第2話 1度目のリセット 8月7日 19:37

8月7日土曜日

樫雅は朝からずっとネットの友人とグループトークをしていた。

「きみらなずな」というラジオ生配信者のファン数人とツイッターを通して知り合っていた樫雅は、美佳の事を忘れるために、ネットへと逃げた。

「きみらなずな」とは毎日午後8時からラジオ生配信アプリで「きみらのなずなずワールド」という番組を配信しており、ネットではそこそこ有名だった。

樫雅はそのラジオのファンであり、同じく趣味の合うフォロワーとよく語り合っていた。

特に仲が良かったのは3人。

とばとし@なずなたん激推し

ヨシヒロ

きょうか

誰1人として実際に会ったことは無かったが、共通の趣味を持つものとして、現実の友人よりも親近感を抱いていた。

美佳への告白もこの3人に後押しされたからだった。


とばとし@なずなたん激推し

「かしわ〜、別れたってマジ?」

きょうか

「え?嘘!」

ヨシヒロ

「マジか」

かしわもっち

「はい••」

とばとし@なずなたん激推し

「なんで?」

かしわもっち

「積極性が足りないって言われまして」

ヨシヒロ

「ま、お前とは合わなかったって事だな」

かしわもっち

「みたいですね••」

とばとし@なずなたん激推し

「これで貴様も我々と同類よォ!」

きょうか

「あんたは黙っとけ」

とばとし@なずなたん激推し

「了解ンゴ」


樫雅は気持ちが軽くなった。

何事も1人で悩むより誰かに相談した方がいいというがその通りだと思った。

と、同時にリア友は絶対嫌だけどなとも思った。


グループトークが途切れ途切れになり、樫雅はツイッターを開いた。

そこで樫雅は驚くべきツイートを目にした。


「県内のコンビニで対象商品買いまくってクリアファイル全種10枚ずつコンプリート!途中、かなたんの服を馬鹿にしてきた店員が居たから店長に説教してやったわwww」


軽く炎上していたそのツイートをしていたのは、とばとし@なずなたん激推し だった。

樫雅はそのツイートを見て昨晩のコンビニで見た太ったオタクを思い出した。

「まさか、、な、」

樫雅はグループトークへと戻った。


かしわもっち

「話変わるけど、とばとしさん、もしかして、昨日俺とエンカしてない?」

とばとし@なずなたん激推し

「え!?マジ?」

かしわもっち

「B市のキョーソンで。19時45分ぐらいに、なんか店員に叫んでなかった?」

とばとし@なずなたん激推し

「まじか!それ絶対俺wwwwwwかなたんの服見てなんか馬鹿にしてきたから((ry」

かしわもっち

「いや、店員さんなんもしてなかったでしょ••••」

とばとし@なずなたん激推し

「うそぉ〜、かしわ〜もそっち側の人間?朝からネットで叩かれまくって辛すぎンゴ〜〜。アカウント変えようかな」

ヨシヒロ

「なに?お前らエンカしたの?」

きょうか

「へー(棒)」

かしわもっち

「みたいですね」

とばとし@なずなたん激推し

「じゃあ今度遊ぼや、かしわ〜!」


樫雅は悩んだ。

昨日のコンビニでのとばとしの行動を見ていなければ確実に会っていたが、正直、リアルでこういう人間とは関わりたくない。


かしわもっち

「やめときます」

とばとし@なずなたん激推し

「ガーーーーン」

きょうか

「ワロタwww」


トークに夢中になっていて気づかなかったがもう陽が暮れはじめていた。

「晩御飯出来たわよー」

母に呼ばれ樫雅はリビングへと向かった。

青椒肉絲。樫雅の大好物。

父と母と妹とテーブルを囲み、青椒肉絲をご飯とともに口へと運ぶ。

「おかわりちょうだい」

気づけば4杯目となっていた。

「う、うめぇ」

「兄ちゃん、青椒肉絲好きすぎでしょ」

「青椒肉絲に埋もれて死にたい」

「それは汚くない?」

「マジレス乙〜」


19:30

樫雅は風呂から上がり、荷物をまとめていた。

「久しぶりだなぁ〜、ばぁちゃん家に行くの」

「兄ちゃんは、ばぁちゃん家に行くのが目的じゃなくてばぁちゃん家に行くついでにアニメイトに寄るのが目的でしょ?」

「当たり前だろ。円盤積みまくってお渡し会当てるんだよ。そのためにバイトして10万貯めた」

「10万!?」


19:37

「誰?」

同じく荷物をまとめていた樫雅の妹は言い放った。

「ん?誰が」

「お母さん!変な人がいる!はやく!」

「変な人?どこ?」

「あなた誰!?出て行きなさい!!」

母は震えた手で包丁を持ち、樫雅に向けた。

「ちょっ!どういうことだよ!」

「警察呼ぶわよ!」

「おいおいおい!息子に向かってなんてことすんだっ、って危なっ!!!」

母は樫雅へと包丁を近づけた。

樫雅は身の危険を感じ、祖母の家に行くためにまとめていた荷物を持ち、急いで家を出た。

「くそっ!何なんだよ!」

わけもわからず樫雅は走った。どこへ向かうでもなく、ただひたすらに走った。

皮肉にも辿り着いたのは昨日別れ話を切り出された公園だった。

「ははっ、ははは!」

わけのわからない樫雅は笑いがこみ上げてきた。

「これからどうすっかな。家に戻るか?いや、当分はやばそうだな。いきなり樫菜も母さんもまるで俺の事を不法侵入者みたいに扱いやがって。てか、母さんに関しては殺しにきただろ••••」

