第8話『牡丹と菖蒲』

藤村が上手く話をしたのか、あれから心配で仕方がなかった。


藤村を信用して本当に大丈夫なんだろうか‥

そもそもあんな奴に、まともに話を聞いてくれる女子の知り合いなんているのか?


どうなったのか藤村を問い詰めたかったが、普段接点のない藤村と急に会話をするのはリスクがある‥


藤村がリークをする八橋菖蒲、ましてや鶯原梅香に知られたら、この計画は水の泡だ。


ここはじっと待つしかない、果報は寝て待てということか‥


放課後、教室で帰る準備をしていると、クラスの違う見知らぬ女子が声を掛けてきた。


「幕ノ内桜さんですよね?」


「そうだけど‥誰?」


「1年5組の蝶野牡丹ちょうのぼたんと言います」


蝶野牡丹‥

藤村が言ってた女子の知り合いの名前で聞いたような‥


でも、情報をリークするのは確か八橋菖蒲やつはしあやめだった筈だけど‥

藤村が間違えたというのか?


それにしてもこいつ、人の教室に勝手にズカズカよく入ってくるよな‥

さすが、あの鶯原梅香の友達だ、礼儀を全くわきまえないんだな。


「そうだけど、何か用?」


「うん、ちょっとこれから時間をもらえないかな?わたしと一緒に来てほしいんだけど‥」


いきなり何んだよ、何処へ行くつもりなんだ?

まさか‥早くも本丸の鶯原梅香のところ連れて行こうって言うんじゃないだろうな?


それはちょっと早いな‥

藤村は誰に何を話したんだ?


やっぱりあいつを利用したのは失敗だったか‥


「どうして?」


「わたしの友達に八橋菖蒲っているんだけど、彼女に会って欲しいんだよね」


八橋菖蒲‥

藤村子規、やることはやっていたと言うことか‥


「その八橋さんに会って何があるの?わたしは八橋さんなんて子知らないけど?」


「突然こんなお願いして申し訳ないんだけど、彼女がわたしにあなたのことを相談してきて、幕ノ内さん、あなたに確認したいことがあるんだよね?」


「確認したいこと?」


「うん、わたしも彼女にも直接関係ないことなんだけど、どうしても確認したくて‥」


「何で当の八橋さんがここに来ないの?」


「彼女、口下手で‥上手く話が出来ないって、わたしに相談してきたんだよね」


そういうことか‥仕方ない。

二人まとめて相対するしかないな‥


「わかった‥何処に行けばいいのかな?友達に先に帰ってもらわないといけないんで、後から行くから?」


「もちろん、わたし達は家庭科部なんで、家庭科室にいるから来てくれるかな?」


「わかった‥後で行くよ」


わたしがそう返事をすると、


「幕ノ内さんありがとう、それじゃあ、よろしく」


そう言って蝶野牡丹は教室から出ていった。


さて、どうするか‥

あまり考えても仕方がない。

とりあえず敵地の家庭科室に乗り込むしかないか‥


わたしは帰る支度をしていた猪野萩に声をかけた。


「猪野萩、悪いけどヤボ用があってさ、菊乃と鶴松と先に帰ってくれないかな?」


「ヤボ用?何だいそれ?」


「ヤボ用なんだから聞くのは野暮だよ、悪いけど菊乃にもそう伝えといてよ」


「それはわかったけど‥さっき話してた子って誰なんだ?見かけない子だったけど?」


「ああ、ちょっとした知り合いなんだよ」


わたしは猪野萩に曖昧に言ってごまかした。


「そうなんだ、わかったよ、高杯には伝えておくよ」


「ありがとう、頼むね猪野萩!」


そう言ってわたしは一人教室を出ると家庭科室に向かった。

合気道部の鶯原梅香の友達は家庭科部って‥そもそも家庭科部って何だ?


