第9話『桜と梅香は水と油!?』
あれから数日経った昼休み、トイレから教室に戻ろうと、一人で廊下を歩いていた。
「幕ノ内さん、ちょっと待ってもらえるかしら?」
いきなり背後から声を掛けられた。
とうとう来た!
この声は間違いなく‥
振り返ると、険しい表情で腕組みをしている鶯原梅香が立っていた。
「幕ノ内桜さんね?」
「そうだけど‥わたしに何か用?」
「わたしのこと、もちろん知ってるわよね?」
「いつだったか、教室の前で桐山を呼んでくれって頼まれたよね?」
「へ~っ、覚えててくれたんだ、光栄だわ」
「そんなことを言うためにわざわざ?」
「そんな筈ないでしょ?何でわたしがここにいるのか、幕ノ内さん、もうわかっているわよね?」
わかってるとも、想定内だよ!
「‥だいたいはね」
「それなら話が早いわ、今日、学校が終わったら少し時間をもらえるわよね?」
「今日?」
「わたしの勝手な都合で悪いんだけど、今日は部活が休みなので、今日しか時間が取れないので」
本当だよ‥
鶯原梅香、相当自分勝手な奴だな‥
「わかったよ、どうすればいいの?」
「仙川駅の改札で待ち合わせってどうかな?もちろんあなた一人でね、もっとも、友達になんか相談出来っこないわよね‥絶対に無理よね?」
鶯原梅香は不敵な笑みを浮かべながら、わたしをバカにするような目をして言った。
こいつ‥
「わかった、授業が終わったらすぐに行くよ」
「約束よ、忘れないでね、敵前逃亡は許さないからね」
そう言うと鶯原梅香はわたしの前から去っていった。
そんなことするか!
わたしはこの機会をずっと待ってんだからね!
いよいよ本丸の鶯原梅香との決戦だ‥
相手にとって不足はなさそうだ‥
教室に戻ると桐山を見た。
お弁当を食べている姿を見ながらわたしは決意を新たにした。
桐山は鶯原梅香には渡さない!
「桜、どこ行ってたのよ?」
教室に戻ると菊乃が呆れたような顔をして言った。
「何分トイレに行ってるのよ?お腹空いて死にそうだよ‥早くご飯食べようよ」
そうだった‥忘れてた、菊乃と一緒にお昼を食べる前にトイレに行ってたんだった。
あの鶯原梅香に絡まれたせいで‥
「ごめん、ごめん、ちょっと、トイレで考えごとしちゃって‥」
「考えごと?最近の桜おかしいよ、悩みがあるなら聞いてあげるよ」
「あ~っ、そんな大したことじゃないから、大丈夫‥それより、お昼食べようよ」
「なんか変なんだよな、桜‥」
菊乃‥鋭いな、でも菊乃に話す訳にはいかない‥わたし一人で幕を引いてみせる。
わたしは放課後、本屋に行くからと菊乃と仙川駅前で別れた。一緒に行くと菊乃は言ったけど、わたしは強引にその申し出を断った。
菊乃ごめん、今日だけはわがまま言わせて‥
一人、改札前でわたしは鶯原梅香を待っていた。
改札前なので、誰が知ってるやつに見られないように、わたしは辺りをキョロキョロと見回して注意していた。
「な~にそれ、まるで不審者ね?」
「鶯原梅香‥」
「ここじゃ、まずいんでしょ?どこか落ち着いて話せるところに入りましょうよ」
そう言うと、彼女はわたしの前を歩き出すと、仙川駅から少し離れた場所にある喫茶店に入っていった。
「ここは、うちの生徒は滅多に来ないから、ゆっくり話ができるわよ」
「‥」
わたしと鶯原梅香は店の一番奥のテーブル席に向かい合って座った。
「幕ノ内さん、何を飲みます?」
彼女がわたしに聞いた。
「珈琲でいいよ」
わたしが答えると、鶯原梅香は店員を呼んでブレンド珈琲を二つ頼んだ。
「よく逃げずに来たわね、って言うか‥こうなることを望んでたんでしょ?」
そのとおりだよ、鶯原梅香‥
「きちんとした挨拶がまだだったわね、わたし、鶯原梅香、よろしくね」
「わたしは幕ノ内桜、よろしく‥」
