第10話『紅葉が色づく』
鶯原梅香と直接対決した翌日の昼休み、藤村が教室の外へ出たのを見計らって廊下で声を掛けた。
「藤村、ちょっといいか?」
「幕ノ内桜‥な、何だ?何か用か?」
藤村は顔を強張らせた。
「そんなにビクビクするなよ、別に悪い話じゃない」
そう言うと、藤村は少し表情緩めて、わたしの後をついて来た。
人目につかない例の屋上に上がる階段室に藤村を連れ出した。
「藤村、約束を守ってよくやってくれた、ありがとう、礼を言うよ」
「礼など要らぬ、元々は俺から言い出したことだ」
藤村はそう言ったが、昨日の鶯原梅香の話しっぷりでは藤村に芽はなさそうだ‥
それは今は伝えない方がいいと思った。
「八橋菖蒲にうまく話してくれたから、その友達の蝶野牡丹に話が伝わって、最後は鶯原梅香と直接話が出来たよ」
「そうか‥それはよかったな、梅香は何て言ってた?」
「絶対に桐山を諦めないってさ、これはわたしへの宣戦布告で後悔することになるって言ってたよ」
「梅香らしいな‥」
藤村は寂しそうな表情をして言った。
「藤村、どうした?この前の威勢の良さはどこへいったんだよ?」
「蝶野が俺のところへ来た」
「蝶野牡丹が?」
「梅香に怒られてしまったって‥俺の後ろに幕ノ内桜がいるのも気がつかないのかって言われたらしい‥」
「そうなんだ‥それで?」
「もう二度と梅香に関わるなって言われたよ」
「何て答えたんだ?」
「わかったって言ったよ」
「どうして?鶯原梅香を諦めるのか?」
「蝶野に言われたよ、梅香の幸せをお前は邪魔をするのか?って、それは本当の友達じゃないだろって‥」
蝶野、案外まともなことを言うんだな‥
でもそれは間違ってる。
藤村は鶯原梅香と友達になりたい訳じゃない‥
「で、どうするんだよ?」
「俺はこの件から降りるよ、もう約束は果たしたからな幕ノ内桜」
「藤村‥お前は本当にそれで良いのか?」
「少なくとも、俺は梅香にこれ以上嫌われたくはない、梅香は俺がお前に利用されたって思ってる、でも本当はそれは違うんだ‥俺は梅香が桐山に告白したことに焦って自分ではどうしていいかわからなかった、だからお前の作戦に乗ったんだ。元々桐山の
そう言って藤村はわたしの前から去っていった。
藤村子規‥案外とまともなやつだったんだ。
わたしは教室へ戻ろうと廊下を一人歩いていると、
「幕ノ内さん」
不意に呼び止められた。
振り返ると、同じクラスの
秋の校外学習で鎌倉へ行った時に同じ班になって話をしたことがあったけど、それ以外には今までほとんど話をしたことはなかった。
「鹿内さん、何か用?」
「‥」
彼女は思いつめた表情で黙っていた。
「わたしに話があるんじゃないの?」
わたしは彼女に聞いた。
この展開ってまさか、わたしも桐山が好きだとか言うんじゃないだろうな?
これ以上のライバルはもう御免なんだけど!
彼女はうつむいて小さな声で言った。
「あの‥幕ノ内さんは、藤村様と‥藤村様と付き合っているんですか?」
鹿内‥何てこと言うんだよ!
藤村様?付き合う?
は〜っ?
どうしたらそういうことになるんだよ‥
「年が明けてからの藤村様は様子が変だったので気にしていたんです。落ち着きがないっていうか、悩んでいるというか‥とにかく変でした」
「それは‥」
「その原因は幕ノ内さんだったんですね?」
それは大好きな鶯原梅香が桐山に告白したからで、わたしは関係ないだろう!
「違う‥鹿内それは違うよ、わたしが原因じゃないよ」
「じゃあどうして、幕ノ内さんと藤村様は先ほどのように、世を忍んでコソコソと会っているのですか?ではお聞ききしますが、お二人はどのようなご関係なのですか?」
ご関係って‥
何の関係もないけど、どう説明すればいいんだよ‥
だいたい、鹿内は何でそんなことを訊くんだよ?
まさか、藤村に恋をしてるとかいう訳でもないだろうに‥
えっ!?そのまさか!?
鹿内って‥藤村が好き!なのか?
