第7話 おいたわしい仕方がない

 王族の方々が夕食を終え、それぞれの夜がはじまった辺りでわたしのその日の仕事は終わる。基本的に日勤、一応、将軍の娘というポジションもあるので、夜勤、城に泊まり込む仕事は回避させてもらっている。


 それも同僚にやっかまれる理由だけど。


 仕方がない。


 乳母としての仕事がある。


 私生活なんてない。


 給料に関しては使用人の分と乳母の分は別になっていで、乳母分は母の方に手当として加算されている。この世界では手渡しなので、同僚より多く貰っている、と知られてしまうと秘密が漏れかねない、という意味での措置だ。


 仕送りではないけど、母にあげてる。


 一端、屋敷に戻り、それから城の裏口、正確に言えば近衛兵の詰め所を兄の手引きで通って、城内に戻る。兄以外の近衛兵の人たちには事情を説明してないけど、王子の愛人と思われてる。


 仕方がない。


 まだその方が殿下の名誉は守られる。


 母乳飲んでますよりは、まだ。


 近衛に選ばれるだけあって、忠誠心も強く、口の堅い人たちだし、この件で噂が流れようものなら厳罰と言われているらしいけど、多少は漏れてる感もなくはない。ラッテ辺りは知ってる気がする。城内で滅多な噂を口にすれば使用人にも処分があるから指摘はされないけど。


 仕方がない。


 おっぱいの性的魅力は隠しようがない。


 罪作りな女なのである。


 そして近衛兵たちが王族を守り、場合によっては逃がすために使用する隠し通路を使って、授乳室へと向かう。授乳室、と言っているのはわたしと母の間ぐらいで、特に名前のついている部屋とかではない。便宜上だ。


 もともとは来客の使用人のための部屋。


 ただ、後に迎賓のための専用の館が建てられ、特に使われることもなく放置されていたので、わたしが八歳を越えた辺りから使わせて貰っている。小さな窓、音漏れのしない分厚い扉、古びたベッド、少し傾いたテーブルと椅子が二脚、暖炉、ティーセットの入っている戸棚、王子が愛人を連れ込むにはかなり見窄らしい部屋だと思う。使用人相手ならこんなもの、と言われたらリアルなのかもしれないけど。


 掃除をする。


 その後で、胸を拭いて待つ。屋敷に戻った時に身を清めて、着替えているけど念には念を入れる。特に気にするのは産毛だ。ただの人間だった頃と違い、人獣としての身体は耳と尻尾に毛が生えてくるのだけど、それ以外も前世より濃いような気がして不安になる。


 王子は気にしないだろうけど。


 ギィ。


「シズキ」


 重たい扉を開いて、さわやかな笑顔の王子が入ってくる。これからうら若き乙女の胸に顔を埋める期待を抱いた十五歳少年という顔ではない。どちらかと言えば、給食で好物が出てきた小学生みたいな顔。喉の渇きというか、食欲を満たしに来ているのだからそうなのだけど。


「殿下、お待ちしておりました」


 わたしは間髪入れず、上半身をさらけ出す。


 いつものことなので緊張はしない。


 むしろ手を煩わせてはいけないという職業意識が勝ってる。冷静に考えるとベッドの上に正座して、おっぱいを出して、長身で金髪で青い目の王子が迫ってくる状況にドキドキもしない自分はどうかと思うぐらい落ち着いてる。


「今日も美しい乳房だ」


 照れもせず、王子は褒める。


「光栄でこざいます」


 決まりきったやりとりだけど、心底そう言ってるのはわかる。トーア・エレ・エネンドラの喉仏が動くのをわたし以上に見た人間はいないはずだ。おいしそうだと思われてるのがわかる。


 食欲的に。


 母乳で張ったおっぱいは、形も良い。毎日見られる前提で、前世より手入れされてるから、絵に描いたようなロケット型はつやつやと輝いている。卵肌なんて言うけど、卵に蜂蜜をかけたぐらいの艶っぽさだ。


「シズキ……」


 王子は腰に下げた剣を置き、わたしの隣に座って、背中に手を添え、支えながら仰向けに倒す。わたしより背が低かった頃は膝枕だったり、それこそ寝ている王子にわたしから胸を近づけたりしたものだけど、最近はスマートだ。


 男らしく、おっぱいを吸いに来る。


「殿下、ご賞味ください」


 時々、なにを言ってるのだろうと思うけど。


「ああ」


 頷いて、王子は仰向けになって少し流れた乳首を引っ張り上げるように口に含み、優しく手で支えながら一吸い目を口に含む。乳首の根本を甘噛みされるだけで、母乳が溢れ出る。


「………………」


 さらさらとした金髪が胸元をくすぐるのを見つめながら、わたしは王子がいつも通りなことを確認する。普段と変わらず、ただ母乳を求めているだけ。安心する。いつかズボンを下ろすのではないか、と思わない日はない。


 一応、そうなったときの心の準備はある。


 陛下から、そう言われてもいる。


 役に立つのかわからないけど、部屋には蜂蜜とジィロネというレモン的な柑橘類の汁が用意されていて、そうなったら王子とわたしのあそこに塗って避妊することになっている。妊娠の許可はない。


