#12 アウト・オブ・バウンズ

「こんにちは、先生」


 瀬能中との試合の翌日。用事で外出した帰り道で、亮介を少女の声が呼び止めた。

 振り返ると、そこには大きな紙袋を手に提げた、見慣れない女の子が一人。

 身長はおよそ150cm。肩までの長さのふんわりとした髪。袖口とスカートが緩やかに膨らみを描くフェミニン系のワンピースは、清楚さと、少女らしい可愛らしさを演出しているかのようだ。つばの広い麦わら帽子が、7月の昼の空によく映えていた。

 ひとつだけ問題があるとすれば、亮介には目の前の少女に心当たりがない事だ。


「先生の家ってこの近くでしたっけ。お買い物ですか?」

「え、ああ。えーとね」


 言葉に詰まる。

 先生と亮介を呼ぶ以上、明芳中の生徒なのだろう。それも、恐らくは亮介が授業を担当しているクラスの。

 しかし、目の前の彼女に見覚えがない。

 君は誰か、とはさすがに失礼すぎて聞けない。必死に記憶を手繰る――が、思い当たる子はいなかった。

 亮介の額に流れた汗。それが夏の暑さによるものではない事が伝わったのか、ワンピースの少女は眉をひそめた。


「……あの、先生。もしかして、私のこと覚えてないんですか?」

「いや、えーと、あの……」

「ひどいです! ほとんど毎日会ってるのに……!」

「え、ほとんど毎日って」

「あんなに苦しいの我慢して、先生が望んだ通りにしてあげたのに!」

「ちょっ、何言って」


 道行く人々の白い視線が突き刺さる。

 彼女が誰なのかはわからないし、いろいろと誤解を招きそうな彼女の言葉にも心当たりはない。ひとつ確実に言えるとすれば、この発言を聞きつけられて通報でもされようものなら、最低でも職務質問は避けられまい。


「いや、あのね? ごめん、まず君が誰なのかってのはあるんだけど、そもそも君に何か苦しい事をさせた覚えは……」


 ――ぷっ。

 あたふたと言い繕おうとする亮介を見て、彼女は、小さく吹き出した。


「ふっ、ふふっ、ははは!」


 たまらずといった様子で、屈託なく笑う。そして麦わら帽子を脱いで、


「引っかかった引っかかった! ほらせんせー、あたしあたし!」


 頭の左右で、指で髪を束ね上げた。


「……若森さん!?」


 素っ頓狂な声を上げた亮介に、鈴奈はにんまりと悪戯っぽく笑いかけてみせた。






 #12 コートを一歩、出た場所でアウト・オブ・バウンズ






「ただいまー! おとーさーん、お客さん連れてきたよー!」


 鈴奈が勢いよく入口を開け、店内に声を響かせる。

 明芳中から歩いて10分少々の距離にある"ひので商店街"。その一角に店を構える定食屋、"わがや亭"が鈴奈の生家だった。

 木目調のテーブルに、オープンキッチン式の内装。なるほど確かに、中流家庭の"我が家"を連想させる造りの店だ。小型の黒板にチョークで手書きされたメニューが、庶民的な居心地の良さを演出するのに一役買っていた。