「あのさ、鹿内さん‥どうしてそんなこと訊くの?間違ってたら謝るけど、藤村のこと好きだったりするの?」
わたしがそう言うと、鹿内は顔を真っ赤にしてうつむくと、両手で顔を隠した。
あ〜っ、そうなの‥
あの藤村をね、まあ、蓼食う虫も好き好きって言うからね、藤村にもいいところがあるんだろうな‥
「恥ずかしがらなくても大丈夫だよ、わたしは揶揄ったりしないからさ、心配しなくても藤村とわたしは何の関係もないから」
「本当ですか?」
顔を上げた鹿内がわたしに真剣な顔をして聞いた。
「うん、本当の本当、だから安心してよ、それに話次第では力になれるかもよ」
「それって‥?じゃあお二人の関係は?」
「特別な関係はないよ、ただチョット共通の知り合いがいてね、そいつのことで話をしてただけだよ」
わたしは肝心なことは曖昧にして答えた。
「そうなんですか‥わたし、藤村様は別な方が好きなんだって思ってました。その方はとってもお淑やかで才色兼備な方なので、わたしなんか敵わないって思っていたんです、それが最近、幕ノ内さんと藤村様が何度かこのような場所でお会いしているのを見て‥誤解してしまいました」
何だよ‥
鹿内、鶯原梅香ことを知ってるんじゃないか‥
だいたいその言い方はなんだよ?
鶯原梅香には敵わないけどわたしには勝てるってこと?
鹿内‥怒るよ!マジで!
「幕ノ内さんとは以前、校外学習でお話しをして、とっても気さくでいい方だなって思ってました。素敵な方だなって、だから‥わたしは藤村様を諦めようと思って、幕ノ内さんに思いきって藤村様とのことを聞きました」
そういうことか‥
わたしが素敵だって!
いいこと言うじゃない!
鹿内‥気に入ったよ!
この幕ノ内桜、鹿内のために人肌脱ごうじゃない!
「どうして藤村を?」
「はい、わたしは茶道部なんです。藤村様は部員ではないのですが、茶道の家元の嫡男様で、特別部員として、時よりお茶を立てにきていただいているんです。実際は部員と言うより特別講師なんですけど」
「へ〜っ、茶道部ね、うちの学校にそんな部があるんだ?」
「はい、あるんです。藤村様のお茶を立てていらっしゃる姿は、とても凛々しくて素敵なんです。あの姿を見たら、誰でも心を奪われてしまいます」
わたしはそんなことないと思うけど‥
鹿内はそうだったんだな。
「わたしは藤村様を遠くから見ているだけで幸せでした。でも‥やっぱり藤村様ともっと仲良くなりたい‥出来ることなら‥出来ることなら、藤村様の彼女になりたい‥」
彼女はそう言うと、また顔を真っ赤にしてうつむいた。
「いいんじゃない、なれば、なれるよ」
「幕ノ内さん‥でも、どうやって‥」
「わたしに任せてくれる?」
「えっ、幕ノ内さんに?‥」
「わたしは自分のことはともかく、鹿内と藤村はうまく結んであげられると思うよ」
「本当ですか?」
「うん、ちょっと自信ある!特に鹿内と藤村とはね、二人はお似合いだと思うから」
「はい!幕ノ内さんにお任せします、是非よろしくお願いします」
そう言って鹿内は頭下げた。
わたしは鹿内の肩を叩いて言った。
「任せておいてよ!」
その日の午後、授業が終わるとわたしは藤村の席に行った。
「藤村、悪いけどちょっとまた付き合ってよ、相談があるんだ」
「相談?梅香のことなら俺に相談しても無駄だぞ、もう俺はこの件から降りたんだからな、さっきそう言った筈だけど?」
「それはわかってるよ、鶯原梅香のことじゃない、別なことだよ」
「別なこと?幕ノ内桜が俺に相談なんてあるのか?お前が俺に意見を求めるなんて‥なんか魂胆でもあるのか?」
鋭いな藤村、お前は意外と繊細なんだな‥
「そう言わず聞いてくれよ、頼むよ」
「まあいいだろう、お前には借りがあるからな、でもこれでチャラだからな?」
「わかったよ、恩に着るよ、藤村‥」
わたしは藤村を再び例の屋上の階段室に連れて言った。
「で、俺に相談って何なんだ?」
そう警戒するなよ‥
お前にとっても悪い話じゃないんだからな!