「さっそく本題にって言いたいところだけど、その前に一つだけ確認させて欲しいことがあるんだけど、いいかな?」
「確認って何を?」
「幕ノ内さん、あなた、冗談でこんなことしてる訳じゃないわよね?」
「冗談ってどういう意味?」
鶯原梅香の質問の意味がわからず、聞き返した。
「幕ノ内さん、まさか、桐山君を揶揄ったりするためにこんなことしてないわよね?」
「どうしてわたしが桐山を揶揄わないといけないんだよ?」
「あなたのお友達に鶴松君っているでしょ?」
「鶴松がどうかしたの?」
「わたしと同じ合気道部に
「それが何?」
「わたしが桐山君に告白してから、その鶴松君がわたしのことを柳に聞きにきたらしいんだよね‥『桐山に告った子ってどんな奴?』って」
「それで?」
「あなたのクラスでは桐山君、かわいそうに目立たなくて大人しい地味な奴って、バカにされているみたいね?特に鶴松君のお友達連中にね、その中に幕ノ内さん、あなたもいるのよね?柳が言ってたわ、きっと物笑いのネタにするために聞いてるんだって、鶴松君は柳を信用してるようだけど、彼はわたしの友達でもあるのよね、つまり二重スパイってとこかしら」
「何が言いたいの?」
「あなたこと少し調べたわ、あなたが桐山君を好きって本当なの?にわかには信じられないのよね‥あなたと桐山君、中学が同じみたいだけど、学校ではまったく接点がないみたいだし、むしろさっきのお友達と桐山君を笑ってる側の人だと思ったんだけど、ハッキリ言うけど、桐山君はみなんが思ってるような人じゃないからね、みんな勘違いしてる、桐山君の本当の姿を知らないから、彼の良さがわからないのよ」
敵ながら‥鶯原梅香、桐山についてはまったく同感だ、握手してハグしてあげたいよ‥
「わたしは他の奴とは違う、わたしは桐山のことを笑ったことなんて一度もないよ、桐山がどんなに努力してるか、どんなにすごい奴なのか、誰よりも知ってるからね」
「なるほどね、そうじゃなきゃ‥幕ノ内桜さん、おもしろいわ」
「おもしろい?」
「桐山君の良さを知っている人がわたしの他にもいたなんて、相手にとって不足はないわ!」
こっちこそ、桐山の良さをわかってる奴が他にもいたなんて、鶯原梅香、少しは見直したよ。
「じゃあ本題に入るわね、まずはお詫びをしなくちゃいけないわね」
「お詫び?」
「そう、わたしの不徳の致すところをね、藤村子規、蝶野牡丹、八橋菖蒲が迷惑をかけたようね」
「迷惑?」
「そうよ、幕の内さん、藤村の件はある意味被害者よね?」
「‥」
「藤村ってわたしの幼馴染なんだけど、わたしは藤村なんて何とも思ってないのに、わたしのためとか言って昔から余計なお節介をするのよね、今回もそうなんでしょ?」
「‥」
「言いたくないならわたしが言うね、もちろん推測だけど、以前からわたしは桐山君が好きだと公言はしていたけど、藤村はわたしが本当に桐山君に告白したので、焦って桐山君のことを調べたんじゃないかな?そしたらあなたと桐山君の接点を見つけ出した。そしてその証拠の写真を撮って、あなたを
鶯原梅香‥なかなか出来るな、藤村まさか口を割ったのか?
「もちろん藤村なんかに聞いてないわよ、あいつは相当なバカだけど、さすがにそんなこと聞いても言わないと思うからね」
「それで?」
「ここからが藤村らしくない‥わたしが知ってる藤村だったら、わたしに直接そのことを話すと思うの、自慢げに桐山には他に彼女がいるってね、そしてあなたと桐山君が一緒にいる写真を見せてわたしの株を上げようとするわ」
藤村‥
それが本当なら救いようのないバカだ‥
写真を見せたって、桐山とわたしが付き合ってないことなんて調べれば一目瞭然だぞ、だから写真は見せるだけにしたんじゃないか、しかも鶯原梅香本人ではなく八橋菖蒲に!
