#30

 

 考えろ、考えろ、考えろ、トゥ・キーツ=キノッサ!…腕っぷしじゃあ並以下の俺っちには、考える事しかできないんスから!!―――キノッサは自分にそう言い聞かせながら、必死に頭を回転させる。


“RI‐Q:1000…いや、P1‐0号がいま一瞬見せた、エラー表示の意味…俺っち達との“仲間意識”を否定する際に見せた迷い…自意識…自意識…自意識…そもそもアイツの言ってる“自意識”って、本当にアイツだけの意識なんスか?”


 何かが違う…とキノッサは、頭の中でもう一人の自分が訴えるのを感じた。眼の前でRI‐Q:1000の正式名称を名乗るこのアンドロイドが、P1‐0号とは別物となった事は承知している。

 だがいま見せたRI‐Q:1000の一瞬の迷いが、どうにも引っ掛かるのだ。RI‐Q:1000の自意識というものが、本当にP1‐0号と機械生物が融合した結果なのかが疑わしい。自分の知っているP1‐0号が、変化したものだとは思えない何かがある。



それに―――



 なぜ機械生物達はわざわざ『パルセンティア』号で、このステーションから離脱しようとしているのかが気になる。

 格納庫に置かれたままの貨物船などを利用すれば、戦闘中に離脱するにしても、もっと誰にも気付かれる事なく、ステーションを離れる事が可能であったはずなのだ。それをわざわざ異常信号の送信で対消滅反応炉に工作し、察知されるのを予想するという無用なリスクを冒してまで、『パルセンティア』号を動かそうとしているのはなぜか。

 船の中に機能を停止された機械生物を、閉じ込めていたというのもあるかも知れないが、今こうして機能回復した機械生物が外に出て来ているのだから、『パルセンティア』号を使わなければならない理由ではない。



アンドロイドのやる事には全て、理論的根拠があるはず―――



 その時、キノッサの脳裏に閃くものがあった。初めてこのステーションに来た時に、襲撃して来た機械生物だ。宇宙ステーションの船外作業艇と融合し、貨物船や『クーギス党』の無人軽巡航艦を襲った機械生物…特に無人軽巡航艦はメインシステムを乗っ取られて、機械生物に操られそうになった。



まさか!―――



 キノッサは、中央指令室を出る間際にハートスティンガーから投げ渡された、通信機を懐から素早く取り出して指示を出す。イチかバチかだ!


「ハートスティンガー! ダイナン殿に命じて、調査船を破壊させるッス!!」


 次の瞬間、RI‐Q:1000は、アンドロイドとは思えない叫び声を上げた。


「やめろぉおおおおお!!!!」

 

 叫ぶと同時に、キノッサに飛び掛かるRI‐Q:1000。大柄のホーリオが咄嗟にキノッサを突きとばして回避させる。「べっ!」と声を漏らして床に転がるキノッサ。空振りに終わったRI‐Q:1000が体勢を立て直すより早く、カズージが電磁パルス銃を放つ。細かい紫電の稲妻に絡み付かれたアンドロイドは、金属音を立てて力無く崩れ落ちた。


 そこへさらに飛び掛かって来ようとする機械生物達。ホーリオは最初に跳躍して来た一体の前脚を、太い両腕で掴み取って力の限り振り回す。それは四体の機械生物を吹っ飛ばしたところで、脚が根元からちぎれて放り投げられ、六体目と激突して機能を停止させた。

 その間にもカズージが電磁パルス銃を撃ち続けて、残りの機械生物を倒す。のんびりとした性格の印象が強いバイシャー星人のカズージだが、射撃の腕は抜群で、ホーリオが薙ぎ払った機械生物も含め、次々に仕留めて行った。


 しかし機械生物はすぐに再起動し動き始める。前回の戦いで電磁パルス銃によって駆逐され、『パルセンティア』号の中に閉じ込められていた間に、どうやら耐性を身につけたらしい。キノッサが叫ぶ。


