第12話『梅は咲いたか!?』
あの日以来、鶯原梅香は徹底して攻めの姿勢を崩さなかった。
連日、昼休みに桐山のところへやって来ては強引にお弁当を一緒に食べていた。
桐山も最初は迷惑そうな顔をしていたけど、次第に表情は普通に戻っていった。
「よく続くよね?いつまで続けるのあの子さ」
菊乃が声を上げた。
「鶴松、例の友達のから、何か情報ないの?」
「いや、今日は何もないな‥」
「桐山もまんざらでもなさそうじゃん、どうなの?もう実際は付き合ったりしてないの?」
これはもう鶯原梅香の確信的行為だ‥
既成事実を作り上げて、周りからも二人が付き合っているって思わせる作戦なんだ‥
既に外堀を埋められたようなものだ。
桐山、嫌なら嫌だとハッキリ言わないと、鶯原梅香に本当にこのまま押し切られるぞ‥
学校では、わたしは何も出来ないんだから‥
「桐山君さ、いつも黙ってるけど‥わたしといると楽しくないかな?」
「いや‥そんなことないよ、鶯原さんこそ、僕なんかと一緒にご飯食べて美味しいのかなって思うけど?」
「ご心配なくとっても美味しいよ、桐山君と一緒だったら何を食べてもね!」
「そう‥ありがとう」
桐山は少しだけ笑顔を見せた。
「ねえ、桐山くん、今日さバスケの部活終わるまで待ってるから一緒に帰らない?」
「えっ?」
「嫌かな‥?」
「嫌じゃないけど‥でもさ‥バスケの練習終わるの合気道部より遅いと思うから‥」
「そんなの平気!じゃあ決まり、待ってるからね!約束だよ!」
鶯原梅香‥何を調子に乗ってるんだよ、桐山がハッキリ断れないことをいいことに!
何が一緒に帰るだよ、桐山も嫌じゃないって‥嫌って言えよ!
「そうだね‥」
あ~あ、とうとう約束させられちゃったじゃないか‥
わたしは何も出来ない歯痒さと、この原因を作ってしまったことを反省していた。
「鶴松さ、あの鶯原梅香って何考えてるんだろうね?」
話を聞いていた菊乃が鶴松に質問した。
「何って?」
「わざわざ人のクラスに押しかけて昼を食べたり、一緒に帰ろうって誘ったり、普通はそういうのってさ、陰でコソコソって言うか、二人っきりになってやればいいじゃん?こんな周りにたくさん人がいるところでやるか?むしろ周りが目障りだって思うけどな‥なんか鶯原梅香はわざと見せつけるためにやってるように思えるんだけどな?」
菊乃‥その通りだよ、わたしが桐山に何も出来ないのを知っていて、鶯原梅香は見せつけてるんだよ、桐山を攻略する様を‥
わたしにね‥
「そんなことあるかな?」
鶴松はどうでも良さそうに菊乃に答えた。
「そうだよ、あの鶯原梅香が相当な自信家で自己顕示欲が強いのはわかったよ、でもあれは目的があってやってるんだと思うよ」
「目的ってなんだよ?」
今度は鶴松が菊乃に質問した。
「それは‥わたしにもわからないよ、桐山とイチャついたとこ見せつけられても誰もなんとも思わないからね」
菊乃‥
相変わらず傷つくこと言うな‥
わたしはなんとも思うんだよ!
