#16
“お!…か、帰るのか!?”
二体のゴーデュラスの様子に、メッツァは期待を込めた眼を向ける。ところがそこに空気を読まない者が出現する。宇宙マフィアのボス、ドン・マグードだ。
空洞内のハンガーデッキに通じる斜面を登って来たドン・マグードは、ノアに途中で停止させられたエレベーターに積まれていたコンテナから、“改良ボヌリスマオウ”の種子が梱包されたケースを大量に取り出し、手下達と共に担いで斜面を上がって来たのだった。出来るだけ貨物船に種子を積み込もうという、執念の発露である。
「“おおい、オーガー!! 全員ここへ来て、手を貸せぇえええーー!!!!”」
静寂のプラットフォーム上に響く、ピーグル語の大音響。ブゴッ!…と豚の鼻を鳴らして振り返ったオーク=オーガーが、慌てて両腕を突き出し、止めさせようとするが止まらない。
「“どうした!! 早くこっちへ来て手伝え! ボヌリスマオウの―――”」
ドン・マグードはそこまで言って、ようやく巨大怪獣の後姿に気付いた。ただ背中を向けてはいても、ドン・マグードの大声を聞いて、頭はこちらを振り返っている。さらに大声で驚きを口にするドン・マグード。ここまでの事が台無しだ。
「“なんだぁ、この馬鹿デカいバケモノはぁ!!!!”
とその直後、ブラスターライフルの銃声が二度、三度と鳴った。小さな爆発が二体のゴーデュラスの背中に起こる。大きな口を開けて咆哮を轟かせ、怒りの反応を見せた二体はぐるりと向きを変えた。プラットフォームに向かって、ボヌリスマオウ農園を踏みにじりながら、秘密施設へ向けての前進を再開する。
「だっ! 誰だ! 勝手に撃ったのは!!!!」
愕然として体をのけぞらせるメッツァ。台無しと言うなら、ドン・マグードの大声どころではない。だがゴーデュラスを撃ったのは、メッツァの部下でもオーク=オーガーの仲間でもなかった。犯人は彼等の足元、秘密施設の離着陸床の下の地表にいた、テン=カイとガンザザ、カーズマルス配下の五人の陸戦隊員だ。こちらも偵察用プローブが破壊される可能性は、考慮済みだったのである。
「ええい。仕方ない、攻撃だ! 攻撃開始!!」
止まりそうもない巨大怪獣に、メッツァは攻撃を命令する。プラットフォーム上に並ぶ傭兵達にピーグル星人も加わり、ブラスターライフルの火箭が開かれる。しかし対人用のブラスターライフルでは効果は薄く、さらに猛り狂っただけの二体のゴーデュラスは、秘密施設へ突進した。
一方、メッツァの判断で間一髪、怪獣の襲撃から免れ宇宙へ上がる事が出来た、アヴァージ星系行きの高速クルーザーだが、こちらに対してもノヴァルナの罠には抜かりはなかった。
第三惑星ジュマの衛星軌道を周回する、細かな岩のリングを越えて、惑星間航路を光速の28%の速度で設定した高速クルーザーは、星系外縁部に向けて加速を開始する。針路は第四惑星ラジェの脇を航過し、第八惑星の重力場を利用した重力子スイング・バイで、さらに加速するコースだ。しかしその設定が完了した直後、船に異変が発生した。航宙士が硬い表情でコンソールを繰り返し操作し、諦めたような口調で報告する。
「大変です船長。第八惑星からの誘導ビーコンが、受信出来なくなりました。何者かによるジャミングだと思われます」
「なに!? ジャミングだと?」
施設への脅威を感じた、司令官のメッツァ大佐から命令を受けての、前倒し発進であったため、高速クルーザーでも警戒はしていた。だが市販のクルーザーを一部改造しただけのこの船では、警戒するにも限界がある。さらに電探士からも異変が報告された。
「長距離センサーがダウン! 電子攻撃を受けている模様!」
このままではマズいと判断した船長は、航宙士に命じる。
「コース変更。258マイナス38。速力最大!」
するとその直後、不意に出現した宇宙魚雷が高速クルーザーの前方で爆発する。猛烈な閃光に乗員達は、驚愕の声と共に全員が眼を眩ませた。そしてさらにもう一発。今度は右舷側だ。威嚇目的の自爆である。すかさずクルーザーに送られてくる停船命令。
「至近距離からの通信を受信。“停船せよ。従わぬ場合は撃破する”と言っています!」
通信士が表情を強張らせて報告する。だが至近距離と言ってもセンサーには、なんの反応もない。「どういう事だ…」と困惑する船長。そこへ機関士が身を乗り出して、窓の外を指さした。
「船長! あれを…あそこに!」
指さす先にあったのは、いびつな形をした惑星ジュマの月。いや、それだけではない。その白灰色をした月を背景に浮かぶ、のっぺりとした宇宙船の黒い影―――高々度ステルス艦、いわゆる“潜宙艦”だ。ノヴァルナ指揮下の『セルタルス3』であった。民間宇宙船のセンサーでは、まず発見できない潜宙艦であるから、わざと目につくように、白灰色に光る月を背景に入れたのだ。
抵抗する
▶#17につづく
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