」


「どうって‥突然だったから、まだどうしていいか‥」


おいおい桐山!そんなこと悩むなよ‥

すぐに断れ、お前にはわたしがいるだろう!目の前にわたしが!


「ふ~ん、付き合う気あるんだ?」


「どうかな‥その子のこと良く知らないし‥」


そんなやり取りをしてるうちに電車は調布駅に着いてしまった。


「ありがとう幕ノ内さん‥変なこと聞いて悪かったね」


「桐山‥全然変なことじゃないよ、気にしないでいいからね」


そう答えて、わたしと桐山は調布駅で一緒に電車を降りた。


地下駅を出て地上に上がると、二人並んで北口から旧甲州街道を西に向ってしばらく歩いた。


「それじゃあここで、幕ノ内さん、さよなら」


「ああ、桐山、じゃあね」


そう言うと桐山は自宅の方へ脇道を曲がっていった。


わたしは背中が見えなくなるまで桐山を見送っていた。



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