第11話『梅香、これはルール違反だぞ!』
翌日の朝、仙川駅の改札を出た所で鹿内に声を掛けられた。
「おはようございます‥幕ノ内さん」
「あっ鹿内、おはよう!」
鹿内の表情はとても晴れやかな顔をしていた。
「その顔からすると‥昨日は上手くいったのかな?」
わたしが聞くと鹿内は、少し顔を赤らめて右手でオッケーマークを作って言った。
「はい、幕ノ内さんのおかげです!」
「そんなことないよ、鹿内が自分の力で藤村を勝ち取ったんだよ、自信を持ちなよ」
「そんな‥自信なんて‥でも、わたし頑張っていい彼女になります!」
「その意気、その意気、ところで藤村はなんて言ったの?」
「はい、藤村様は、いえ藤村君は俺なんかでいいのかって?言ってくれました。それと‥藤村様はやめてくれって、恥ずかしいからって」
「そう!鹿内、それは早速のお惚気かい?」
「いえ、そんなつもりは‥」
鹿内はまた顔を真っ赤にして応えた。
「とにかく良かったね、わたしのことは内緒だよ絶対にね」
「はい、わかっています。わたくしは恩を仇で返すようなことは絶対にいたしません」
「よろしくね」
わたしはそう言って鹿内と並んで歩いていた。
「桜~」
わたしを呼ぶ声が後ろからした。
振り返ると菊乃が走って駆け寄ってくるのが見えた。
「菊乃!」
「それでは、幕ノ内さん、わたしはここで」
「鹿内!頑張れよ!」
「ハ~イ、幕ノ内さんもです!」
そう言って鹿内は手を振って足早にわたしから離れていった。
「おはよう!桜」
「おはよう、菊乃」
「今、話してたの鹿内だよね?何を話してたの?桜って鹿内となんか仲良かったっけ?」
「わたしは誰とでも仲良くなれるんだよ、鹿内とはつい最近友達になったんだよ」
わたしはそう菊乃に応えた。
「へ~っ!さすが桜、交友範囲が広いよね、わたしなんかあの子と話すなんて絶対に無理だな」
「どうして?」
「だって‥話すことないもん」
「そうかな?話したら普通の子だよ」
「桜のすごいところ、本当に誰からも好かれるよね!もうこれは特技だね」
それ本当なの菊乃?
本当だったら、わたしは桐山に好かれたいんだけどな‥むしろ桐山だけでいいんだよ
「う~ん、そんなことは無いよ‥わたしは敵も多いと思うよ」
「そうかな?桜のこと悪く言う人見たことないよ」
菊乃‥鶯原梅香は‥
きっとわたしの悪口しか言わないよ‥
菊乃と一緒に教室に入ると桐山の席の周りに人だかりが出来ていた。
一体何があったの?
桐山の机の上を見ると、一枚の紙が置かれていた。
『桐山鳳太君を予約します。今日のお昼休みは一緒にお昼食べようね!鶯原梅香』
その紙には手書きの整った字がサインペンでそう書かれていた。
教室にいるみんながその紙にくぎ付けになっている。
えげつないぞ、鶯原梅香!
明らかにこれはルール違反だぞ!
周りを見ると桐山はまだ来ていないようだ。
こんなの見たら桐山がどう思うんだ‥
わたしは桐山のことが心配になった。
誰もいなければこんなもの破り捨ててしまいたかった。
しばらくして、桐山が何も知らず教室に入ってきた。
「何これ?‥」
桐山も驚いた顔をしてしばらくその紙を見ていたが、慌てて机の上の紙を机の中にしまった。
「ねえ、鶯原梅香って桐山とどうなったのよ、あれ何?」
「さあ?‥」
わたしは言葉を失った。
鶯原梅香!
桐山にこんな仕打ちしやがって‥
どういうつもりだ?