わたしは校舎の三階から一階に降りると家庭科室を探した。


確か‥一番奥の教室だったような気が‥家庭科室、家庭科室‥

あった!家庭科室の室名札が掛かっていた。

わたしはその部屋の扉をノックして開けた。


「失礼します‥」


さっき教室に来ていた蝶野牡丹がわたしを出迎えた。


「幕ノ内さん、わざわざ来てもらってありがとう、中にどうぞ‥」


わたしは彼女にそう言われたが、部屋の中に入るのをためらった。


「大丈夫、今日は部活休みなの、わたしと菖蒲しかいないから安心して、さあどうぞ」


蝶野はそう言ってわたしに中に入るように促した。

そうか、やっぱり本丸の鶯原梅香はいないのか‥


残念な気持ちとホッとした気持ちが交錯して少し複雑だった。


部屋の中に入ると、蝶野牡丹ともう一人、見るからに大人しそうな子が立っていた。

どうやら彼女が八橋菖蒲らしい‥


「菖蒲、幕ノ内さんが来てくれたよ、ちゃんと確認して」


「わ、わたし八橋菖蒲‥わざわざ来てもらってすいません‥」


彼女は蚊の鳴くような小さな声を出した。


なるほど、これじゃ話しにならないな‥

女同士なのに恥ずかしいもないだろうに‥


「わたしは幕ノ内桜、確認したいことってなにかな?」


「あ‥あの‥その‥」


八橋は恥ずかしそうにうつむいたまま、声を出せずにいた。


「幕ノ内さんごめんね、菖蒲は極度の対人恐怖症で‥特に初対面の人が苦手なの、悪いんだけどわたしから話してもいいかな?」


蝶野牡丹が見兼ねて声を上げた。


「構わないわよ、で、何?」


「幕ノ内さんと同じクラスに藤村子規っているんだけど知ってるかな?」


「藤村子規?そんな奴いたかも‥でも話をしたことはないな‥」


「そうだよね‥藤村と接点なんかないよね?」


「その藤村がどうかしたの?」


「いや、藤村は直接関係ないんだけど‥」


「関係ないんだ?じゃあ、何?」


わたしは白々しく蝶野に質問した。


「うん‥変なこと聞くんだけど、やっぱり幕ノ内さんと同じクラスに桐山鳳太君っているんだけど、知ってるよね?」


「知ってるよ、桐山とは中学が同じなんだ、でもそんなに親しくないよ‥学校では殆ど話をしたことないし‥」


「そうなんだ‥」


「その桐山がどうかしたの?」


「うん‥わたし達にはやっぱり直接関係ないんだけどね、わたし達の親友がいるんだけど、その子が桐山君とちょっとあってね‥それでさっき話した藤村がね、間違ってたら悪いんだけど、桐山君と幕ノ内さんが付き合ってるんじゃないかって言うんだよね」


「ふ~ん、それがあなた達二人に何の関係があるの?」


「ううん、さっき言ったように、わたし達には直接関係はないんだ‥」


「じゃあ、何でそんなこと聞くの?」


「それは‥」


蝶野は言いづらそうにして八橋の顔を見た。


あ~っ、まどろっこしいやつらだな‥お前らの親友の鶯原梅香のためだろう?

さっさとそう言えよ‥


「あのさ、わたしは呼ばれたからわざわざここまで来たんだよ、ハッキリ言ってもらって構わないからさ、わたしはその方がいいし、答えられることはちゃんと答えるから」


わたしは仕方なく二人に助け舟を出すように言った。

蝶野と八橋はお互いに顔を見合わせてうなずいた。


「わかった‥幕ノ内さんは信用できる人だと思うから正直に言うね、さっき言った親友って、鶯原梅香っていうんだけど、彼女がこの前、桐山鳳太君にラブレターを渡して告白したんだよね」


「それで?」


「桐山君からはやんわりと断られたみたいなんだけど、梅香は桐山君のことをまったく諦めてないんだよね、でも藤村が幕ノ内さんのことを言うから、梅香にそのことを話すべきかどうか悩んでるんだよね」


「藤村って信用できる奴なの?」


「全然、昔はそうでもなかったんだけど、呆れるくらいのバカでまったく信用できないんだよね」


蝶野は首を振って答えた。


「じゃあ、藤村の言ってることは出まかせなんじゃないの?」


「そうなんだけど‥藤村って昔から梅香のことを追っかけしてて、梅香はなんでもはっきり口に出して言うタイプだから、梅香が桐山君のことを好きなのも知ってたんだと思うんだよね、きっと藤村が梅香への横恋慕から適当にそう言ってるのかなって思ったんだけどね、菖蒲が藤村から桐山君と幕ノ内さんが二人で仲良く一緒にファミレスでご飯を食べている写真を見せられたって言うんだよね」


「そうなんだ‥その写真って今持ってるの?」


「それが、藤村は見せるだけで絶対にくれなかったんだって、だから悪いと思ったんだけど菖蒲と相談して直接幕ノ内さんに確認することにしたんだよね」


でかした!藤村子規、上出来だ。

いや、お前にしては完璧だ、作戦どおり!


「梅香の話だと桐山君ってすごく真面目な人で、彼女がいたら隠さずにいるって言う人だって言ってたから、断られたけど彼女は絶対いないって、しかも桐山君、その後も昼休みに会ってくれてるみたいだし‥だから梅香が騙されているのか、それともそうじゃないのか、どうしても確認したくて幕ノ内さんに来てもらったんだ」


桐山‥鶯原梅香なんかと昼休みに会うのやめればいいのに‥

これは急がないとまずいな‥


「蝶野さん、正直に話してくれたから、わたしも正直に話すね、わたしは桐山と付き合ってはいないよ。けど、たまに会ってファミレスでご飯を食べてるのは本当だよ」


「そうなんだ、桐山君は友達なんだ?」


「友達じゃないよ‥桐山とは」


「じゃあ、何?」


「わたしは桐山のことが好きだよ。だから一緒にご飯を食べに行くんだ」


「それって‥桐山君は幕ノ内さんの気持ちを知ってるのかな?」


「さあね、わからない、わたしからはまだ伝えてない」


「じゃあ、何で桐山君は幕ノ内さんとご飯を食べに行くのかな?」


「さあね、それは桐山に聞かないとわからないけど‥あいつ、案外わたしのこと好きなのかもね」


「わかったわ幕ノ内さん、ありがとう。わざわざ来てもらって悪かったわね」


蝶野は丁寧な言葉でわたしに頭を下げた。


「わたしの方からもいいかな?」


わたしは二人に言った。


「ええ、何でもどうぞ」


蝶野が応えた。


ここが勝負の時だ!わたしはそう思って最後に用意していた言葉を口にした。


「わたしは鶯原梅香が桐山に告白したのを知ってたよ、でも桐山はわたしが先に目をつけてたんだから、鶯原梅香には渡さないからね」


「幕ノ内さん、それって‥」


「わたし以上に桐山鳳太を好きな奴はいない!そういうこと」


そう言うとわたしは二人に軽く会釈をすると、家庭科室の扉を開けて廊下に出た。


さて、蝶野牡丹これを聞いてどうする?

鶯原梅香にうまく伝えてくれよ、いや絶対に伝える筈だ。


いよいよ次は本丸の鶯原梅香との直接対決だ。

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