 昼食には少し遅い時刻のためか、客は入っていない。キッチンでは、そろそろ還暦に手が届きそうな白髪の男性が鈴奈へと顔を向けていた。


「おう、おかえり鈴奈。そっちのお客さんは?」

「バスケ部のせんせー。そこで偶然逢ったの」

「おお、その人がよく話してる先生か! ほーほー」


 一体どんな話をしているのだろうと思いながらも、亮介は手近なテーブルに着き、カバンを横に置く。

 なぜか、鈴奈がその隣に座った。


「せんせー、何食べる?」

「えーっと、じゃあ一番お勧めのやつを」

「おっけー。おとーさん、ロースカツ定食ね!」

「あいよ!」


 威勢のいい応えを返して、鈴奈の父は手際よく肉を切り、揚げ始めた。

 ジュウウウ……という音とともに揚げ物の香りが漂う。空腹を自覚していなかった亮介だが、たちまち食欲を喚起させられた。


「いやあ、それにしても先生、いつも娘がお世話になっとります」


 調理の傍ら、愛嬌のある笑顔を浮かべて、鈴奈の父は言ってきた。深い笑い皺が刻まれた顔に、その人柄が見えるようだ。


「ウチでも娘がよく話してるんですさ、凄い選手だった先生が顧問をやってくれてて、おかげで学校が楽しいって」

「それは……はは、それは良かったです」

「もう娘はベタ褒めですよ先生の事ぁ~。選手としても凄いし、頭もいいし、優しいしって」

「そ、そうですか……ははは」


 手放しでこうも褒められる事は滅多にない。いくぶんの照れ臭さを感じながら、亮介は愛想笑いを返した。

 隣をちらりと見れば、同じように照れ笑っている鈴奈と目が合った。


「もー、余計なこと言って、おとーさんってばー」


 笑顔のまま嬉しそうに抗議――なんとも器用な事をしながら、鈴奈はテーブルに上半身を突っ伏す。

 その様子を愛おしそうに見ながら、鈴奈の父は野菜を刻み始めた。


「……実を言うとね、先生。あたしゃあ、娘が部活でバスケットやるって聞いて、心配してたんです」


 とん、とん、とん――と、リズム良く包丁の音。視線をまな板に落としたまま、鈴奈の父は言葉を続ける。


「娘は小学の時、ミニバスのクラブで仲間外れにされちまった事がありましてね。それがまぁ、いわゆるイジメとかならあたしゃあ黙っちゃいなかったんでしょうが……自分のせいだからって塞ぎ込んじまって、そのクラブも辞めちまったなんて事がありました」

「……」


 鈴奈は――その話を遮らない。それは彼女が、瀬能中との試合の最中に語った、自らの過去だ。

 亮介は沈黙をもって、話の続きを促した。


「なにぶん見ての通り、あたしにとっちゃぁ、歳食ってからできた一人娘だ。可愛くてしょうがねえもんでしてね。中学でまた同じような事になるんじゃねえかって心配してたんですが――」


 とん――と、ひときわ大きい包丁の音。そして、鈴奈の父は顔を上げる。


「先生のおかげで、また楽しくバスケットがやれるようになったって言うじゃあねえですか。……先生、本当にありがとうございます」


 キッチンカウンター越しに、鈴奈の父は深々と頭を下げた。

 亮介は一瞬、面食らった。鈴奈がかつて抱えていた問題は、家族をも悩ませていた根深い問題だったのだ。

 ――だが、それはもう過去の事。


「……あまり畏まらないでください。私が助けられている部分もありますから」


 亮介はそう答えた。鈴奈を指し示し、言葉を続ける。


「彼女がムードメーカー役になってくれたおかげで、部員たちが早い段階で団結できました。それにミニバス経験者がいてくれて、話がスムーズな部分もありますし」

「おお、そうですか! いやぁ、良かったな鈴奈! 先生も助かってるってよ!」

「だーかーらー、もー」


 鈴奈は脚をばたつかせながら、抗議の声をあげた。見れば、少々頬が赤い。


「おとーさん、喋ってないで早く定食出して!」

「おっとそうだ。すいませんね先生、もう少々お待ちを」

「あ、ええ」


 父娘のやり取りの勢いに若干気圧されながらも、亮介は答えた。

 何と言うか、やはり父娘だ。どこか似ている。ともすれば一方的なほど威勢のよい喋り、人見知りしない性格。そのわりに妙に繊細な所。

 照れ顔のまま、所在なさげに脚をぶらつかせる鈴奈。その隣の椅子には、さきほど彼女が手に提げていた紙袋が置かれている。


「そういえば若森さん、どこか買い物にでも行ってたのかい?」


 ふと、定食が出て来るまでの時間潰しに、亮介はそう鈴奈に聞いてみた。

 すると、鈴奈はぱっと表情を華やがせる。


「うん! 実はね、てんちょーのとこに行って、新しいバッシュ買ってきたの」


 彼女が店長と呼ぶのは、桐崎の事だろう。つまり、以前に部員みんなでバッシュを買いに行った店に行ってきたという事だ。

 鈴奈は紙袋を開け、中身を取り出した。

 まず取り出された一足は、使い込まれたナイキのバッシュ。鈴奈が昨日まで履いていた、エアマックス・アップテンポ。伝説的な3Pシューターに憧れて、鈴奈がミニバス時代から履いていたものだ。