「ちょっと男子の気持ちっていうのを聞きたかったんだよ」
「男子の気持ち?」
「そうだよ、わたしはこれでも女子なんでね、男子の気持ちを教えて欲しいんだよね?」
「どういう気持ちなんだよ?」
「実は、わたしの女子の友達でちょっと大人しいんだけど容姿は可愛い子がいてね、その子に好きな男がいるんだよね」
「それで?」
「ところがさ、その男には他に好きな女の子がいるんだってさ」
「ふ〜ん、そんなのよくある話じゃないか?」
「そうなんだけどね、その男って、好きな女の子に振られたばっかりらしくてさ‥」
「気の毒なやつだな‥好きな女に振られるなんて」
藤村は笑いながら言った。
笑ってる場合か藤村?
お前のことだよ!
「それでね、その男がそんな状態の時にその子は告白しようとしててさ、告白されたら、男ってどんな気持ちになるのかなって思ってさ」
「その男の気持ちを俺に聞きたいのか?」
「そうなんだ‥わたしも自分で考えてみたんだけど、女のわたしには男ってどういう気持ちになるのかわからなくて‥」
「何で俺なんだよ、お前には男子の友達なんて沢山いるだろ?そいつらに聞けよ」
藤村‥お前じゃないとダメなんだ、お前のことなんだからな‥
「藤村は鶯原梅香のことがあったから、さっき鶯原梅香のことを諦めたような話をしてただろ?それが本当だったら、そういう時の男の気持ちがわかるんじゃないかと思って、藤村のことが真っ先思い浮かんでさ、それで聞いてるんだよ」
藤村は苦笑しながら言った。
「それは光栄だと言いたいところだが、俺に聞くのは
「どうして?」
「俺は梅香をずっと好きだった‥小学校の時から、でも梅香が俺に振り向いてくれると思ったことは一度もなかったよ、梅香は俺には永遠に手の届かない存在なんだ‥梅香が桐山が好きになったのは当然だと思う。桐山はすごい奴だよ‥」
「藤村‥」
「まあ参考に言うと、好きだって告白されて嫌な気持ちになる男はいないだろ、特に好きな女の子がいなければ尚更だね、男なんて単純だから女の子が好意を持ってくれてるってわかったら、意識して特別な目で見てしまうもんだよ、好きな子がいたとしても、振られたのにその子をいつまでも追っかけている訳にはいかないだろうから、要は、好きになるのも大事だけど、好かれるってことの方がもっと大事なんだと思う。桐山は幸せな男だよな‥梅香や幕ノ内桜みたいな女子にこんなにも想われているんだからな、でもそれは桐山がいい男だからなんだよな‥」
「藤村‥」
お前、いいこと言うな、見直したよ。
わたしも同感だよ。
「その女子の友達に言ってくれ、絶対に告白した方がいいって、きっと想いは通じると思うってな」
「そうか‥通じると思うか?」
「ああ、そう思うよ」
「じゃあ、試してみていいか?」
「はあ?試す?」
「そう、試すんだよ、これから藤村に告白してね」
「誰が!?‥」
「藤村のことを好きだっていうわたしの女子の友達に決まってるだろ!」
「冗談だろ?俺みたいな奴を好きになる子なんているかよ、幕ノ内桜、お前だって俺のことバカでどうしてようもないって思ってるんだろ?」
「半分は当たってるけど半分は違う、お前は根は悪い奴じゃない、じゃあ彼女を呼ぶからな!」
わたしは指を鳴らして合図を送った。
階段下の廊下の陰で話を聞いていた鹿内紅葉が階段を昇ってきた。
「鹿内紅葉‥さん!?」
藤村は驚いた顔をして少し緊張して声を上げた。
「鹿内、話は下で聞いてたよね?この先は自分の力であと一歩を踏み出しな!」
「幕ノ内さん、ありがとう‥わたし頑張る!」
鹿内がハッキリした口調で答えた。
「鹿内、約束してよね、ここで聞いた話は他言無用だからね」
「もちろん、幕ノ内さんも頑張ってね!」
「ありがとう鹿内!」
わたしは鹿内に礼を言ったあと、
「藤村!わたしの友達を頼むよ!お前にはもったいないすごくいい子だからな!」
わたしは藤村の背中を叩いてそう言うと、屋上の階段室を後にした。
鹿内、藤村‥二人はお似合いだと思うから仲良くやれよ‥
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