桐山が気の毒で仕方がなかった。
昼休みを告げる鐘の音が鳴ってしばらくすると、当然のことのように鶯原梅香が堂々と教室に入ってきた。
「桐山くん、お弁当一緒に食べよう!」
「鶯原さん‥」
「どうしたの、桐山君?」
「あの‥これって‥」
桐山は机の中から例の紙を取り出して鶯原に渡した。
「ああ、これね、桐山君とお昼一緒に食べたかったから、予約したの」
「予約?」
「そうだよ、だって桐山君人気者だからさ、先に誰かに取られないようにね!」
そう言って鶯原はわたしの方を一瞬見て睨んだ。
くっ、鶯原梅香、あいつ何が平和主義者だ!
わたしがこの場では何も出来ないことを知っててわざとやってるんだろう!
「僕は人気なんてないからさ‥こういうのはやめてくれないかな?」
「桐山君を困らせるつもりはないんだよ、わたしはただ、お昼を一緒に食べたいだけ」
「は〜っ、わかったからさ、こういうの‥もうやめてよね、約束だよ」
桐山は大きなため息をついて鶯原の言うことを渋々承諾した。
「うん、わかった、もうしないから、それじゃあ一緒にお昼食べようよ!」
そう言うと鶯原梅香は桐山の隣の席を陣取ってお弁当を広げると桐山と一緒に食べ始めた。
ここが教室じゃなかったら、あいつの胸ぐらを掴んでぶん殴ってやるとこだぞ!
鶯原梅香‥どうしてくれようか!
「桜、どうしたの?怖い顔してさ、お弁当食べようよ」
「えっ?あっ、いや‥そうだね」
菊乃の言葉に焦って我に帰ったわたしは平静を装って頷いた。
「でもすごいね鶯原梅香、あれじゃ完全に押しかけ女房だね、桐山タジタジじゃん、保留してるって聞いたけど、陥落はもう時間の問題じゃない?」
菊乃が桐山と鶯原梅香に聞こえないように小声で言った。
「そうだけどさ、俺のダチの柳の情報だと、桐山はちゃんと鶯原に断りを入れたらしいけどな」
鶴松も小声で菊乃に応えた。
「桐山、断ったの?何で?」
菊乃が驚いた顔をして言った。
「なんでも自分は相応しくないからって言ったらしいよ」
「相応しくない?」
「そうだって、でも鶯原は相応しいかどうかは自分が決めるから、全く納得してないってんだってさ」
「要は振られたけど諦めないってこと?」
「まあ、そうなるのかな?」
「それと、柳もはっきりしたことはわからないらしいけど、鶯原に何かあったみたいだよ」
「何かあった?」
「ああ、怒らせたとか、本気にさせたとか鶯原は言ってたみたい」
「ふ~ん、桐山のどこが良くてここまでやるのかね?」
「さあね、鶯原って単なる変わり者なんじゃないの?」
鶴松は相変わらずバカにしたような口調で言った。
「でも、桐山もすごいよな、あんな才色兼備な美人を振るなんてさ、かなり勇気あるよな」
今度は猪野萩が言った。
「もう桐山のことなんてどうでもいいよ!」
結局いつものように菊乃の言葉で桐山の話は終わってしまった。
どうでも良くない‥
今回の件は容認できない、絶対に出来ない。
わたしはあいつを許さないぞ‥
桐山にあんな仕打ちをするなんて‥
昼休みが終わると鶯原梅香は悠然と教室から出ていった。
しばらくすると胸ポケットのスマホがブルっと震えた。
桐山からだ‥そう直感した。
スマホを見ると案の定、桐山からのメールだった。
『困ったことになってしまった‥どうしたらいいんだろう?何か良い方法ってあるかな?』
桐山‥これはわたしの責任なんだ‥
鶯原梅香に直接対決を仕掛けて、桐山のことを好きだって話してしまったばっかりに‥
あの女の闘争心に火を点けてしまった‥
幕ノ内桜、やってはいけないミスをしてしまった。
甘く見ていた、鶯原梅香を‥
そのせいで桐山に嫌な思いをさせてしまった‥
わたしは授業の合間の休み時間にトイレから桐山に返信のメールを入れた。
『ちょっと考える時間をちょうだい、桐山に迷惑になることはしないから』
そう送るのが精一杯だった。
具体的な策は思い浮かばなかった‥どうするか?