 それは、見れば空気エアのパーツが破けていた。


「履き潰しちゃったのかい?」

「うん。昨日の試合中は必死になってて、全然気づいてなかったんだけど」


 試合を思い出したのだろう。鈴奈はどこか遠い目をして、役目を終えたバッシュを眺めた。

 瀬能戦の鈴奈は、文字通り無我夢中で走っていた。脚の限界に挑むかのような走り方は、自然と、バッシュへの負担も大きくする。

 まして鈴奈のバッシュは、ミニバス時代から履いていたものだ。耐久性の限界を迎えたとしても不思議はない。


「頑張ったもんな、若森さん」

「へへ……うん」


 ミニバス時代からの相棒を失った悲しさを帯びながらも、少しだけ誇らしげに鈴奈は答えた。


「それでね、新しいバッシュはコレ」


 紙袋の中から、もう一足のバッシュがその姿を現す。

 ミズノのエンブレムが入ったバッシュだった。色は黒を基調として、側面は白。アクセントとして明るい黄緑。形状はミッドカット型――足首の保護と走りやすさを両立したタイプだ。

 それを膝の上に置いて、鈴奈は悪戯っぽく笑う。


「せんせー、これ何て言うやつか知ってる?」

「ん? うーん……わからないな」


 亮介はアシックス派だ。それ以外のメーカーのバッシュとなると、著名な選手が履いていたモデルならばある程度は知っているが……さすがにあらゆるバッシュを知り尽くしているわけではない。

 特にミズノは、NBAの著名な選手に愛用された実績はほとんどないのだから、尚更だ。


「はい、じゃあ正解は、これ!」


 鈴奈は紙袋の中から商品タグを取り出し、亮介に見せた。そこには、バッシュの名前が書かれていた。

 "MIZUNOミズノ WAVE REALウェーブリアル SLASHERスラッシャー"。


「……スラッシャー、だね」


 それは亮介が、鈴奈に与えた役割と同じ名前だ。

 えへへ、と鈴奈は笑った。

 そして笑ったまま、じっと亮介の顔を見上げて来る。


「……?」


 釣られて微笑みながらも、亮介は戸惑った。

 鈴奈の様子は、何かリアクション待ちのようにも見える――が、一体何を期待しての事なのか。

 亮介の葛藤は露知らずと言った様子で、なおも鈴奈はじーっと亮介の顔を見ていた。

 じ――――。


「へいお待ち、ロースカツ一丁!」


 そのようにしていると、亮介の前に定食が置かれた。

 ソースがたっぷりとかかった厚切りのトンカツと、ボリュームのある千切りキャベツ。湯気を立てる白米も大盛りで、いかにもなガッツリ系の定食だ。


「サービスで大盛りにしときましたよ、遠慮せずにどうぞ!」


 善意100%、満面の笑顔で鈴奈の父は告げた。

 揚げたてで熱々のカツのジューシーな香りと、ほかほかの白米が、実に食欲をそそる。

 が、それと同時に鈴奈が、どこか不満そうに嘆息した。時間切れ、とでも言いたいかのように。


「せんせーってさ、頭いいけど地味にズレてるよね」

「?」






 ロースカツは美味かった。衣はサクサクで、肉には旨味が凝縮されていた。






「せんせーの家ってこのへんなんだっけ?」

「ああ、うん。ここからだと駅と逆方向に歩いて10分ぐらいのとこ」


 定食屋を出た亮介は、なぜか着いてきた鈴奈と話しながら、帰り道を歩いていた。


「独り暮らし?」

「だね。実家もそんなに遠いわけじゃないけど」


 今を遡ること2年、亮介は大学卒業後すぐに、現在の住居であるアパートに引っ越してきた。埼玉県の教員採用試験に合格し、明芳中への赴任が決定してすぐの事だ。

 職場に近いと通勤時間が短くて済む。公立中学である明芳中は生徒も近所の子が多いので、学校の近くに住居を構える事は家庭訪問などの際にも便利だ。加えて、子供たちに対して将来の事を説く立場になる以上、親元でぬくぬくと暮らしているのは格好がつかないと考えたのもある。

