第一話 テロリスト
旧式の蛍光灯が僅かに灯る地下通路。点滅を不規則に繰り返す蛍光灯の光は、地に薄っすらと積もる埃を照らす。
濃い青を基調とした迷彩柄のパーカーに長ズボンという服装、パーカーのファスナーは一番上まで上げ、目元は鏡面ゴーグルを装着。更に、パーカーのフードを深くかぶることで、不審者もびっくりするような恰好をした僕は、凡そ人間とは思えない速度で駆け抜け、舞い上がる埃さえ置き去りにしてゆく。
深くかぶったパーカーのフードの内側、両耳に薄型の黒いヘッドフォンを装着した僕は、一方では両耳で一定のリズムと音程で流れるその音を認識しながら、一方で、両目で前方から迫りくる銃弾の数、方向、角度を正確に認識する。
地下通路とはいえ、左右に動き回る程のスペースはある。幅は約5メートル。左右上下様々な方向へ動きながら、その銃弾を躱し、そしてその銃弾を放ってきた敵からの視線をも躱していく。
敵の数は八人。敵のすぐ目の前まで接近すると、向上した身体能力をもって、まず銃を取り上げると、がら空きの胴体を蹴り飛ばす。おそらく敵の目には、僕の姿をはっきりと捉えられていないだろう。次々と無力化し吹き飛ばしていく。
吹き飛ばされた敵が、その後どうなったか確認することはない。死んでいるかもしれないし、強く吹き飛ばされ、通路の壁にぶつかりぐちゃぐちゃになっているかもしれないし、或いはもしかしたら生きているかもしれない。それは分からないが、ただ一つ言えることは、これらの敵がもはや自分のミッションを完了させるための障害とはなり得ないということだ。だから僕はヘッドフォンからの音から意識を外すことなく、薄暗いコンクリートの世界を走り続ける。
視界が捉えた、残る影は三つ。そのうちの一人が今回のミッションのターゲット。即ち殺害対象だ。ターゲットの両脇に立っていた二人は素早く拳銃を構える。その銃は、形状からして立体印刷式のものではないことを確認する。そして残りの一人、殺害対象の男は、自身の左手を前へ突き出した状態で構えをとる。
目の前に立つターゲット。日本軍の迷彩服とも警察の制服とも異なる、真っ白な軍服を纏い、両耳には白いヘッドフォンが装着されている。その純白は、埃っぽく薄汚いこの空間において、ひどく目立っていた。自らの存在を隠そうとしない、否、隠す必要の無い者であることを証明している。汚れを知らない純白は「力」の象徴であり、この国の最強戦力の一員であることを意味しているからだ。
黒髪の短髪に鷲鼻が特徴的なこの男の基本データを思い出す。能力は『打消し』。相手の能力を打ち消すことが出来るというもの。能力だけ見れば強そうであるが、実際に能力か、あるいはその行使者に直接触れなければならないという欠点がある。
彼の能力の「習得率」はさほど高くない。かといって特別優れた格闘術や武器の心得えがあるわけでもない。能力の名前のわりに、さほど地位が高くないということは、要するに大して強くないのだ。加えて能力の相性を考えても明らかにこちらに分がある。三対一という状況だが、僕は迷わずミッションの継続を選択する。
「お前はまさか……『怪人』か」
ひとりごとのように小さくつぶやかれた言葉に、僕は反応しない。左手を構えるように突き出したまま、男は喋る。
「貴様に殺された我が同胞達のために、貴様に死んでもらう」
その言葉が、ヘッドフォン越しに空気を伝い耳に入り込む。
さほど強くない、と先ほど感じたのは少しばかり誤りのようだ。奇襲を受けてなお、落ち着いて敵を迎えうとうとするその姿勢は、まさしく一人の戦士のものだった。ヘッドフォン越しに聞こえてきた彼の声に動揺の色は無い。
「こちらの名乗りは必要無いだろう。貴様らはこの国の最重要討伐対象組織だ。容赦はしない」
その直後、殺害対象の男の両側にいた男二人が、銃弾を放ち始めた。僕はそれを必要最低限の動きで躱していく。能力によって強化された身体能力で確実に弾丸を避ける。そして右手に約二十五センチの棒状の黒いものを構え、液体のような物が入ったカートリッジを装着する。
「起動」
声に反応し、作動中を示す青い光が棒の端に点灯する。内蔵されたコンピューターがプリントを開始し、逆側の端からは黒い刀身が形成される。デジタルカウンターを見て、その数値が問題ないことを確認すると、こちらに放たれた弾丸を両断する。
「サー、マスター」
武器が喋る。
立体印刷式ソード。3Dプリント技術で刀身を瞬時に形成することができる。いわゆる「インク」さえあれば、壊れても何度も刀身を形成できること、常に新品の刃を形成できること、プログラムによって刀以外の種類の武器も形成できるという点で、優れている。
これは僕自身、銃の腕が皆無であり、代わりに刀の扱いを得意としていたため、特別に武器として用意してもらい使っている。因みにこの武器『ワンホープ』は、人工知能が埋め込まれているため、人と会話することが出来る。技術班の遊び心でこのような機能をつけたらしい。なんとも滑稽な武器となってしまっている。
「コッケイデハ、アリマセン、マスター」
「黙っていろ、戦闘中だ。『音』に集中できない」
「アイカワラズ、マスターハ、キビシイデスネ」
最早、人の心まで読んで会話をしてくるワンホープを黙らせ、戦闘に集中する。
先ほどから、必要最低限の動きしかしていなかったのを止め、大きく上下左右へ動く。前へ走り、横へ跳び、後ろへバク転をし、上へジャンプする。敵の照準をずらし、敵の視線をずらし、そして敵の意識を、コンマ数秒前の自分へとずらす。
一方、殺害対象の男は、左手を前に突き出したまま動かない。僕の能力がどういったものなのか、知らなかったのだろうか。こちらの存在を知っているようであったから、てっきりデータを取られているのかと思っていたがそうではないらしい。もっとも僕の能力なんて、実際たいしたものではない。それこそこのターゲットの男の能力のほうがはるかに価値のある能力だ。だけど、この男の能力じゃ勝てない。そうやって、左手をただ前に突き出して、ただ立っていることしかできない。
こめかみに向かってきた銃弾を、その弾道と速度を見切り、ワンホープを下から振り上げて弾き飛ばす。敵の銃を持つ手が止まる。その視線が宙をさまよう。僕はその敵の意識が逸れた瞬間を見逃さず、素早く敵に接近する。ワンホープを二振りし、拳銃を持った二人の男を殺した。
残るはターゲットの男。いくら「ヘッドフォン」の使用者であるといえども、拳銃の一つくらい持っているとは思っていたが、そうでもないようだ。これには驚いた。少しばかり特別で、まるで物語の主人公のような能力。だが、この能力が無ければ、この男はただの人間でしかない。それ故引き連れていたのであろう戦力はすでに無力化され、僕の足元で血の海に浸かっている。
拙い武術で僕に向かってきた。触れられればこちらの身体能力も人並みとなってしまう。しかし、この男の人並みの身体能力では、僕に触れることは出来ない。
刀を一振りした。男の首が吹き飛び、大量の血しぶきを浴びまいと、僕は素早く退いた。首が飛べば人は死ぬ。人の命の軽さを再認識しながら、ミッションを終えた僕は、ワンホープの起動を解除し、さらにヘッドフォンを外した。
異能バトルゲームでは無い。これは殺し合いだ。
強大な世界と対峙する僕の、世界への一撃。
僕は、テロリストだ。
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