「そうだよな、でも、こうなったら桐山は鶯原梅香と付き合うしかないよな、あんな熱烈にラブコールを受けちゃな、うちのクラスの奴らだってみんなそう思ってるぜ」
「そうだけど、そんなのどうでもいいけどね、ねえ、桜もそう思うよね?」
「えっ?ああ‥そう‥だね」
わたしは菊乃に生返事をした。
その日の放課後、めずらしくわたしの教室にすすきがやって来た。
「オッス!、桜、菊乃!」
「すすき!どうしたの?部活は?」
わたしはすすきに質問した。
「ちょっとね、桐山君はもう部活行ったのかな?」
「ああ、そうみたいだよ、カバンはあるけど席にいないからね」
菊乃が素っ気無く言った。
「そう、それはちょうどいいな、二人にちょっと聞きたいことあってさ‥」
「聞きたいこと?」
「うん、隼人がちょっと心配だから二人に聞いてこいって言うから」
「雁野が?一体何を心配してるんだよ?」
菊乃がすすきに質問した。
「桐山君のことなんだけどね、最近元気ないし、練習にも身が入ってないって雁野が言うんだよね‥何か心当たりないかと思って」
「何だ、桐山のことか?」
「何だって‥どういう意味?」
「別に深い意味はないけどさ、それってただの色ボケだから、心配することないんじゃないの」
菊乃が笑いながら言った。
「色ボケ?」
すすきは何のことなのかわからず、菊乃に質問を返した。
「最近あいつさ、5組の女子に猛烈アタック掛けられててさ、毎日昼休みになるとさ、ここへその子が来て一緒にお昼食べてるから、きっとそれが原因だよ」
菊乃!桐山はそんな色ボケなんかでバスケの手を抜くようなやつじゃないよ!
いくいら菊乃でもその言葉は聞き捨てならないよ!
「そうかな?隼人が桐山君のあんな姿見たことないって、ただごとじゃないって言うんだよ、確かにわたしから見ても最近の桐山君ちょっと変だよ、その5組の子ってもしかして合気道部の子じゃない?」
「そうそう、いつだったか体育館にすすきに会いに行ったよね、その時に桐山のところへ来てた子だよ」
菊乃が答えた。
「やっぱり‥そうなんだ‥」
すすきは思い当たる節があるように頷いて答えた。
「何かあったの?」
わたしはすすきに質問した。
「その子、あの後もしばらく練習中に来てたんだよね、桐山君は迷惑そうにしてたんだけど、ずかずかコートに入ってきてね、ほら、桐山君は優しいからさ、何にも言わなかったんだよね」
鶯原梅香‥
どこまで自己中なんだよ、わたし達がバスケ部の練習見に行ってた時だって、コートの中になんて入らなかったぞ!
少しは周りのことを考えろよ!
「だからね、隼人が練習中は来るなって注意したんだよね、それ以来、来なくはなったんだけどね‥まだ付きまとわれてるんだ」
心配そうな顔をしてすすきは言った。
「でも、最近はいつも一緒に昼を食べてるし、今日なんか一緒に帰る約束もしてたよ」
菊乃は相変わらず能天気に応えた。
「桐山君大丈夫かな‥」
すすきは表情を曇らせたまま心配そうにしている。
「何ですすきも雁野も桐山のことそんなに心配するの?補欠のあんな奴、どうでもいいんじゃん」
菊乃!それは言っちゃいけないぞ!
いくら菊乃でも、もう堪忍できない!