 実際のところ、炊事や掃除、洗濯などに労力を費やさねばならなくなった事には難儀したものだ。最初のうちは。


「ご飯とかちゃんと作ってる?」

「なるべくね。最近はちょっとサボり気味だったけど」


 普段はできる限り自炊しているが、ここのところインスタント食品に頼りがちだ。

 とは言え、それも今日までだろう。


「今日で用事がからね。今日からまた、ちゃんと自炊するさ」

「なんか忙しかったんだ?」

「ああ、資格の勉強と手続きでね。今日、ようやく解放された所だよ」


 大変だった、と顔に書いて表すかのような苦笑い。

 鈴奈は、へー、と感心したような反応を示す。


「せんせー、大変だよね。平日は普通に授業やってて、土曜はあたしたちの監督で、日曜は資格?」

「まあ、今週は特に忙しかったかな」

「ちゃんと休んでよ? せんせーがダウンしちゃったら……」

「大丈夫、わかってるよ。チームのためにも、体調管理はちゃんとやるさ」


 鈴奈は膨れっ面だった。






 やがて二人は、商店街の出口まで辿り着いた。

 ふと横を見れば、"中原酒店"と看板を出している店が一軒。古びた瓦葺き家屋の1階が商店になっている、いかにも"地元のお店屋さん"といった店構えだ。


「あ、ここ、あいちゃんだよ」


 鈴奈が店を指してそう言ってくる。

 亮介の記憶では、愛の生家は酒屋を営んでいると聞いていた。店の建家たてやは見たところかなり年季が入っており、ともすれば数世代に渡ってこの場所で商売を続けてきたのではないかと推測できた。


