どうやら侵入者はコミュ症のようです

新米ブン屋

そして彼女は現れる

 年末の候、一人部屋で日本酒をあおる。

 大学の仲間たちと遊んでいたのも夕方まで。

 今は自分だけの時間だ。


「……ぇ」


 かつては駄菓子だった海苔も今では立派なつまみだ。パリパリとした食感を楽しみながら、息を吐く。

 夜風がふきつける窓から見えるオリオン座がまた、いい。このアパートからでも見える星々の中でも特別際立っている。実に、風流だ。


「……ねえ」


 こげ茶色をした木製の置時計を見る。その短針は十一を示している。

 今年もあと一時間のようだ。

 年の締めというものはどうして人を感傷的な気分にさせるのか。

 楽しかった友人たちとの思い出が頭をかすめる。


「ねえってば!」

「え?」


 咄嗟に振り向くと、一人の女性がいた。置時計よりも薄い茶髪を一番している。ブラウンという色が一番近いだろう。


「う、うるさい!!」

「は?」


 いったいなんだというんだこの人は。思わず素で返してしまった。

 しかし、突然人の顔を見てうるさいと叫ばれるのは確実におかしい。非常識な人物だ。


「あ……ご、ごめんなさい……」


 と思うとすぐに静かになった。本当に意味がわからない。差がすごい。

 勢いが途絶えた女性はもう一言もしゃべらない。俺の部屋には沈黙が訪れた。

 沈黙の中、頭の中に様々な疑問が湧いてくる。

 この女性は一体誰だ。どうやって俺の部屋に入ってきたんだ。

 このままではどうにもならない。とりあえず、訊くだけ訊いてみよう。おどおどしているし、おせば答えてくれるだろう。


「なあ」

「あの」


「……」

「……ど、どうぞ……」


 発言のタイミングが綺麗に重なった。思いも知れぬデュエットだった。

 出会いがしらに高飛車な態度をとっていた割に、今の女性はおとなしい。というか、一歩間違えれば不審者かと思ってしまうほど挙動が怪しい。


「失礼ですが、どちら様でしょうか」


 距離感を測りなおす意をこめて、丁寧な敬語で問うた。ついでに正座のオプションもつけた。


「え?」


 いや、質問に質問で返されても困る。それを何とか胸の内に秘め、再度問う。


「あなたは」

「あたしは」


 また被った。他人と会話していてこうまでも発言は重なるものなのか。今まで自分がこうならなかったのは友人たちが自分に気を遣ってくれていたということなのだろうか。

 それならば友人たちに感謝だ。自分のコミュニケーション能力欠如にようやく気が付くことが出来た。これからはこちらから気を遣ってみよう。


「どうぞ」


 自分の紹介をどうぞ、との意をこめて手で発言を促す。きっと現在の状況については女性の方が把握しているだろう。


「え? あ、う、うん。……え、えっと……あたしは」


 途切れながらも女性は喋りはじめる。消え入りそうな声でしかも、一つ一つの言葉が聞こえづらい。バイト柄、声には人一倍気を遣っているから、このような言葉をきくとつい直したくなってしまう。しかしけれどもそれは決して正しい行動ではない。人には人のペースというものがあるからだ。あくまで自分は自分。無理に影響を与える必要はない。

 との先輩の言葉を思い出して必死に耐える。全く年末というのに俺はなにをやっているのだろうか。自問した。


「かなみ」


 透き通った声だった。先ほどまでの雰囲気が一気に払拭される。ツンと張るような風がこの空間を侵食する。

 少し、魅入られていた。頭を振って、自分を落ち着ける。

 それは、確かに質問の答えではあるが、求めているものじゃない。何とか己の声を絞り出す。


「どうして、ここにいる?」


 我ながらよく声がでたものだ。圧倒的な雰囲気にのまれそうであったのに。


「こ、これよ!!」


 逆ギレ風にそう返される。その手には、鍵。


「ここの……鍵なのか?」


 女性が持っていたのは、このアパートの、しかも俺の部屋の鍵のようであった。

 いや、本当にそうなのか。信じるにはまだ早い。


「あ、あんたがくれたんでしょ!?」


 カルシウムが足りていないのだろうか。

 それにしても、俺がこの人にあげたのか。

 その発言の意味を考える。捉え方は一つしかない。しかし、俺には自分の部屋の鍵を誰かに渡した記憶はない。第一鍵は今持っているし、合いかぎもつくっていない。マスターキーとも明らかに色が違う。


