24、煙
地下一階の高さまで崩れ落ちた床から、パチパチと木が
床の無くなった台所に、煙が充満し始めていた。
(やべぇ……このままじゃ……いずれ屋敷中に……)
火が燃え広がる……廊下に立って、台所の入り口から
「
走り、廊下を居間のほうへ引き返す。
途中、廊下をフラフラと歩く
なぜか、深緑色のマントを羽織り、右手にクロスボウを持って、ぶらぶらさせていた。
「ちょ、ちょうど良かった……
「ザック」という言葉に、一瞬、興味を示し、
目が
(ちっ、こいつ、頭ん中が
酔っぱらい男を見捨てて、少年は、この屋敷で一番頼りになりそうな男……警備兵士団長のいる居間へ向かった。
* * *
頭部に〈妖魔〉が取り
食器を乗せた盆が
同時に、女の悲鳴が廊下に響いた。
「ぎゃあああ!」
青年は怪物の頭を悲鳴の方へ向けた。メイドが顔を両手で押さえて震えながらこちらを見ていた。
足元にポットの破片が散らばっていた。
「おなか……すいた……」
化け物は低い声で
腕の皮膚の下で何かがモコモコと動き、次の瞬間、両腕が粘土のように伸びて、左手は女の首の付け根を、右手は前頭部とこめかみを掴んだ。
そのままギリギリとメイドの頭をねじっていく。
悲鳴が一段高くなり、女は、ザックの両手を何とか
……ブチッ……ブチブチブチ……ゴキ、ゴキッ
軟骨と筋が千切れる音と共に、怪物は女の首をひっこ抜いた。
両方の頸動脈から血液が噴水のように出て、廊下の壁と天井を真っ赤に染める。
右手に持ったメイドの頭部、そのこめかみと前頭部にめり込んだ五本の指を抜いて、廊下の向こうに放り投げ、血液の溢れ出ている胴体を両手で
女の胴体から血液が抜かれるたびに、上半身裸の怪物の腹が膨らんだり引っ込んだりした。
あらかた女の血液を吸いつくした後、ザックは……かつてザックだったもの……は、果物の皮でも
……廊下の天井付近に少しずつ煙が流れ、辺りにきな臭さが漂い始めていた。
廊下の角から、警備兵士が二人現れた。
兵士たちは、廊下の真ん中にしゃがんでメイドの体にかぶり付いている上半身裸の背中を見て、「だ、だれだ!」と叫んだ。
その叫び声は、後ろを振り向いた化け物の顔を見た瞬間、絶叫に変わった。
「おまえたち……じゃま」
化け物が
怪物が腕を引き抜くと同時に、兵士たちは廊下の
女の体を、首の根元から肩、肩甲骨、両方の乳房と食べて、やっと満足したのか、怪物は食べ残しを捨てて立ち上がり、ゆっくりと廊下を歩き始めた。
* * *
「ジャギルス! 団長!」
居間に入るなり、ルニクが叫んだ。
少年の目に飛び込んできたのは、
「ジャ……ジャギルス? アルマ?」
ゆっくりと二つの死体に近づく。
「い、いったい、誰が?」
「ガ、
団長と
……その時、居間に漂うきな臭い空気に気づき、ハッと我に返った。
「と、とにかく、死んだ人間に構ってる場合じゃねぇぜ……早く脱出しないと、こっちが炎に包まれて死んじまう可能性だってあるんだ」
急いで部屋を出る。
廊下は、居間以上に煙の濃度が上がっていた。
(……化け物屋敷だ……)
鼻を押さえて走りながら、少年は思った。
(前々から、そんな気がしていたが……この
* * *
腰を抜かして動けなくなっているメイドの横を通り、化け物ザックは玄関ホールに向かった。
すでに女を一人喰らい、満腹しているからだろうか、腰を抜かしているメイドには見向きもしなかった。
廊下の煙は徐々に濃くなっていた。
いずれ、屋敷のどこかで火が上がるだろう。
「ザック!」
ほとんど消えてしまった「人間のときの記憶」……その片隅にかろうじて残っていた自分の名を呼ぶ声に、怪物は振り返った。
深緑色のマントを羽織った、初老の男が廊下の向こうに立っていた。
……どこかで見たことがあるような気がする……
しかし思い出せず、じっと見つめる怪物に、その男は言った。
「最初から、こうすれば良かったんだ……」
言いながら、クロスボウの弦を鉤爪に掛け、矢を装填する。
「最初から、こうすれば……守るべき市民を我が子の犠牲にする必要もなかった……最初から、こうすれば……私も、こんなに苦しむことはなかった……妻も……」
誰か忘れてしまった男が、引き金を引いた。
男のクロスボウから放たれた矢が、ザックの心臓を正確に貫いた……が……怪物の頭部を持つ青年は、少しよろけただけで倒れる事はなかった。
すでに頭部だけでなく青年の全身を侵していた〈妖魔〉の体組織は、その代償としてザックに強靭な生命力を与えていた。
二本目の矢が飛んできて、甲殻に覆われた〈妖魔〉の額にあたり、跳ね返って床に落ちた。
ザックは、誰か忘れてしまった男の方へ近づいて行った。
男の放った三本目の矢が、今度は腹に突き刺さる。
しかし、怪物と化した青年の足を止めることは出来なかった。
とうとうザックが最後の言葉を口にした。
「おまえ……じゃま」
腕が伸び、右手が初老の男のろっ骨を破って心臓を
「がはっ」
男が絞り出すように息を吐いた。
心臓を握りつぶし、そのまま男の体から腕を抜く。
誰か忘れてしまった男は、その場にくず折れ、動かなくなった。
* * *
充満する煙から逃げようと、玄関ホールへ向かうルニクの前方に
そのさらに向こう、玄関ホール近くに化け物が立っていた。
化け物の右腕が粘土のように伸びて、
「がはっ」
化け物が
怪物は、抜き取った心臓をその場にポイッと捨て、玄関ホールの方へ歩いて行った。
「か……勝てるわけねぇ……」
ルニクが
「
後ろを振り向く。
もと来た方向は、既に煙が充満し、窒息せずに通り抜けるのは不可能な状態になっていた。
前に進めば〈妖魔〉……後ろからは煙と火の手……
(進退
ルニクは唇を
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