#15
「巨大生物が複数? どういう事だ?」
眉をひそめたメッツァ大佐は、何人かの傭兵が並んでいるプラットフォームの、端に小走りで向かい、小型の電子双眼鏡を軍装の懐から取り出した。並んでいた兵も同じような双眼鏡を使って、夜の密林を探っている。その中の一人が「あそこにいるぞ!」と、斜め左を指さした。
メッツァ大佐がその方角に電子双眼鏡を向けて覗くと、太い樹木が左右に押し退けられ、その間を歩いて来る巨大生物の姿を捉える。ノヴァルナが“巨大怪獣”と呼び、ヤスークが“ゴーデュラス”と名付けている、二足歩行の怪物だ。真っ直ぐにこっちへ向かって来る。
するとメッツァの右側端にいた別の兵が、「向こうからも!」と右方向を指さした。双眼鏡を向けるメッツァ。その先にいたのは、もう一体の“ゴーデュラス”である。左から来る方より体がひと回り大きい。その姿を確認したメッツァは、双眼鏡を一旦、眼から離して独り言ちた。
「なぜやって来る? 以前にエネルギーシールドで痛い目に遭ってからは、近寄って来なかったはずだ。それが…二体同時にとは」
メッツァが言うエネルギーシールドとは、この施設と改良ボヌリスマオウの農園を、囲むように張り巡らされた、エネルギービームによる柵状のバリアの事だ。この秘密施設が建設された時、施設から発信される電波に反応した“怪獣”達が、何度か襲撃して来たのだが、その度にこのエネルギーシールドのビームに触れては、大きなダメージを負った。それ以来“怪獣”達はほとんど、この施設には接近しなくなっていたのである。
だが再び双眼鏡を構えて“ゴーデュラス”の状況を探ると、二体の接近の理由が判明した。それぞれの“ゴーデュラス”の前方に、偵察用プローブが飛んでおり、それが誘導しているのだ。
意図的な襲撃!…そう感じ取ったメッツァは、これが現在施設内に侵入している何者かの仕業だと、直感的に察した。そしてすぐにその推察は正しい事が証明される。ボヌリスマオウ農園の周囲のエネルギーシールドが、一本ずつ順番に、流れるように消え始めた。メッツァの背筋に悪寒が走る。
このエネルギーシールドを停止させたのが、動力炉制御室を制圧していたノアとカレンガミノ姉妹、そしてヤスーク少年だった。ノヴァルナとカーズマルスが陽動作戦で暴れ回っている間、ここに潜んで連絡を待っていたのだ。
その連絡とは施設の外で偵察用プローブを操り、“怪獣”を誘導していたテン=カイら、別動隊からであった。別動隊から“怪獣”の誘導状況を聞き、タイミングを見計らってシールド発生器を止めたのである。
「シールドはどうした!? 何が起こってる!!」
突然の状況変化に狼狽するメッツァ。エネルギーシールドが無くては、“怪獣”達の接近を阻止できない。
「わかりません。シールドが突然消失し―――」
そう応じかけた部下にメッツァは、「そんな事は分かっている!」と怒鳴りつけて黙らせ、命令を伝える。
「狙撃が出来る者を二名と兵を半数、ここへ上げろ。いざとなったら攻撃して追い払う…それと念のため、クルーザーをすぐに発進させるんだ」
狼狽はしていても、メッツァは指揮官として無能ではないらしい。ここで高速クルーザーの発進を急がせたのは判断として間違ってはいない。
すでにノヴァルナらが破壊工作を始めた時点で、発進準備は入っていたアヴァージ星系行きの高速クルーザーは、バイオノイド:エルヴィスの生体組織の積み込みも完了し、エンジンはアイドリング状態で、いつでも発進できる状態にあった。
「クルーザー331。直ちに発進せよ」
管制室からの連絡を受けて、クルーザーのコントロールルームにいる五人の乗員が、船の離床作業を開始する。重力子エンジンの金属音が甲高さを増し、双胴の船体がゆっくりと宙に浮き上がった。
「331、発進する」