 疑問に思っているのが顔に出たのか、女性がぽつぽつと語ってくれた。

 曰く、この鍵はこの部屋の合いかぎであると。

 曰く、俺が合いかぎをつくるようこの女性に頼み、完成品を渡したと。

 曰く、俺と女性は過去に幾度も顔を合わせていると。


 年越しも近づいている最中、俺の脳内は混乱していた。

 急にこのような情報を矢継ぎ早に話されても、納得できない。

 かろうじて事実を受け止めるのみだ。


「そ、それで……」


 俺が頭をかかえていながらも、女性は語るのをやめない。

 もしかしてこの人、俺以上にコミュニケーション能力が欠如しているのだろうか。それとも人の顔なんて全く気にせず己のままに生きてきたのだろうか。


「あ、あたしとアンタ……」

「こ、今年だけなら……」

「つ、つ……」

「つ?」

「つ――」

「三重県」

「津市……って何言わせてんのよ!?」


 今年一番笑った。こんなしょっぼいネタ拾ってくれるのか。

 しかも今の流れ、めっちゃ自然なんだけど。この人、センスはあるな。


「そ、そうじゃなくて……」

「うんうん」

「あ、あたしは……」


 つっかえながらも俺に何かを伝えようとしている様を長く見ていたか、父性を感じる。なんというか、この見守りたい感じ。まるで自分の娘の旅立ちの告白を聞いているようだ。

 父さんは寂しい思いをすることになるけど、それでも娘の幸せの為に。これからは娘自身に未来を描いてもらおう、みたいな。


「ちょっと聞いてた!?」


 シャーとこちらを威嚇する。チーターのような雰囲気を醸し出したいのだろうか。

 現実はせいぜい飛べないペンギンだろう。

 ……けなしているわけではない。


「うんうんそれで?」

「あ、よ、よかった……じゃ、じゃなくて!!」

「うんうん」


 子供をあやしているようだ。父さん、母さん。僕は早くも父になるようです。


「こ、今年だけなら……」


 今年ってあと三分のことか。かすかに聞こえるテレビからカウントダウンの準備をする声がきこえる。


「あたしはあんたの……」


 何かを言いかけてるところ申し訳ないけど、訊きたい。


「そもそも俺は貴女と面識がある記憶が現在ありませんので、可能ならば貴女から俺との関係を教えていただきたいのです」

「……え? つ、つーくん、あ、あたしのこと覚えてないの?」


 つーくん? そんな風に呼ばれたことなんて……あ、コイツ、まさか。


「幼稚園のきーちゃんか!?」

「きーちゃんの親友よ!!」


 違うのかい。いや、かろうじて幼馴染のきーちゃんはわかるけど、きーちゃんの友人とほとんど関わってないわ。これは俺が一方的に知られているだけのようだ。


「これでわかったでしょ?」


 なんて返せばいいのか。とりあえず無視した。


「大学は行ってるのか?」


 とりあえず話題を変える。


「あたし? そこ」


 確かそこの大学はこの国で一番偏差値が高かったはずだ。

 人を印象で決めつけてはいけない、今学んだ。


「そ、それで!!」


 そこまでして伝えたいことなのか。聞くだけ聞いてみようか。


「あ、あたしは――!!」


 うん。心が温かい。


「こ、今年だけなら――」


 あ、テレビのカウントダウンだ。

 ついに年があけたのか。

 友人たちとは今年もよろしくしたいものだ。


「今年だけならアンタの彼女になってあげてもいいわよ!!」


 ずいぶんはっきりと言い切ったものだ。

 新年一発目からそんな告白をさせるとは思ってもなかった。


「じゃあ、新年よろしくお願いします」


「え!?」


 女性の視線の先のテレビには、年が明けていることを示していた。


 新年は本当に楽しくなりそうだ。そう、予感させた。

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どうやら侵入者はコミュ症のようです 新米ブン屋 @kiyokutadashii

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