ふと樫雅は公園の木々の向こうに美佳

を見つけた。

「流石に野宿ってのはきついし、家出したって事で家に泊めてもらうか?••••」

付き合っていた頃ならば軽々泊めてくれない?と言えただろうが、既にそれは過去の話。

しかも別れたのは昨日で、さらにその別れた場所で樫雅は美佳を見つけたのだ。

「仕方ないか••••頼むだけ頼もう」

樫雅は美佳へと近づいた。

「ねえ。いきなりで悪いんだけどさ、今晩泊めてくれない。色々あって大変なんだ」

「え?嫌です。」

「頼む!別によりを戻したいとかそういうあさましい心は全くないから!」

「人違いじゃないですかね?」

「へ?」

「私たち今初めて会いましたよね?」

「美佳、、林部美佳だよね?」

「何で名前知ってるんですか••••」

「俺たち付き合ってたじゃん!昨日まで!」

「やめてください。私は知りません!では。」

「待って!」

美佳は走って行ってしまった。

樫雅は追いかけようと一瞬思ったがその気力は全くでなかった。

「俺は、皆から忘れ去られたってのか?家族や、友人から••••何で俺がこんな目に」

そのとき樫雅は思い出した。

唯一家族や友人よりも信用できる存在。

ネットの友人たちを。

「そうだ!みんなは!?」

樫雅は慌ててスマホを取り出した。

グループトークのアプリを開く。

「よかった!ネットの友人との繋がりはある!」

喜んだものの異変に気付いた。

「あれ?」

そこにあった名前は

ヨシヒロ

きょうか

かしわもっち

の3人のみだった。

とばとしがいない。


かしわもっち

「とばとしは?」

きょうか

「誰?」

ヨシヒロ

「昨日ツイッターで軽く炎上してたやつじゃね?」

かしわもっち

「他人行儀ですねw」

ヨシヒロ

「他人だろ。関わりないし」


樫雅はどきりとした。


かしわもっち

「ずっと一緒にグループトークしてたじゃないですか」

ヨシヒロ

「何言ってんだよ。俺らはずっと3人だろ」

きょうか

「うん。そだよ」

ヨシヒロ

「それに、キャラの印刷された服をけなされたとか勘違いしてキレるようなオタクとは関わりなんざもちたくないしよ」

きょうか

「あ!その炎上の人か!ツイッターで見た見た!」


どうやらヨシヒロもきょうかも本気でとばとしの事を知らないようだった。


樫雅は一つの推測を立てた。

柏屋樫雅という人間との記憶は樫雅自身と直接関わった人間の記憶そのものから消えているのかもしれない。

そして世界はまるで柏屋樫雅という人間がそこにいなかったかのように事実を所々捻じ曲げて動いている。と。


かしわもっち

「ヨシヒロさん、よかったら今晩泊めてもらえませんか?確かヨシヒロさんも同じ県ですよね?」

ヨシヒロ

「俺は一人暮らしだから問題はないけどなんかあったのか?」

かしわもっち

「詳しくは会って話します」

ヨシヒロ

「わかった。うちの住所、個人トークで送っとく」

かしわもっち

「ありがとうございます」

きょうか

「え?なに?ホモ的な展開?ねぇ?かしわくんもしかして?え?デュフッw」


樫雅はヨシヒロの家へと電車で向かった。

送られてきた住所に着くとそこは、わりと新しめなアパートだった。

「102号室、か」

インターホンを押すと男の声が聞こえてきた。

「どちらさん?」

「あ、あの、かしわもっちです!」

「あぁ、入って」

「お、お邪魔します」

いかにも几帳面そうなメガネをかけてすらっとした体型の男が玄関を開けた。

「俺の名前は大嘉 嘉洋(おおか よしひろ)。いつも通りヨシヒロって呼んでくれてかまわねぇよ」

「すみません。いきなり」

「別にいいよ。一人暮らしだから。で?何があったんだ?親と喧嘩でもしたか?」

樫雅は嘉洋に対してネットでのイメージ通り頼れるお兄さんといった感じの印象を受けた。

樫雅は今日起こった事を全て嘉洋に話した。

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俺以外俺を忘れ去っても 小々波 善影 @otonaninaritakunai

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