船長が管制室に通信を入れると、クルーザーは加速を開始。星空に向けてみるみるうちに高度を上げていく。ただその間にも二体の“巨大怪獣ゴーデュラス”は、偵察用プローブを追いかけて、立ち止まる事無く前進を続けていた。メキメキ…メリメリメリ…と、大木が薙ぎ倒される音が大きくなり、二体の巨大怪獣はついに、『アクレイド傭兵団』のボヌリスマオウ農園へ到達。密林の中から全身を現した。
「なんてデカさだ!!」
「ヤバいぞ、あれは!!」
プラットフォーム上の傭兵達から驚きの声が上がる。巨大怪獣ゴーデュラスは、小さい方でも全高が三十メートル。尻尾も入れると全長は四十メートルはある。大きい方に至っては、その1.2倍はあるだろう。BSHOの倍以上のサイズだ。二体のゴーデュラスは、本来ならエネルギーシールドが張られているラインを、何事もなく越えて、農園内へ侵入した。一歩進むごとに、何十本もの改良ボヌリスマオウがぺしゃんこになって土に塗れる。
これにピーグル語で怒鳴り声を上げたのが、オーク=オーガーである。手下と共にこの光景を見ていて、大切な組織の資金源への損害に、両腕を振り回して怒りを露わにする。
「“なんて事しやがる、あのバケモノども!!“」
だが今のオーク=オーガーに、何かが出来るわけでは無いのも確かであった。
するとここでプラットフォーム上に到着したのが、メッツァが空洞内施設から呼び寄せた兵士達である。五十人ほどもの傭兵が小走りに、大扉が開いたままであった、ハンガーデッキへ通じる斜面を登って来た。
ところが眼の前にはすでに巨大怪獣ゴーデュラスがいる。これほどまで近くに見た事は無く、ざわめいた傭兵達は全員が怯えた表情になる。その様子にメッツァは声を張り上げて、二人の狙撃兵の名を呼ぶ。
「フラックトン、アガーゾ。こっちだ。急げ、グズグズするな!」
それに応じて他の傭兵達を掻き分け、狙撃用ゴーグルを顔に装着した、二人の男が姿を現す。右手には銃身の長い、狙撃用ブラスターライフルが握られている。
「フラックトン、アガーゾ。あの二匹のバケモノを誘導してる偵察用プローブを、狙撃して撃ち落とせ」
メッツァが命じたのが、二体のゴーデュラスの鼻先を飛んで誘導している、偵察用プローブの撃墜であった。あれを排除すれば、これまでにエネルギーシールドによって痛い目に遭って来た経験から、引き返すのではないかと期待したのだ。第三階層の中で貴重な存在の狙撃兵をわざわざ呼んだのは、他の兵士に撃たせて偵察用プローブではなく、後方の“怪獣”に銃撃を浴びせ、怒らせては元も子もないと考えたのだ。
メッツァ達傭兵団がいるプラットフォームと、二体のゴーデュラスとの距離はほぼ二百五十メートル。二人の狙撃兵はプラットフォーム上にうつ伏せになって、素早く長銃身ブラスターライフルをセットする。
そして放たれる狙撃のビーム二発。
それはまず、体の大きな方のゴーデュラスを誘導していた偵察用プローブ。さらに少し間を置いて、体の小さな方のゴーデュラスを誘導していたプローブに命中。二基とも叩き落す事に成功した。「おお…」と声を漏らす、メッツァをはじめとしたプラットフォーム上の傭兵団とピーグル星人達。
二体のゴーデュラスは目論見通り、敵のものと認識していた偵察用プローブの誘導電波が途絶えた事で、その場で立ち止まった。巨大な口を半開きにして、周囲を見渡し始める。
これに対し、メッツァは無言のまま両腕を振って、全員にじっとしているよう示した。下手に刺激しなければ、このまま自分の住処に帰るかも知れないという、願望交じりの予想だ。練度の高くない第三階層の兵も、ならず者同然の第四階層の兵も、宇宙マフィアのピーグル星人までも、息を殺して動きを止める。
十秒…二十秒…と時が過ぎ、辺りを
▶#16につづく
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