「マズいッス! 後退するッス!」




 一方で宇宙空間では、ハートスティンガーからの連絡を受けた、ティヌート=ダイナンの重巡航艦が、『パルセンティア』号を砲撃するため、二隻の重巡と四隻の武装貨物船を後続させて右回頭を行っていた。その動きに合わせて主砲塔も旋回。“一夜城”に接舷している『パルセンティア』号へ主砲が指向する。


「ハートスティンガーの親分。本当にいいんだな? 分かってると思うが、あの船は銀河皇国科学省が保有する、皇国直轄の学術調査船だぞ」


 状況を理解しているダイナンは、幾分早口で確認を取る。


「構わん。やってくれ!!」


 ダイナンの言葉通り、『パルセンティア』号は銀河皇国科学省の所属であって、いわば皇国の共通財産である。それゆえに後日、引き渡すつもりで接舷させたままでいたのだ。だが目ざといキノッサが、その辺りを知ったうえで、破壊を指示して来たのだから、そういう事なのだ。


「主砲射撃、用意よろし!」


 だが砲術長の報告にダイナンが、“撃ち方はじめ”を命じようと口を開きかけたその時、オペレーターが敵の反応を告げた。


「敵の宙雷戦隊、急速接近!!」


 戦術状況ホログラムに視線を移すダイナン。敵の反応は軽巡が一隻と駆逐艦が五隻。こちらの防御網を突破して来たのである。それだけ迎撃火力が低下して来ているのだ。

 

 敵部隊は指揮系統の混乱を狙ってか、ダイナンの旗艦へ集中して襲撃行動を取ろうとしている。これを見てダイナンは迷った。『パルセンティア』への砲撃を優先するか、イースキー軍の宙雷戦隊を砲撃するか。

 

 するとオペレーターが、後続艦から通信が入っている事を告げる。


「旗艦はこのまま、調査船への砲撃を開始されたし!」


 後続部隊はイースキー宙雷戦隊に対する盾となるつもりらしい。二隻の重巡と四隻の武装貨物船は右回頭を中止して、主砲塔を急いで逆方向へ旋回させた。

 どの艦もすでにイースキー艦隊との撃ち合いで、複数個所に損害を受けており、重巡は一隻につき四基装備している遠隔操作式のアクティブシールドも、二基ずつに減っている。


 ダイナンの旗艦に対するイースキー宙雷戦隊の、射線上に立ち塞がった後続部隊は、猛然と砲撃を開始した。先頭を進んでいたイースキー側の軽巡航艦が、多数の命中弾を喰らって、たまらず退避し始める。だが残る軽巡一隻と、駆逐艦五隻は攻撃を継続。ダイナン側の武装貨物船二隻が、大ダメージを受けて破片を撒き散らしながら離脱する。武装はしていても貨物船であるから、軍艦と正面きって殴り合えるわけではないのだ。


 しかし貴重な時間は稼げた。ダイナンの重巡航艦は、『パルセンティア』号の細長い船体を狙って、主砲一斉射撃を開始する。


「撃ち方はじめ!」


「うちーかたー、はじめ」


 主砲のビームがほとばしり、『パルセンティア』に直撃。閃光が包む。防御力は皆無に等しい学術調査船である。重巡航艦の主砲射撃に耐えられるものではない。


 すると着弾の直後、異様な光景が発生した。『パルセンティア』号の細長い船体が、節々に分かれて、まるで蜂や蟻といった捕食者に襲われたイモムシのように、激しくのたうち始めたのだ。


「な、なんだ、あれは!?」


 思いがけない光景に、ダイナンは困惑の声を漏らす。だがそれ以上に詮索する余裕はなかった。イースキー軍宙雷戦隊の増援に、五隻の重巡が突撃して来たからである。一気に不利になったダイナン側は、後続していた重巡航艦の一隻が、ついに爆発を起こして四散した。


「第二斉射、急げ!」


 ダイナンはとどめの主砲射撃を命じて、さらに旗艦と後続艦に、緊急回避を行わせる。旗艦の主砲射撃はのたうっていた『パルセンティア』号に再び命中し、細長い船体を真っ二つにへし折った。加速と変針を行い始める旗艦の艦橋で、ダイナンはハートスティンガーに報告する。


「ハートスティンガーの親分。調査船は破壊した。一旦離脱する!」




▶#31につづく

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る