鶯原梅香は相当頭が切れる奴ということは間違いない。
すぐに桐山から返信があった‥
『ありがとう‥面倒なことに巻き込んでごめん‥』
桐山‥謝るのはわたしの方だよ‥
ごめんね桐山、わたしは心の中で何度も桐山に謝った。
放課後、帰る支度をしようと机の中の教科書とノートをカバンにしまおうと取り出した。
それに紛れて白い封筒が一緒に入っていた。
これは?‥!!
鶯原梅香と署名がある封筒だった。
鶯原梅香‥いつ入れたんだ、これはいつ?
わたしは慌てて便箋を手にすると教室を飛び出してトイレに駆け込んだ。
トイレに入ると鍵を掛けて封筒の封を開けた。
同じく白い便箋に整った文字でわたしへの言葉が書かれていた。
幕ノ内桜様
先日は失礼しました。
貴重なお時間をありがとう。
仁義に反すると言われないように事前にお伝えしておきますね、わたしはあなたからの宣戦布告を正面から、いえ全方位で受けて立ちます。
あなたには悪いけど、これからもっと積極的に桐山君にアピールして桐山君を必ず落として見せますから。
手始めにあなたの目の前で桐山君と一緒にお昼を食べさせてもらいます。
次は一緒に帰って、その次は‥デートかな?
急がないと、この勝負終わっちゃうよ、わたしは気が長くないので‥
わたしに戦いを挑んできた勇気に敬意を表して、決して手を抜かず全力であなたと勝負して必ず勝ちます。
最後に、わたしが勝っても恨みっこなしでお願いしますね!
鶯原梅香
くっ!鶯原梅香‥
こんなもの事前に書きやがって‥
余裕だな‥
わたしは改めて鶯原梅香の怖さを知った。
こんな奴は初めてだ‥
桐山の気持ちは全く気にしてないんだ、わたしが頼んだ約束は完全に反故にするつもりだ。
封筒に便箋を戻し入れると、手の中で握りつぶした。
今後はここに書かれてある通り、桐山に対して更に猛烈なアタックをしてくるだろう‥
このままじゃ桐山は鶯原梅香の毒牙にやられてしまう‥
このまま諦める訳にはいかない!
幕ノ内桜、人生最大の試練だな‥
トイレから出ると教室に戻ると、
「どこ行ってたの桜?」
菊乃が呆れたように言った。
「トイレだよ」
「鶴松と猪野萩は待ちくたびれて先に帰っちゃったよ」
「そっか‥ごめん」
「まあ、たまには二人も悪くないけどね」
「そうだね菊乃、もう帰ろうよ」
「ねえ、桜?」
「何?」
「まさか、わたしと桜の間に隠しごとなんてないよね?」
「隠しごと?そんなのある筈ないでしょう」
「そうだよね‥」
「何でそんなこと聞くの?」
「うん、桜の様子がなんとなく変だから‥わたしの気のせいなのかな?」
「気のせいだよ、気のせい!」
「もし、もしもだよ‥何かあったらさ、わたしと桜に隠しごとはなしだからね、絶対になしだからね」
「そんなのわかってるよ、菊乃はわたしの一番の親友なんだからね!」
わたしはそう答えて菊乃と一緒に教室を後にした。
菊乃ごめんね、このことだけは言えないんだよ‥このことだけは‥
菊乃と一緒に校舎から外に出ると真冬の冷たい北風が強く吹いていた‥
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