「だからね、藤村は逆に利用されたんだと思うんだよね?」
「利用?」
「そう、目の前にいる悪知恵のはたらく女狐さんにね‥」
鶯原梅香、想像以上に頭が切れるじゃないか‥
「そして、わたしの親友の蝶野牡丹と八橋菖蒲を利用することを思いついた、違うかしら?あの二人もバカよね、まさか牡丹まであなたの術中にはまるとは思わなかったわ」
「わたしは二人を利用なんてしていない、聞かれたことを正直に答えただけだよ」
「そうね、幕ノ内さん、あなたは頭がいいみたいね?もし藤村が直接わたしのところに来てたら、わたしは相手になんかしなかった。桐山君は彼女はいないって言ってたし、嘘なんかつく人じゃないからね、牡丹と菖蒲に話をしたのは情報の信憑性を上げるためでしょ?でもまさかあの二人が直接あなたのところに確認に来るとはさすがに思ってなかったでしょ?」
「‥」
「それで、あなたは勝負に出た、だから二人にあんなこと言ったんでしょ?もちろん桐山君にも、あなたの大切なお友達にも知られないで、わたしと直接対決をするためにね」
鶯原梅香‥さすがだな、その通りだよ、少しは見直したを撤回するよ、認めてやるよ、さすが桐山を好きになるだけのことはあるな‥でも、桐山だけは譲れない。
「そうだよ、鶯原と直接話をしたくてね」
「わたしが桐山君に話すことはないってわかってたんでしょ?」
「そうだよ、絶対に桐山には言わないと思ったよ」
「そうね、桐山君にそんなこと聞いたらわたしの株が下がってしまうもの、あなたなんかのことでわたしの価値を下げたくないからね」
さすがにわかってるな鶯原梅香‥
桐山が一番嫌がること、それは人の噂話をしたり悪口をいうことだ、わたしと桐山がご飯を食べてるのは事実だから、そんなこと聞かれたら桐山はいい顔はしないだろう‥
それだけ桐山は純粋でいい奴なんだ。
「幕の内さん!これはあなたからの宣戦布告って理解していいのかしら?」
「宣戦布告?ケンカを吹っかけてきたのは鶯原だろ?」
「わたしが桐山君に告白するのはいけないことなの?」
「そんなことは言ってない!桐山が優しくてちゃんと断れないからって、それに乗じてなし崩しで付き合おうなんて、そんなことはさせないって言ってるんだよ!」
「わたしには桐山君みたいな人が相応しいのよ!彼しか考えられないわ!」
「どこまでも自分勝手な奴だな?」
「ふ~ん、どうやら話し合いにはならないようね?」
「得意の合気道で投げ飛ばすとでも言うの?」
「あなた合気道を何もわかってないのね?」
「どういう意味だよ?」
「合気道は武術だけど勝ち負けを争うことはしないのよ、むしろ逆ね、技を通して敵との対立を解消する争わない武道なんだからね、でも、幕の内さんとは無理そうね、合気道は一種の護身術、宣戦布告された以上、自分の身は守らせてもらうからね」
「鶯原、なんでその合気道の精神で桐山と向き合おうとしないんだよ‥?」
「あなたに合気道のことをとやかく言われたくないわ!わたしに勝負を挑んだこと、後悔させてあげるからね!」
「後悔?」
「そう、わたしは平和主義者だけど、あなたには負けないわ、わたしは桐山君にもう意思表示をしたんだからね!」
「鶯原、もうお前は桐山に断られたんだろ!」
「わたしは諦めないから、悔しかったら幕の内さん、あなたも桐山君に告白すればいいじゃない?できるのならね!」
「‥」
「幕ノ内さん、あなたは周りになんて言われようがその覚悟があるのかしら?」
「それは‥」
違う、鶯原梅香‥お前は全然わかってない、わたしが桐山に告白しないのはそんな表面的なことだけを気にしてるからじゃない!
もっと本質的な理由があるんだよ!
「さて、お話はこれで終わり、あなたと直接話すのはこれが最初で最後ね、最後になにか言いたいことあるかしら?」
「鶯原、桐山が嫌がることは絶対にするなよ、あいつに迷惑を掛けることもね、桐山の優しさにつけ込むようなことはしないって約束してよ、これは鶯原とわたしの勝負なんだからね」
「幕ノ内さんってずいぶん甘ちゃんなのね、そんなことでわたしに勝てるの?」
「桐山のことを第一に考えてくれって言ってるんだよ」
「まあ、約束はできないけど努力はしてみるわ」
「鶯原!」
「ああ、ここの支払いはいいわ、わたしが誘ったんだから、これからはお互い敵同士ね、残念ね、こんな形で会いたくなかったな、そうじゃなかったらいいお友達になれたのにね」
そう言うと鶯原梅香は伝票を手にして笑みを浮かべると、わたしには目を合わせず会計に向った。
友達‥
それは無理だよ、わたしの信条は色恋沙汰があるやつとは友達にはなれないんだよ、例え女でも同じ男を好きな奴とはね!
わたしは少し時間をおいてから喫茶店を出た。
いよいよ始まってしまった‥
もう後には引けない。
鶯原梅香、約束は守ってくれよ、それだけは頼む‥
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