 王子はもう童貞ではないので出来る。


「んっ」


 吸う力が強くなって、わたしは声を抑えた。


 上手くなってる。


 たぶん、わたし自身でわたしのおっぱいを搾乳するより、ずっとテクニックがある。出し過ぎないようにとセーブしながらやるから、思い切り搾らないと言うのもあるけど、乳首を舌先で転がして、脇の辺りから乳房をもまれて、顔を押しつけ、吸いながら、びゅっと出されると、気持ち良さがある。


 とろけそう。


「我慢する必要はないぞ?」


 そしてささやく美声。


 いつからそんなセリフを言うように。


「で、殿下っ……ぁっ」


 恥ずかしいけど、翻弄されてる。


 ずっと母乳をあげてきたのに、最近、一年ぐらい前から完全に主導権を奪われつつある。わかってる。先生のせいだ。王子に性の手ほどきをしてる医者にして見た目は子供で国内最長老の化け物の仕業に違いない。


 兄曰く、一度教えるだけで技を身につける。


 たぶん、剣術でもそんな吸収力の高い王子に、セックステクニックを仕込むついでに、おっぱいの扱いを教え込んでるんだと思う。たぶん、女性が喜ぶ、とかそういう言葉を額面通りに受け止めてる。


 悪くはない、悪くはないけど。


「ん……く」


 ごくり、と母乳を飲みながら、吸っていたのと反対の乳首を寄せてきて、両方を舐めるように口を移して、反対側へ。ダメ、そんな、すっごい、いやらしい動き。


「はう」


 わたしがガマンできない。


 仕方がない。


 たぶん、それが狙いなのだ。


 女の方から求めるように。


 練習台になるしかないのだろう。


 トーア殿下は女性への興味が足りないから。


 王位継承者としての王子の仕事は、まずなんと言っても世継ぎ作りだ。多少どころか、かなりのスケベでも、世継ぎさえ作ればオーケー。国の安定のためになる。世継ぎがいなかったら、それだけで大変なことになるのはわかる。


 トーア殿下自身もわかってるはずだ。


 だから陛下の持ってきた縁談も受ける。


 けれど、恋の噂は聞いたことがない。陛下が同じくらいの歳の頃は使用人に手を出しすぎて問題になった、とか三十年近く前の話として伝わってるぐらいなのに、まったくだれにも手を出したりはしていない。


 わたしが愛人だからだ。


 と、城内の一部は思ってるだろうし、陛下も母乳を吸うという口実でやることはやってると思ってるのかも知れないけど、実際は違う。先生の話だと男性機能に問題はないそうだけど、義務感でやってるという話だ。


 楽しんではいないらしい。


 たぶん、女性不信なのだと思う。


 仕方がない。


 王子は母親に殺されかけたから。


「あ、殿下……でっ、殿下、少し……お待ちを」


 ヤバい、今日のわたし敏感だ。


 たぶん、ラッテに揉まれたから。


「気をやってもいいぞ?」


 王子はさらっと言う。


 あくまで肉体的に仕方のないことだと。


「いけません。そのようなこと」


「私とシズキの間柄だ。恥ずかしがることはない。むしろ心配している。私のせいで、なかなか恋人と会うこともままならないだろう?」


 両方の乳首を指先で摘んで、滲んだ母乳を舐めながら、王子はこしこしと先端をこすりあげる。わざと、わざとやってた。いつから。


「恋っ? びとっ!?」


 それになんの話。


「噂を耳にしてな、特定の相手がいると」


「ひゃっ!」


 それ王子のことですよ!


「これまで気にしてこなかったが、私が結婚するぐらいだ。確かにシズキにそのような相手がいてもおかしくはない。悩ましいことだ。どうなのだろう? その相手は理解してくれるだろうか?」


「殿下っ! あ」


 イった。


 頭の中が真っ白になって、意識が飛んで、わたしはベッドにぐったりと横たわり、それでも母乳を吸う王子の唇の感触だけは残る。はじめてだ。男の人に。それも、赤ん坊の頃から毎日母乳をあげてきた相手に。情けない。


「シズキ」


「……」


「シズキ、そろそろ起きろ。風邪をひくぞ?」


「殿下」


 わたしが目を覚ますと、シーツが胸元までかけられていた。いつも見せているものだけど、隠されたことで、逆に恥ずかしくなる。


「勝手に頂いている」


 王子はバタークッキーを食べていた。


「それは、まったく構いませんが……」


 お茶を煎れなきゃ。


 わたしは立ち上がろうとするが、腰に力が入らなかった。尻尾もぐったりしてて動かせない。全身が気怠い。そんなに?


「しばらくは動けないかもしれん。すまないな。つい、教わったことを試したくなった。結婚相手が思っていたより若かったので、しばらくは試す機会もないかもしれないと。シズキがいつもやっているように胸も拭いておいたが、綺麗になっているか確かめておいてくれ」


「ありがとうございます」


 もういっそ襲われた方が安心します、殿下。


 仕方がない。


 問題の根は深い。


 乳離れできない状態が放置されてるのも。


 すべては、かつての事件のせい。


 わたしと王子が出会った日。


 表面上は、王子としての教育もあって、女性にも優しいが、本質的にはだれも信じられないのだと思う。生みの母が、自分を殺そうとしたと知ってしまったら、そうなってしまうのも無理はないと思う。


 おいたわしい。


 たぶん、こういうときに使う言葉だ。

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