9話

家に帰ると、近くに荷馬車が止められており御者が退屈そうに鼻毛を抜いている。


 家の中に入ると、見てられないほどに痩せこけた顔色の悪いニーニャさんが待っていた。


 ジードは仕事があると、ニーニャの微妙な雰囲気を読んでそそくさと去っていった。


 最近村長がもってきてくれたお茶を、竈で割れかけた小鍋で湯を沸かし、ぼろい茶碗で出す。

 一応セルジオの為に記す、ちゃんと洗ってあるが身窄みすぼらしいだけである。


 震える手で、お茶を口に運ぶが胸がつっかえているのか中々飲み込めない。


 「あの、何かありましたか?」

 セルジオが話しかけると、びくりと身を震わせ上目使いに顔色を伺う。


 「セ、セ、セルジオさん・・・・あのですね。

 その、お預かりしていた腕輪なんですが、何でも、伝説のゴダール王朝の賢者の持ち物?

 だ、だったらしくて・・・・

 普通なら値が付かないほどの物だったのですが・・・・

 盗まれてしま「え? これがですか」・・・・


 ・・・・え?

 えぇええええええ!!!!」

 一瞬、固まったあと、泣き腫らしたような目を見開き絶叫する。


 ニーニャさんがテーブルを乗り越える勢いで、腕輪を持つセルジオの腕を手繰り寄せ顔を近づける。

 妙齢の女性の顔が近いのでセルジオの顔が赤くなる。


 「あの? セルジオさん、何故これを?」

 「さっきの話に出た賢者さんかな、の幽霊が本日夢枕に立ってね。

 テーブルの上に置いて行ったんです」


 「なんの冗談ですか?・・・・幽霊、ゴーストが?まさか」


 「うぅ~ん、夢の中でしか見ないから、よく分からないんだけどたぶん?」


 「お化けが持ってきちゃうんですか?」

 「・・・・えぇ・・・・はい」


 ニーニャは狐につままれたような表情で、腕輪を見ている。

 間違いなく盗まれたものだが、何故ここに戻ってきたのか謎に包まれている。



 「そうそうこれも、そうです」

 そう言うと沢山の遺品を見せる。


 「わ、わっ、何?何なのこのお宝の山は!」

 真っ青だったニーニャさんの顔色に、どんどん血色が戻る。


 「兵士さんの幽霊が置いて行ったものです」


 「・・・・今度は兵士の幽霊ですか?」

 「はい」

 ニーニャの目が墓地の方を見たかと思うと急に泳ぎ始める。


 「墓を暴けばまだありますが、たぶん呪われるから辞めたほうがいいですよ」


 お宝の話をするニーニャさんの目の色が変わったので、念のため釘を刺しておく。


 「あ、ばれ・・・・いや、セルジオさんそんなことするわけ無いでしょ?」

 彼女の目が泳いでいる。

 見透かされたのが、バツが悪かったので話題を変えてくる。

 「あ、この前の古銭の塊は売れました」


 よいしょと机に皮袋を20個程並べる。


 「金貨で2000枚です、いい商売でした」

 隈ができて頬がこけているが、ホクホクの顔でそこそこある胸を張る。


 セルジオは少し困った風に頭を掻き答える。

 「売れたのは良かったですが、ここに置いておくのも物騒で・・・・」

 ニーニャさんも辺りを見回しなんとなく理解したようだ。


 「そこでなんですが、ニーニャさん金貨1000枚はこれから用入りな物の前払い金として、残りは村長に届けてくれますか?」

 見たことも無い大金が目の前に有るのだが、現実感が無い。

 その前に、お金に目が眩む程、欲しい物もないし、麻袋と布袋の支払いが出来るかの方が遥かに重要だった。


 「・・・・かまわないのですか?」

 ニーニャさんが上目使いで尋ねてくる。

 どうも、預かり物をなくす人物を信用できるのか?と言いたいらしい。


 「あんな姿のニーニャさんを見たら・・・・俺は信じてますよ」

 ニーニャさんもなんだか照れたような表情を見せる。

 「それと、麻袋と布袋を沢山用意してくれませんか?」


 「??あぁ・・・・って事は、毎回使いまわし、していたの?」

 最初は訳が分からず首を傾げたが、さすが商人頭の周りが早い。


 「承知しました。麻袋はこの前の数が必要ってことでしょ?

 すごい数だから・・・・けど、月に数回小分けで収めればいいかしら?」


 「・・・・一度にもってこられると寝る場所がなくなります」

 笑いながら答えるセルジオに釣られて、ニーニャも笑う。


 「とは言え倉庫があったほうが便利だから、建て増ししない?」


 「そうですね、袋とか農具や収穫物を置くところも欲しいなぁ」


 「・・・・あつかましいと自分でも思うの、けど言わせて、倉庫の隅を間借りさせてもらえる?」


 「ん? 構わないですよ。その分も含めて大きなの立てないといけませんね」


 「・・・・ほんとに良いの?」

 ニーニャが涙目になっている。

 「私、腕輪取られて、・・・・セルジオさんの奴隷に・・・・わぁぁぁぁん」

 なんだか簡単に許してもらえて、お店まで出して良いと言われ感極まったようだ。


 子供の様に大泣きする彼女を心配して、御者がこっそり扉から覗いているのは黙っていようと思うセルジオだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る