わたしは思わず声を上げようとした。
「菊乃!何も知らないくせにそんなこと言っちゃダメだよ!桐山君は‥彼は菊乃が思ってるような人じゃないんだからね!」
わたしが声を上げる前にすすきがめずらしく大きな声を上げた。
いや、すすきが怒ったのをわたしは初めて見た。
菊乃は驚いた顔をしていた。
「すすき‥」
「もういいよ、ありがとう‥」
すすきはそう言い残して教室を出ていった。
「どうしたんだ、すすきは?」
菊乃はどうしてすすきが怒ったのかまったく理解出来ていない様子だった。
すすきも雁野も、いやバスケ部のみんなが知ってるんだ‥
桐山の本当の姿を‥
わたしが桐山を好きになった理由‥
翌日の昼休みも鶯原梅香は教室にやってきた。
もう時間がない。
待ったなし‥そんな感じだ。
「桐山君、昨日は一緒に帰ってくれてありがとうね、とっても嬉しかったよ!ところで今朝、わたしのところに秋月すすきさんって人が来たの」
「秋月さんが?」
「そうなの‥」
「バスケ部のマネージャーとして桐山君のこと心配してた‥最近バスケの練習に集中出来てないって」
「そうなんだ‥秋月さんが‥」
「それでね、その原因がわたしだって言うんだよね?」
「えっ?」
「わたしはもうバスケ部の練習中には行ってないし、わたしのせいじゃないよね、それって言い掛かりで酷いよね?桐山君だってそう思うよね?」
すすき‥
わたしの代わりに鶯原に言ってくれたようなものだ、ありがとう、恩に着るよ。
「いや‥」
桐山は少しだけ険しい表情をした。
「秋月さんに桐山君からも言ってくれないかな?そうじゃないってね、大体わたしにそんなこと言うなんて筋違いだと思うんだよね!わたし、あの人好きじゃないな〜」
鶯原が桐山に少し甘えた声で言った。
「鶯原さん!ほんの少しだけでいいから周りに気を使って欲しいんだ‥」
桐山が真剣な表情で珍しく声を荒げて言った。
「えっ?」
「僕は何を言われても構わない、でもね、秋月さんのこと悪く言うのはやめて欲しい」
「桐山君‥別にわたしはそんなつもりは‥」
「これだけはハッキリ言うね、僕は人のこと悪く言う人は好きじゃない、確かに僕がバスケの練習に集中してないって思われたのは鶯原さんのせいじゃない、僕が悪いんだ‥だから鶯原さんに不快な思いをさせてしまったのなら謝るよ、でも僕の友達や仲間を悪く言うのはやめて欲しい、もちろん鶯原さんはそんな人なんかじゃないよね?」
「‥」
「ごめんね、鶯原さん」
桐山が鶯原さんへ頭を下げた。
桐山はやっぱりカッコいい、誰がなんと言おうとカッコいい。
桐山‥お前はすごい奴だ。
「わかった‥わたしも悪かった‥桐山君に嫌な思いをさせてしまったのなら謝るから、ごめんなさい、桐山君‥許して」
鶯原梅香が神妙に桐山に頭を下げた。
「ありがとう鶯原さん、僕は気にしてないから、鶯原さんも気にしないで」
「わたしのこと嫌いになったりしない?」
鶯原が反省した様子で言った。
「大丈夫、そんなことで嫌いになったりしないよ」
鶯原梅香は少しホッとした顔をして笑みを見せた。
もう残された時間が少ないことは桐山と鶯原梅香との会話で一目瞭然だった。
桐山と鶯原は昼休みだけでなく部活後も一緒にも帰り始めてしまった。
これで外堀だけでなく内堀も埋まってしまった。
あとは桐山にもう一度返事をくれって申し入れるつもりだろう‥
わたしは数少ない手札を切ることにした。
もう一度、鶯原梅香と直接対決するしかない‥
教室を出ると5組の教室へ行って蝶野牡丹を呼んでもらった。
鶯原がうちの教室に来ているので都合がよかった。
「蝶野‥悪いけど頼みがある」
蝶野はわたしの言葉を聞いて少し戸惑った顔をした。
「幕ノ内さん‥頼みって?」
「鶯原と‥もう一度だけ話がしたいんだ、悪いけど仲立ちしてもらえないか?」
「梅香と話が?」
「うん‥」
「梅香、わたしが言って聞いてくれるかな?」
「聞いてくれると思うよ、蝶野が頼めば‥」
「どうして?」
「きっと蝶野が上手く話してくれると思うから」
「幕ノ内さん‥わたしは梅香の親友だよ?」
「わかってるよそんなこと、でも蝶野は信用できる」
「わたしが断ったら?」
「仕方ない‥諦めるよ」
蝶野は少し考えて、
「わかった‥出来るだけやってみる」
と言って首を縦に振ってくれた。
「蝶野‥ありがとう」
「幕ノ内さん、これは以前の借りを返すだけだから、勘違いしないでね」
「わかったよ、ありがとう」
蝶野はわたしが思ってたとおりの奴だな‥
礼を言うよ。
わたしは鶯原梅香との最後の直接対決に全力を尽くそうと思った。
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