「せんせー、今日で資格の勉強終わったんだよね? お疲れ様って事で、自分へのご褒美酒とか買ってかない?」

「いいのかい、余所の店の営業活動なんかしちゃって?」

「いーのいーの。商店街のみんなは家族みたいなものっ」


 鈴奈は屈託なく笑う。

 そもそも亮介は、飲み会以外では、酒を飲む事自体があまりない。決して酒に弱いわけではないのだが、酩酊感があまり好きではない。

 アルコールが入ると体の反応が鈍る。脳が命令を下してから実際に体が動くまでに、かすかなタイムラグが発生するような感覚があるのだ。

 それが好きではない。

 一瞬のタイムラグが致命的な隙になりえるスポーツ、それを10年近く続けてきた事による刷り込みだろうか。無意識のうちに、体が鈍る事を避けてしまいがちだ。

 だから酒はあまり飲まない。同様の理由で、肺活量の低下に繋がるタバコも吸わない。

 が。


「……まあ、そうだね。たまにはいいかな」


 可愛い教え子が言うのだから、たまには乗ってあげてもいいじゃないか。亮介は、酒屋へ足を向けた。

 と、ちょうどそのタイミングで、酒屋の裏口から人が出てきた。

 ビールの空き瓶が大量に入ったケースを運ぶ、その長身の姿は――


「あっ、あいちゃん。やっほー」


 鈴奈の呼びかけに反応して振り返る。

 愛だった。

 半袖シャツにジーパンというラフな出で立ちの上に、腰から膝までの丈の"中原酒店"と書かれた前掛け。一目でわかる、酒屋の作業着スタイルだ。


「鈴奈ちゃん……と、先生? 何かあったの?」

「ん? 先生とデート」


 どがしゃ、がちゃがらがらがらがら。

 愛が取り落としたケースが地面に倒れ、大量の空き瓶がアスファルトの上に転がった。


「い、淫行教師……」

「違うから! さっき偶然逢っただけだから! 若森さんも何言ってんの!?」

「えへへ」

「えへへじゃないから!」

「そういえば氷堂さんにシュートフォーム教えた時も腕とか触って……」

「だーかーらーね!?」






 結果として、一瓶4000円のワインを買う事でなんかいろいろ不問とする事で決着した。

 問責されるような事をした覚えのない亮介としては、甚だ不満な判決だった。


「君たちも社会に出るとわかるけどね。お金を稼ぐのって、楽な事じゃないんだよ?」


 金曜の残業代相当の金額を支払いながら、亮介は教え子たちに言い聞かせた。


「少しはわかってるつもりですよ」


 ワインの瓶を袋に詰め、愛は答える。


「今私が店の手伝いしてるのも、バッシュ代の分ですし」

「ああ……そうなのか」


 愛が購入したエアフォース180は、値引きされてもなお10000円を超えていたはずだ。中学1年生にとっては充分な大金だ。


「先生こそ、もう少し女子をデリケートに扱ったらどうですか」

「ごめんって。いや今日のは完全に濡れ衣だけどね?」

「そーですか」


 なおも愛のジトッとした半眼は亮介を捉えて逃がさない。

 まるっきり信用されていない。こと女の子の扱い方という意味においては。

 バスケ馬鹿と認識されるのはやぶさかでないが、転じて、バスケ以外の事に関しては空気の読めない人と思われるのは実に心外だ。

 傍らで立っていた鈴奈が無駄に満足気な笑顔でいるあたり、なおのこと亮介としてはコメントに困る。

 はぁ~、と、深々と亮介は溜息をつく。


「せっかくライセンスも取れてめでたい日だって言うのにまったく。ひっどい扱いだ」

「ライセンス?」

「せんせー資格の試験受けてたんだって。そっか、合格したんだ」


 聞き返してくる愛に、鈴奈が手短に事の次第を伝えた。

 愛は半眼を緩め、少しだけ姿勢を正す。


「それはえーと、おめでとうございます」

「ありがと。まあ、半分趣味で取ったようなやつだけどね」

「何の資格取ったんです?」

「ん、見るかい?」


 途端、亮介の声音が明るくなった。そして答えを聞くより先に、亮介はカバンを開ける。

 その所作から、どうやらバスケに関する事なのだろうと愛は察した。亮介がこういう子供っぽい部分を垣間見せるのは、たいていバスケ絡みの場合だ。

 亮介が取り出したのは、一枚のプラスチック製のカードだった。一見すると運転免許証に似ているが、明らかに違うものだという事を黒いストラップが主張している。


『公益財団法人日本バスケットボール協会 公認コーチ登録証』


「――コーチライセンスだ!」


 目を輝かせて鈴奈が声を上げる。亮介は誇らしげな表情だ。

 愛は、バスケットボール協会なる組織がどのような制度を設けているのかは知らない。だがそれでも、そのライセンスは決して軽くない意味を持つものに違いないと察しはついた。

 何せ、"協会"と名のつく組織が発行する"公認コーチ"のライセンスなのだ。言葉の響きからして重い。


「君たちの頑張りを見て、ね。僕も本気でコーチをやらないとって」


 つまりそれは、より良い指導者であろうとする、亮介なりの責任感と覚悟の表れだ。


「まあ、D級なんだけどね」

「充分すごいよー。佐倉小のミニバスクラブのコーチ、E2だったもん」


 鈴奈の言葉を聞くに、"普通の顧問の先生"レベルよりは明らかに上の等級のようだ。

 誰もが認める、優れたコーチの証。

 亮介は、半分趣味で取ったと言っていた。では、あとの半分は何なのか。

 それを取得する事に、自己満足でない意味があるとしたら。

 それは、指導者としての力量を証明する事。

 誰に対して?

 愛たち以外にいるはずもない。

 自分は優れた指導者だから、君たちの努力には必ず応える。信頼してついて来てほしい――

 このライセンスは、そういうメッセージなのだ。


「……先生、おめでとうございます」


 愛は、気持ち丁寧に、ワインの瓶が詰まった袋を亮介に渡した。

 自分では気づいていなかったが、自然と目元が緩んでいた。


「ん。ありがとう」


 確かな重みを手に感じながら、亮介は袋を受け取った。


「中原さん、店の手伝いもいいけど、昨日の試合の疲れをしっかり取っておくようにね。明日からまた練習だぞ」

「容赦ないですね」


 愛は、くすっと笑った。


「明日から、またよろしくお願いします」

「ああ。じゃあまた明日、学校で」

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