第5話 ヒーロー見参
はっきりとしたその声と共に、三人の男が教室の中に現れた。テツタと、あと二人は交番にいた警察官だった。江口がキーボードを叩くのをやめ、私の頭も正常な動きを取り戻す。
「な、何だお前たちは! 一体どうしてここに来られた? 『仁科』に関する情報は無条件許可対象にするようにプログラムを」
「知るかよ。俺はただ、『江口』っていうヨーコを困らせるヤツの名前を聞いたんでね」
テツタはそう言って江口にベーっと舌を出すと、後ろにいた二人の警察官に「お巡りさん、たぶんあいつが泥棒ですよ」といって江口を指した。警察官は頷いて二人がかりで江口を取り押さえると、「ウイルスを検知した。強制アンインストールを実行する」と言って彼のこめかみに拳銃を突きつけた。江口はすっかりパニックになって悲鳴を上げている。テツタは「あ、ちょっと待って」と警察官の格好をしたアンチウィルスプログラムに声をかけると、江口のスラックスのポケットを探り、何かを取り出してこちらに向かって投げた。それは小さな錠剤のようだった。錠剤の中央に〈LOG OUT〉と書かれている。
「江口のやつ、ちゃんと脱出方法は用意してたみたいだな。たぶんこれを飲めば安全にログアウトできる。ヨーコ、こいつが現実に戻る前に先にログアウトして逃げろ。時間は俺たちが稼ぐから」
「……どこから聞いてたの?」
テツタは映画館においてきたつもりだった。誰も聞いていないと思ったからあの話をしたのだ。この世界の人々は自分が死んだ人間であることを知らない。だからこそ仮想世界が現実世界に無意識的に貢献する構図が成り立っている。だけどもし彼らが自分の正体に気づいてしまったなら——
「最初からだよ」
テツタはバツが悪そうに肩をすくめながら言った。
「ごめん、立聞きなんてかっこ悪いよな。けどヨーコが血相変えて走って行ったから、何かあるだろうなと思ったんだ。俺……もう死んでるんだな」
彼の表情に影が差す。彼は今までそんな表情をしたことはなかった。胸が締め付けられるみたいで、現実世界じゃないと分かっていても息苦しい。とにかく「ごめん」って謝りたかった。でも、私が口を開こうとした時、テツタはそれを遮るように「ストップ」と手を出した。
「ヨーコはもうハイパーマンの最新作見たんだろ?」
どうして今そんなことを聞くのだろう。私が口を開く前にテツタは続ける。
「そのストーリーってさ、悪の秘密結社が世界征服を企んでいることがわかって、ハイパーマンは家族との時間を犠牲にしなきゃいけなくなる。家族との溝が深まっていく中、秘密結社に家族を狙われて、瀕死のヒーローはちゃんとピンチに駆けつける。世界も最愛の人も救って、その後家族仲良く暮らしました、って感じじゃなかった?」
「うん、そうだよ。どうして見てないのにそこまで……」
テツタはニヤリと得意げに微笑んだ。
「やっぱりな。予告だけでもこれくらいは想像できる。俺はあの王道な展開が好きなんだ。……うん、よし。これで心残りはないな」
「テツタ……?」
テツタは私の肩をポンと叩くと、声をひそめて私の耳元に向かって言った。
「現実世界に戻ったら、俺をこの世界からアンインストールしてくれないか」
「え……?」
言葉がうまく頭の中に入ってこない。アンインストール、つまり、この世界から存在が消えてしまうということ。テツタはぽりぽりと頭をかきながら、いつも通りの口調で言った。
「俺はこの世界の仕組みを知ってしまった。いずれ管理者にバレて、今度は俺があの警察官たちに捕まっちゃうだろ。そうなる前に、ヨーコの手で消してほしいんだ」
「そんなの嫌だ! 私、テツタを消すなんてできない……!」
「大丈夫、俺は死んでもお前のことを助けに行く。だって俺はハイパーマンだからな」
照れたような笑顔と、ガッツポーズ。思わず彼の胸の中に飛び込む。あたたかい。仮想世界といえど、AI化された人格といえど、テツタは今この場所に生きている。
「ばか……もう、助けてもらったよ……」
頭の上の方で、テツタが深い溜息を吐くのが聞こえた。
「だったら次はお前が俺を助けてくれよ。正義のヒーローが悪者として世界を去らなきゃいけないなんて、そんなの興ざめだろ?」
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